燃料-空気サイクル | ||
Fuel-Air Cycle | ||
"オットーサイクル","ディーゼルサイクル","サバテサイクル" というのは,サイクルのどこで熱が供給されるかの違いをもとに分類するものであるが,それとは別に作動流体の扱い方の差で,"空気サイクル" と "燃料-空気サイクル" に分かれる.前者の分類と後者の分類は相互に独立の分類概念であるから,"空気サイクル" で取り扱われた "オットーサイクル" であるとか,"燃料-空気サイクル" として扱われる "サバテサイクル" というような組み合わせになる.
"空気サイクル" そのものは単純明快で,そこに混乱はないが,"燃料-空気サイクル" は内燃機関工学とかエンジン工学で早々に出てくるものであるのに,定義や範囲が明確でなく,正しく理解している人は多くない.大雑把に云えば,"空気サイクル" との差はまずは,作動流体を扱うにあたって,作動流体の組成変化と 比熱の温度依存性 を考慮するかしないかの差である.しかし,この差の中味は大きく,比熱固定の "空気サイクル" ではエンジン設計には乗らないが,温度上昇に応じた熱解離と比熱増加を考慮すると一挙に現実に近づき,そのサイクル計算でトラックも走れば,ロケットも飛ぶ."空気サイクル","燃料-空気サイクル" という名称が,比熱温度依存の考慮有り無しという内容と一対一に対応していない,ということが誤解を生む因であろう.
空気は熱機関にとっては,燃料を燃やすための酸化剤であるというだけでなく,熱機関の "作動流体" そのものである."空気サイクル" は作動流体について,物質およびその物性値はサイクル一周過程で順次変化ものであるのに,そこを考慮せずに一定のままで勘定するものながら,サイクルが有する性質を知るためだけになら,簡便かつそれで充分である.けれども,"空気サイクル" はあくまで定性に留まる.サイクルの取り扱いにおいて,定性から定量へと移行する分岐が "空気サイクル","燃料-空気サイクル" という分類である.
数値を入れて "空気サイクル" と "燃料-空気サイクル" の差を示した 例題 を別途掲載したので,あわせて参照されたい.
Ferguson, C. R. and Kirkpatrick, A. T., "Internal Combustion Engines: Applied Thermosciences", (2001), John Wiley & Sons, Inc., ISBN: 978-0-471-35617-2 のために用意された Applets も役立つかもしれない.
"空気サイクル"
"空気サイクル" というのは,作動流体が "狭義の" 理想気体であり,断熱圧縮・断熱膨張,吸・排気行程無しが仮定されているサイクルである.サイクルの途中で作動流体の物性値や質量が変化したりしないし,冷却損失も無い.作動流体の物性値としては通常,常温空気のそれが採られ,定圧比熱 cp0=1.006 kJ/(kg⋅K),定容比熱 cv0=0.719 kJ/(kg⋅K),比熱比 κ=1.40,ガス定数 R0=287 J/(kg⋅K) である."狭義の" 理想気体が仮定されているので,断熱指数 κ は比熱比 κ に等しい.
空気サイクルとして見たオットーサイクル Otto Cycle の理論熱効率,
空気サイクルとして見たディーゼルサイクル Diesel Cycle の理論熱効率,
空気サイクルとして見たサバテサイクル Sabathé Cycle の理論熱効率,
などが基礎的な熱力学により得られる.これらの誘導やそこに含まれる意味については,この Web site の中,"熱力学補遺" に "ガスサイクル, 気体単相サイクル,その一" として掲載してある.
次いで,"燃料-空気サイクル" である. 0) 作動流体は "広義の" 理想気体であって,理想気体の状態式 は成り立つものの,比熱は一定ではなく,温度依存性があるとする.この場合,比熱比 κ と断熱指数 κ とは近いとはいえ等しくない. はもちろんそのまま成り立つ. ・ 比熱の温度依存性 作動流体の組成を固定したとき,比熱の圧力依存性はほとんどないが,比熱の温度依存性 はかなり強い.比熱は温度の多項式で表される.右の表はその一例であって,純物質の比熱が温度の四次式で表現されており,混合ガスの比熱は各成分質量分率の重みを付けた和として算出される.それを図示したのが下の図であり,2500 - 3000 K で常温空気のそれらの 1.25 - 1.30 倍になる. 比熱が温度の多項式で表されるから,作動流体の有する内部エネルギーやエンタルピなどの状態量は,作動流体の組成が既知の場合には,各成分ガスの比内部エネルギー u や比エンタルピ h などを, のようにして個々に計算し,それに各成分質量分率の重みを付けた和として出てくる. 作動流体を空気としたままでも,比熱の温度依存性を考えに入れるだけでサイクルの最高温度はかなり下がる. |
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1-1) 作動流体は空気そのものではなく,それに燃料が加わる. 所与のチャージは燃料/空気混合気となる.しかし,サイクルが一周するあいだ,作動流体が燃料/空気混合気のままであるとしてサイクルを考えることはない.燃料/空気混合気は燃えて燃焼ガスになるからである.ただし,"燃料-空気サイクル" という名称は直接これのことを指しているのではない. 1-2) チャージの質量が燃料の投入によって順次変化する 吸気管燃料噴射火花点火機関のチャージは燃料/空気混合気であり,この場合には,サイクル全周でチャージ質量は変わらないとして扱うことができる.ディーゼル機関では,圧縮行程のチャージは残留ガスと吸入空気との混合ガス,圧縮上死点付近で燃料がそれに加わる.このような過程を取り扱う手法としては,チャージ中の乾き空気の質量 mair を基準とした方法がある.既燃ガスと燃料だけでなく,大気中の水蒸気量も考慮される. まず,吸入される大気の質量は mair (1 + wa),圧縮始め B 点におけるチャージの質量は mair (1 + wa + rb),圧縮終り C 点から定容燃焼終り Z 点までのチャージの質量は mair (1 + wa + rb + Fv),等容燃焼終り Z 点から定圧燃焼終り D 点までのチャージの質量は mair (1 + wa + rb + Fv + Fp),定圧燃焼終り D 点から膨張終り E 点を経由して Blow-Down に至るまでのチャージの質量は mair (1 + wa + rb + Fv + Fp + Fr) とする.ここに,wa は大気に含まれる水蒸気の割合,rb はチャージに含まれる既燃ガスの割合,Fv は定容燃焼始めにチャージに加えられる燃料の割合,Fp は定圧燃焼始めにチャージに加えられる燃料の割合,Fr は膨張始めにチャージに加えられる燃料の割合で,この燃料は "後燃え" にまわる. |
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質量 | ||||
吸入される大気 | mair (1 + wa) | |||
圧縮始め B 点におけるチャージ | mair (1 + wa + rb) | |||
圧縮終り C 点から定容燃焼終り Z 点までのチャージ | mair (1 + wa + rb + Fv) | |||
定容燃焼終り Z 点から定圧燃焼終り D 点までのチャージ | mair (1 + wa + rb + Fv + Fp) | |||
定圧燃焼終り D 点から膨張終り E 点を経由して Blow-Down に至るまでのチャージ | mair (1 + wa + rb + Fv + Fp + Fr) |
燃料が燃えると作動流体は燃焼ガスになる.酸化剤の空気は O2, N2 が主成分で,二原子分子であるのに,燃えてできた CO2, H2O は三原子分子であって,上の図から分かるように,二原子分子よりも三原子分子の比熱が大きい.未燃混合気よりも燃焼ガスの比熱が大きくなる所以である.
比熱の温度依存や熱解離をその都度計算するのは煩雑なので,旧来,それらをすべて取り込んだ,燃焼ガスの u-s 線図,h-s 線図,u-T 線図,h-T 線図というものが使われてきた.燃焼ガス線図としては,Pflaum の線図,航研機設計用に準備された線図などがよく知られている.高橋・太田が JANAF の熱化学表の平衡定数データをもとに計算したものもある.この段階ではガス組成は刻々変化するので,比熱で扱うよりは作動流体の比内部エネルギー u や比エンタルピ h を扱う方が便利である.
しかし,熱解離を起こしている燃焼ガスの比熱が温度・圧力に応じてどう変わるかを,理解を深めるために上図に示した.ガソリン相当の燃料を空気を酸化剤として量論比で燃やしたときの燃焼ガスについて,熱吸収量と温度上昇との関係から見掛けの比熱を出したものである.この図には比較のために,常温空気の定圧比熱 cp0=1.006 kJ/(kg⋅K),定容比熱 cv0=0.719 kJ/(kg⋅K) を点線で描き入れてある.本来の比熱は,一つ上の図に示されているように,せいぜい数十パーセント大きくなるだけであるから,この図で見掛けの比熱は何倍も大きくなっているのは熱解離で組成が変わっている効果が現れているためである.また,cp - cv = R であるところ,この図で温度が高くなると,cp と cv の線間隔が拡がっているのもそのためである.
熱解離がなければ組成は変化しないから,比熱の圧力依存性はないが, 熱解離があると組成が変わって圧力依存性が現れる.作動流体として見た比熱は解離度の影響を受け,低圧ほど熱解離が容易なので,熱解離吸熱反応により見掛けの比熱が大きくなる.この場合,温度依存で純物質の比熱が変化することと,熱解離化学平衡点がずれて解離熱を吸収することとが突っ込みになっていて,見掛け上比熱が数倍になっている.本来は比熱に反応熱を含めることはない.そういう厳密性の無さゆえに,燃焼ガス比熱線図というものは使われない. 比熱が温度の関数という意味は,温度が上がると比熱が大きくなるということである.組成が変わらなくても,温度上昇とともに比熱が大きくなるのに,熱解離があるときには,熱を加えても熱解離吸熱反応に喰われて,さらに比熱が増大したように見える.右図は,燃料を燃やしてサイクルに熱量 Q1 を供給したとき, "空気サイクル" と "燃料-空気サイクル" とで作動流体の温度上昇がどう違うかを模式的に比較したものである."空気サイクル" では熱量を与えれば与えただけ比例的に温度が上がるが, "燃料-空気サイクル" では飽和するような挙動になる. 比熱の温度依存と熱解離は,熱を入れている割には温度の上がりが鈍い,"思ったほどには温度が上がらない" という効果となり,これが "燃料-空気サイクル" なのである.ここまでのように断熱であるとした場合, 温度が 2000 K 程度までしか上がらないのなら "空気サイクル" と"燃料-空気サイクル" との差の大半は,比熱の温度依存性に因っていて,熱解離の影響は相対的に小さい. |
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"燃料-空気サイクル" を経験定数無しで記述できるのはここまでである.エンジン設計では,当然のことながら,以下へ進まなければならないのであるが,サイクル論としてはここまででよい.
作動流体の温度が燃焼室壁の温度よりも低いのは,吸入行程全域と圧縮行程の初期のみであり,サイクルの中では比較的低温の圧縮行程ですら,圧縮始めから圧縮終りまでで見ると熱は失われている.圧縮行程の状態変化はほぼポリトロープ圧縮と看做せるが,その指数 n をどう採るかは失われる熱の量に依る.サイクルの各プロセスにおいて断熱ではなく冷却損失があり,それをどう評価するかは容易でない.これについては 燃焼室壁からの熱損失,冷却 などのページで詳しく述べる. 右図は火花点火機関,ディーゼル機関の指圧線図を logp-logV で表示した例であり,圧縮過程が共に指数 n=1.3 - 1.35 のポリトロープ変化で近似し得る放熱過程であることが知られる. 3) 吸・排気行程とそこでの損失,ポンプ損失も考えに入れる. 設計にも使える "燃料-空気サイクル" を目指すなら,断熱でなく冷却損失を考えるのは当然のことながら,さらにそれに加えて,吸・排気過程の損失 も考慮するのがよい. |
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Still not fixed.
名古屋工業大学 機械工学科の 「エンジン工学 」 という科目で講義していた内容の一部,もしくはそれをすこし増補したものである.
読者を想定している書きようであるかもしれないが,聴講者のある講義が基であるがゆえであり,本稿の趣旨は自分のためのこころ覚えである.