ノッキング強度の評価 Knock Intensity
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 ノッキングが起きたときその強度をどのように評価するかは,それはそれで一つの分野をなす.エンジン開発の場ではそれぞれ独自のやりかたでノッキングの強さを表現し,内々での言語になさっているのであろう.公開されているものは多くない.その内の代表的なものをひとつここに挙げる.

 Mahle 社はドイツのピストンメーカである.そこが 1980 年代から "KI-Meter" というノック強度メータを市販している.初期のものの写真は資料 1), 2) に,比較的最近のものは資料 3), 4) に出ている.4) は 3) の英訳本である.30 年経過して,計測器としての外観は変われども,基本的な考え方は変わっていない.

 "Mahle KI-Meter" が出力する "ノック強度 Klopfintensitätsfaktor/Knock Intensity Ki" は次式で定義されるものである.


 この定義式を知るには,ここにある変数ないし測定値がどういうものであるかを先に説明しなければならない.シリンダ内圧力を 200 サイクルくらい連続して計測し,各サイクルを下の図*3 の左上のように表示する.横軸:クランク角,縦軸:圧力である.その指圧波形を High-Pass Filter に通して,圧縮圧などの低周波成分を除き,ノックによる圧力パルスだけにするとその下の図のようになる.これらからそれぞれのサイクルの最大圧力振幅 (最大のものなのでひとつだけ,水平中心線から上側の振幅) を抜き出す.この図での Filter は (3.2 - 80) kHz であり,高周波数側もいくらか削ってある.資料 2) ではこの上端周波数は 150 kHz とある.


 圧力振幅をその大きさに応じて予めいくつかの "階級 Klasse" に分けておく.どの階級であるかを表す数値が上式にある "k" である.下の計算表*3 では,左端の Klasse がそれで,ここでは 0 から 16 という階級に分けられており,"m" が階級の最大数であって,この表では m=16,分割数は m +1=17.三行目にあるように,振幅圧力分割幅は最初のところだけが 2 bar であり,そのあとはすべて 4 bar である.連続して測定された総サイクル数が "c" であり,下表では Lastspiele: 200.m +1 個に分割されたそれぞれの "階級 Klasse" はその階級に応じた "重み Bewertungsfactor fk" を持つ.それが下表の二行目である.圧力振幅 "階級 Klasse" の表示 k と同等の,つまり,圧力振幅に見合った重みが与えられている.測定された箇々のサイクルについて,その最大振幅がどの階級に当てはまるかを見て行って,"それぞれの階級に収まったサイクル数 nk" を数える.これで上に定義された "ノック強度 Klopfintensitätsfaktor/Knock Intensity Ki" が勘定できる.式中にある "N" は標準化するための常数であるが,まずは "1" とおいておけばよい.下表の右方六行は点火時期を変えたときのカウント結果であり,上死点前 30o まで点火時期を進めるとノックが明確に出来し,35o では激しいノックになるという経緯が示されている.エンジン回転速度は 5,000 rpm,全負荷条件である.


 すなわち,"Mahle KI-Meter" が出力する "ノック強度 Klopfintensitätsfaktor/Knock Intensity Ki" とは,測定された作動サイクル全域にわたる最大圧力振幅を衝撃と見てそれを積分し,1 サイクルの平均値として表したものである.1 サイクルの中に圧力パルスは幾つも生じているのに,その内の最大振幅を持つパルスだけに注目するのはなぜか,というような疑問が生じる.そこのところでは,小さな圧力振幅が何度も繰り返されるより,少数の大振幅パルスが大きな損傷を引き起こすと考えているようにも見える.しかし,その圧力パルスの重み付けは指数関数的 Exponential ではなく,一次・線形 Linear でもある.この "ノック強度 Ki" は問題となる機構部品部位,ピストンやシリンダヘッドの端における温度上昇とよい相関を持つとされる.

 右手前の図*2 が根拠を与えるもののひとつであり,ピストン表面円周部の温度との関係が示されている.ノック強度 Ki が 10 を越えるところからの温度上昇が激しい.

 エンジンを継続して運転し,点火時期を順次進めていったときの状況を示すのが右奥の図*2 であり,こちらはシリンダヘッドの温度と排気ガス温度との関係になっている.横軸は時間であるが,その絶対値は分からない.ノック強度 Ki が 30 以下なら,壁温上昇,排気ガス温度低下は比較的緩やかに亢進するが,そこを越えると一挙に激盪に陥る.点火時期をもとのところまで戻すと温度も速やかにもとの値に戻っているので,横軸時間軸の絶対値はそれほど大きくないと思われる.

 右の図を別ページで "高速ノック" の存在を説明するのに挙げたのであるが,上掲の二つの図と共に,資料 2) に出ていて,供試エンジンや実験条件などは共通であると見てよかろう.上右手前の図で,3,000 rpm におけるノックは緩く,5,000 rpm で激しいこととも対応している.

 上の表で,点火時期 -35o の列: 階級 k=12,(44 - 48) bar の圧力振幅となったサイクル nk は二回,重み fk は 11 なので,それらの寄与 fk·nk は 22.ノック強度 Ki に対して最も大きく寄与している階級 k=3 の圧力振幅は (8 - 12) bar,重み fk は 2 で,その回数 nk=49 にて,寄与 98 である.一方で,圧力振幅が 4 bar 以下ならほとんど寄与はないという勘定になっている.こういう積算でノックによる被害が想定できるということであるから,

 a) ひとつのサイクルでは最大圧力振幅の大小だけが重要である.ないし,ひとつのサイクルで何度も圧力パルスが往復するが,そのうちの最大圧力振幅だけで代表させることができる.しかし,ひとつのサイクルでの衝撃が大きいからといって,それだけによって機構部品に損傷が生じるというわけではない.
 b) 僅かな最大圧力振幅 (4 bar 以下) を持つサイクルはほとんど寄与しない.
 c) ほどほどの圧力振幅,(4 - 16) bar 程度のサイクルが "繰り返される" ことの寄与が大きい.
というようなことがそこでの意味ということになる.温度境界層が繰り返して破壊されるということであろうか.

 資料 2) では,定義式の分母 "c" が固定値の "10" となっていて,その説明もないので,"ノック強度 Ki" そのものの意味を不明なものにしている.また,そこには "階級の重み fk" に入れる値は与えられていない.ここで説明したように,資料 3), 4) ではそこのところが明確になっている.しかし,資料 3), 4) には無い図が資料 2) にあるので,資料 2) は欠かせない.

 *1 MAHLE Broschüre "KI-Meter", 1983 年頃,カラーで印刷されていた.
 *2 Betz, G. u. Zellbeck, H.: Das MAHLE-Ki-Meter zur quantitativen Bestimmung der Klopfintensität, MTZ 44-6, (1983), 231-234
 *3 "Kolben und motorische Erprobung", MAHLE GmbH (Ed.), Vieweg+Teubner Verlag, 2011, ISBN 978-3-8348-1452-4
 *4 "Pistons and Engine Testing", MAHLE GmbH (Ed.), Vieweg+Teubner Verlag, 2012, ISBN 978-3-8348-1590-3


 もう少し現象の物理に基づいたノック強度の算出法はないのかとご不満の方もおありだろう.次の式*5 で表されるようなアプローチもないではない.


一目瞭然,圧力パルスが音速で走ることや,燃焼最高圧,最大圧力上昇速度などを考えている.しかし自明のことながら,こちらの方が優れているというわけではない.肝心の因子を落としていやしまいか.

 *5 Eichener, J.: "Kombinierte Verbrennung brennraumintern gemischter Kraftstoffe mit unterschiedlichen Zündwilligkeiten untersucht am Beispiel von Diesel und Benzin", Forschungsberichte aus dem Institut für Kolbenmaschinen, Karlsruher Institut für Technologie, Hrsg.: Prof. Dr.-Ing. U. Spicher, Band 3/20/2012, Logos Verlag Berlin, ISBN 978-3-8325-3172-0




 Still not fixed.


名古屋工業大学 機械工学科の 「エンジン工学」 という科目で講義していた内容の一部,もしくはそれをすこし増補したものである.
読者を想定している書きようであるかもしれないが,聴講者のある講義が基であるがゆえであり,本稿の趣旨は自分のためのこころ覚えである.

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