燃料-空気サイクル,例題
 Fuel-Air Cycle, An Example
 

 理解するとはどういうことか 補遺,これでは理解が浅い,その一 というページ を先に書いた.そこに出ている設問が問いとして間違いであることは解ったが,それならどういうものなら良いのか,と訊ねられた.とりあえずの説明になるものをここに載せる.そのページに出ている設問には "空気サイクル" で扱うのは無理であって,"燃料-空気サイクル" に依ってでしか対応できない,ということを示すとともに,"空気サイクル" から "燃料-空気サイクル" に移ると一挙に複雑になって,初歩の熱力学で数を勘定することはできなくなることも知ってもらう."燃料-空気サイクル" そのものについての説明は別のページにある.

 サイクル計算では,"空気サイクル" と "燃料-空気サイクル" の差だけでなく,それをどう単純に扱おうとも,圧縮や膨張を経てサイクルを一周したとき,計算された状態がもとと等しい状態に戻っているかどうかをチェックしなければならない.サイクルとは循環であるから,循環が成り立っていないものはサイクルではない.また,熱力学第二法則にも悖る.このことを強調している教科書がほとんど無いのは残念なことである.たいていは,それぞれの行程をどう扱うかに留まっている.

 以下,循環が成り立っている "空気サイクル" と "燃料-空気サイクル" の比較をサバテサイクルを例題に採って示す.

 "空気サイクル" についてなら,学部の二年生あたりを対象とした "熱力学" でたいてい一章が設けられている.この Web site の中でなら,"熱力学補遺" に "ガスサイクル, 気体単相サイクル,その一" として掲載してある.



"空気サイクル" でなら

 まず最初にサバテサイクル Sabathé Cycle を "空気サイクル" で考える.圧縮比 ε=16,圧力上昇比 =1.70,空気過剰率 λ=1.3 とする.サバテサイクルなので,定容で与えられる熱量 Q1v と定圧で与えられる熱量 Q1p とを分ける必要があり,そのためには,サイクルの最高圧力 pmax を指定するとか,圧力上昇比 を指定するとかが必要である.ここでは後者を指定しておく.

 "空気サイクル" というのは,作動流体が "狭義の" 理想気体であり,断熱圧縮・断熱膨張,吸・排気無しが仮定されているサイクルである.サイクルの途中で作動流体の物性値や質量が変化したりしないし,冷却損失も無い.作動流体の物性値としては通常,常温空気のそれが採られるから,定圧比熱 cp0=1.006 kJ/(kg⋅K),定容比熱 cv0=0.719 kJ/(kg⋅K),比熱比 κ=1.40,ガス定数 R0=287 J/(kg⋅K) である."狭義の" 理想気体なので,比熱比 κ と断熱指数 κ とは等しい.空気過剰率 λ が指定されるので,燃料の発熱量などを知っておく必要があるが,それは与えた熱量を計算するためだけのものである.熱として加えられることはあっても,質量として燃料が作動流体に加わることは無い.燃料の低位発熱量 Hu: 44 MJ/kg,理論空燃比 (A/F)th=14.6 とする.

 空気サイクルとして見たサバテサイクル Sabathé Cycle の理論熱効率は基礎的な熱力学により次式で与えられる.締切比 Cut-off Ratio σ だけが未知で残っているのみなので,簡単なようであるが,サイクル各点の状態をすべて定めないと締切比の値は決まらない.

  

 サイクルなのでサイクリック Cyclic でなければならない.圧縮,熱受容,膨張,Blow-Down とやってきた後,再度圧縮が始まる前の状態が前のサイクルのそれと同じでないといけない.これが成り立っていないとその計算は無意味である.

 サイクル各点の圧力 p,温度 T の計算値を順に下の 圧力 p - 温度 T - 容積 V 線図に描き込んで行く.

・ 圧縮始め状態,pB, TB, vB

 "空気サイクル" では吸・排気行程やポンプ損失を考えないのでチャージの出入りは無い.容積効率 ηv=1 である.圧縮始め圧力 pB を大気圧に採り,pB=101.3 kPa である.これは 低熱源が大気である ということに対応する.圧縮始め温度 TB については,サイクルがサイクリック Cyclic に成り立ち,エネルギー保存を保証するために,圧縮開始時に残留ガスと吸入新気とが混じってチャージになると扱って温度を決めなければならない.

 いま残留ガス温度を Tr とし,Tr=980 K と仮定する.粟野の方法1) を簡便化した計算法2) で,低熱源温度,ここでは吸入新気の温度を TS として圧縮始め温度 TB を表現すると,

TS=298 K,ε=16,ηv=1 を入れると,TB=312 K (39°C) を得る.

R0=287 J/(kg⋅K),pB=101.3 kPa を入れると,vB=0.883 m3/kg と出る.

・ 圧縮終り状態,pC, TC, vC

κ=1.40,pB=101.3 kPa,TB=312 K を入れると,pC=4913 kPa,TC=945 K,vC=0.0552 m3/kg と圧縮終り点 C が知られる.

 1) 粟野誠一,熱力学, (1957), 119-122,山海堂
 2) 高橋・太田,ディーゼルエンジンの設計,(1977), 23-24, パワー社

・ 定容燃焼終り状態,pZ, TZ, vZ

ここでは =1.70 と指定されている.R0=287 J/(kg⋅K) を入れると,pZ=8352 kPa,TZ=1606 K,vZ=0.0552 m3/kg と得られる.次いで,サイクルに与えられた熱量を計算する.λ=1.3 なので,空気 1 kg に対して燃料 1/(14.6×1.3) kg,この燃料から生じる熱量は燃料の低位発熱量 Hu=44 MJ/kg を乗じて 2318 kJ である.上述のように,"空気サイクル" では作動流体に対する燃料の関与は熱の投入のみであり,燃料の質量は作動流体の一部として加えられろことはない.

・ 定圧燃焼終り状態,pD, TD, vD

 定容下で与えられた熱量 Q1v = cv0 (TZ - TC) = 0.719 (1606 - 945) = 475 kJ,与えられる熱量全量は 2318 kJ であるから,定圧下で与えられる熱量は残りの Q1p = 2318 - 475 = 1843 kJ,Q1p = cp0 (TD - TZ) であり,cp0=1.006 kJ/(kg⋅K) なので,TD - TZ = 1832 K, TD = 3437 K と求められる.pD=pZ=8352 kPa,vD は次式から vD=0.118 m3/kg となり,定圧燃焼終り点 D が定まる.


・ 膨張終り状態,pE, TE, vE

κ=1.40,vD=0.118 m3/kg ,TD = 3437 K を入れると,pE=500 kPa,TE=1537 K,vE=0.883 m3/kg と膨張終り点 E が決まる.

・ Blow-Down 状態,pr, Tr

 膨張終り状態から大気圧へ断熱膨張したとして,

から,残留ガス温度を Tr=974 K と求められた.この値は仮定した Tr=980 K とまずまず近いから,これでサイクルとして廻るとすることができる.

 最大圧力:8.35 MPa,最高温度:3437 K, 圧力上昇比 =pZ/pC=1.70,締切比 σ=vD/vZ=2.14 というサイクルになっている.

・ 得られる図示仕事,wBC, wZD, wDE と熱効率

 チャージの質量 1 kg あたりで考えて,圧縮仕事:wBC,燃焼仕事:wZD,膨張仕事:wDE はそれぞれ,

圧縮仕事:wBC=454 kJ,燃焼仕事:wZD=526 kJ,膨張仕事:wDE=1364 kJ となり,図示仕事量 wiwi =1435 kJ である.与えた熱量 q1q1=2318 kJ であったから,図示熱効率 ηiηi= wi/q1 =0.62 となる.

 基礎的な熱力学により,作動流体を "狭義の" 理想気体として扱うと出てくるサバテサイクル Sabathé Cycle の理論熱効率表示,次式に圧力上昇比 =1.70,締切比 σ=2.14 を入れて熱効率を算出してももちろん厳密に ηth=0.62 が得られる.

 膨張終りに保有していた内部エネルギーが温度 TS の低熱源に放出される.それが捨てた熱量 q2 であり,q2 = cv0(TE - TS) = 883 kJ と出る.これから熱効率を求めても,ηth= 1 - q2/q1 =0.62 となる.

 低熱源に捨てた熱量 q2 のうち,上の Blow-Down 過程で低下する内部エネルギーだけは,適当な装置が有れば仕事として回収可能なエネルギーである.その量はwEr=404 kJ であって,次式で表される.q2 の残りの熱量は排気管を通って冷えつつ,大気へ放出される状況が想定される.


 低熱源とした大気の状態,101.3 kPa, 298 K,を圧縮始め B 点と置いてサイクルを考えることは可能である.しかし,その場合には膨張終り E 点から Blow-Down させるというように設定することはできず,無限大の時間をかけて熱量 q2 を低熱源へ熱伝導で放出するようでなければならないだろう.そのときも確かにサイクルとして廻りはするが,それこそ準静的過程そのものであって,エンジンのサイクルを扱うには面白くない.



"燃料-空気サイクル" でなら

 次いで,サバテサイクル Sabathé Cycle を "燃料-空気サイクル" で考える.圧縮比 ε=16,圧力上昇比 =1.70,空気過剰率 λ=1.3 は変わらない."燃料-空気サイクル" というのは,空気から燃焼ガスまで,作動流体の中味が変わり,高温では熱解離が起こってガス組成が変わる.作動流体は "広義の" 理想気体であって,理想気体の状態式は成り立つものの,比熱は一定ではなく,温度依存性があるとする.この場合,比熱比 κ と断熱指数 κ とは近いとはいえ等しくない.またこれに加えて,サイクルの各プロセスにおいて,断熱ではなく冷却損失があり,吸・排気損失もあると考えることもある.

 比熱の温度依存や熱解離の計算は煩雑なので,旧来,燃焼ガスの線図というものが使われてきた.燃焼ガス線図としては,Pflaum の線図3),航研機設計用に準備された線図4) などがよく知られている.高橋らが JANAF の熱化学表のデータをもとに計算したもの5) もある.JANAF の熱化学表6) はアポロ計画のために準備された物性値表である.

 3) Pflaum, W., JS-Diagramme für Verbrennungsgase, (1932), VDI-Verlag,Mollier-Diaramme für Verbrennungsgase, Teil 1, (1960), 1-23, VDI-Ver1ag
 4) 田中・粟野,航研報告 No. 118, (1935), 495-528,航研報告 No. 128, (1935), 283-297,航研報告 No. 144, (1936), 422-434
 5) 高橋・太田,ディーゼルエンジンの設計,(1977), 132-142, パワー社.太田・高橋,内燃機関,16-195, (1977), 101-109, 山海堂
 6) JANAF (Joint Army-Navy-Air Force) Thermochemical Tables, (1971), published in NSRDS-NBS-37

・ チャージの質量が燃料の投入によって順次変化する

 吸気管燃料噴射火花点火機関のチャージは混合気であり,サイクルが一周するあいだ,チャージ質量は変わらないとして扱うことができるが,ディーゼル機関では,圧縮行程のチャージは残留ガスと吸入空気との混合ガス,圧縮上死点付近で燃料がそれに加わる.このような過程を取り扱う手法としてここでは,チャージ中の乾き空気の質量 mair を基準とした方法を紹介する2).既燃ガスと燃料だけでなく,大気中の水蒸気量も考慮される.

 まず,吸入される大気の質量は mair (1 + wa),圧縮始め B 点におけるチャージの質量は mair (1 + wa + rb),圧縮終り C 点から定容燃焼終り Z 点までのチャージの質量は mair (1 + wa + rb + Fv),等容燃焼終り Z 点から定圧燃焼終り D 点までのチャージの質量は mair (1 + wa + rb + Fv + Fp),定圧燃焼終り D 点から膨張終り E 点を経由して Blow-Down に至るまでのチャージの質量は mair (1 + wa + rb + Fv + Fp + Fr) とする.ここに,wa は大気に含まれる水蒸気の割合,rb はチャージに含まれる既燃ガスの割合,Fv は定容燃焼始めにチャージに加えられる燃料の割合,Fp は定圧燃焼始めにチャージに加えられる燃料の割合,Fr は膨張始めにチャージに加えられる燃料の割合で,この燃料は "後燃え" にまわる.ここでは大気に含まれる水蒸気の割合は wa=0.0159 とする.

 質量
吸入される大気 mair (1 + wa)
圧縮始め B 点におけるチャージ mair (1 + wa + rb)
圧縮終り C 点から定容燃焼終り Z 点までのチャージ mair (1 + wa + rb + Fv)
定容燃焼終り Z 点から定圧燃焼終り D 点までのチャージ mair (1 + wa + rb + Fv + Fp)
定圧燃焼終り D 点から膨張終り E 点を経由して Blow-Down に至るまでのチャージ mair (1 + wa + rb + Fv + Fp + Fr)

 サイクル各点の圧力 p,温度 T の計算値を,"空気サイクル" の場合と同じように,順に下の 圧力 p - 温度 T - 容積 V 線図に描き込んで行く.

 サイクルなのでサイクリック Cyclic でなければならず,圧縮,熱受容,膨張,Blow-Down と巡った後,再度圧縮が始まる前の状態が前のサイクルと同じでないといけないことは "空気サイクル" でも "燃料-空気サイクル" でも変わらない.

・ 圧縮始め状態,pB, TB, vB*

 吸・排気行程やポンプ損失を考える (吸・排気考慮).しかし,エンジン全開を想定し,ディーゼル機関なので,火花点火機関の部分負荷時のような大きなものではない.容積効率ηv=0.85 とする (吸・排気考慮).圧縮始め圧力 pB を大気圧より少し下に採り (吸・排気考慮)pB=100 kPa とする.圧縮始め温度 TB については,先と同じように,圧縮開始時に残留ガスと吸入新気とが混じってチャージになると扱って温度を決める.


 いま残留ガス温度を,Tr=930 K と仮定する.粟野の方法を簡便化した計算法に,TS=300 K,ε=16,ηv=0.85 を入れて,

TB=367 K (94° C),rb=0.0256 を得る.乾き空気単位質量あたりの比容積を考えて,

RB=287 J/(kg⋅K),pB=100 kPa,TB=367 K を入れると,vB*=1.097 m3/kg と出る.

・ 圧縮終り状態,pC, TC, vC*

 圧縮開始から終了への二点間の変化過程を断熱とはせず,燃焼室壁から熱の出入りがあるとして扱う.簡便であるといえども 冷却損失 を表現する.圧縮行程の端緒では壁から受熱,圧縮途中から壁への放熱になる過程であるが,圧縮行程全体としては放熱であるとして,ポリトロープ変化過程で表す.dV <0 であるから κ > n である.両者の差が燃焼室壁からの熱損失の程度を示す.ここではポリトロープ指数を n=1.32 とする.ボア Bore: 90 - 110 mm くらいを頭においている.このポリトロープ指数 n の値はまずはエンジンのサイズに左右され,シリンダ径の大きいエンジンほど大きいはずのものである.

n=1.32,pB=100 kPa,TB=367 K を入れると,pC=3885 kPa,TC=891 K,vC*=0.0686 m3/kg と圧縮終り点 C が知られる.

 ディーゼル機関ではここの空気で燃料を加熱して着火させるので,始動時などを除き一般に,圧縮終り温度を 600°C くらいに なるようにする.そのための設計変数が圧縮比 ε である.ここでは圧縮終り温度が 618°C となるので,指定されている圧縮比 ε=16 が適切であったことになる.

・ 定容燃焼終り状態,pZ, TZ, vZ*

 燃料がすべて供給されたとき,チャージの空気過剰率 λ は 1.3 になると設定されている.乾き空気単位量あたりのこの燃料量は Ff,与えられた燃料のうち 8 % は必ず "後燃え" にまわるとする.92 % の燃料が定容燃焼過程と定圧燃焼過程とに振り分けられる.定容燃焼過程に与えられる燃料量 Fv が多いと,燃焼最高圧力が高くなる.設計ではエンジンの燃焼最高圧力をどの程度にするかは初期段階で想定される.ここでは圧縮比 ε も事前に ε=16 と置かれているので,燃焼最高圧力を与える替わりに圧力上昇比 =pZ/pC=1.70 と与えられている.

いま,92 % の燃料を二つに分け,定容燃焼過程に 31 %,定圧燃焼過程に 61 % に振り分けられたとすると,

供給燃料量 空気過剰率 λ
圧縮終り C 点で供給される燃料量 Fv 0.31/(14.6*1.3) 4.2
定容燃焼終り Z 点で供給される燃料量 Fp 0.61/(14.6*1.3) 1.41
定圧燃焼終り D 点で供給される燃料量 Fr 0.08/(14.6*1.3) 1.3
総燃料供給量 Ff 1/(14.6*1.3) 1.3

圧縮終り C 点で Fv の燃料が供給され,その発熱で定容燃焼終り Z 点に至る.この過程は次式のように表現できる.

(1 + wa + Fv)/(1 + wa + rb + Fv) なる比が付いているのは,残留ガスを含まない燃焼ガスの線図を残留ガスを含む場合に拡張して使うからである.燃焼ガス線図を用意する立場からは,残留ガス量は圧縮比を変えると変わるものの,無限に多くの線図を用意することはできないので,新気でできる燃焼ガス線図を補正して使えというのである.「''」 とあるのはそれが混合気ではなく燃焼ガスの値であることを意味する.

 ここでは乾き空気単位質量あたりの示強量で表すが,先に出てきた添記号 * は残留ガスなどを考慮に入れた示強量,添記号 ** は残留ガスなどを考慮に入れない示強量を表す.例えば,mair (1 + wa + rb + F) kg の燃焼ガスの内部エネルギーを U [J],容積を V [m3] とすると,u*=U/mairv*=V/mair である.u** というのは,湿り空気 mair (1 + wa) kg と燃料 F kg とから生じる燃焼ガスについての内部エネルギーを,乾き空気単位質量あたりで示したものである.

 上式で Fv の燃料が完全に燃えると出る熱量であり,ηh は不完全燃焼と冷却損失とをひっ包めた効率である.燃焼効率 ηc はほぼ 1 で不完全燃焼分は極々小さく,ηh はほぼ燃焼中の 冷却損失 を表現する.ここでは ηh =0.85 にとる.圧縮終り C 点でチャージが持つ内部エネルギーに,冷却で幾分逃げるにせよ燃料の燃焼で熱が加えられて定容燃焼終り Z 点の内部エネルギーになる.この過程は,比熱の温度依存性熱解離を考慮して,空気過剰率 λ =4.2 の u**-T 線図を内挿で作ってそれを使って求める.つまり,広義の理想気体 として扱う.定容燃焼終り Z 点の温度は TZ=1503 K と得られる. Z 点の圧力は,

で得られる.チャージのガス定数 RgZ は,その温度・圧力に応じたものを採らねばならないが,この段階では常温空気のそれとほとんど違わない. 値を入れると,pZ=6658 kPa になる.これから,圧力上昇比 =pZ/pC=1.71 であり,指定された =1.70 に充分近いから.定容燃焼過程に燃料の 31 % を割り当てたのが適当であった知れる.一致が悪い場合には割り当て量を仮定し直して,一致するまで繰り返す.

・ 定圧燃焼終り状態,pD, TD, vD*

 定容燃焼終り Z 点で あらたに Fp の燃料が供給され,その発熱で定圧燃焼終り D 点に至る.この過程は次式のように表現できる.

Fp の燃料が完全に燃えると出る熱量であり,定容燃焼過程と同じようにここでも燃焼中の 冷却損失 を考え,ηh =0.85 にとる.定容燃焼終り Z 点でチャージが持つエンタルピに,有効燃焼熱 が加えられて定圧燃焼終り D 点のエンタルピになる.この過程も,比熱の温度依存性熱解離を考慮して,空気過剰率 λ =1.41 の h**-T 線図を内挿で作ってそれを使って求める.つまり,広義の理想気体 として扱う.定容燃焼終り D 点の温度は TD=2228 K と得られる.これがこのサイクルでの最高温度である.空気サイクルでの 3437 K から見れば充分現実的な温度になっていることが解る.チャージのガス定数 RgD は,その温度・圧力に応じたものを採らねばならないが,この段階でも常温空気のそれと大きくは違わない.D 点の比容積は,vD*=0.105 m3/kg と得られる.

・ 膨張終り状態,pE, TE, vE*

 ピストンの下降とともにチャージの温度・圧力が下がり,それに応じて解離していた原子・分子の再結合が進み,熱量として戻ってくる分がある.一方,チャージの温度は燃焼室壁に較べて充分に高いので,壁からの熱損失も大きい.さらに,ディーゼル機関では燃料噴射最後期の液滴流粒径が大きく,それが燃え切るのに時間がかかる.いわゆる "後燃え" である.それはこの膨張行程における発熱である.先にこの "後燃え" を全噴射燃料の 8 % と評価してあった.

 膨張行程では,dV >0 であるから,熱損失があるとき n > κ であるはずであるが,実際の機関では n = 1.1-1.27 が報告されている.もちろんこの段階では作動流体は燃焼ガスであるから,比熱比にしろ断熱指数にしろ,常温空気の比熱比 κ= 1.4 よりは小さい値になっている.ここでは,定圧燃焼終り D 点からピストン膨張が終る E 点までの過程において,熱損失が後燃えと解離熱放出との熱発生で打ち消され,あたかも断熱であるかのように変化するとして取り扱う.全噴射燃料の 8 % がこの過程で 冷却損失 となる.すなわち,

ここに はこの膨張過程の断熱指数であり,D 点の比熱比と E 点の比熱比との算術平均をとれば良い近似になると言われている.このとき, は膨張終り温度 TE の関数になるから,TE は試行錯誤でしか求めることができない.膨張終り圧力は,

である.κD= 1.253 である. いま TE=1200 K, κE= 1.276 と仮定すると,= 1.264, TE=1199 K と求められる.膨張終り圧力は pE=343 kPa である.

・ Blow-Down 状態,pr, Tr

 排気管内圧 pr を大気圧より少し上に採り (吸・排気考慮)pr=102.6 kPa とする.ここは空気サイクルの場合と同じように,膨張終り状態から大気圧へ断熱膨張したとして,

で,κ= κE= 1.276 として,残留ガス温度を Tr=924 K と得る.この値は仮定した Tr=930 K とまずまず近いから,これでサイクルとして廻るとすることができる.

 最大圧力:6.66 MPa,最高温度:2228 K, 圧力上昇比 =pZ/pC=1.71,締切比 σ=vD*/vZ*=1.53 というサイクルになっている.

・ 得られる図示仕事,wBC, wZD, wDE と熱効率

 チャージの質量 1 kg あたりで考えて,圧縮仕事:wBC,燃焼仕事:wZD,膨張仕事:wDE はそれぞれ,

圧縮仕事:wBC=491 kJ,燃焼仕事:wZD=242 kJ,膨張仕事:wDE=1228 kJ となり,時計廻りの図示仕事量 wi,pswi =979 kJ である.吸・排気仕事は反時計廻りの図示仕事 wi,ng であって,

wi,ng=2.7 kJ で,ディーゼル機関のポンプ損失は無視できるほど小さい.燃料の発熱量に対応する供給熱量 q1 は,吸入空気量が違っても空気過剰率は同じであるから,単位空気量当たり q1=2318 kJ であって,図示熱効率 ηiηi= (wi,ps - wi,ng)/q1 =0.42 となる.きわめて常識的な値が得られ,こういう計算手法でなら現実的なサイクルが確定でき,エンジンの設計,おおまかな出力予測などが可能になる.残留ガス温度,圧縮始めの温度を評価するにもこういう手法を経る以外にない.

 このサイクルでの冷却損失割合は 0.92×(1- 0.85) + 0.08 = 0.218 である.図示熱効率 ηi=0.42 であるから,残りは 0.36 である.これは排気として低熱源へ捨てた熱量であって,ここでは膨張終り E 点におけるチャージの内部エネルギーにあたる.空気過剰率 λ =1.3 の u**-T 線図を使ってそれを求めることもできる.


"空気サイクル" "燃料-空気サイクル" を図で比較する

 先の図を重ねると,"空気サイクル" と "燃料-空気サイクル" の比較が容易になる."燃料-空気サイクル" に較べると "空気サイクル" がどれほど仮想的なものであるかが知られるであろう.


・ さらに現実のサイクルに近づけるには

 このページでは,"燃料-空気サイクル" を説明するに当たって,"空気サイクル" との対比で説明しようとして,サバテサイクル Sabathé Cycle の形を残した.燃料は定容燃焼過程と定圧燃焼過程で熱に変わるとしたのがそれである."燃料-空気サイクル" という取扱い方では,作動流体が広義の理想気体である点は外せないものの,それ以外については明確には規定されていない.サイクルの各プロセスすべてを断熱であるとする取扱い方もあり得る.その場合の "空気サイクル" と"燃料-空気サイクル" との差の大半は,比熱の温度依存性に因るものであって,熱解離の影響は比較的小さい.

 ここでは設計にも使える "燃料-空気サイクル" を目指したため,断熱で留めず,さらに進めて,冷却損失や吸・排気過程も考えに入れた.それゆえに,圧縮行程のポリトロープ指数が n=1.32 であるとか,燃焼中に熱は 15 % 逃げる (ηh=0.85) とか,後燃えが 8 % あるというような,いわゆる経験定数が導入されている.これらの経験定数が,ある程度,実験的な裏付けがあってのものであるなら,それで得られたサイクルは現実の状況に近い値を与える.しかしながら,逆にそれ故に,これまでと全く異なった形式のエンジンを予測するというような新規設計への対応性はない.圧縮行程のポリトロープ指数 n にしたところで,エンジンのサイズだけでなく,燃焼室形状やスワールの強弱などにも左右される.また,現今では吸入系の脈動効果が充分吟味されており,容積効率は ηv=0.85 あたりのかつての値ではなく,ηv=1.0 とおいて差し支えないようにもなってきている.

 指圧線図の形をさらに実機のそれに近づけようとするなら,サバテサイクル Sabathé Cycle で,C -> Z -> D なる直線で角張った形を残さず,この定容燃焼過程,定圧燃焼過程,後燃えのところを二つの Wiebe 関数 で与えるなどの方策をとる.もちろんそれとて新規設計への対応性はない.しかし,使い途はいくつもある.例えば,そういう熱発生パターンが実現できればこういう性能になるという Feasibility Study になら使える.Wiebe 関数については,ページを改めて掲載してある.


 Still not fixed.


名古屋工業大学 機械工学科の 「エンジン工学」 という科目で講義していた内容の一部,もしくはそれをすこし増補したものである.
読者を想定している書きようであるかもしれないが,聴講者のある講義が基であるがゆえであり,本稿の趣旨は自分のためのこころ覚えである.

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