どのガソリンを入れたらよいのか.ハイオク (プレミアム) / レギュラ,オクタン価,RON,AKI それまでレギュラガソリン仕様の車を使っていましたので何も考えることがありませんでしたが,1996 年初頭に VW Vento と入れ替えたとき,ハイオクタンガソリンが指定されていて,ほんとうにそれがどの程度必要なのか迷いました.それ以降,継続的に欧州車を使っていて: |
レギュラガソリンでもエンジンが壊れるというような問題があるわけではありませんが,点火時期は遅れているようです.エンジンとしては 95 オクタンのガソリンを燃料と想定しています.圧縮比は 10.4 とかなり高めです.レギュラガソリンとプレミアム(ハイオクタン)ガソリン半々に給油することにしました.もちろん問題なしですし,これが工学としては常道です.燃費についてもこれとプレミアムガソリンとで大差はありません.問題ないという理由はおいおい説明します.大枠の理由は,異種を混ぜればもとのガソリンの量とオクタン価の重みでほぼリニアに,混ぜたあとのオクタン価が変わるということです.しばらく,レギュラガソリン 3,プレミアムガソリン 2 という割合になるようにして給油していましたが,これが限界割合でした.ノックセンサがついていることで,オクタン価が低くなると点火時期は遅れ側に設定され,それをかなり長時間記憶しています.点火時期の遅れは,エンジン音が大きい割にはトルクがないという感じや,走行し,エンジンを停止した後,夏はともかくも冬でも,電動ファンが数分間回っているというような症状として認識できます*.(この記述は上の写真の VW A3 Vento ADY についてのことです.Bora AZJ, B5 Passat ADR, Jetta BVY でもほぼ同じ状況です).* 点火時期を遅らせると,なぜ "エンジンを停止した後も電動ファンが数分間回っている" ということになるのか,そこの因果関係が理解できない という質問がありました.燃焼の位相が後ろにずれるとピストン膨張に残された期間が短くなります.排気弁開時のチャージ温度・圧力も高く,それ故にシリンダ内に残留するガスの温度も上がり,排気管に流れ出るガス温も上がります.燃焼室壁面温度は高い目,全体としてエンジンが過熱する方向に行き,冷却損失も増えるということです.過給・直噴火花点火機関の過早着火 , Skyactiv-G エンジンとは何か というページを読んでみてください.冷却損失が増えると電動ファンの回っている時間が延びます.
"燃料は「熱」を得るために買う" ということ.発熱量と オクタン価 / セタン価 とははおおまかには無関係.
ガソリンの話をするときに,まず最初に大枠で了解しておいてもらわねばならないことは,石油系 燃料の単位質量 (重量) あたりの発熱量 は,各種ガソリンのあいだだけでなく,灯油や軽油などを含めて,ほぼ同じであるということです.その値はおよそ 10,600 kcal/kg, 44 MJ/kg です.この理由を簡単に言いますと,石油系の燃料はどれでも,概括的に (C1H2)n というような単純な炭化水素として表現できるからということになります.n の概略値はガソリン,灯油,軽油などで順に大きくなりますが,発熱量は n の値にはほとんど依存しません.重さで買って来るなら,どの燃料でも熱発生の能力はほぼ同じ です.酸化剤との 理論混合比 も変わりません.燃料を買うということは燃料の持つ化学エネルギーを買うということですが,現実には化学エネルギーに比例した値段がついているわけではないのです.もちろん,レギュラガソリンとプレミアム (ハイオクタン) ガソリンについてもこの事実は変わりません.
燃料の持つ化学エネルギーは,その燃料が燃やされたとき,ほとんどが熱に変わります.その割合を 「燃焼効率」* といいますが,ガソリンエンジンで 97 % くらい,ディーゼルエンジンで 99 % 以上となりますので,通常,特に細かい話しでないときには,燃料はそのまま 「熱」 とみなします.つまり 「燃焼効率」 を "1" とみなします.この熱供給から 「動力」 を得るための変換装置がエンジンであり,その変換効率が 「熱効率」* です.
* "熱効率" というべきところを間違えて,燃焼効率と言っている例が多く見られるが,実に嘆かわしい."Motor Fun, 三栄書房" も例外ではない.燃焼効率は燃料の化学エネルギーから熱へ,熱効率は熱から仕事への変換効率であって,互いに独立した,別々の概念である.Technical Term は定義された意味以外に使ってはいけない.新聞などに,"熱効率" とするべきところを "燃料消費効率" などと書かれていることがあるが,そういう語彙は無い.
ガソリン,灯油,軽油など,それぞれの燃料の比重 (密度) はかなり違います.これらの燃料は液相で販売されていますが,それらを重さで買うのではなく,液の容積を単位にして売られているものを買います.この場合,熱量を買うという点では,単価が仮に同じでも比重の大きいものの方が割安になります.比重 (密度) は,レギュラガソリンで 0.73,プレミアム (ハイオクタン) ガソリン 0.76 くらいのようです.軽油では 0.83 くらいです.ガソリンと軽油とで 13 % 程度比重が違うわけです.レギュラガソリンとプレミアム (ハイオクタン)ガソリンとでは,比重は 4 % 異なりますから,リットルあたりの価格の差がもし 5 % なら実質的な値段の差はないことになります.なお,燃料の差を意識して扱う場合には,(C1H2)n ではなく,ガソリン C7.5H13.5,軽油 C16H30 というような,もう少し程度の高い近似がなされます.ガソリンを C7.1H13.1 としているのも見受けます.
かつて有鉛ガソリンの時代にはプレミアム (ハイオクタン) ガソリンの比重もレギュラガソリンの密度 (比重) もあまり違いませんでした.現在はすべて無鉛ガソリンですから,オクタン価を上げるため,アルキレート だけでなく,芳香族系高オクタン基材 を多く加えて無鉛ハイオクタンガソリンにしています.芳香族系基材の密度 (比重) は大きく,例えば 0.87 くらいあり,これを含んでいることが,現在の無鉛ハイオクタンガソリンの密度 (比重) がレギュラガソリンに較べて高い主な理由です.ガソリンを C7.5H13.5 と表現するということは,(C1H2)n よりさらに H の割合が低く,芳香族系炭化水素をかなり含むことを想定しているという意味でもあります.言わずもがなのことですが,かつての有鉛ガソリンの時代と違い,現在ではレギュラガソリンに添加剤を加えてプレミアム (ハイオクタン) ガソリンが作られているのではありません.
レギュラガソリンに替えてハイオクタンガソリンを供給し,5 % 程度燃費が良くなったという場合,点火時期 が前に進んで,サイクルとして熱効率が上がったのが理由なのか,ただ単に熱量が大きいだけがその理由なのかを切り分けることは困難です.それゆえこうした場合に,このエンジンにはレギュラよりハイオクが適しているというように言うのは早計です.そこをはっきりさせれば工学,エンジニアリングの話題として適当です.この説明は 点火時期 のページで.
ある燃料の オクタン価 は次のように定義されます.CFR エンジン と呼ばれるエンジンを規定の条件で運転して,その燃料で運転したときと同じようにノッキングが起こる "基準燃料 Primary Reference Fuels" を イソオクタン (オクタン価: 100) と ノルマルヘプタン (オクタン価: 0) とを混ぜてつくります.その混合液中のイソオクタン容積比がその燃料のオクタン価です.この定義に則ると,オクタン価の異なる二種類のガソリンを混ぜたときには,混ぜられたガソリンのオクタン価は,それぞれのガソリンの容積比にそのガソリンのオクタン価の重みを掛けたものの和にごくごく近いものになるはずです.例えばオクタン価 90 のレギュラガソリンとオクタン価 100 のプレミアム (ハイオクタン) ガソリンとを半々に混ぜればオクタン価がほぼ 95 のガソリンになります.現在,我国で市販されているプレミアム (ハイオクタン) ガソリンのオクタン価は 100 ということです.
オクタン価の定義 (CFR エンジンの運転条件) には RON (Research Octane Number) と MON (Motor Octane Number) とがありますが,ここで 90 とか 100 と言っている数値は RON の値です.我国や欧州ではガソリンのオクタン価を言うときには RON の数値が使われます.我国では店頭でガソリンのオクタン価を見ることはありませんが,いくつかの国ではガソリンのオクタン価が店頭に表示されています.
オクタン価の定義により,基準燃料ではもちろん RON と MON との差がないわけですが,ガソリンは単一の純物質ではなく,いろんな炭化水素の混合物ですので,RON と MON とに差があり,MON のほうが小さいのが普通です. 燃料と空気を混ぜて可燃性混合気をつくり,その混合気に電気火花放電で強制的に点火するのがオットー機関,いわゆるガソリンエンジンです.燃料のオクタン価は Antiknock 性 (耐ノック性) を表す尺度であり,火花点火がなされたあと,まだ伝播火炎が到達していない未燃混合気について,それが 自着火しにくいかどうかの指標 です.火炎がすべての混合気へ伝播し終わらないあいだに自着火するという現象がノック Knock です. |
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"自着火" とは 火種がない ところで発火するということです.火花放電 を端緒に燃えるのが 火炎伝播 であり,それとは独立に,勝手に火が着いてしまうというのが自着火です.ガソリンエンジンの場合には自着火が起こるということとノッキング Knocking とはほぼ同義です.高圧縮比のエンジンでもノッキングを起こさせない,そのための高オクタン価燃料です. オクタン価は電気火花放電による強制点火やそれ以降の 火炎伝播に対する指標ではありません.それゆえ,「ハイオクタンガソリンは燃えにくい」 などという表現は誤りです.「自着火しにくい」 のです.オクタン価の差が燃焼速度の差となることはまずありません.点火というのは人為的に火種を与えるということであり,高圧電気火花放電で点火すれば同じように燃えます.火花点火機関の火炎伝播はシリンダ内の混合気流動,特にその乱れ成分が支配的な現象であり,燃料のオクタン価は火炎伝播過程には関係しません. 高圧縮は火花点火後の未燃混合気に対して自着火が起こりやすい温度・圧力場を準備します.ハイオクタンガソリンを供給するのがその自着火を起こさせないための対応策です. |
これはまだマルクが流通していたときの写真で,1 リットル 2 マルク強です.天然ガスは重さで売られていて,我国よりずいぶん安価です.天然ガス仕様の Opel Zafira タクシーが写っています. |
火花点火 で火炎核を生じさせた後,火炎が伝播で拡がる過程において,まだ伝播火炎の来ていない未燃混合気が自着火してしまうとノッキングになるわけですから,仮にハイオクタンガソリンがゆっくり燃えたりすれば,自着火前反応に時間を与え,かえって敵に塩を送ることになり,耐ノック性が高くなり得ません.また,ノックは火花点火「後」の現象に関することであり,火花点火もしていないのに自着火するのは "過早着火, Pre-Ignition" であって,ノッキングとは別物です.それも異常燃焼ではありますが,熱的にさらに過酷な条件でなければ起こりません (ノックが過早着火に発展することはあり得ます.また,過早着火がノックを引き起こすこともあり得ます).
レギュラガソリンを使って,通常の点火時期でノックしないのに,プレミアム (ハイオクタン)ガソリンを使うのは金銭的浪費にすぎませんし,レギュラガソリンが指定されているエンジンにハイオクタンガソリンを供給すると 「エンジンが壊れる」 とか 「調子が悪くなる」 というようなことは論理的にあり得ません.「オクタン価が高いほど引火点が高い」 などというのももちろん誤りです.基本的に プレミアム (ハイオクタン)ガソリンはレギュラガソリンの上位互換品* です.逆は成立せず,レギュラガソリンはプレミアム (ハイオクタン)ガソリンの下位互換品にはなり得ません.
* ハイオクタンガソリンを入れたら調子が悪くなったという場合には,気化器 のページ下方にある説明をご参照ください.
点火して火炎が生じれば,壁のごく近く以外の混合気は燃えて,燃焼効率 は 97 % くらいになります.すなわち燃料の化学エネルギーはほとんどすべて熱になります.「燃え残る」 という表現はも的確でではなく,点火が火炎伝播に移行すれば燃えます.燃料が生のまま残るのは 壁近傍 に限られます (燃焼効率 97 % の残り 3 % がこれですが,それとても過半は燃料より分子量の小さな HC, Hydrocarbon になっています).多量に CO が出て,燃焼効率が低下するということは,強く加速したときや,絞り弁全開 (アクセルペダルべた踏み) のときのように,混合気の空燃比 を量論より濃くしたとき以外にはありません.
各国の状況
上の緑色の値段表示のようにドイツでは無鉛ガソリンとして,Benzin Bleifrei (オクタン価 91), Super Bleifrei (オクタン価 95), Super Plus (オクタン価 98) の 3 種類がたいていのスタンドにおかれれています.欧州車の多くにオクタン価 95 のガソリンが指定されているのは,それなりの用意があるということです.通常なら 1リットル 1 Euro くらいです.上の二枚の看板がそれですが,写真は少し前のものですので,値段表示はドイツマルクです.小数点は二桁ずれています.2 で割ればおおまかな Euro 価格になります.ガソリン価格は,このところの原油高を受けてかなり上昇しており,Benzin: 116/100, Super: 118/100, SuperPlus: 120/100 というようなところも出ていたとのことですが,2008 年 11 月第一週にはほぼ元通りまで下がっていると聞きます.
フランスではこれらはそれぞれ "Ordinaire", "Super95", "Super98" というような表示となっていて,ドイツでのものに一対一で対応します.
また,イギリスや旧英領国などでは,Unleaded (ULP), Premium Unleaded (PULP) and Ultra Premium Unleaded (UPULP) と表現されていますが,こちらもおなじ対応です.末尾の "P" は "Petrol" です.これらについては ここ が参考になります.
* Shell はドイツで 2003 年 から "Shell V-Power: Neuer Kraftstoff mit garantierten 100 Oktan" と称して,オクタン価 100 RON のガソリンを売っています.我国でも Shell 系のプレミアムガソリンだけは,かつてそのオクタン価 が 98 でしたが,現在はオクタン価 100 のものが売られているようです.Shell の 100 RON のガソリンには他に "Pura", "Optimax" というようなものがあります."V-Power" とどう違うのか,同じ名称でも国によって,また刻々内容が変わってくるということもあって,詳しくはわかりません. 2003 年 9 月にチェコやポーランドを訪れましたが,そこでもオクタン価は三種,91, 95, 98 とそのまま数値で示されており," |
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米国のガソリンスタンドでも通常 3 種のガソリンが売られています."Regular", "Plus", "Premium/Super" とあり,オクタン価も表示されていて,それぞれ 87, 89, 91 となっています.しかし米国ではオクタン価の低いガソリンしかないというわけではありません.欧州で出回っている三種のガソリンとほぼ等価なものが供給されています.
ここでは我国や欧州のオクタン価表示とは異なり,オクタン価指標は AKI (AntiKnock Index) であって,RON (Research Octane Number) と MON (Motor Octane Number) の平均値,(R+M)/2 が表示されているのです.ポンプオクタン価とも言われます.CLC (U.S. Cost of Living Council octane rating) と書いてあることもあります.RON と MON との差は 7 - 15 くらいあり,高オクタンガソリンほどその差が大きいのが普通です.
87 CLC or AKI が 91 RON / 82 MON くらいで,これが我国のレギュラに相当し,89 AKI が 95 RON に相当します.欧州からの輸入車には米国ではたいてい 89 AKI を入れることになっています.91 AKI は 100 RON ではなく,97 - 98 RON でありましょう.米国でも Shell が 93 AKI を謳って "V-Power" を売るようになっており,米国の "Premium/Super" は互いに高オクタン価を競っています.
二種類しか置いてないところでは "Regular" と "Premium/Super" です.近年 "Premium/Super" のオクタン価は AKI で 1 だけ上がって 92 となってきています.Shell "V-Power" の影響でしょう.92 AKI が 100 RON であると推測されます.右の写真には 89 AKI と 92 AKI とが出ています.ワシントン州,シアトル郊外で撮ったものです. 米国でのガソリンの銘柄は Arco, British Petroleum, Chevron, Citgo, Esso, Exxon, Hess, Mobil, Shell, Sunoco, Sinclair, Texaco, Ultramar, Union 76 などと,ずいぶんいろいろとあって,憶えきれません. 図の値段表示はもちろん 1 gallon (3.785 リットル) あたりの US$ で,1 リットル 50 円程度ということです.Gallon あたり $2 を越えると消費者はかなり高いと感じるようです.それでも,我国と較べれば,米国ではガソリンは安いです.2006 年五月第二週に 遂に $3 に達して 100 円程度になったとのことです.2008 年六月第二週にはさらに騰がって下の写真のように $4 台後半に.エタノールを 10 % 混ぜた "E10" というガソリン も出始めました.我が国でも ETBE 添加のもの が. |
我国へ輸入された米国車や,我国から米国へ輸出されたものを我国へ輸入した,いわゆる逆輸入車などの車輌について,燃料のオクタン価が 91 に指定されているからといって,我国でその車輌に 91 RON のレギュラガソリンを給油するのは適当ではありません.91 AKI は 98 RON 相当であるからです.日本のガソリンは高品質であるからレギュラガソリンでよいというような言辞は正しくないだけでなく,害を及ぼすものです. |
これはいつ頃のこと ! |
最近,欧州各国ではオクタン価 91 RON の Benzin Bleifrei, Ordinaire を置かないところが増えているようです.日本ではレギュラとプレミアムとの価格差は 11 円程度あるのが普通ですが,欧州ではそれほど大きくありません.オクタン価 91 とオクタン価 98 とで差はせいぜい 5 円 です.オクタン価 91 とオクタン価 95 とであれば 2 ないし 3 円です.上述のように,オクタン価が高いがための害は機械としての車輌にはありません.プレミアム (ハイオクタン)ガソリンはレギュラガソリンの上位互換品であるというのはそういう意味です.オクタン価 91 ガソリンをオクタン価 95 で代用させても問題がないうえ,オクタン価 95 RON を標準的な燃料に設定してエンジンを設計し,市場に出すようになってから十年以上経過して,オクタン価 91 RON を置く意味が薄れてきたということもあるのでしょう.
我国ではその呼び名のとおり,オクタン価 91 RON のレギュラガソリンを火花点火機関の標準的な燃料としてきました.用意される燃料のオクタン価が高ければ,計画・設計・製造段階においてエンジンの圧縮比を高い値に設定でき,そのぶん運航時の熱効率が上がって燃料消費が低下し,並行して CO2 排出量も減ります.費用対効果を勘案すると,経済的最適オクタン価は 95 RON になるという試算もここに来てなされていて,遠からず我国でもオクタン価 95 RON のガソリンが標準的な燃料になる可能性があります.
ガソリンに関する最近の話題といえば:イギリスでは BP, British Petroleum が UPULP として "Ultimate 102", 102 RON/90 MON という従来市販されていなかった高オクタン価ガソリンを出しています.F1 の規定に沿った燃料が市販されているということです.価格はリットル £2.42 となっています.102 RON/90 MON は 96 AKI にあたりますから,その高オクタン価がうかがわれます.通常の三種が AKI でほぼ 2 づつ上がるだけなのに,それは,中間グレードの 89 AKI から一挙に 7 も上がっているのですから.Shell も V-Max という名称で 102 or 101 RON のガソリンを出しているとのことですが,市販されているのかどうかは分かりません.MON の値が公開されている/いたガソリンには,Tesco 99 at 99 RON/89.5 MON, Shell V-Power at 98.1 RON/87.5 MON, Shell Optimax at 98.3 RON/86.9 MON などがあります.
オクタン価についての加成則
ここで 「ほぼ」 とか 「ごくごく近い」 と言っているのは次のようなことがあるからです.いま,ガソリンが芳香族など環状の炭化水素を含まないで,鎖状の炭化水素だけから構成されているとすると,上の加算混合則 (下でいう加成則) はかなり厳密に成り立つでしょう.しかし現在では芳香族炭化水素だけでなくエーテルやアルコール系の含酸素物質もガソリンの中に,特にハイオクタンガソリンの中に,存在します.そうしたものの効果が他の鎖状の炭化水素と同じように直線的な,一次の関係になっているのかどうかが怪しいのです.
いずれにせよ,オクタン価というのは混ぜるという考えのうえに立った規格なのです.
それにしても "At your own risk" ということではなく,二種類のガソリンを混ぜるということについて,大きな問題が生じる懸念はないということです.これは "加成則 Additive Rule" と呼ばれ,ガソリンの場合には,おおまかであるものの,線形の加成性 Additivity があると言えます.しかし,なぜ加成性があるのかを簡潔かつ厳密に説明することができる人はそうはいないでしょう.ここではその端緒だけを記してあります.しかし,学問としては加成性こそが大事なのです.そこを説明できないままに,混ぜれば中間に来ると 軽々しく 言うのは良くないことです.
単一成分で得られる燃料のオクタン価は,混ぜたときにオクタン価の重みとしての効き方とは完全には同じでないことが知られています.それは "Blending Octane" と呼ばれて,各石油会社の Know-How として蓄積されているようです.ここ にその説明があります.
§ Bruce Hamiltonという人 (ニュージーランドの研究会社 Industrial Research Limited に所属) が 1990 年代後半に書いたガソリンについての大部な記事が "Autos/gasoline FAQ" としていまも維持されています.労作です.
§ 我国で使われている燃料については,資源エネルギー庁が最近では 2001 年,2004 年,2007 年に 「総合エネルギー統計」 という資料を出しており,そこに実測密度から JIS K2279 により推計した発熱量が載っています.Regular Gasoline: 34.5 MJ/liter, 0.730,Premium Gasoline: 35.1 MJ/liter, 0.747,Diesel Fuel: 38.2 MJ/liter, 0.833 となっていて,2001/2004 年で差がありませんし,2007 年もほぼ同じです.注意すべきことは,密度だけが実測値であって発熱量は推定値であるということだけではなく,その値が総発熱量 (高位発熱量) で表示されていることです.低位発熱量はそれに単純に 0.95 を乗じて出すとなっています.火力発電所などでは総発熱量 (高位発熱量) ベースですから,それに引きずられてのことと想像します.
総合エネルギー統計とは違い,このページ Web site で紹介している値は,自動車メーカ/石油精製会社の研究者らに照会して知った低位発熱量であり,Regular Gasoline/Premium Gasoline/Diesel Fuel: 32.2/33.8/36.5 MJ/liter, 0.73/0.76/0.833 です.単位質量あたりの発熱量にするとほぼ 44 MJ/kg になります.資源エネルギー庁の統計資料を低位発熱量に直すとそれは 44.6 MJ/kg です.エンジン燃焼では燃料中の水素が酸化されてできた水は気相で排出されますから,低位発熱量で評価しなければなりません.
Bosch の Automotive Handbook, 8th Edition* では,燃料の発熱量に関して,ガソリンについて 40.1 - 41.9 MJ/kg, 軽油について 42.9 - 43.1 MJ/kg となっています.欧州の市販ガソリンはその発熱量が本当に 44 MJ/kg より低いのかどうか,はっきりしたことは分かりません.近年ドイツでは E5 とか E10 になっているが故にこの値になっている可能性もあります.昔から石油系燃料の低位発熱量は大雑把に 10,000 kcal/kg と覚えておくようにと言われて来て,それは 41.87 MJ/kg にあたります.
* "Automotive Handbook", 8th Edition (2011), 220, Robert Bosch. ISBN978-0-8376-1686-5, $49.95, Bentley Publishers.
2016 年の EPA の論文 では,低位発熱量 42.9 MJ/kg の 96-RON ガソリンを使ったとなっています.米国で売られているガソリンについての目安です.
ガソリンと添加清浄剤
現在,プレミアム (ハイオクタン) ガソリンには清浄剤が添加されています.この清浄剤の役割はポペット形吸気弁の裏側 (インテイクマニホールド側) に付着するガム質状のものや "コークス状のもの" を落とすことにあります.ガソリンの一基材である 分解ガソリン Crackate ではオレフィン分が主体であり,その不飽和性によるデポジット生成性向が高いのがこれの主要因です.弁オーヴァラップがあることにより,既燃ガスがシリンダからインテイクマニホールドへ一部逆流し,高温の燃焼ガスにより吸気弁裏に濡れた燃料が乾溜され,あわせて,燃焼ガス含まれているガム質物質が弁の裏側,ステムの根元にもデポジットとして付着堆積します.インテイクマニホールドに戻される燃焼ガス EGR もそれと似た負の効果を与えます.デポジットが付着したままだと,もともと多孔質なので,インジェクタから噴かれたガソリンを一時的にトラップし,直ちにシリンダへ行かせないため,加速時アクセル動作への追随が遅れます.これを防ぎ,洗い流すのが第一目的です.ポペット弁背後から噴射されるガソリンの洗滌性が高ければ液相ガソリンがそれを洗い流します.下の写真がその比較です.欧州では多くの国で,また,米国では多くの州で,レギュラガソリンにも清浄剤を入れるよう義務づけられています.我国では現在のところ清浄剤添加義務はないようです.オレフィン分基材を多く含むレギュラガソリンにこそ清浄剤の添加はより大きな正の効果を生むはずです.
昔は西側の国から東側の国へ陸路で入るとき,西側で "こうした清浄剤"* を買っておいて,東側で給油するたびごとに少しづつ混ぜるというのが専門家の間では常識でした.東側では分解ガソリン基材が多いとか,ガソリン蒸留精製の程度が低く,ガム質が多く含まれていたとかということでしょう.排気の臭いもかなりのものでした.そうしたことで,清浄剤の効果として 「エンジンがきれいになる」 と書いてあっても,それはエンジン各部すべてでという意味ではなく,インテイクマニホールド,吸入弁裏側が主体の,吸気系清浄剤です. |
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もっとも,シリンダ内壁面をきれいにする清浄剤も無いではないようです.排気ガスの昭和 53 年規制というのが決まり,それにあわせて昭和 50 年 (1975 年) に無鉛ガソリンが導入されました.それまではすべてアルキル鉛の入った有鉛ガソリンだったのです.そのときにディーゼリングが発生し,キーを切ってもアイドリングのまま廻り続けるので,エンジンを止めるにはエンストさせるよりないという状況が頻出しました.しかし,一箇月くらい経ったら何も起こらなくなりました.あとで聞いたところによると,ガソリンに清浄剤を加えたら容易に対処できたとのことです.清浄剤で燃焼室内表面へのデポジット沈着を減らしたのでしょう.吸気弁用と同一の清浄剤なのか,別のものであるのかは知りません.これはシリンダ内のことですから当然ですが,液体のガソリンが洗い流すということではありません.現在もディーゼリング防止のための清浄剤がガソリンに添加されているのでしょうが,デポジット沈着/脱落の平衡状態以上に,どんどん清浄化して行くほどに入っているのかどうかについては不明です.
もちろん,清浄剤の効能とオクタン価が高いということとは相互に関係しない,独立した二つの機能 です.また,清浄剤の添加量は 1 % に満たない ppm オーダなので,清浄剤が入っている分だけ発熱量が低いなどというようなこともありません.
* どういう銘柄か,という質問がありました.例えば "Liqui Moly, Ventil Sauber, 150 ml というようなものです.罐コーヒと同じような容器に入っていました.値段は 7-8 DM, 400-500 円であったと思います.調べたら,右図のようなものが出てきて,いまも売っていることが分かりました.「弁清浄剤」 であって,「エンジン清浄剤」 とは謳っていません. |
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ガソリンなどの燃料は概略 (C1H2)n のようなものとして取り扱うことができます.
(C1H2)n + 1.5nO2 --> nCO2 + nH2O
これが 理論混合比 (Stoichiometric Ratio) の量論式です.酸化剤である O2 は現実には空気中の酸素ですから,空気の組成を(アルゴンなどの含有量をほどほどに窒素とみなして)およそ 02 : N2 = 1 : 3.76 としますと,その低位発熱量は 10,600 kcal/kg, その理論空燃比 (Stoichiometric Fuel/Air Ratio, いわゆるストイキ) は 14.7 になります.空燃比は燃料 1 kg あたり供給される空気の質量です.理論空燃比とは,それより濃くなると燃料のすべてを CO2 と H2O とに酸化させることができず,CO が生じるようになる境目です.なお現実の燃料の理論空燃比も通常 14.7 となるようです.(C1H1)n というような物質がたくさん含まれているとこの値は小さくなります.
現在の火花点火機関の多くは排気処理の観点からかなり広い運転領域において,特に定常回転速度 & 定常負荷条件では,理論空燃比で運転されていると考えてよいでしょう.排気中の CO, HC, NOx を同時に処理して低減させる三元触媒は理論空燃比のごくごく近いところでしか効かないので,三元触媒付きエンジンでは空燃比センサからの信号で吸入空気量に対する燃料噴射量を制御しているからです.
こういう話題を進めているときは,予混合火炎が想定されています.拡散火炎ではありません.拡散火炎でも局所的にはこうした想定が成り立つ部位も無いではありませんが,まずは拡散火炎は除外されています.
理論空燃比より燃料を多めに入れて行くと,不完全燃焼となりますが,直ちにすすが出てくるというのではなくて,以下のようにあるところまでは CO の排出 (ある程度 H2 も) で留まります.
(C1H2)n + nO2 --> nCO + nH2O
これは,供給された空気により燃料のなかの水素は 100 % 酸化されるが,炭素については CO にまでしか酸化が進まないという状態で,ここからもっと濃くなるとすすが発生する可能性が出て来る点です.これは空燃比では 10 に相当します.このとき燃料の本来の発熱は 0.564 まで減ります. nCO + 0.5nO2 --> nCO2 という酸化反応によって出るべき熱量が出ていないからです.
もうひとつのすす発生の指標は
(C1H2)n + 0.5nO2 --> nCO + nH2
というところで,燃料を CO にするだけにも事欠く空気量ですから,これより濃いと必ずすすを出します.これは空燃比では 5 に相当し,Otto A. Uyehara Number (OAU No.) と呼ばれます.発熱は 0.191 まで低下します.
発熱については
C --> CO2 への酸化:97,200 kcal/kmol
CO --> CO2 への酸化:67,580 kcal/kmol
H2 --> H2O への酸化:57,750 kcal/kmol (低位発熱量,H2O は気相)
で計算しています.
・ ハイオクタンガソリンとレギュラガソリンの "すす" 生成性向に差はない
ハイオクタンガソリンは芳香族系炭化水素の含有量が多いため Soot "すす" 煤がでやすい,それがゆえに洗浄剤が必要であるという論調を見受けますが,正しい言辞とは言えません.間違った認識が少数とは言えず,例えば,
○ ハイオク -> オクタン価が高い・ノッキングしにくい・自然発火しにくい -> 燃えにくい -> すすがたまる -> 洗浄剤が必要
○ 難燃剤でオクタン価を上げたため,副産物ですす,煤が大量に発生する,そのために洗浄成分が必要
○ ハイオクタンガソリンの方が実は燃焼後の汚れがひどい.だから清浄剤を入れている.
というような記載を見かけますが,間違いです.燃えにくいというのは論外です.上の清浄剤の項でも述べましたが,清浄剤の主たる機能は吸気系のそれであり,燃焼室内のカーボン付着低減を意図してはいません.芳香族系炭化水素ですす生成性向が高いのは基本的には拡散火炎に関してのことであって,ガソリンエンジンのような予混合火炎についてのことではありません.予混合火炎の燃焼は 火炎伝播 で,熱と活性基は与えられます.予混合火炎に対しても芳香族系炭化水素のすす生成性向 Sooting Nature はいささかも高くならないというわけではありませんけれども,予混合火炎伝播でのすす生成性向は上述のように燃料炭化水素の構造に大きくは依存せず,通常の直鎖・側鎖アルカンと大差なくて,空燃比で 11 程度まではそれほどすすは出ません.そうでなければ,ノック抑制のために混合気を過濃にする Fuel Cooling というような手法が成立するわけがありません.ディーゼルエンジンでなら,芳香族系炭化水素のすす生成性向が高い,というのはもちろん正しい表現です.
上にある等高線は,どの程度シリンダ間で混合気の空燃比に差ができるかをエンジンの運転領域全域について示したもので,"Bosch Automotive Handbook" を見ていたら出ていました.吸入空気量の調量は絞り弁の上流一箇所なので,Multi-point 形の燃料噴射で燃料量の偏差を無くしても,低負荷域では空気量の分配は均一にならず,混合気濃度に 10 % 程度の偏差が出るという意味で.これは定常状態でのことでありましょうから,冷間始動直後や,急加速時には,この何倍かの偏差があるということであって,すすが出るのはそういう運転状態の下でのことであると推察されます.またそういう状況では,混合気濃度のシリンダ間偏差だけではなく,ひとつのシリンダのおいても空間的な不均一があるということも無視できません.
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「ディーゼルエンジンは、絞り運転を必要としないのは、なぜでしょうか。」という質問がありました.おそらくこの Web site を見た方でしょう.
ご質問への答えは,空気量一定のもとで,燃料量を変えて,負荷ないしトルクを制御するという方式だからです.空気量一定という意味は絞り弁がないというのと等価です.噴射された燃料がまわりの空気をそれなりに取り込んで(全部の空気ではありません)燃えます.図示仕事量はおおまかには燃料量に比例します.