熱発生速度 熱発生率 Rate of Heat Release, ROHR



熱発生速度,熱発生率 Rate of Heat Release, ROHR
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 シリンダ内チャージの圧力をその時間経過として測定するには圧力変換器,指圧計 Pressure Transducer, Pressure Indicator, Pressure Pick-up が必要である.指圧計としてよく使われるものは,歪みゲージ式と圧電式であり,それぞれに長所,短所を併せ持ち,適材適所で使用される.右図は水冷歪みゲージ式圧力変換器の一例である.

 圧力情報は電圧出力にして得るが,電圧出力を得るためには Conditioner とか Charge Amplifier などで駆動されなければならない.圧力変換器を自作するのは難かしいから,一般には測定器メーカから購入しなければならないが,それを駆動するための Conditioner や Charge Amplifier などは,電気回路と部品を選び,慎重に配置すれば,自作しても測定器メーカの既製品より十分精度の高い良いものを得ることも不可能ではない.歪みゲージ式/Conditioner圧電式/Charge Amplifier については別稿で述べる.

歪みゲージ式:共和電業,  圧電式:Kistler, AVL

 シリンダ内圧力履歴を採取することは,エンジンの作動状況を知るうえでの比較的簡単な一手法である.エンジン業界でインジケータ Indicator といえば指圧計のことである.圧力経過を図示したものは 指圧線図 Pressure Diagram と呼ばれる.比較的簡単とはいうものの,別稿にも述べたように,最低限の配慮は必要なので,気を抜いてはいけない.


 シリンダ内で発生した熱量 Qchem のうちのいくらかが,シリンダ壁,シリンダヘッド内壁面,ピストン頂面からの熱伝達で失われ,その差し引きの結果 Qchem - Qloss としてシリンダ内チャージの圧力は現れる.m kg のチャージについて,それを 広義の理想気体 として扱い,漏れがない 準静的過程 Quasi-static process を考えると,

ここに,Q: 熱量,U: 内部エネルギー,p: 圧力,V: シリンダ容積,T: 温度,cp: 定圧比熱,cv: 定容比熱,R: ガス定数である.
理想気体を仮定しているから,

 であって, なる関係から, となり,これを代入すると,

 と得られる.クランク角度 θ あたりでは,

となる.これが放熱の差し引かれた熱発生速度を表示する式である."みかけの" 熱発生速度 Effective Rate of Heat Release と呼ばれ,燃料の化学エネルギーが放出される速度そのものではないが,エンジントルクの源となる実質的な熱量の生成速度である.しばしば "熱発生率" という表現が用いられるが,"割合" という意味ではないので,徐々に "熱発生速度" に置き換わりつつある.

 火花点火機関では熱発生速度のパターンが議論されることはそれほど多くないが,ディーゼル機関では,その燃焼経過:予混合的着火・燃焼/拡散燃焼/後燃え,の把握には,なによりもまずこの熱発生速度が引き合いに出される.しかしながら,燃焼は圧力依存の大きい現象であるから,指圧線図を見ることなく,熱発生速度のみで論じるのは片手落ちであって,必ず指圧線図を併掲して見るべきである.

 n モルのチャージについて考え,

から始めても同じ関係式が得られるが,ここでは,化学反応による燃料の酸化過程で,発熱に伴い,チャージのモル数が変化することを想定しているから,この表現は採らない.ここに は定容モル比熱 (定容分子熱) である.漏れが無いと仮定すれば,質量 m には変化が無い.

 燃焼室容積 V の変化については,直接計測は困難であるため,クランク角度位相を知って,それから算出する.ピストン・クランク機構のページで述べたように,

ここに,Vh は行程容積,Vc は TDC における隙間容積である.ストロークは であり,

と表すことができるから,単位クランク角度あたりの容積変化は,


 圧力履歴から熱発生速度を求めた例を右図に示す.指圧線図と併せて描いてある.ディーゼル機関ではなく,天然ガスを燃料とする予混合圧縮自着火 (HCCI) 機関の着火時期制御をホルムアルデヒド添加で実現したものである.その添加量を加減すれば,熱発生時期を人為的に動かせて,上死点を跨ぐようにもでき,エンジンとして成立する.

 この熱発生速度曲線は,クランク角度で 0.25o 間隔で採取された単サイクル圧力履歴データから得られたものであり,以下に述べるような平均化がなされていないため,ギザギザが出ている.


熱発生速度を得るにあたって注意すべき事項

 サンプリング間隔とノイズの除去

 クランク角度についての微分量を扱うため,圧力データに高周波ノイズが乗っていると大きな誤差になる. まず,圧力データのサンプリングレートとしては,クランク角度で 0.5o 以下,できれば 0.1o 間隔とするのが良いといわれている.100 サイクル以上の,採取位相ごとの Ensemble Average を取ってから計算を始め,そのときでも当該圧力データの前後二点を加えた五点で数値微分するというような平滑化が必要である.100 サイクル以上の Ensemble Average で White Noise はほぼ消えるとされる.それゆえ,非定常運転で,サイクルごとに結果を得るのはなかなか難しい.圧力の値そのものは 12-bit 以上の分解能で読むべきであると言われる.クランク角度信号を得るには一般にロータリエンコーダが使われる.

3600 P/R ロータリエンコーダ:小野測器オムロン多摩川精機


 比熱比 κ の変化,チャージの組成変化をどう評価するか

 もともと,燃焼中の熱発生状況を知ろうとしているわけであるから,シリンダ内チャージの組成は刻々変化する.dQ/dθ の式には κ と dκ/dθ が含まれている.それにしても,シリンダ内チャージの主成分は窒素 N2 であるから,大雑把には比熱比 κ の変化を無視して,一定値,例えば κ=1.33 などとする.しかし,もう少し丁寧にやろうとするなら,温度や圧力を見積もったうえで 化学平衡組成 を計算したり,シリンダ内ガスサンプリングのデータを併用したりして,比熱比 κ の変化を繰り入れなければならない.組成には空間的な不均一もあるがそこまではこういう熱力学的な算法では評価できない.零次元近似がなされているのと等価である.また,ディーゼル機関では燃焼中にも燃料は噴射されていて,刻々シリンダ内チャージの質量も変化している.下記の上死点 TDC 位置の問題をも含め,厳密にやろうとしたときには悩みは尽きない.熱発生速度を積分して,燃料の化学エネルギーのうちいかほどが実質として獲得できたかを知ろうとするようなときには,どれだけ慎重になってもし過ぎることはない.定量性を云々するときには,チャージの漏れも無視できない.


 上死点 TDC をどう定めるか

 もうひとつ重要なことは,クランク角度位置の精度あるいはその瞬間の燃焼室容積の評価,別の言い方をすれば,上死点 TDC をどのように設定するのか,ということである.フライホイールの目盛で与えられる静的な上死点 TDC と,暖機後のエンジンで燃焼室容積が最小になる位置とは同一でない.ピストンに慣性力がかかる,連接棒両端のピストンピン/クランクピン軸受に隙間がある,サイドスラストの変化によりピストンが首を振る,というようなことが主な理由である.

 これを解決する決定的な方法は無いが,暖機後冷却水温を保った上でモータリングし,シリンダヘッド側から探針を出し,探針とピストンとの間で電気容量を測って,それが極値となる位置を上死点 TDC とする,などの手法を試みたことがある.これと同等の "TDC Sensor System, 2629B" なるものが Kistler 社から売り出されていることを最近知った.これらとて非燃焼モータリング条件下のものであって,なお検討すべき問題は放置されたままであることに変わりはない.

 "運転しながら上死点を定める簡便な方法" というのをひとつ末尾におまけとして添えた.悪くないのであるが,確認したという実感に乏しい方法ではある.実稼働下で決めるのはこれしかないかもしれない.しかし,燃焼室容積 Vθ をクランク角度 θ の関数として与えた上で熱力学的な容積の効果を観測することになるので,それで容積を実測したことになるのかどうかは疑問である.もちろん,モータリングして,圧力最大のところを上死点 TDC とするというよりは,はるかに合理的である.

 クランク角度位置を正確に設定できなかったことによる精度低下については,宮本・村山の解説* に詳しい.* 宮本・村山,ディーゼル機関における熱発生率および燃焼率の算出方法とそれに伴う誤差要因について,内燃機関 18-224 (1979),山海堂.


 準静的過程という仮定は

 冒頭で,作動流体を広義の理想気体として扱い,漏れがない準静的過程を考える,とした.広義の理想気体とすることについては問題ない.準静的過程という意味はまずはチャージに流れや圧力勾配が無いという意味である.いま簡単に単位量の 量論混合気のチャージ を想定するとその質量は 0.62 g, 熱発生は最大値ながらほぼ 1716 J である.このチャージが 15 m/s で動いているときに持つ運動エネルギーは 70 mJ であり,100 m/s で 3 J である.これから準静的過程でないための誤差は 1 J を越えることは無いであろうと推測できる.つまり 1716 J のうちの 1 J というオーダの話である.

 準静的過程であるかどうかについてはこの程度であるが,チャージの漏れについては,漏れの量に応じて,そのまま直接誤差につながる.漏れ量の評価は別途やらなければならない.


 真の熱発生速度は

 圧力履歴から得られた熱発生速度は,シリンダ周囲壁からの放熱が差し引かれた "みかけの" 熱発生速度 である.燃料の化学エネルギーが放出される速度を知るためには別途壁からの放熱速度を評価する.化学反応の進展を云々するならこれは欠かせない.

 壁からの放熱速度 については,ごくごく簡単には,熱伝達率を実験式で与えて計算する.これは第零近似である.熱伝達率実験式は平均ピストン速度と温度・圧力の関数になっているだけであるから,乱れ強化の影響などを入れられないし,箇々のエンジンについて細かく合わせることはできない.また,それらの実験式は大型のディーゼル機関が対象になっていて,小型のエンジンにはあまり合わない.あくまで第零近似であり,第零近似という意味は "無いより増し" ということである.

 壁表面の温度履歴を計測して,半無限固体の熱伝導を仮定して放熱速度を求めるのが正統的なやり方である.表面熱電対の作り方にはそれなりの Know-How があり,これについては 燃焼室壁からの熱損失 というページで述べる.表面と同時に表面からいくらか距離を置いた奥の温度を測って熱通過速度を出すという方法もある.もちろん,これらとて,ピストン頂面,シリンダヘッド内面,シリンダ側面でそれぞれ違った壁表面温度履歴を示すであろうが,それらを同時に計測するのは大仕事なので,たいていはどこか一箇所で代表させている."真の" 熱発生速度を得るのは容易なことではない.


熱発生率,熱発生速度を表示するにあたっては,指圧線図なしであってはならない

 エンジンのシリンダ内燃焼は圧力依存性の高い現象であるから,指圧線図抜きで,熱発生率,熱発生速度線図だけを表示して議論するのは,現象の理解を妨げ,場合によっては誤解を生むことになる.指圧線図と熱発生率,熱発生速度線図とでどちらが現象を多く表現しているかを言えば当然前者である.指圧線図だけでも,どの程度熱が出ているのかということは容易に見て取れる.熱発生率,熱発生速度線図は付帯的なものと承知されたい.僅かな圧力上昇であってもそれが現象全体の Key になっていることがしばしばである.


・運転しながら上死点を定める簡便な方法

 いま圧縮過程がポリトロープ変化で表されるとすると,ポリトロープ指数を n, そのときのシリンダ容積を Vθ として,

このとき,シリンダ内圧力の変化は次のように表現できる.ここに,θ: クランク角度,Ap: ピストン面積 (シリンダ断面積),ω: 回転角速度である.

xθ は燃焼室を円筒と看做して換算したときの燃焼室高さ,xcl は上死点でのそういう燃焼室隙間高さ,xs は上死点からのピストン移動距離であり,ピストン速度を vB として, である.ピストン-クランク機構 のページで示したように,


 すなわち,dp/dt は各クランク角度において,ポリトロープ指数 n をパラメータとして算出でき,その最大値 がどの位相に当たるかを予め押さえておくことができる.

 一方,指圧線図を採取していれば,その 微分経緯 が得られ,その最大値 がどこにあるかがわかる.特に 圧電型指圧計とチャージアンプ の組み合わせでは,"Zero" スウィッチを押せば微分波形が出るので直読できる.燃焼の位相が上死点前にある場合には燃焼の熱発生と重なって分別できなくなるので,そのときには一時的に噴射時期を遅らせるなどして,圧縮過程での が見えるようにする.指圧線図を採取しているので,圧縮過程の二点を選んでそこの p, Vθ 関係からポリトロープ指数 n を評価することができる.とは言っても,クランク角 θ はまだ定まっていないから,静的に得られている値などで近似せざるを得ず,Vθ の不確定性が残り,得られるポリトロープ指数 n も見積りの域を出ない.しかし, 位相に対するポリトロープ指数 n の効果は比較的小さいので,ポリトロープ指数 n の評価がいくぶん甘くても大きな位相誤差にはならない.得られたクランク角位相から指数 n を再計算するなりすればもちろん精度が上がる.指数 n の評価に当たっては圧縮過程での広く離れた二点を選ぶのがよい.ポリトロープ指数 n がどの程度一意性を持つかについては,logp-logV 線図の例 を参照されたい.


 零次元空間モデルであるということ

 シリンダ内におかれた m kg のチャージについての考察であり,最初は,

として,チャージ m kg を微少量に分割できるかのように表現してはいるが,状態式 を入れて,チャージの質量 m kg を表に出ないようにしてしまう.つまり,空間的不均一は考慮されておらず,チャージの "漏れ" ももちろんない.現実には,チャージ中で均一と看做してよいのは圧力 p だけであり,温度 T やガス組成には空間分布がある.

 これまで, 熱発生速度は "熱発生率" という呼び方で,ディーゼル機関の燃焼過程を表現するのに使われてきた.シリンダ内チャージの主要成分は N2 であり,ディーゼル機関では全体としては必ず空気過剰であるからそれでよしとされてきたのであろう.しかし,それでよいという保証はどこにもない.データを見るときに,全体が均一という仮定の下に計算された値であることを忘れてはいけない.


 火花点火機関における "質量燃焼割合" 経過 の求め方

 上のようなことであるから,火花点火機関のように,量論ないしは過濃で,なおかつ既燃部と未燃部という,少なくとも大きく異なる二領域がある場合には,計算結果の取り扱いにはさらに慎重でなければならない.しかし,それはそれで容易なことではないから,火花点火機関の熱発生累積 Mass Fuel Burnt を求める方法としては別途 "Rassweiler-Withrow Burn Rate Analysis Method" のような巧妙な手法が知られていて広く使われる.これについてはのちほど追加する.



 Still not fixed !


名古屋工業大学 機械工学科の 「エンジン工学」 という科目で講義していた内容の一部,もしくはそれをすこし増補したものである.
読者を想定している書きようであるかもしれないが,聴講者のある講義が基であるがゆえであり,本稿の趣旨は自分のためのこころ覚えである.

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