火炎帯厚さ Flame Front Thickness
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Ignition Point



・ 層流一次元定常火炎 1-D Laminar Flame Theory


 流れは均一で,周辺に壁などがない平坦な一次元定常火炎を考える.そこでの,質量保存,運動量保存,エネルギー保存は,

であり*,ここに h はエンタルピである.添字 u, b はそれぞれ未燃混合気,既燃ガスを意味する.ここで wu はその定義から燃焼速度 SL である.エネルギー保存式において,速度の項ははエンタルピに較べて小さく,一般に無視してよい.また,火炎前後の圧力差も小さく,十分に無視できる.hu, ρu は既知,wu, wb, wu, ρb, pb, hb は未知であるが,もし燃焼速度 SL が知られているなら,それらは既知になる.

 *この質量保存,運動量保存,エネルギー保存は Detonation 爆轟 でも成立し,そのとき wu は超音速である.ノッキングはデトネーションではないというのはそういうことでもある.

 層流火炎が伝播するのは,熱と物質が流れ込んだところで化学反応が進むがゆえであり,それらの速度が燃焼速度 SL を決める.再び質量保存,化学種保存,エネルギー保存を,下図のように流路断面積 1 で流れ方向 x に dx なる幅を持つ容積について考える.圧力変化が小さいから運動量保存を考える必要はない.

 質量保存は上と同じで,質量流速に変化がないことと等価であり,

 いま,反応で化学種が変化するということを横に置いて,熱の出入りと化学反応による熱発生だけを一次元流れで考え,距離 x が増す方向に温度は T から (T+dT) に上昇するとすると,定常状態であれば,単位時間あたり,エネルギー保存式は,

と表すことができる.第一項は,それぞれ流出するとき・流入したときガスが有するエンタルピの差であり,w : 速度,ρw : 質量流量である.

第二項は,温度勾配 (dT/dx) があるがゆえに熱伝導で出入りする熱量の差であり,λ: 熱伝導度 [J/(m⋅K⋅s)] である.微小幅 dx を取ってもその両端で温度勾配 (dT/dx) は同じではない.ここでの取り扱いはすべて微小幅 dx の入口・出口間の差を見ている.これら対流と伝導との差は反応による熱発生速度 [J/(m³⋅s), W/m²] によるとしたものが右辺である.整理すると,

 化学反応を伴いながら化学種 i が流入・流出するときの熱発生は,

と書ける.右辺 Σ 内の第一項は化学エネルギーを含んだエンタルピ,第二項は顕熱のみのエンタルピである.ここに,Mi: 化学種 i の分子量 [kg/mol],: 化学種 i が生成される速度 [mol/(m³⋅s)],hi: 化学種 i の発熱量 [J/kg] である.
 化学種 i が流入・流出することでエンタルピの出入りがあるという表現に書き換えると,エネルギー保存式は,

となる.

 次に化学種 i の保存であるが,これは簡単には行かない.化学種 i は主流流れ w による輸送の他に,拡散による輸送と反応による生成・消滅によっても出入りする.拡散による輸送はさらに,濃度勾配 dyi/dx によるものと,温度勾配 dT/dx によるものからなる (後者は Thermal Diffusion, Thermophoresis, Dufour 効果 などと呼ばれる).火炎を取り扱っているのであるから,温度勾配は小さくないが,Thermal Diffusion は濃度勾配拡散の二割を越えないとされているから,いまそれを無視するなら,化学種の移動速度は流れ速度と濃度勾配拡散速度の和 となるから,化学種 i の保存は,


と表現できる.

 化学種 i と化学種 j とのあいだの濃度勾配相互拡散速度は Fick の法則に沿い,一次元流れでは,


である.ここに Dij は相互拡散係数であって,化学種とその温度に依存する.

 このような関係から反応動力学詳細計算で層流火炎を再現した一例が下方に示す Witt, M. and Griebel, P. のメタン/空気層流断熱大気圧下火炎経緯である.反応速度と拡散速度については GRI3.0-Mechanism が使われている.


・ 火炎帯 Flame Front


 火炎帯 Flame Front については,"火炎伝播" のページにも示した下図のように,予熱帯 Preheat Zone と反応帯 Reaction Zone とから構成される.この図では距離を表す x 軸は右から左に向いている.予熱帯の温度履歴は下に凸,,反応帯のそれは上に凸,,であって,それらの接続点は変曲点である.この変曲点は,熱発生を伴った化学反応の開始点と解釈され,"Ignition Point" と呼ばれる.日本語訳は無い.

 予熱帯での化学種拡散と化学反応を無視して,上記のエネルギー保存式を適用すると以下のように単純化される.

 Ignition Point における温度勾配をもとにした予熱帯への熱伝導は, と書ける. は温度 Tu, Tig のあいだの平均比熱である.この Ignition Point における温度勾配をもとに,予熱帯の温度履歴を直線で近似して予熱帯厚さ を見積もれば,なおここに α: 熱拡散率 Thermal Diffusivity [m²/s],

予熱帯厚さ Flame Preheat-Zone Thickness, :
 

 続いて,Ignition Point における温度勾配をもとに,反応帯の温度履歴を直線で近似して反応帯厚み を見積もる.温度勾配は,断熱火炎を考え,その火炎温度を Tad として,

とも書ける.この二式と , : 反応特性時間 [s],[Fuel]: 燃料濃度 [mol/m³],: 燃料が消費される速度 [mol/(m³⋅s)],なる関係から,

反応帯厚さ Flame Reaction-Zone Thickness, :
  

火炎帯厚さ Flame Thickness:
  

 これら諸量のあいだを結ぶと,層流燃焼速度は次のように表現できる.これは Mallard-Le Chatelier 式の修正表現である.

層流燃焼速度 Laminar Burning Velocity:
  

 一方,予熱帯の温度履歴を指数関数で近似して, にまで温度が低下するその温度 T の位置から Ignition Pointまでの幅を予熱帯厚み として見積もったときには次のように,直線近似の 4.6 倍になる.

 反応帯厚さを指数関数近似温度履歴で扱かった例を知らぬが,以下に示す反応動力学計算温度履歴を見ると,直線近似火炎帯終端温度は最終的な断熱火炎温度よりも依然 200 - 300 K 低い段階にある.それゆえ,火炎帯厚さは大気圧下でさえ 0.05 mm とも 0.5 mm とも言え,オーダが一桁ずれることもなしとしない.火炎帯内部に対する効果として次に何の影響を考えるかによって,どのように火炎帯厚さを採るかの視点が変わってくる.しかしながら,上に示したように,Ignition Point における温度勾配で反応帯と予熱帯とを繋ぐという取り扱いを認めている限りは,温度履歴を直線で簡易化した厚み,上図中の δL,下方に示す δT,tangente で済ませ,その直線上のどこに Ignition Point が存在しているかを考慮しておけばよいと思われる.

 層流火炎の一次元熱理論 Thermal Theory of Laminar Flame Propagation というのはこういうものである.層流燃焼速度 SL の式中にある燃料が消費される速度を下記のような Arrhenius 式で表してさらに云々することができる.


 こうした取り扱いで忘れてはならないことがある.変数がいろいろと出てくるので独立変数が多いように錯覚しやすいが,それぞれは互いに強く結ばれており,独立変数の数は実はごく僅かである.どういう混合気であるかが示され,定圧下であるとすれば,独立変数はおそらく初温度 Tu だけであろう.断熱火炎温度 Tad を独立変数に採るなら初温度 Tu,Ignition Point Tig を含め,他の温度は従属変数になる.

 このあと Zeldovich, Frank-Kamenetsky, and Semenov の解析へと進むのであるが,そこへの途は底なしの泥沼に足を入れるのとほぼ同義で,堂々巡りに陥る可能性なしとは言えない.
  と置いたあたりですでに大きな平均化がなされていることに留意されたい.漸近展開 Asymptotic Analysis へ進んで行くと,面白いことが無いではないが,消炎などを取り扱うには適さない.

 右の図は Witt, M. and Griebel, P. が GRI3.0-Mechanism 反応動力学計算により得たメタン/空気層流断熱大気圧下火炎の経緯*である.ピンクの線が火炎帯勾配の直線近似であり,δT,tangente とあるのが上の δL に相当する.直線近似での火炎帯厚さは 0.05 mm 程度とかなり薄い.

 CH は火炎青色発光の一理由であるが,その存在と直線近似の反応帯とがよく対応している.OH はそれ以降もしばらくは増加し続ける.火炎後端部の温度上昇は比較的緩慢で,これは CO が CO2 へと酸化される速度が低いことに由来する.

 *Witt, M. and Griebel, P., Numerische Untersuchung von laminaren Methan/Luft-Vormischflammen, Paul Scherrer Institut, TM-50-00-07, (2000)


Ignition Point はどの程度の温度なのか

 熱伝導度には圧力依存性はほとんどないが,温度依存性は比熱のそれよりはるかに高く,温度上昇に伴い大きくなる.Tig が分からなければ λig の値を決めることができない.もちろん熱拡散率 α も決まらない. も正確には出ない.ところが,Ignition Point Tig は電卓でチョコチョコと計算できるものではない.上述のような詳細反応動力学計算をしないと出ない.説明用の S 字形の温度分布定性図 (このペ−ジの最初の図) を見て TuTad のあいだの真ん中あたりにあって,1300 K くらいと考えてしまいやすいが,それは大気圧下だけのことにすぎない.なお,断熱火炎温度 Tad も電卓では出せないが,化学平衡状態を求めるだけなので,Ignition Point Tig よりも格段に容易である.


 上図はIgnition Point Tig の計算値であり,緑青線がそれである.紫および赤の線は火炎温度である.圧力が上がるとこの値はどんどん上昇して,断熱火炎温度にかなりの程度に近づく.

 TigTuTad のあいだの真ん中あたりにあるような図が多いと上に書いたが,右の図はそうでもなく高いところにある.元の図は Glassman の教科書にある.予熱帯も直線近似のそれよりは長い.


 圧力が上がると Ignition Point Tig が断熱火炎温度 Tad に近づくというのは,圧力が上がると火炎の反応帯が薄くなるということと等価であろう.そういう意味も含め,Ignition Point Tig はその層流火炎の代表温度としての資格を有していよう.

 上右の図は Witt, M. and Griebel, P. のものであるが,火炎帯経緯の圧力依存性が示されている.大気圧下では火炎帯後端部での温度上昇遅滞が顕著に見られるが,圧力が上がるとこの遅滞は解消され,微小厚さの火炎として扱う Flamelet Model が活きてくる.

 静かに見れば分かるように,層流火炎速度 SL とは温度履歴を表す S 字形というか積分記号というかの形状そのものである. の表式を例えば 温度 T の Exponential にすることで S 字形温度履歴低温側裾野で温度が上昇するその曲率 が表現されるのであるし,Mallard-Le Chatelier の式や少し上にある SL の表現式で ½ の冪乗が付いていることでもって,S 字形温度履歴高温端で温度上昇が鈍って平坦になる その過程が表現されていると言える.


 Still not Fixed !



名古屋工業大学 機械工学科の 「エンジン工学」 という科目で講義していた内容の一部,もしくはそれをすこし増補したものである.
読者を想定している書きようであるかもしれないが,聴講者のある講義が基であるがゆえであり,本稿の趣旨は自分のためのこころ覚えである.

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