火炎伝播シミュレーション Flame Propagation Simulation
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 良い理論,良いシミュレーションは,本質と枝葉とを分け,思考の筋道を明確にするという意味でありがたい存在であり,現象の把握にも大いに役立つ.その逆は,混乱を招き,煩わしいだけである.ある論文を読んでいたら,関連の取り扱いについて,"Although this has the desired quantitative effect, it has no real theoretical basis." と批判してあるのを見て,思わず笑ってしまった.理論はまだしも,シミュレーションは実験値と合っていてこそ "なんぼ" とよく言われるけれども,よく合っているよりは,経験で調整する定数が少なく,根拠の骨組みを見通せるものの方が好ましい.

 火花点火機関シリンダ内燃焼のシミュレーションはいまや設計の Tool であるが,そこには理論的根拠があるはずで,その手法を眺めていると,その中から現象の物理が浮かび上がってくることもある.学問の進歩や時代背景も透けて見える.どのあたりの乱流火炎 を扱うのかということについてはページを改めた.火花点火機関シリンダ内燃焼のシミュレーションは基本的に皺火炎説の延長線上にある.熱損失 を扱おうとするなら,ここの内容よりさらに慎重な取り扱いが要る.

 皺火炎の平均的な位置をつなぎ,マクロに見た半球面状包絡面を仮想して,それを乱流伝播火炎の面積 AT とする.その前後に三次元空間に拡がる実際の層流火炎面群があり,その面積は AL である.ここではこの層流火炎面群が占める容積をスポンジ状領域 (バーナ火炎での Flame Brush) と呼んでおり,この様子を右図に示す.皺火炎でなら ALSL=ATST で関係付けられている.このスポンジ状領域が真に反応し,熱を出しているところであり,未燃側/既燃側双方に膨張しながら,反応を済ませた分だけ未燃側に喰い込んで行く.それと同量だけ後方スポンジ域が既燃ガスになる.ここでは,仮想的でマクロな火炎半球面の方を AT と表現している.皺状層流火炎の面積を AT と書く論文もあるので注意されたい.

 シリンダ内に大きな主流がない場合には,火炎速度 wF は層流燃焼速度 SL にこのスポンジ状領域が膨張して乱流火炎包絡面を前に押し出す速度 wB を加えたものである.スポンジ状領域取り込まれている未燃燃料がどれだけ速く消費されるかは,単純な皺火炎を考えるにせよ,Spaghuetti-like Structure を考えるにせよ,層流燃焼速度 SL と層流火炎面面積 AL で決まる.それゆえ,混合比や不活性ガス希釈だけでなく,混合気乱れ u' に依存する.乱れを強化するということは火炎先頭面背後に層流火炎素面を増殖させることであり,スポンジ状領域を緻密にすることである.


Wrinkled Turbulent Flame Model

 シリンダ内乱流火炎伝播の本質を的確かつ簡素に表現することができれば,現象の理解を助けるだけでなく,それをエンジン設計に応用することができる.エンジン設計にあたって,乱流火炎伝播をどう扱っている/扱っていたかを以下に述べる.基本は皺火炎説である.また,未燃混合気と既燃ガスの二領域があり,その境界が火炎であって,その厚みを計算しないといういわゆる Two-Zone Model 二領域モデルが下地になっている.

 一般に乱流火炎を層流火炎の集合として扱うときには,まずは火炎がマクロで見て球形に拡がると想定する.右図はそういう球形に拡がる火炎の一断面を示すものである.内部には完全に既燃ガスになった領域が,外部には完全な未燃混合気が存在する.マクロに球形な乱流火炎をシュリーレン撮影すると,断面ではなく,三次元的な要素が入るから,断面で見るよりは凹凸の少ない火炎として観測されることが多い.

1) FSR: Flame Speed Ratio で乱流燃焼を扱う手法

 シリンダ内混合気が燃えて既燃ガス Burnt になる速度を次のように表す.

ここでは皺火炎の平均的な位置をつないだ仮想半球面を考え,それを乱流伝播火炎の面積 AT とする.半球の内部は既燃ガスであり,その容積を Vb とし,半球面状火炎の半径を rflame とする.この様子を右の図に示す.乱流伝播火炎面面積 AT



として定義される.それにあわせて,


という,混合気乱れ u' が燃焼速度をどの程度高めるのかという係数 FSR, Flame Speed ratio が導入される.FSR の定義で,乱流燃焼速度 ST とはっきり言わない場合もあるが,皺火炎説では ALSL=ATST なる関係付けを承認しているので,躊躇しても仕方がない.FSR は三文字ながら,三変数の積ではなく,ひとつの変数である.本来ならこういう表し方は反則である.せめて RFS とすべきである.

 混合気乱れ u' を強化するということは火炎先頭面背後に層流火炎素面を増殖させることであり,それは次のように表現される.pm はモーリングでならこうなるという圧力である.


 もとになる層流燃焼速度の採り方にはいろいろあるが,上に示すような関係で与えられることが多い.
 層流燃焼速度,火炎帯素面の取り扱いについては火炎帯厚さのページで.



として定義される.G. L. Borman の教科書でこれは次式のようになっている.sθ は点火進角 θ による修正係数である.


上式の FSR0 値は火炎半径が 30 mm 以上で成立し,その値は伝播中 3 から 35 くらい,質量で 50 % くらい燃えたところで最大になる,また火炎半径が 30 mm 以下では修正係数を与える必要があるとのことである.一方, Flame-generated Turbulence は考えなくてもよいとされている.

 スポンジ状領域を想定し,その容積を VT として,次の (2) でいう燃料が消費される速度 を表現するなら,




 混合気乱れ u' をどう表すかが次の問題であるが,それは CFD, Computational Fluid Dynamics へ渡される.流体としての乱流挙動は k-ε モデルなどの比較的容易な乱流モデルでそこへ繰り込まれる.

 擬似的に次元を持たせた現象論的なモデルである.従来の均一予混合火花点火機関のように未燃部と既燃部がかなりはっきり分かれているときには Two-Zone Model で熱発生を考えるるというその趣旨が明確である.1980 年ころに使えるようになった.次の (2) のモデルのように,三次元空間を詳しくトレースするには適さないが,常微分方程式の範囲に収まるので扱いが簡便である.代表的な参考資料は,

 Groff, E. and Matekunas, F., "The Nature of Turbulent Flame Propagation in a Homogeneous Spark-Ignition Engine", SAE Paper 800133, (1980).
 Mattavi, J., Groff, E., Lienesch, J., Matekunas, F. and Noyes, R., "Engine Improvements through Combustion Modeling", in Mattavi and Amann: editors, "Combustion Modeling in Reciprocating Engines", Plenum Press, (1980), ISBN: 0306404311

2) CFM-ITNF, Coherent Flamelet Model with Intermittent Turbulent Net Flame Stretch

 層流燃焼速度 SL [m/s] を既知として,皺状層流火炎面積 AL [m²] が混合気乱れ u' でどのように増えているかを輸送方程式を解いて出そうとする,上の FSR: Flame Speed Ratio で乱流燃焼を扱う手法から一世代進んだ手法である.今世紀に入った頃から実用になると言われるようになった.

 すなわち,燃料が消費される速度は,単位容積あたり,


 : 燃料が消費される速度 [kg/m³s], Reaction Rate of Fuel
 Σ: 火炎面密度,単位体積中の層流火炎面面積 [m²/m³],Flame Surface Density

と考える.これを既燃ガスの増加速度として (1) での表現と同じように書くと,単位容積を 1 m³ として,Σ⋅1=AL であるから,

, あるいは 

 この火炎面密度 Σ の生成・消滅・輸送の方程式,いわゆる Σ-Equation を解くのが CFM-ITNF である.


ここに,νT: Turbulent Viscosity, σΣ: Σ についての Turbulent Schmidt Number, Y : 局所的な燃料質量分率である.S, D はそれぞれ火炎面密度の生成速度,消滅速度であり,いろいろな表現がなされる.上に示すものはその一例である.
 S : Production/Stretch Term of Flame Surface Density,これが火炎面密度の増殖項である.乱れが生起する歪みが火炎面を増やす効果がここに表現される.この S の処理如何で火炎面密度 Σ の値が敏感に変わるので,ここが難しいと言われている.
 D : Destruction/Curvature Term of Flame Surface Density,これが火炎面密度の消滅項であり,層流火炎伝播で燃え終わる分や過度の火炎伸張で消える分がここに含まれる.

 これらが,上の (1) と同じように,CFD, Computational Fluid Dynamics へ渡される.混合気乱れ u' も含め,流体としての乱流挙動はそこで繰り入れられる.輸送方程式,Σ-Equation 各項の取り扱いについては,何らかのモデル化がなされる.実験で検証できる量ではない.

 この取り扱いが従来のものより進歩しているのは,単に Approach Flow の乱れで火炎面が皺になるというだけではなく,火炎面の生成/消滅として記述されていることである.火炎がさらに乱れを生む Flame-Generated Turbulence も入るし,燃え終わって消えるのも入って,火炎面密度が刻々動的に変化する量として求められるという点にある.

3) G-Equation/Propagation Variable/Level-Set Method

 G-Equation の G とは何か,どういう概念かというところがまず解りにくい.任意のスカラー量で,火炎位置での値 G0 も任意であるという.同一の G 値を有する面 G0 iso-Surface というものが意味を持つ.G は,ある化学種の濃度であるとか,未燃混合気から既燃ガスへの反応進行度合とかである一方で,火炎の存在を示す指標であったりする.そういうものの出入りが輸送が輸送方程式のかたちで記述される.皺火炎であり,なお ALSL=ATST で関係付けられていることには変わりはない.

 その輸送方程式,つまり G-Equation の取り扱いに Propagation Variable を考えるやり方と Level-Set Method というやり方がある.予混合火炎で,Level-Set Method にて火炎の存在を G =0.5 として,未燃側を G =0,既燃側を G =1 としたときのみ,Propagation Variable と同じことになる.

 TFSCM, Turbulent Flame Speed Closure Model というのがある.ある微小容積について,反応進行度 Propagation Variable: を導入し,未燃混合気 ,平衡状態既燃ガス から出発する.火炎面存在の確率密度を考えて,その輸送方程式を保存式の形で解く.G-Equation Method のはしりである.V. L. Zimont が 1970 年代に提唱したものを,本人と A. N. Lipatnikov とが共同で発展させた.別のページに示した Chalmers 工科大,J. Wallesten & A. N. Lipatnikov の動画 はこの手法で得られたものである.

 Level-Set Method では通常 G は火炎の存在という意味で使われ,同一の GG0 を有する面 G0 iso-Surface として火炎の面構造が定義される.スカラー場の等位面,あるいは等ポテンシャル面である.G = G0 なる面の近傍で,面に垂直方向に G の関数としてのスカラー量が設定され,それで拡散と反応が表現される.火炎存在でG = G0 =0,未燃混合気でG < 0,既燃ガスでG > 0 とされる場合が多い.Eddy Break-Up Model 以来,乱流火炎シミュレーションでは壁近くで反応速度が過大となるという問題点を持ち越してきた.Level-Set Method でなら,Kolmogorov スケールの渦運動が火炎の反応帯にまで作用する場合も扱えるので,この懸案を回避し得る.しかし,先の CFM-ITNF では,層流燃焼速度 SL が既知であることで閉じているのに対し,G-Equation Method では 乱流燃焼速度 ST が既知であるとすることで構成されており,層流燃焼速度 SL に較べて遥かに不確定な乱流燃焼速度 ST ではそこがいずれ問題になるのではなかろうか.

 G-Equation/Level-Set Method については,近年かなり整理された.まず下記あたりから.いずれ機を得たうえで詳細を.
 Pitsch, H.: "Large-Eddy Simulation of Turbulent Combustion", Annual Review of Fluid Mechanics, 2006.38: 453-482.

・フラクタル次元との関係

 乱流伝播火炎が皺状層流火炎の範疇にあるとき,その火炎面は フラクタル 特性を持つとされる.乱流伝播火炎の火炎面が容器壁に接することなく,そのマクロ形状を球形と看做せるとき,その関係は次のように表せる.ここに Dfractal はフラクラル次元,εoεi はそれぞれ Outer-cutoff distance, Inner-cutoff distance である.フラクラル次元は何重の変形になっているかを表し,カットオフは乱流伝播火炎面凹凸の最大および最小スケールにあたる.(皺状層流火炎の面積を AT と書く論文もあるが,前述のように,ここでは,仮想的でマクロな半球包絡面の方を AT と表現している)

 主流流れのない乱れ場で,伝播炎からの熱発生による容器内圧力上昇を無視できる場であれば,マクロには球形として観測される乱流伝播火炎の半径増加速度は,未燃から既燃に移行したときの膨張を表現に組み入れて,次式のようになる.

 レーザシート光を照射して,火炎伝播の断面写真を撮り,マクロ火炎半径 rflame,Outer-cutoff distance, Inner-cutoff distance εoεi,フラクラル次元 Dfractal を求めれば,ALSL=ATST に相当する値が得られ,フラクラル面積を計算したなら層流燃焼速度 SL を知ることができる.逆に,層流燃焼速度 SL には実験式があるから,それとの対比すれば火炎面面積 AL が出て,それで計測の精度を確認し, CFM-ITNF で計算した火炎面密度 Σ と合致するかどうかをチェックすることができるというものである.

 フラクラル次元の大きさについては,例えば Mantzaras ら* はエンジンの予混合火炎に対して Dfractal = 2.36 と得ている.もうすこし小さな値,2.2 くらいを提示している資料が多い.Cutoff Distance については,Outer-cutoff distance εo としてまずは乱れの積分空間スケール Integrated Length Scale ls,Inner-cutoff distance εi としては Kolmogorov Scale η とすることができるはずであるが,一般に観測されている Inner-cutoff distance εi は Kolmogorov Scale η の数十倍のようであり,マクロ火炎半径 rflame が変わってもあまり変わらないとされている.混合気の粘度でほぼ決まるということであろうか.他方,Outer-cutoff distance εo はマクロ火炎半径 rflame にごくごく近い値であるという.Cutoff については以下にも述べるように,測定上の問題点も多く,OH を LIF で観測して出す**と,Mie 散乱で知ったのよりずっと大きいし,計測の分解能が低いと別の値になるとのことである.

 * Mantzaras, J. , Felton, P. G. & Bracco, F. V., "Fractals and Turbulent Premixed Engine Flames", Combustion and Flame, 77 (1989), 295-310.
 ** 層流火炎帯における OH の分布 については 火炎帯のページ にその計算値がある.


・本当にこれでよいか

 火花点火機関の乱流火炎伝播を皺状層流火炎と看做すことについては Ömer L. Gülder の意見 のような見解があるということに充分配慮しなければならない.設計に使えるということはある程度のところまで状況を予測できるということであるが,それは現象を厳密に表現しているということと常に同義ではない.下に意見の要点だけを記しておく.Gülder は真面目かつ明晰な人であるから,尊重しないわけにはいかない.この問題はすでに 2000 年には出ていた*.つまり,実験的には  が成り立っておらず,面積増加だけでは乱流燃焼速度を表すには不足で,火炎素面の予熱帯に高温既燃ガスが侵入しているとしなければ合わないという.

The two closures that are widely used for estimating a measure of the wrinkled flame surface area in premixed flames are based on the flame surface density concept and fractal geometry.

The assumption made in fractal and surface density approaches that the turbulent flame front is a passive scalar surface may not be justified, and the applicability of the flamelet approach may be limited to a much smaller range of conditions than presently believed.

 * Gülder, Ö. L., Smallwood, G. J., Wong, R., Snelling, D. R., Smith, R., Descamps, B. M. and Sautet, J. C., "Flame front surface characteristics in turbulent premixed propane/air combustion", Combustion and Flame, Vol.120, No.4, 407-416, (2000)

 1970 年代中期に J. Chomiak (いまは Chalmers University of Technology, Sweden にいる) が言っていた "Small-scale Intermittency and Coherence" がやはり大切であるということであり,"Surface Reaction Mechanism" だけでなく "Leading Point Mechanism" もしっかり考えないといけないという反省である.

 Spaghuetti-like Structure で考えるなら,乱れ u' の効果は,皺をつくって層流火炎面面積 AL を増やし,背後での熱発生を増やして後ろから押すことだけでなく,反応素面を未燃側に u' の速度で押し込むことを含み,火炎前面を前方へ引っ張る効果が付帯している.皺状層流火炎で Inner cutoff distance が Kolmogorov scale 同等であればそれが表現され得るのか.再度 The ASC Flash Center at the University of Chicago のシミュレーションを眺めてみよう.("Spaghuetti" は伊語綴り.英語での綴りは "Spaghetti"と "u" がない)

 また,上に紹介したように Outer-cutoff distance εo はマクロ火炎半径 rflame にごくごく近いのであれば,それはシリンダ内乱流火炎ではマクロには球形火炎以外にはないと言っていることと等価であって,(2) CFM-ITNF は (1) FSR: Flame Speed Ratio で乱流燃焼を扱う手法/二領域モデル に帰結されることになる.

 "設計に使えるということは,作ろうとするものの性能をある程度のところまで事前把握できるということであるが,それは現象を厳密に表現しているということと常に同義ではない." と上に書いた.現象に則った理論,現象の根幹を残し,枝葉を払った理論であってこそ,一般性,普遍性を持ち,それはしばしば美しい.未経験領域はそれでもってしか予測できない.


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