エンジンオイルの粘度と粘度指数,補遺
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 "SAE 粘度記号/番号の前半分 (●●W-○○) と後ろ半分 (○○W-●●) の数値は互いに独立の,別々の指標であって,基本的には連動しない" と前ページで述べたが,これが容易には理解されないようである.高負荷時の粘度不足が心配ならば,後ろ半分 (○○W-●●) の数値が高い潤滑油を選べばよく,そのとき,番号の前半分 (●●W-○○) を見る必要はない.このページでは,そこのところを再度詳しく述べる.

 潤滑油粘度の温度依存性を表現するとき,横軸 log10 (θ + 273) で, 縦軸 log10・log10 (ν + 0.7) の目盛を使うと,温度と動粘度の関係がほぼ直線関係になることは前述した.右図がそれである.この方式による図表示では粘度の温度依存性を表す "粘度指数 Viscosity Index, VI" もその直線の勾配で知られるという利便性を併せ持つ.勾配が小さいほど粘度指数 VI が大きい.定義としての VI は 40o C と 100o C の動粘度から算出されるけれども,40o C の値そのものでなくても,SAE 粘度記号/番号の前半分 (●●W-○○) の内容,始動時の低温粘度も,間接的ながら,その潤滑油の粘度指数 VI を決めている.直線で表されるがゆえである.



 小さい図では細かい説明ができないので,拡大図を用意した.上図は,鳥居 昭ほか,ユニシア技報,5 (1991), 187 の図を援用し,必要な内容をここで追加したものである.ご自分でやってみようという方には,未記入チャートが以下の Site で提供されている.
 http://www.imperialoil.ca/Canada-English/Files/Products_Lubes/Visc_Temp_Chart.pdf

 SAE 粘度記号/番号の前半分 (●●W-○○) で規定されるシングルグレード潤滑油が青細線で示される.これらは冷間始動時の絶対粘度 μ で定義されているものであるが,上図の縦軸は動粘度 ν であるから,それに沿って描いてある.SAE 粘度記号/番号の後ろ半分 (○○W-●●) で規定されるシングルグレード潤滑油は橙細線で示されている.これらは 100o C における動粘度 ν で定義されている.定義では一数値ではなくある範囲が与えられているが,それを言うとややこしいので,ここではそれぞれ黒の一点で表示してある.同じ 20 番であっても低温時絶対粘度 μ で定義された "20W" と 100o C における動粘度 ν で定義された "20" とは僅かながらも違いはあり,同一の線にならない.

 マルチグレード潤滑油というのは冷間始動時の絶対粘度 μ 規定と 100o C における動粘度 ν 規定とを合わせて満たすように定義されている.ここでは代表例として 5W-20 (緑線), 10W-30 (青線), 0W-30 (灰線), 0W-40 (赤線) を挙げた.100o C の縦線 (紫線) 上でシングルグレード潤滑油の動粘度と等しくなっている.一方,図の左手,-20o C 以下のところでは,冷間始動時で規定されたシングルグレード潤滑油のそれと近い値になっている.マルチグレード潤滑油では,SAE 粘度記号/番号の前半分 (●●W-○○) と後ろ半分 (○○W-●●) の数値に差があればあるほど,その潤滑油の粘度指数 VI が高く,温度変化に対する粘度変化が小さい.上述のように,シングルグレード潤滑油の "20W" と "20" とは同一の線ではないから,論理としては SAE 20W-20 というマルチグレード潤滑油というものも有りであるが,実質的意味は無い.

 潤滑油の粘度指数 VI が高いというのは,工学的には "温度依存性という点でその方が優れている" と解釈されるべきである.15W-30, 10W-30, 5W-30 と 0W-30 とで,銘柄差を除けば,温度 100o C での粘度は違わない.それぞれの潤滑油の粘度指数 VI はこの順番に高くなる.それゆえ 100o C 以上の温度になれば,15W-30, 10W-30 (青線) よりも 0W-30 (灰線) の方が粘度が高いのである.この様子は上図の右の方を見てもらえばご理解いただけよう.潤滑油を粘度で選ぶなら,外気温を基準に考えるのではなく,冷却水温度をもとに選択すべしというのはそういう意味であって,基本的に SAE 粘度記号/番号の後ろ半分 (○○W-●●) がそれを表している.0W-30 は 10W-30, 15W-30 の,低温側だけでなく高温側を含めての,上位互換品である.メーカの粘度推奨値を大きく外さないというのは粘度記号/番号の後ろ半分 (○○W-●●) の数値についてだけであって,前半分 (●●W-○○) は,とりあえずは,関係ない.「"0W-30" では柔らか過ぎて心配だ」 というようなことはない."0W" 潤滑油の 0o C における動粘度は "30" 潤滑油の 100o C における動粘度に較べ一桁程度高くて固い.決して柔らかくはない.「メーカは 10W-30 を指定しておきながら,いまは 0W-30 しか供給しておらず,実にけしからんことだ」 ということもない.再度言う:「0W-30 は 10W-30, 15W-30 の上位互換品である.100o C 以上の温度になれば,15W-30, 10W-30 よりも 0W-30 の方が動粘度は高い」.

 粘度記号/番号の前半分 (●●W-○○) の数値を下げようとの意図は,現在では,冷間始動時のクランキング容易性よりも,始動時の摩耗低減を目指すものであることは先に述べた.


・ピストンリング周りはどの程度の温度になるか

 ピストンの温度,シリンダライナの温度を計測した代表例* を挙げる.ライナに較べてピストン温度はかなり高い.潤滑油の機能維持という点から見て,ピストンリングが接触して摺動するシリンダライナ部分の温度が 120o C, 393 K 以内に収まっていることが重要である.潤滑機能については 150o C というのがひとつの閾値である.ピストンを見ると,トップリング溝奥の温度が 242o C, 515 K と高い.緑色の線で表されているように,ピストンの放熱の多くがピストンリングを介してシリンダライナへと熱が伝わることでなされ,その経路の温度勾配が大きい.リング溝では潤滑機能は求められないとしても 240o C あたりで熱分解,炭化が始まってはよろしくないと知れる.熱耐性の低い潤滑油を短期間で交換しながら稼働させるという手法が工学的な意義を持たないことがここで示唆されている.

 * 自動車技術ハンドブック, 改訂版,基礎・理論編,自動車技術会, ASBN: 4-915219-40-2, (2004), p. 55


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