低温度自着火: 着火遅れの混合比依存性
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Mixture Dependence of Ignition Delay
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 混合気の温度・圧力があるところまで持ち上げられると,ある誘導時間を経て混合気は自着火する.その遅れ時間が "着火遅れ Ignition Delay" である.どういう混合気が着火し易いのか,ということを把握しておくと,火花点火機関のノッキングやディーゼル機関の着火を考える元手になる.

 n-Heptane/空気混合気について,その混合気濃度の着火遅れに及ぼす影響を調べたもの*1 が右の図である.横軸は当量比 Equivalence Ratio φ であって,φ=1.0 が量論混合気である.冷炎発現までの遅れ時間が τ1,それ以降,熱炎 Hot Flame 発現までにかかる時間が τ2 であって,それらをあわせて,燃え始めるまでの総着火遅れとし,それが赤線で描かれている.着火遅れ τ を表す縦軸は対数で目盛られている.τ2 を青炎着火遅れとして,青炎の発現時期を規定し,それ以降,熱炎発現までの経過時間を τ3 で表すこともあるが,通常 τ3 はごくごく短いので,τ2 に含めることが多い.

 着火が最も起り易いのは当量比で 0.55 あたりの,かなり希薄 Lean な混合気であると知られる.

 混合気が希薄になると,冷炎着火遅れ τ1 が大幅に長くなる.すなわち希薄の場合には,低温度自着火の区分:着火形態三領域 のうちの,冷炎支配域に分類される着火が観測される.

 この図では,青炎着火遅れ τ2 について,その長さは過濃 Rich 側から希薄 Lean 側に向かってほぼ一直線に短くなり,さらに希薄な方へ外挿できるかのように描かれているけれども,これより先へと外挿することはできないであろう.単に τ1 に較べて,観測できない程に短いに過ぎない.


 一方,混合気が過濃の場合には,冷炎着火遅れ τ1 は青炎着火遅れ τ2 の数十分の一まで短くなって,低温度自着火の区分:着火形態三領域 では,負の温度係数域を通り越して,青炎支配域に分類される着火へと遷移する.

 ノッキングやディーゼルの着火を扱う上では,温度で 900 K あたりの情報が望ましいが,この図の温度条件は 623 - 673 K とかなり低いのが残念である.急速圧縮機による実験という強い制約を受けているがゆえである.それでも,混合気依存性についておおよそのことはこれで分かる.圧力条件については後程確認してここに書き込む.

  1 Jost, W.: "Knock Reaction", Ninth Symposium (Inter'l) of Combustion, (1963), Academic Press, 1013

 上記のデータでは,混合気はピストン圧縮を受けて着火する.自着火そのものの実験結果である.もう少し直接実際のエンジンに関係するデータとして,それ以上圧縮比を上げるとノックするという "ノック限界圧縮比" を燃料別に調べた結果*2 を右にあげる.こちらは伝播火炎と自着火まえ反応とが競合した結果である.上掲の図と同じように.横軸は当量比 Equivalence Ratio φφ=1.0 が量論混合気である.

 量論混合気について見ると,"ノック限界圧縮比" はオクタン価 100 の iso-Octane で 9.2,オクタン価 0 の n-Heptane で 3.5 である.混合比依存性については,最もノックが起り易いのは当量比 φ で 1.2 あたりの,やや濃い Rich な混合気になっている.過濃側に較べ希薄側で比較的はやくノックしにくくなるという状況が現れている.

 上掲の図にあげられていた n-Heptane/空気混合気がこの右の図にも出ていて,そこでは,当量比 φ で 1.15 あたりの,量論比より少し濃い Rich な混合気でノックが起り易く,その性質は他の燃料と大差ない.

 ピストン圧縮だけの場合には,当量比で 0.55 あたりの,かなり希薄 Lean な混合気において着火が起り易かったのに,火花点火で開始される火炎伝播を伴ってエンドガスが圧縮される場合には少し濃い Rich な混合気でノックが起り易いという結果である.


  2 Anzilotti, W. F. and Tomsic, V. J.: "Combustion of hydrogen and carbon monoxide as related to knock", Fifth Symposium (Inter'l) on Combustion, (1955), Reinhold, 356


 "ノック限界圧縮比 Knock Limited Compression Ratio" はまた "臨界圧縮比 Critical Compression Ratio, CCR" と呼ばれる.

 さらに実際のエンジンで,圧縮比 ε と混合気濃度とをパラメータにして,ノックが起るかどうか,火炎伝播が維持されるかどうかを調べて Map で表したデータ*3 を右にあげる.こちらも伝播火炎と自着火まえ反応とが競合した結果であり,燃料はガソリンである.上掲の図とは違い,横軸は当量比 φ の逆数,空気過剰率 Excess Air Ratio λ で表されている.λ=1.0 が量論混合気である.縦軸は上の図にある "ノック限界圧縮比" として見てよい.凹曲線の下側が火花点火機関として,ノックさせずに運転できる領域である.吸気ポート噴射 MPI, Multiport Injection に対して,シリンダ内直接噴射 GDI, Gasoline Direct Injection なら,圧縮比を 1 ないし 2 上げられる.

 混合比依存性に関して,最もノックが起り易いのは空気過剰率 λ=0.83 (当量比で 1.2) あたりの,やや濃い Rich な混合気であるのは,上の図と同じであり,過濃側より希薄側でノックしにくくなる状況が上と同じように表現されている.


 空燃比 A/F=21(空気過剰率 λ=1.5) と希薄なら,圧縮比 ε 15 ないし 17 くらいまで運転できると主張しているとも読める.

  3 Robert Bosch "Automotive Handbook" 8th Edition (2011), p. 384, ISBN 978-0-8376-1686-5. この図の出典となる論文などは示されていないので,エンジンのサイズや運転条件などの詳細は分からない.図が含まれている章は Daimler AG, Stuttgart の人三人の執筆である.


 上の図を見る限りでは,ノック解消にはリーン側にメリットがあると受け取れる."Engine Technology" 誌,No. 48, (2007 年 2 月,山海堂) に出た落合哲郎氏による記事の中に,M. A. Dorgham: Ford Energy Report, (1982) からの転載で図 12 として,同じ主旨の,当量比に対するノック限界圧縮比 CCR を示したものが紹介されている.当量比 1.1 くらいの Rich 側で CCR は最小になっている.加えて,Rich 側に振ったときの上昇が Lean 側に振ったときより緩やかである.図では,当量比 0.9 と 1.4 とがほぼ 同じノック限界圧縮比を示す.すなわち,そこでも,ノック解消には Rich 側よりも,Lean 側に持って行った方が大きく効果があることになる.

 果たしてそうであろうか.こうした情報につられてか,過給希薄燃焼について数多くの報告があるけれども,それに効果があるとするものと無いとするものとが並立しており,結論が出ているとはいえない.

 "燃焼学会誌",第 48 巻 146 号(2006 年 11 月)にある秋浜一弘氏の記事には,零次元素反応計算で出したと思われる図が p. 24 に 図 3 として示されていて,上に挙げた二つの図とほぼ同じ結果が与えられいる.計算条件の詳しいことは分からない.続く図 4 に単気筒による実験結果がある.2,000 rpm,RON100,圧縮比 12.4 の条件で,横軸当量比,縦軸等容度とし,作動ガス量一定のラインと,燃料量一定のラインが区別してプロットされている.作動ガス量一定のラインで見てしまうと,Lean 側の方がノック抑制効果があるように見えるけれども,燃料量一定のラインで見ると Lean 側の等容度の落ち込みが激しい.つまり,Lean 側ではトルクが大幅に落ちる.トルクが欲しい領域でのノック解消には Rich 側が有利と読まなければならないのではないか.


 このページはいまだ書きかけである.今後順次進めて行く.

Still not fixed.


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