火花点火機関への EGR |
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Effective EGR on SI Engine |
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実機での EGR をどう考えればよいか
かつて気化器で混合気形成がなされていたときには,アイドリングの安定ということが大きな問題であった.新気量が少なく,残留ガス量比が相対的に高い条件での燃焼には当たり外れがあり,サイクル変動から逃れられなかった.火花点火機関からの窒素酸化物 NOx 排出量を下げざるを得なくなって,排気ガス再循環 EGR: Exhaust Gas Recirculation の採用が言われだしたときにも,エンジン技術者のあいだでは EGR を毛嫌いする風潮が残っていた.しかしながら,実際に適用してみると,悪いことが増えるばかりではなく,低負荷域でのポンプ損失が減るなど,メリットもかなりあるということが分かってきた.
火花点火機関に EGR をかけるとき,それが燃焼に及ぼす影響については,火炎伝播への効果とエンドガス自着火への効果を同時に考慮しなければならない.また,チャージの比熱比が下がることによるサイクル論的な熱効率低下や,チャージの粘度が上がることによる乱れ生成/乱れ減衰に由来する火炎速度の低下についても無視されるべきではない.さらに,シリンダ内残留ガスとしての "内部 EGR" と一旦排気したものを吸気管に戻す "外部 EGR" とが同じもので,温度が異なるだけなのか,それとも異なった性質を持つのかということも併せて考察しなければならない.一方,燃焼最高温度が低下することにより,壁からの熱損失が減ることで熱効率が上がり,サイクルの温度履歴も全般として下がるがゆえにチャージの比熱比も逆に上がるという効果もないではない.
通常,EGR ガスの温度は外気のそれより高いし,本来の新気に EGR ガスを足すことであるから,実機で EGR をかけるとチャージの圧縮始め温度・圧力は共に上がる.温度・圧力が変わる効果を火炎伝播,自着火まえ反応それぞれに対して別途加える必要がある.
低温度自着火への EGR 希釈の効果 のページで説明してあるのは温度・圧力が変わらない条件下のものであり,また,そこでなされている実験では,せいぜい 2.5% 不活性ガス増減でデータが取られている.そのうえ,EGR 量の効果について実験式のようなものが用意されているわけではない.そこで得られている結論は燃料の単位量に対する混合気の熱容量が着火遅れを支配するというものである.ところが,現実に付与される EGR 量は 30% というような,オーダで一桁大きい量である.EGR 量の 10 倍大きいところまで外挿してよいのかいう問題がある.大幅に希釈されたデータがそこにないのは,ひとえに,そうした領域での単純な実験が難しいことに拠る.
一方の火炎伝播への効果についても,机上での事前評価は必ずしも容易ではない.大枠の効果は 火花点火機関の火炎伝播のページに示したそれ であり,EGR 付与によって質量燃焼速度は大幅に下かり,サイクルの等容度が低下する.火花点火機関の火炎伝播では混合気流動にある乱れ u' が Dominant であるといえども,乱れ u' だけが全体を支配しているのではなく,層流燃焼速度 SL にも大きく依存している.層流燃焼速度 SL は温度とともに上昇する.不活性ガス希釈で下がるが,その効果はまずは 実験式 で与えられている.広い範囲に有効であるかどうかは分からない.
圧縮比を上げ,さらに掃気の程度を上げれば,シリンダ内チャージの残留ガス割合が減り,新気割合が増す.同時に 圧縮始め,圧縮終り温度が低下する.シリンダ内火炎伝播にとって,新気割合増は層流燃焼速度 SL の上昇,温度低下は SL の下降として効く.他方,エンドガスの自着火にとって,新気割合増は着火遅れ τ の短縮,温度低下は "負の温度係数域の着火" であればほぼ変化なしということである.ノックの発生が抑えられる方向かそれとも促進する方向かは一義的に定まらず,他の諸条件如何に拠るであろう.
上記のようなことで,火花点火機関に EGR をかけたときに,どのような領域にどのように与えればどういう効果があるのかを事前に予測するのはいまだ簡単なことではないし,実験条件の明確に規定されたデータが広く公開されているわけでもない.幸いにも適当と思われる実験結果例*1 があったのでここに紹介する.Hybrid Car 用のエンジン 2ZR-FXE,1.797-liter, 4-cylinder, Bore×Stroke: φ80.5×88.3, 圧縮比 (実際には膨張比) 13:1, 73 kW @5,200 rpm, 142 Nm @4,000 rpm である.吸入弁遅閉じ機構が付いていて,圧縮行程の短い,いわゆる Miller cycle で動作する.しかし,依然,絞り弁は残っていて,チャージ量は吸入弁遅閉じ機構だけで制御されている訳ではない.吸入弁閉角範囲は 61 - 102o aBDC である.EGR ガス温度,圧縮終り温度などは明らかでない.エンジンのトルク線図については別のところ*2 から引用した.それが三段目の図である.薄い青色の点は通常より低い冷却液温度 70o C のときの作動点であるという.吸入弁閉時に ピストンがどこまで移動してきているか は,ピストン-クランク機構のページで分かる.吸入弁閉 95o aBDC くらいで行程の半分まで来ているから,幾何学圧縮比 13 なら,実圧縮比は 7 くらいになる.吸入弁閉 60o aBDC なら実圧縮比は 10 あたりにある.
右図は比較的低負荷,トルク 40 Nm のとき,吸入弁閉時期と EGR 比により燃費とポンプ損失がどう変わるかが等高線で描かれている.縦軸の吸入弁閉時期は上に行くほど,早期に閉まって,実圧縮比が上がる.(吸入弁閉角可変範囲が市販では 41o であるのに対し,この図では 50o になっている) BMEP: 2.8 bar にあたるトルク一定の条件下なので,吸入弁閉時期が早いときには,吸った混合気を吸気管へ戻す量が少なく,相対的に絞り弁開度を小さくして絞り弁通過流量を下げているためポンプ損失が大きい.負荷が小さいので,吸入弁をできるだけ遅く閉じることで新気量を小さく保ち,それに EGR ガスを加えればさらにポンプ損失が減って燃費が良くなる. すなわち,低負荷域では,EGR を加えることでポンプ損失が下がり,燃費に貢献する領域が存在する. |
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比較的高負荷,上の図の倍,トルク 80 Nm のときが右図に示される.BMEP: 5.6 bar にあたる.通常のエンジン なら 70% 負荷あたりであろうか.こちらは,吸入弁閉時期と EGR 比を変えると点火進角がどこまで可能か,それによる燃費向上があるのかが等高線で描かれている. 縦軸の上方,吸入弁閉時期が早く,実圧縮比が高まると,かなり EGR 比を 30% 近くまで増やさないと点火時期を進められない.一方,吸入弁閉時期を遅らせ,実圧縮比を下げるなら,EGR 比 20% でも点火時期 30o で運転できて,そのときの燃費も良好である. このあたりの負荷条件ならどこであろうと,EGR をかけて悪くなることはない. 比較的高い負荷域では,EGR を加えることによって,通常の点火進角を維持したまま,ノックを生起させずに運転できる領域がある. |
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燃費の側から詳細に見ると,240 g/(kW⋅h) BSFC 等高線内部にある青色の領域は,a) 弁閉時期 10o,EGR 比 20% 点火時期 27o という条件でも,b) 弁閉時期 40o,EGR 比 30% 点火時期 45o という条件でも共に満たされている. 後者 (b) の条件では EGR 比 30% と高いので火炎速度が低く,そのため点火時期を進めなければ前者 (a) と同等の等容度を保てないのであろう.しかし,それでおいてすらノックは抑制されているということであるから,EGR 付与がノック対策となり得る領域もまた存在すると知られる. これら条件下という制限付きながら,火炎伝播速度低下による悪影響よりも自着火抑制効果が勝っていると結論づけられよう. |
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*1 Kawamoto, N., Naiki, K., Kawai, T., Shikida, T. and Tomatsuri, M.: "Development of New 1.8-Liter Engine for Hybrid Vehicles", SAE Technical Paper 2009-01-1061, (2009)
*2 Tiger, F.: http://priuschat.com/threads/2010-prius-2zr-fxe-engine-efficiency-map.62586/page-5#ixzz2QOjIqC4n, May 26, 2010
上に挙げた例で,EGR 付与がノック対策と成り得る領域が存在すると知られた.これに関連する例をもうひとつ挙げる.Southwest Research Institute, SwRI の T. Alger という人が,DOE が主宰する研究開発プログラム DEER のなかで,2010 年ころから言っているいわゆる HEDGE というのが Cooled EGR を積極的に使う意味があるという主張*3-5 である.
右のふたつの図が指圧線図であり,エンジンは過給・直噴,図から勘定するに,行程容積は単筒およそ 0.4 liter である.回転速度 1,500 rpm,60% 負荷で運転したとある.TDC 圧縮終り圧力は 2.5 MPa くらいになっている. EGR をかけないと,点火時期を進められず,TDC 以降でしか燃やせない.EGR 付与を 15% まで増すと,燃焼を TDC 前後に振り分けられるほどに点火を進角でき,EGR 付与 25% では,TDC の縦軸にほぼ弓形に接するようになる. |
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右手前の図はそのときの正味燃料消費率を表しており,EGR 付与 20% で,最良燃費 230 g/(kW⋅h) BSFC を得ている. 一般に EGR の付与は,比熱比 κ の小さい CO2, H2O などの三原子分子を増やすので,チャージの比熱比 κ も下がって,サイクル論的に不利であるとしばしば言われる. |
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これについては,EGR の付与が一義的に比熱比 κ の低下を招くのではなく,EGR 付与で燃焼温度が下がるため,比熱の温度依存効果*6 が減り,チャージのサイクル平均比熱比は,上,右図にあるように,むしろ大きくなるという.もちろん,それはわずかながらも熱効率向上をもたらす. また,EGR 付与で燃焼に時間がかかるようになるという問題については,それほど大きな影響ではないとして,右の図を挙げている.この図は,火炎前面位置を辿る S 字カーヴ のそれではなく,"質量燃焼割合 Mass Fraction Burnt, MFB" の S 字カーヴ についてのものである.EGR 無添加/付与如何にかかわらず,前半 50% までの燃焼時間に較べて,後半 50-90% の燃焼には倍以上の時間がかかる.点火時期を遅らせると,後半の燃焼は TDC から大きく離れる.EGR 無添加でもそれほど燃焼期間が短くないのはそういうことも効いている. ただし,EGR 付与では,質量燃焼割合 0-2%,いわゆる初期火炎核形成にかかる時間が大幅に伸びるので,点火装置への工夫が求められる. これら一連の図では,ノックについての説明はないが,点火時期をどこまで進められるかという見方になっていて,そこでノックと結び付けられている.質量燃焼割合 90% 以降がどうなっているかが示されていないのであるが,そこがまた興味あるところ. |
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EGR 付与で,ノックを抑えながら,点火時期をある程度進めることができて,燃焼が緩慢になっても,TDC に近いところで燃焼がなされれば,過給・直噴火花点火機関で問題となる "低速過早着火 Low-Speed Preignition, LSPI" をも防げるという.T. Alger, SwRI は右のような 過早着火 を挙げており,他の過早着火と同じように,点火時期を遅らせたときに生じるそれである. 高過給・直噴の Mahle 試作機関 で,水冷排気マニフォールドなどを使って Cooled EGR を援用しているのがこの SwRI, HEDGE の考えと呼応していよう. EGR 付与を火炎伝播と自着火,それぞれへの影響として考えるとき,このページに挙げた二例は,自着火抑制効果の方が火炎伝播緩慢化に勝ることを示唆している. |
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火炎伝播の安定性から,火花点火機関への EGR 付与は 20% が限度であると唱える人も少なくないけれども,現実はかなり以前からそれを越えていること,上に見るとおりである.20% は限度ではなく,20 - 25% が最適値に近い値になっている.EGR 付与でどれくらい層流燃焼速度が下がるか の計算例を別のページに掲げた.
*3 German, J.: ICCT Comment, Jan. 25, 2012, http://www.theicct.org/sites/default/files/ICCT-JG_NPRM_2017-25stds.pdf
*4 Alger, T.: High Efficiency Dilute Gasoline Engines, SwRI's HEDGE III Program, February 2012. http://www.swri.org/4org/d03/engres/pwrtrn/hedgeiii/pdf/HEDGEIIIPromo2012-03-14.pdf
*5 Alger, T.: Developments in High Efficiency Engine Technologies and an Introduction to SwRI's Dedicated EGR Concept, 2012 Directions in Engine-Efficiency and Emissions Research (DEER) Conference
*6 気体の比熱は定数ではなく,一般に温度が上がると大きくなる.定圧比熱と定容比熱との差は広義の理想気体として考えても であり,R は定数なので,比熱の値が小さくなるほど比熱比 κ が大きくなる.すなわち温度低下により比熱比は大きくなる.式展開は:
Still not fixed.
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