ディーゼル噴霧
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Diesel Spray


 このページで述べるディーゼル噴霧ができる際に 燃料液滴の加熱・蒸発 などの過程があり,そのディーゼル噴霧にシリンダ内燃焼室空間に生じた スワール,スキッシュなど の空気流動が作用して,ディーゼル機関の 混合気生成と燃焼 へとつながる.

 さらに,熱発生速度/熱発生率Wiebe 関数燃料-空気サイクル数値例 などとも深く関連している.噴霧の液滴粒度分布は未稿である.




 ディーゼル機関では,燃料は圧縮上死点付近で高温・高圧の空気中へと液体で噴かれる.燃料噴射ノズルの噴孔から出た液体燃料は分裂を繰り返して微細化して,球形液滴の群れになると同時に,周囲空気と混合する.上,左の図は "ディーゼル機関の着火と燃焼" のページ冒頭に挙げた噴霧の写真であるが,ここでは代表的な燃料噴霧一本が水平に左から右へ出ているように表示されている.このページでは,単一の燃料噴霧について詳しく取り上げる.模式的に描けば上,右図のようである.この図に示唆したように,燃料噴霧はしばしば対向壁に衝突し,その際には,自由空間を飛行する噴霧に較べてさらに複雑な挙動を示す.
 

燃料噴霧の三要素

 従来から,ディーゼル機関の燃料噴霧が具備すべき要件を分類して,以下の三要素が指摘されている.

1) 霧化, Atomization: 燃料液滴を細かい粒にして,速やかな燃焼をはかる.

2) 分散, Distribution: 燃料液滴を燃焼室空間に均一に分布させ,酸化剤としての空気を満遍なく使う.空気利用率という用語は空気過剰率の逆数と定義されるが,それが言葉どおりの意義を持つのは燃料と酸化剤との比が空間的に偏らないで,均一に拡がったときである.

3) 貫徹, Penetration: 燃料液滴の分散を実現するには,噴射ノズルから燃焼室空間の最遠部に燃料液滴を送らなければならない.すなわち,空間を貫徹する力がないといけない.

これらの要素は互いに Trade-Off の関係にあり,例えば,霧化を図って油滴径を小さくすれば,貫徹力が無くなるなどである.現在は旧に較べて高圧噴射・噴射ノズル噴孔小径化が一般的になっていて,Trade-Off 関係がかなり緩くなっている.


燃料噴霧の運動量理論

 燃料は噴射ノズル噴孔から数百 m/s の速度で燃焼室に噴射される.筒状燃料 Solid Core から液滴へと分裂して噴霧 Spray になる.噴霧は周囲空気を内に巻き込みながら前進する.これは噴霧への空気導入 Air Entrainment である.小径液滴では空気抵抗を受けて急速にその速度を落とす.すなわち,噴霧の有する運動量は空気へと伝達される.つまり運動量の交換が起こる.それによって燃料噴霧中心軸に沿った空気の流れが誘起される.その流れに乗って滴は遠くへ運ばれる.以下は,こうした経緯を比較的簡単に記述した,和栗らによる噴霧の運動量理論* である.右図がその説明であり,噴霧の長さ,到達距離の指標にこの取り扱いは今でも広く使われている.


 点線で囲まれたような検査面を採り,左端面を 0,右端面を 1 とする.燃料は 0 で供給され,その容積流量を ,密度を ρf,噴出速度を w0,噴孔直径を dn とする.右端面 1 は噴射ノズルから x だけ離れており,その距離は充分大きく,そこでは液滴は周囲空気との相対速度を失って,w1 なる速度で空気と共に流れている.そこの容積流量は である.導入される空気の密度は ρa である.この検査面内で流れは定常であるとする.噴射された燃料が有した運動量は右端面 1 から流れ出る燃料+空気の運動量に等しい.すなわち,

 右端面 1 は噴射ノズルから充分離れており, であると考えると,
 という関係から,

 噴霧の拡がり角 θ についてはここでは詳しくは述べないが,ρf/ρa のみの関数である.t は時間,であり,上式を θρf/ρa を一定として積分すると,

を得る.時間の平方根 に沿って燃料噴霧が発達して行くことが知られる.これが基本概念である.

 右端面 1 における空気の質量流量は ,燃料の質量流量は であるから,距離位置 x 断面における噴霧内部の混合比は空気過剰率 λx で表して,

ここに,(A/F)th は 理論空燃比 である.噴霧の到達距離の目安は空気過剰率 λx が 1 になる距離位置 x である.通常,この距離は噴孔直径 dn の数百倍である.

 * 和栗雄太郎, 藤井勝, 網谷竜夫, 恒屋礼二郎, ディーゼル機関燃料噴霧の到達距離に関する研究, 日本機械学会論文集, 25B-156, (1959), 820-826
 * この運動量理論について,その成立の過程を含め詳しい解説が最近出た.ここへ来られた方にはより深い理解に到達する一助となろう.調 尚孝:ディーゼル機関の燃料噴霧運動量理論 (和栗雄太郎先生の業績を振り返る),日本液体微粒化学会誌「微粒化」22-77, (2013), 164-175

 P. H. Schweitzer は燃料噴霧形状は相似であると述べ,その相似則を右図のように表した*2.ここに Lpn は噴霧先端到達距離,空気の密度は ρa,0 は大気圧下空気密度である.ΔpE は噴射ノズル噴孔における燃料と空気との圧力差であり, は上の燃料噴出速度 w0 と対応する.燃料噴射の条件が変化しても,噴霧先端到達距離 Lpn の噴射ノズル噴孔径 dn に対する比は,時刻 t についてほぼ平方根の一本の曲線上に乗る.つまり,和栗らの運動量理論と同じ結果が実験結果として与えられている.

 *2 Sass, F., "Bau und Betrieb von Dieselmaschlnen II: Die Maschinen und ihr Betrieb, Ein Lehrbuch für Studierende", (1948), 272, Berlin, Heidelberg, Springer

 Sandia National Laboratories の Web site に着火・燃焼が無い場合の 噴霧のシュリーレン写真が動画で 出ているので参照されたい.


 燃料噴霧への空気導入は上述のようであり,それは基本概念として過たないが,実際の現象はもう少し複雑である.右図は噴霧の発達に伴う空気導入の経緯を空気の半径方向速度パターンで表したものである*3.噴霧前端部分には大きいスケールの渦が形成されて,噴霧の前 1/3 くらいのところでは,空気の半径方向速度で表現すると,内部から外向きの速度成分が勝るようになる.

 *3 Ha, J. et al, "Experimental Investigation of the Entrainment into a Diesel Spray", SAE Paper 841078, (1984)

 現実にはこのような時期になると,燃料の蒸発も進み,可燃性混合気のなかで燃料の熱分解と着火まえ酸化反応が起こり,程なく着火する.燃料噴霧のどの部位でどのように着火し,本格的な燃焼に移行するのかというのが次の問題である.


 ディーゼル噴霧が着火に至って,燃焼する過程は,上の説明から容易に推測できるように,燃料と空気の混合 Fuel/Air Mixing に強く支配される現象である.J. Dec が,光学計測の結果から,噴霧が着火した直後の噴霧の状況を概念的に図示した*4 のが右の図であって,広く知られている.燃料液滴が存在するのは噴孔から 23 mm までであり,燃料供給が継続されても,これより先では燃料はほぼ気化しているとしている.最初着火は,図で Rich Fuel/Air Mixture となっている部分まで噴霧が発達したときにその部位にて起こる.その後この位置から先の噴霧外周部に図にあるような拡散火炎ができる.着火段階およびそのあと,図示の 70 mm に発達するまで,空気導入は充分でなく,噴霧外皮部を除き,化学反応の多くは過濃の下に進行し,噴霧の頭となる部分内奥では高い "すす" Soot 濃度が観測される.この噴霧頭部はひとつ上の図で,半径方向外向き速度成分があるところに相当する.噴射開始からの経過時間は 1.4 ms である.

 *4 Dec, J. E., "A Conceptual Model of DI Diesel Combustion Based on Laser-Sheet Imaging", SAE Paper 970973, (1997)


 J. Dec の概念図では,着火の状況や最初の着火部位が明確でなかった.そのことと共に,すす Soot の生成・消滅をを含め,ディーゼル噴霧の初期挙動を総括的に明らかにしたのが下掲の小酒らによる研究*5 である.噴孔径: 0.15, 噴射圧: 100 MPa,燃焼室内空気圧: 2.7 MPa という条件下である.

 着火まえ低温度酸化反応の進行がホルムアルデヒドの観測で捉えられており,それが左手二つの図の緑色で示される.上でいう噴霧の頭にあたる部分のほぼ全域で前炎反応が進み,その内部が着火開始点になる.着火はホルムアルデヒドの消滅で捉えられる.噴霧の先端から着火するのではないことに留意されたい.この頭部,緑色は僅かな時間遅れはあるものの,ほぼ一斉に着火し,これがサバテサイクルの定容熱供給,つまり 予混合的燃焼・爆発的燃焼 である.このことはその下の熱発生率曲線 ROHR を見れば,最初の細い急峻なピークになっていることから確認できる.左から三つ目の図で,この着火誘導期・前炎反応期間におなじ部位ですでに "前すす物質" PAH, Polycyclic Aromatic Hydrocarbons が出来していることも併せて教えている.

 右端の図が上の J. Dec の概念図に相当する.ただし,経過時間は 2.7 ms であり,着火直後とは言えない.すす Soot の生成・消滅をテーマにした図ではあるが,必ずしも本来の目的ではなく,噴霧が着火して燃焼へ移行した時期の様子を知るという見地からだけでも充分有用である.噴霧頭部に生じた渦流れと噴霧の運動量による空気導入流れとが干渉する様子など,こちらの方が流れの状況と経緯の詳しい表出になっている.

 *5 Kosaka, H., Aizawa, T. and Kamimoto, T., "Two-Dimensional Imaging of Ignition and Soot Formation Processes in a Diesel Flame", Int'l J. of Engine Research, 6-1, (2005), 21-42
 小酒,Drewes,Luca,飯田,神本,非定常噴霧内のホルムアルデヒドの二次元可視化,日本機械学会論文集,66B-647, (2000), 1905-1911


 これらと同等の,単一噴霧の着火燃焼挙動が動画で 同じく Sandia National Laboratories の Web site に出ている.ただし,上に出て来た 「燃料液滴が存在している噴孔からの距離」 を "Lift-off Length" と名付けて,着火遅れとして取り扱っているのはいただけない.現象に沿った呼び名であるとは言えない.

 これらは比較的静的な,高温・高圧の空気雰囲気に噴射された単一ディーゼル噴霧の挙動である.浅皿型燃焼室 を持つ大型ディーゼルの燃焼はこれにかなり近い.冒頭に述べたように,小型高速ディーゼルでは,こうしたディーゼル噴霧にシリンダ内燃焼室空間に生じたスワール,スキッシュなどの空気流動が,また,そこでの乱れの強度やスケールが作用して現実のディーゼル燃焼になる.さらには,噴霧の壁面衝突などの現象も加味して考えて行かねばならない.ディーゼル燃焼過程についての影響因子を抽出した図 を参照されたい.


 「燃料-空気サイクル数値例」 のページで,ディーゼル機関の 圧縮終り温度 の目安を 600o C,900 K くらいにするとした.それはディーゼル噴霧が噴かれて着火する,そのために用意すべき空気温度の目安である.このページに示した J. Dec や小酒らのデータがそういう温度になっているところを読めば,ディーゼルエンジンの作動サイクルとの関連が見えてくる.


  Still not fixed.


名古屋工業大学 機械工学科の 「エンジン工学」 という科目で講義していた内容の一部,もしくはそれをすこし増補したものである.
読者を想定している書きようであるかもしれないが,聴講者のある講義が基であるがゆえであり,本稿の趣旨は自分のためのこころ覚えである.

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