自着火まえ反応と火炎伝播との干渉
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Interaction between Preflame Reaction and Flame Propagation
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 火花点火機関を火花ノックが起る領域で運転することはできない.火花点火機関はノックが起こらない条件を探りながら運転される.火花ノックが起るかどうかはシリンダ内火炎伝播とエンドガス内の自着火前炎反応との 競合 で決まる.エンドガス内へ伝播火炎が乱流燃焼速度 ST で喰い齧り込んで行くとき,そのエンドガス内では自着火まえの前炎反応が進行していて,圧縮始めのエンドガス組成:新気+残留ガス そのものから,燃料の分解と低温酸化反応による中間生成物の生成が加わったものに変わっていく.表題の「自着火まえ反応と火炎伝播との干渉」というのは,乱流火炎素面の未燃混合気/未燃ガスへの喰い込み速度:層流燃焼速度 SL は,本来の純粋な未燃混合気についての層流燃焼速度 SL と変性しつつある未燃ガスへ向かっての層流燃焼速度 SL とが同一なのかどうかという疑問である.

 この問題に関してはながく無視されてきた,ないしは影響なしの中立であると考えられてきた.しかし,例えば,ノックする直前,エンドガスは楔形になっている*1 というような現象に遭遇すると,変性しつつある未燃ガスへ向かっての層流燃焼速度 SL は本来のそれより低下していると考えると解りやすいということがあった.他にも状況証拠というものがないではなかったが,決定的な事象はなく,この問題だけを端的に取り上げた実験をどう組むかというところで挫折していた.


 実験が困難なので,層流燃焼速度 SL なら化学動力学 Software: Chemkin で計算できるであろうと考え,その中にある "premix" を使って得たのが下記の結果*2, 3 である.


 混合気には量論の n-Heptane/Air をあて,圧力は 4 MPa 一定,初温度 900 K である.条件としてはノック発生前のエンドガスが想定されている.層流燃焼速度 SL に対して圧力依存は弱い負,温度依存は正であり,おおまかには SL ~ T2p-0.2 と看做せ,温度が 900 K と高いので層流燃焼速度 SL は 150 cm/s くらいになる.上図は未反応の純粋混合気を与えたときの結果である.図には,前炎反応による変性としては HO2 の量だけが緑線で描かれているが,もちろん HCHO など,他の中間生成物もあわせて出来している.図中の Vb は層流燃焼速度 SL のことであり,BND とあるのは計算される空間領域の上流境界である.BND における混合気流速が層流燃焼速度 SL に等しくおかれる.上図,右端の (d) では,混合気流入から火炎面位置まで距離は短いので,火炎面には純粋な混合気がそのまま入って,そのときの層流燃焼速度 SL は 150.7 cm/s である.一方,左端の (a) では,混合気流入から火炎面位置までやや距離があって,HO2 生成経緯から縮退を伴う冷炎 Cool Flame 生成後に火炎面がたっており,そのときの層流燃焼速度 SL は 169.3 cm/s と 12% ほど上昇している.このとき,温度履歴,赤線から解るように,前炎反応による温度上昇が 100 K 近くある.

 前炎反応により変性し,中間生成物を含む未燃ガスを流入させて計算しても似た結果であって,上と異なった現象は現れない.つまり,自着火まえ反応と火炎伝播との干渉を考えたとき,未燃混合気中の前炎反応進行は層流燃焼速度 SL を低下させることはなく,むしろ,未燃ガスの温度を揚げ,ひいては層流燃焼速度 SL の上昇をもたらすという結果である.


 その後,同様の計算が Sandia National Laboratories の M. Sjöberg によってもなされた*4.Chemkin の "premix" が使われているに違いない.Ethanol/Air 量論混合気が扱われている模様.圧力条件はそれほど高くないが,初温度は 1000 K に設定されているうえ,下左の図に示されるごとく,上流境界を一桁長く採っているので,冷炎 Cool Flame 発生は弱く,直ちに青炎 Blue Flame にまで発達していて,火炎面がたつまでの温度上昇はおよそ 600 K,燃焼速度 SL は 553 cm/s と途轍もない値になっている.初期温度と燃焼速度との関係が真ん中の図に示され,940 K 手前あたりまでは通常のほぼ T2 の依存度で上がるにすぎないが,それ以上ではこういう特殊な状況に転移する.もちろん,上の n-Heptane/Air の場合にも,上流境界 BND を上流遠方におきさえすれば,燃焼速度 SL の暴走を見ることができる.


 この資料には EGR 付与による層流燃焼速度 SL の低下についても計算されているので,参考のためにここに掲げておく.上右の図である.EGR 率 30% で層流燃焼速度 SL は 1/3 くらいになる.


 こういうことが単に計算上の架空のことなのか,それとも現実に起ることなのかはまだはっきりしない.火炎伝播とも自着火とも区別できないとも言える.Chemkin の "premix" Routine では伝播速度は未燃混合気の流入速度に等しい.上流境界 10 mm なら燃焼速度 500 cm/s でも所要時間は 2 ms であって,自着火の着火遅れ時間と同等である.そこで計算される火炎伝播においては,上流側境界までの距離を伝播速度で割った商が,未燃境界から流入した混合気の着火遅れ時間とほぼ一致し,境界までの距離を 2 倍に伸ばすと伝播速度も 2 倍になる.まだはっきりしないとはいえ,現実に起るとも思えず,計算上の架空のことが含まれているという恐れを拭えない.


 定常になるように設定して計算する "premix" Routine に問題があるのかどうか考え倦ねていたところ,すでに先を越され,非定常の "HCT" Routine で計算した例*5 があるとの教示を受けた.計算結果の一例を下に示す.


 Iso-octane/空気混合気が想定され,上図の条件は,当量比 φ=0.45,初温度 1000 K,場の圧力 20 bar 一定である.図中の数字 0.8, 1.6 などは経過時間,単位は [ms] である.横軸は一次元空間 x を表し,x=0 は断熱壁である.温度 Profile の右から左への進行で火炎伝播の様子が分かる.右の図は時刻 3.2 ms 以降の温度 Profile だけを拡大したものである.時刻 3.544 ms あたりまでは,自着火まえ前炎反応はそれほど進まず,未燃 End-gas 相当部は初温度の 1000 K から 100 K しか上がらず,火炎伝播速度もほとんど変化しないが,それ以降では自着火まえ前炎反応の亢進により場の温度が上昇し,それにつれて火炎伝播速度も上がる.そうして遂には,未燃 End-gas 相当部の温度が火炎温度/燃焼ガス温度に近づいて,火炎伝播と着火との区別がつかなくなる.一般に着火は急激に起るものであるが,この計算の着火は,加速はみられるものの,決して急激とは呼べない.

 右側の図で特徴的なことは,順次,火炎温度 Profile の勾配が小さくなっていることである.火炎面が壁へ近づけず,未燃 End-gas 相当部位内で生じた前炎反応熱発生により押し戻されるためである.

 横軸を経過時間で表したものが上の図である.火炎素面温度勾配 dT/dx が低下する様子は左上に示される.Teg は未燃 End-gas 相当部の温度であり,左下の δ は火炎帯厚みである.右上の ceg は未燃 End-gas 相当部温度が何%火炎温度に近づいたかを表す.ROHReg は未燃 End-gas 相当部における熱発生速度であり,それが最大になる時刻が□印で示される.そこでは Teg=1641 K,ceg=63.7 % である.右下の SL は層流燃焼速度であり,初期段階での値は 66.1 cm/s である.

 この計算結果を見るにあたって,x=0 が長い管の端であり,かつ断熱壁であることにまず留意しなければならない.本来,壁がなくて,混合気がずっと前方まである場についてまず計算するべきであった.それを脇に置いておいて,この結果が言っていることは,当量比 φ=0.45 の Iso-octane/空気混合気が温度 1000 K,圧力 20 bar という場にあり,そこに層流火炎が存在して伝播しているなら,あと 3.8 ms かかってその火炎素面が 2.5 mm の距離を伝播すれば,その前方にある混合気は着火する,ということである.それに加え,この計算での着火では,着火部位は常に伝播火炎素面に接している.

 すでにお気付きであろうが,この "HCT" で最初の,右から左への進行する温度 Profile は,定常で計算する "premix" において,計算空間領域上流境界 BND を順次長くしていったときの温度 Profile を重ね合わせたものと同等である."premix" では計算結果としての層流燃焼 SL に一意性が無いゆえの架空が懸念され,この非定常の "HCT" で無一意性だけは払拭されたかに見えるが,火炎伝播と着火前反応とが同時に進む反応計算は当然同じ内容であって,もし,そこに手続き上の問題があるなら,"premix" でも "HCT" でも同じように現れているであろう.

 定常の "premix" 計算と同じように,非定常の "HCT" で計算しても,火炎伝播とも自着火とも区別できない現象が現れる.計算に使われている素反応群は,火炎伝播なら火炎伝播,着火遅れなら着火遅れを計算するなら,それなりに合理的な値を再現するという.しかし,それらが連繋する問題では,現実には存在しない現象が人工的に創りだされているのではないか.提示されている計算結果が Artifact であるのかどうかをどこかで切り分けなければならない.

 エンジンで実際にそういう局面を想定することが現実的であろうか.通常,ノックの発生部位は伝播火炎とくっ付いているわけではなく,離れた別の部位である.計算ではそこは表現されていない.あるいはまた,x=0 が断熱壁でなく,放熱があるなら着火は起るまい.x=0 が壁でなく,x が負の領域にも管と混合気が連続して存在する場合にも,大差ない着火遅れで未燃 End-gas 相当部は着火するという計算になるのであろう.エンジンでの乱流火炎にこの計算結果を適用するなら,混合気乱れの空間スケールはこの計算で出てくる距離 2.5 mm とオーダ的に近いから,皺火炎の皺状ないしスポンジ領域内あたりからでしか着火しないことになる.さらに,当量比 φ=0.45 は極めて希薄 Lean なので,もともとリーンバーン火花点火機関としても,火花点火はほぼ不可,火炎伝播は持続せず Misfire となる条件であって現実的でない.量論混合気であればともかくも,当量比 φ=0.45 はノックが起る条件ではない.

 エンジン燃焼という立場からは,上記二種 "premix" と "HCT" による計算結果には大きな齟齬がある.その理由にとりあえず挙げるべきことは,火炎伝播としては,エンジンシリンダ内乱流火炎伝播を 皺火炎 として考えてよいかということであり,着火としては,エンジンシリンダ内着火では 着火核発生の不均一性 あるいは ノック発生核の希少性 が必ず生じるということである.つまり,雑に言うと,均一同一空間で火炎伝播と着火前反応とが同時に進んではいないのではないかが疑われる.しかし,そうした考えに何か確証があるわけではない.けれども,以下に例示されるとおり,現実のエンジンでの計測では,"premix","HCT" による計算結果から敷衍されるような現象は全く観測されない.


 上述のように,「自着火まえ反応と火炎伝播との干渉」を実験的に扱うのは難しいが,著者の意図は別のところにあるにしても,考えるために援用できる実験結果が無いでもない.上の計算のような現象は生じないことが知られよう.下の Skyactiv-G 2.0, PE-VPR の高負荷域での p-V 線図や熱発生速度経緯*6-8 がそれで,圧縮比 13.0 および 15.0 では TDC から 10o aTDC にかけて前炎反応による熱発生と圧力上昇が観測されており,圧縮比 15.0 の場合に著しい.


 燃焼室内空間にある混合気について,この前炎反応による影響を三次元で化学動力学計算して,温度上昇を見積もった結果が下図のように与えられている.圧縮比は 14 に設定されている.黄色いところは 900 K あたりである.温度上昇にあわせて,チャージの組成も新気+残留ガスそのものから変性しているであろう.


 上の p-V 線図,熱発生速度経緯に戻って,8o aTDC で火花点火がなされたあとの経過を眺めてみると,12o から 23o aTDC にかけて熱発生速度履歴に緩い凸の膨らみがあるだけで,とりたててその後,23o aTDC 以降の燃焼が促進されている徴候はない.むしろ,圧縮比 11.2 の場合に較べて熱発生速度は 2/3 程度まで下り,燃焼は緩慢になっている.冒頭に挙げた "楔形エンドガス" の場合と共に,これらを火炎伝播に対する抑制効果と看做して差し支えないのであろうか.


 このようなことで,「自着火まえ反応と火炎伝播との干渉」があるのかどうかについて,決定的な根拠がなく,いまだ明確な結論を出すに至っていない.継続して考えていきたい.



 *1 Ohta, Y. and Takahashi, H.: "Inhibitory Action of Preflame Reactions on Flame Propagation in End-Gas", Progress in Aeronautics and Astronautics, Vol. 108 (1986), pp. 316-328, AIAA
 *2 小島・太田: 火炎伝播と前炎反応の干渉に関する数値解析,
第 20 回内燃機関シンポジウム #20090043, (2009)
  *3 Kojima, S. and Ohta, Y.: Numerical Analysis on the Interaction between Flames and Preflame Reactions under a Knocking Condition, 22nd International Colloquium on the Dynamics of Explosions and Reactive Systems, (2009)
 *4 Sjöberg, M.: Advanced Lean-Burn DI Spark Ignition Fuels Research, FT006, 2010 Directions in Engine-Efficiency and Emissions Research (DEER) Conference, (2010)
 *5 Martz, J. B., Lavoie, G. A., Im, H. G., Middleton, R. J., Babajimopoulos, A. and Assanis, D. N., "The Propagation of a Laminar Reaction Front during End-gas Auto-ignition", Combustion and Flame 159, (2012), 2077-2086
 *6 Yamakawa, M., Youso, T., Fujikawa, T., Nishimoto, T., Wada, Y., Sato, K. and Yokohata, M.: "Combustion Technology Development for a High Compression Ratio SI Engine," SAE Technical Paper 2011-01-1871, (2011)

 *7 山川・森永・石野: 効率のカギを握る圧縮比,#20124294,自動車技術 66-04,(2012), 33-38
 *8 山川正尚: SKYACTIV-G の燃焼技術を支えた計測技術,テスティングツール最前線 2013, 自動車技術 67-04 付録,(2013), 6-11

 


Still not fixed.


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