火花点火機関の火炎伝播 Flame Propagation in SI Engine |
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このページ中程の,層流燃焼速度の節で説明するように,火炎は未燃混合気の酸化反応である.火炎から前方の未燃混合気に向かって O, H, OH などの活性化学種 (ラディカル) が分子拡散で輸送され,あわせて熱も運ばれる.熱と活性基とが前方未燃混合気に蒔かれることにより,未燃混合気で酸化反応がはじまる.これが順次続いて,火炎が未燃混合気の中へ喰い込んで行くことになり,それは火炎伝播 (でんぱ) という呼び名そのものである.(火炎伝搬 でんぱん とは言わない).
火花点火機関の火炎伝播を考える順序は:
1) 常温,常圧における層流燃焼速度 SL を知る.ガソリンではほぼ SL = 0.4 m/s.
2) 層流燃焼速度 SL の温度依存性,圧力依存性を知って,圧縮終り以降のシリンダ内温度・圧力条件での層流燃焼速度を見積もる.
3) エンジン回転速度とシリンダ内混合気流動の乱れ u' との関係を知る.
4) シリンダ内混合気流動の乱れ u' がどの程度であるかを評価して,乱流燃焼速度 ST を見積もる.
5) 乱流燃焼速度 ST から,熱発生速度を勘案して火炎速度 wF を評価する.
これは,火花点火機関ではなぜ 6,000 rpm 以上にも高回転が実現できるのかという理由を説明することでもある.ここに出てくる,高回転を可能にする効果は天の恵みであるが,ディーゼル機関では残念ながら同じようには作用しない.
・火花点火機関の正常火炎伝播 Normal Flame Propagation in SI Engine
量論の混合気がシリンダに入り,ピストン圧縮を受けた後,高圧電気火花放電で点火される.伝播火炎の火炎核が形成されて,定常的な乱流火炎伝播へと移行する.点火プラグがシリンダの端にある場合の燃焼経過を下図に示す.シリンダを上から眺めた状況を想定して描かれている.燃焼室は画面の奥行方向に厚みを持つが,その厚みはシリンダ径の数分の一であると想定される.現在の自動車用エンジンでは四弁ペントルーフ形燃焼室が圧倒的に多く,点火プラグの位地はシリンダ中心に近いが,以下の説明,論議はそうした燃焼室の場合にも大きな変更なく当てはまる.(この節の表題に "正常 Normal" とあるのは,ノック,ノッキング Knock, Knocking などの異常燃焼が伴わない場合ということを言いたいためであるが,適切な表現であるかどうかは疑わしい.)
混合気が吸気弁から入るとき,流れは層流ではなく乱流であり,圧縮行程で緩和されるとはいえ,圧縮上死点近傍でも流動に乱れ u' が残る.それゆえシリンダ内火炎伝播は乱流火炎伝播である.乱流火炎は皺 (しわ) 火炎であり,皺火炎の部分は平面的に描くと図の青色部分に相当し,未燃混合気/火炎面/既燃ガスで構成されるスポンジのような状態になっている.これが点火プラグに対向するシリンダ壁に向かって進む.乱流火炎のスポンジ状部分の背後は既に燃えた既燃ガスであり,温度が高いので粘度も高く,そこでは細かい流動が抑制されている.
このスポンジ状乱流火炎の先端の位置 x を火花放電からの時刻 t との関係として描くと,通常下図のような S 字カーヴ で表せる.別ページ,ノッキングを動画 において,ノックが生じない場合ならここに示したようになる.
全伝播距離との割合で最初の "0 - 10 %" は火炎核形成期間である.スパークが壁近傍でなされたときには層流底層での現象になるので,半球形の滑らかな火炎ができる.この期間は混合気流動の影響を比較的受けにくいといわれている.
伝播距離 10 - 95 % の期間は正味の乱流火炎伝播期間である.この間,見かけの速度はほぼ一定とみなせ,これを火炎伝播速度,火炎速度 Flame Speed, wF と呼ぶ.乱流燃焼速度 Turbulent Burning Velocity, ST とは定義が異なるので注意されたい.この期間の火炎伝播の進捗を決めるのは未燃混合気流動の乱れ u' であり,乱流燃焼速度 Turbulent Burning Velocity, ST と乱れ u' は,おおまかには同じ値になる.つまり,シリンダ内乱流火炎伝播は,伝播距離 10 - 95 % 期間においては,燃料がガソリンである限り,燃料の組成や燃料の発熱量の差異で影響を大きくは受けない.別の,ガソリンを扱ったページ で,レギュラガソリンでも,ハイオクタンガソリンでも,乱流火炎伝播の速度に差はないと言っているのはこのことである.(比較するときには混合気の空燃比は同じとしてのことである.空燃比が変わっても火炎伝播に差がないというわけではない.もちろん,依然,乱れ u' が乱流火炎伝播現象を大きく支配している.)
伝播距離 95 - 100 % の期間では,壁近くの乱れの低下,低温の混合気などの理由で火炎伝播速度が低下し,さらにごくごく壁に近づいたところで消炎に至る.火花点火機関で燃焼効率が 97% 程度となるのは,ここで 3% 程度が未燃焼となるからである.
上で 乱流火炎伝播構造はスポンジ状 であると言っても,これまた直ちに理解が得られないであろうから,下にその写真を挙げる. 1980 年頃に Namazian という人が MIT で,正方形断面ピストンと矩形ガラスシリンダを持つ可視化エンジンを使って,側面から覗いて,高速掻き落としカメラで撮ったものである.回転プリズム式の高速度カメラと違い,各駒でフィルムが停止するためか,解像度がすこぶる良好である.
Namazian, M., Hansen, S. P., Lyford-Pike, E. J., Sanchez-Barsse, J., Heywood, J. B., and Rife, J.: "Schlieren Visualization of the Flow and Density Fields in the Cylinder of a Spark-Ignition Engine," SAE Paper 800044, SAE Trans., Vol. 89, (1980).
現在主流である,四弁式ペントルーフ形燃焼室における火炎伝播の様子を把握するには,静止画像ながら 右の図 がよい.Univ. of Warwick で撮影されたものである.スポンジ状と呼んでいるところがどこかも把握しやすい.下に説明するシリンダ内乱流火炎伝播の挙動も見て取れる.ただし,奥行きのある三次元現象を平面に映し取った画像であることに留意して見なければならない.火炎前端断面は奥行き方向に弓形であろうから,スポンジ状部分がかなり厚く感じられるように映っているはずである.また,実際の火炎の色がピンク,既燃ガスの色が青であるというわけではない.輝度を上げるための発光剤が混ぜられているからである. 実験ではなく シミュレーション計算 であるが,Chalmers 工科大,J. Wallesten & A. N. Lipatnikov の動画 がなかなかよい.点火直後の火炎が手前に向かって拡がっているのは,ヘッド面で画面奥から手前に向かうタンブル Tumble 流ができる設計になっていることに因る.スワール Swirl は強くないようである. |
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回転速度が上ったときには 経過時間 (紫色) で見れば.600 rpm のとき,火花点火から 10% 距離位置までの火炎核形成に 4 ms かかり,火炎伝播は 4 ms -16 ms で 10-95% 位置を通過する.この主火炎伝播時間は 12 ms であって,そのときの火炎速度は 15 m/s である.1,200 rpm と回転が二倍になれば,火炎核形成に 3 ms,火炎伝播は 3 ms - 9 ms に 10-95% 位置を通り,主火炎伝播時間は 6 ms,火炎速度は 30 m/s となって,主火炎伝播については速度は二倍,時間は二分の一になる. つまり,火花点火機関ではエンジン回転にほぼ比例して火炎速度が自ずと上昇する. |
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これをクランク角度 degree CA (青色) で見れば,600 rpm のとき,火花点火から 10% 距離位置までの火炎核形成に 15o CA,火炎伝播は 15o -55o CA で 10-95% 位置を通過,主火炎伝播期間 (図の空色部分) は 40o CA である.1,200 rpm になったときには,火炎核形成に 20o CA,火炎伝播は 20o -62o CA で 10-95% 位置を通過,主火炎伝播期間は 42o CA になる.すなわち,クランク角度で見れば,600 rpm のときの主火炎伝播時間 40o CA は,1,200 rpm で 42o CA になるだけであって,その差は小さい. 熱力学や内燃機関の教科書にはしばしば指圧線図や p-V 線図が,例えば右図のように描かれている.そこに エンジン回転速度が指示されていない のはこうした理由に拠る.書く必要がないのである.もちろん,このことは熱力学に時間の概念が無いということとは別物である. |
横軸はクランク角であって,時間でない |
一方,火炎核形成に要する時間も回転速度の増加と共にいくぶん減少しはするが,その効果は弱く,クランク角度でならむしろ増加する (図の薄緑色部分).これが 回転に応じた点火進角が必要な理由 である.主火炎伝播期間がいつも上死点 TDC 前後振り分けになるようにしようとすれば,回転が上がるにつれて増える火炎核形成クランク角度の増加分だけ,火花点火の時期を進角させておかなくてはならない.
* この図は Taylor, C. F. & Taylor, E. S.: "The Internal Combustion Engine", (1938), p. 97, International Textbook Co. に出ているとのことである."in Theory and Practice" と付かない旧版の方である.φ111.1×114.3, L 型燃焼室であるという.Bouchachard, C. L., Taylor, C. F. & Taylor, E. S.: J. of SAE 41-5, (1937), p. 514 がもとであるともいう.
ある管路の定常的な流れはそれが乱流であるとき,瞬間流速 u を平均流速 とそれとの差 に分割して,平均からの差の二乗平均平方根 Root-Mean-Square, rms を乱れ成分 u' として考える.その様子を右端の図に示す.一般に相対乱れ は管路の寸法・形状・配置 Configulation が決まればほぼ一定の値をとり,平均速度が上下しても大きく変わることはない.
往復ピストン式機関,特に四ストローク機関では空気や混合気は吸入管からポペット弁隙間を通して,ピストンの下降によりシリンダへ吸い込まれる. |
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定常流ではないので,弁隙間を流れる速度は時刻/クランク角で変わり,弁周のどこであるかによっても速度に差はあるが,どこのどの時刻の速度も下降するピストンの速度 Sp(t) に依存したものである.弁隙間を流れる速度の目安は最高回転速度時の吸入行程中平均値で 100 m/s である (このときの平均ピストン速度は 15 m/s 程度).
弁隙間を流れるため,Wake が生じ,渦を生む.上,真ん中の図は,ピストンが下降する過程での吸入管,ポペット弁隙間,シリンダの様子を,英国の研究会社 Ricardo が可視化したもの* である.弁後流の Wake や,シリンダ内に大小の渦が形成されるという挙動が見てとれる.すなわち吸入管 Intake Manifold でも流れは乱流であるものの,シリンダ内流れはそれに比較して格段に強い乱れを伴った流れになる.相対乱れが 1 以上,つまり平均流よりも乱れの方が大きくて,逆流が起こる箇所も少なくないという状況が出現し得る.
* http://www.yet2.com/app/insight/techofweek/30305?sid=350
エンジン吸入系の Configulation は弁隙間が開口後経過時間の関数であるだけで,形状などは固定であるから,いま定常流と同じように,相対乱れ の値は大きくは変わらないと仮定するなら,シリンダ内に生じる乱れ強さ u' はピストン下降速度 Sp(t) の関数である.ピストン下降速度 Sp(t) は吸入行程中変化するものの,その代表値は平均ピストン速度 Sp である.平均ピストン速度 Sp はエンジン回転速度 N に比例するから,シリンダに吸入される空気/混合気の乱れ u'(t) は平均ピストン速度 Sp に強く関連する.シリンダに吸入された空気/混合気の乱れは,圧縮行程中に減衰するものの,圧縮上死点近傍でもそれなりに残る.
火炎伝播に作用する乱れ u' の強度を簡単に精度よく評価する関係式はないが, という連鎖は維持されて,混合気の乱れ u' はエンジン回転速度 N に比例する.
乱流燃焼速度 ST は後述するようにおおまかには でかつ であるから,乱流燃焼速度 ST はエンジン回転速度 N の上昇につれて比例的に増加する.乱流火炎伝播への効果としては,その回転での平均ピストン速度 Sp(N) のオーダの乱れ が燃焼室に残るようである.平均ピストン速度 Sp(N) の最大値は,そのエンジンの最高出力回転数のときのものであり,潤滑油を挟んだ金属の摺動速度の限界から定まって,一般のエンジンでは 15 m/s あまりである.
ここに述べた,混合気の乱れ u' はエンジン回転速度 N に比例する,という関係については,実験的な検証が充分になされているとは言えないものの,証明が全くなされていないというわけではない.種々の制約から 400 rpm と 800 rpm の,かなり低速域での比較に留まるけれども,直接測定した数少ない実験結果のひとつ* を右に挙げる.横軸はクランク角度,縦軸が乱れ強さ u' である.EC, IC, EO, IO はそれぞれ,E: Exhausr Valve, I: Intake Valve, C: Close, O: Open の意である.図中の rs はスワール比 (エンジン回転速度 N に対するシリンダ内スワール回転速度の比) である.スワールについては 別のページ で述べる. 赤線の軌跡がスワール比: 2.1,エンジン回転速度: 800 rpm,橙線のそれがスワール比: 2.1,エンジン回転速度: 400 rpm の場合であって,まずは,この両者について,火炎伝播に関わる位相である圧縮上死点 TDC 近辺 (灰色網掛け) の値を見較べる.続いて,紫線の軌跡:スワールなし,エンジン回転速度: 800 rpm,緑線のそれ:スワールなし,エンジン回転速度: 400 rpm の場合を比較する.エンジン回転速度 800 rpm のときの乱れが 400 rpm のときの二倍に近いことになっていることが知られる. 供試機関のストロークは 106 mm であるから,回転速度: 800 rpm での平均ピストン速度 Sp は 2.83 m/s であって,400 rpm のときを含め,その回転での平均ピストン速度程度の乱れが燃焼室に残るという, なる関係もあわせて成立していることが分かる.なお,燃焼室形状は純パンケーキ,弁は直立である. * 池上・塩路・魏・杉浦:レーザホモダイン法によるエンジンシリンダ内の乱れ計測,日本機械学会論文集 52-482B (1986), 3635-3641. |
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乱流燃焼速度,質量燃焼速度,火炎速度の混合比依存性については別途下方で考察する.
・層流燃焼速度 Laminar Burning Velocity
燃料蒸気と酸化剤 (一般には空気) とが混ざって可燃性混合気ができる.そこになんらかの点火源があると火炎が生じる.火炎は面状である.火炎というのは混合気の酸化反応であり,混合気を消費して,燃焼ガスをつくる.混合気が静止,もしくは層流で流れているとき,火炎面の前方には未燃混合気,後方には燃焼ガスがあり,火炎は未燃混合気を噛り込んで行く,その速度を層流燃焼速度と呼ぶ.記号は SLもしくは SU である.層流燃焼速度 SLは燃焼の化学反応速度を代表する指標であり,化学反応の効果とその大きさを代表する指標は断熱火炎温度 Adiabatic Flame Temperature, Tad である.すなわち,未燃混合気の当量比 φ と,混合気の置かれた温度 T,圧力 p or P の場が与えられれば SLと Tad が一義的に定まる.もっとも,層流燃焼速度に対する断熱火炎温度の効果については,同類の炭化水素間でしか有効でなく,燃料の分解機構が効くとの意見が出ている.
右の式は Mallard-Le Chatelier* の層流燃焼速度理論であり,炭坑の爆発を契機に導かれたものである.層流燃焼速度は,初温度ならびに 断熱火炎温度 が高く,圧力が低く,熱拡散率 α が高ければ大きい.古典的ながら,本質は外していない.λ は熱伝導度,ρcp は容積についての比熱である. |
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* Mallard のことを Maillard と書いてある書物が見受けられるが Maillard は別人である.Le Chatelier も LeChatelier とは綴らない.
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左上の写真は層流のブンゼン炎であり,上中央モノクロ写真はブンゼン炎での流線を示している.上方,外への流れの速度と内側下方未燃混合気側へ喰い込もうとする層流燃焼速度 SLとが釣り合って火炎が保持される.その関係は右上の図のようである. 右の図は 層流火炎帯 の構造である.火炎前方の未燃混合気に向かって O, H, OH などの活性化学種 (ラディカル) が反応帯から分子拡散で輸送され,あわせて熱も運ばれる状況を示している.石油系炭化水素燃料蒸気と空気からなる常温,常圧の量論混合気において,火炎面厚さ δ は 0.1 mm のオーダ,層流燃焼速度は 0.4 m/s 程度である.
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右は,常温 298 K・常圧 101.3 kPa (1 atm) 下の層流燃焼速度 SL, ref から,温度,圧力が上がると層流燃焼速度 SL がどう変わるかを示したものであり,上述のように,温度依存は正であるものの,圧力の指数は弱いながら負であることが分かる. |
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右の図は常温 298 K・常圧 101.3 kPa 下の層流燃焼速度 SL, ref を示したものである.燃料種による差を強調するため,縦軸の最下端が 15 cm/s となっており,0 からの表示でないことに留意されたい. 量論よりやや過濃の,当量比 φ = 1.1 近くで極大値をとり,それより濃くても薄くても層流燃焼速度は低下するという,上に凸の放物線状挙動を示す.B2 の絶対値が大きいほど低下の度合いは激しい.多くの燃料についてこうした傾向はほぼ同じであるが,メタンだけはいくぶん異なる. 往復ピストン式エンジンのシリンダ内にある混合気では,圧縮を受けて燃焼開始初温度が上がっているため,層流燃焼速度は 1 - 2 m/s になっている.アイドリング時などでは残留ガス希釈の影響で層流燃焼速度が低下する.希釈の効果について,ここの式のように,質量分率だけで表せるものかどうかはまだはっきりしない. |
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・乱流燃焼速度 Turbulent Burning Velocity
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皺火炎説というのは,火炎素面は層流火炎と変わらず,皺ができることによって火炎面面積が増え,そのことで質量燃焼速度が上がるというものであるから,反応領域が自身の熱発生で膨張して乱流火炎包絡面を前に押し出す,その膨張で押されること以外には SL < ST となる理由がない.
乱流火炎なら空間を速く進むというところを理解するにはこれだけでは充分でない.乱流燃焼がどのようなものであるかについては,Lawrence Berkeley National Laboratory (LBNL) に付属する The Center for Computational Sciences and Engineering (CCSE) の Web site を見ることを推奨する.多数の動画が掲載されていて,概念を把握するには好適である.The ASC Flash Center at the University of Chicago の動画もなかなかのものである.シリンダ内の火炎伝播なら上にも紹介した 静止画像 がよい.
これについては Tabaczynski が図解した乱流火炎の Spaghuetti-like Structure * を見ると解りやすくなる.右図** がそれであり,乱れの積分空間スケール Integrated Length Scale Λ なる大きな渦中に Taylor Microscale λ の渦塊があり,その内部は乱れていない.("Spaghuetti" は伊語綴り.英語での綴りは "Spaghetti"と "u" がない) Taylor Microscale λの渦と渦とは互いに回転しながら擦れあっていて,その接触面には渦管 Vortex Tube もしくは渦面 Vortex Sheet が生じ,そのスケールが Kolmogorov Scale η のオーダにある.火炎は真っ先にこの Kolmogorov Scale η なる渦管中を紐状に速度 u' で未燃混合気に突き進んで行く.これなら乱流燃焼速度 という表現が直裁的に出る.周囲に火種を得た Taylor Microscale λ の渦塊では,回転はするものの内部は乱れない剛体のようなものなので,周から内部へ層流燃焼速度 SLで火炎が進入して行き,やがて既燃ガスになる. この考え方は,乱流火炎の前面が乱れ速度 u' で未燃混合気に喰い込む状況を表わしており,また,乱流火炎の燃焼領域がスポンジのような構造になっていることの説明にもなる.Ink Roller Model とも呼ばれている.The ASC Flash Center at the University of Chicago のシミュレーション計算結果動画はこの様子をよく表している. |
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* Tabaczynski, R. J., Ferguson, C. R. and Radhakrishnan, K., "A Turbulent Entrainment Model for Spark-Ignition Engine Combustion", SAE Paper 770647, SAE Transactions, Vol. 86
** 上記 Tabaczynski らの論文が手元に見あたらないので,記憶にある内容を自分で描いた.
エンジンでは乱流燃焼速度という説明だけでは終わらない
火炎速度 Flame Speed wF がエンジン回転速度 N に追随して上昇することが火花点火機関に与えられている "天の恵み" であり,そこでは,乱流燃焼速度 Turbulent Burning Velocuty ST はおおよそ であって,混合気流動に含まれる乱れ u' が律速していることを理由として上に挙げた.その状況は The ASC Flash Center at the University of Chicago のシミュレーション計算結果動画 に如実に表現されている.しかしながら,この説明は "天の恵み" を説明し得ているといえども,火炎前方無限遠まで未燃混合気が存在するという条件の下でなければ厳密には成り立たない.つまり,乱流燃焼速度 Turbulent Burning Velocuty ST と質量燃焼速度が比例関係にあるのはそういう条件下に限られる.上で,"伝播距離 10 - 95 % の期間" と出てくる意味でもある.確かに,エンジンのシリンダ内で火炎前面包絡線がシリンダ壁に向かって行く速度は,中央空間においては,回転速度 N にほぼ比例するのであるが,前方に存在すべき未燃混合気は対向壁にて終息させられていて,永遠には続かない.エンジンで火炎前面包絡線が対向壁に達した "伝播距離 100 % 期" i以降もしばらく背後のスポンジ状と呼ぶところがなにがしか未燃で残っており,壁ごく近傍の混合気でなくせも,それが燃え尽きるのに時間を要する.これについては以下でさらに説明するが,そのスポンジ状領域は,論理としては,乱れ u' が強いほど広い (広くなっているかどうか実験的に確認されているわけではない).火炎前面包絡線が対向壁に達した後のこのスポンジ状領域の広さないし量は乱れ u' に,そこでの燃焼速度は層流燃焼速度 Laminar Burning Velocuty SL に支配される.
・火炎速度と燃焼速度
火炎速度 Flame Speed wF は火炎の発達速度を外部,遠方から Euler 的に眺めたときの速度である.一方,燃焼速度 Burning Velocity は未燃混合気に舟を浮かべて,伝播火炎が迫ってくる速度を Lagrange 的に見たものである.火炎領域では激しい熱発生があって,自分自身が膨張し,容器内燃焼の場合,それによって周りは,火炎の前方も後方も共に圧縮される.
ガラス管の中に未燃混合気を入れて火をつけ,層流火炎ができている状況を下の図で考える.乱流火炎の場合にはここの記述よりさらに複雑である.薄緑色で未燃混合気を,薄赤色で既燃ガスを表す.上側の図は両端が開放端の場合である.左上の図では未燃混合気は静止しており,火炎は層流燃焼速度 SLで右側に移動する.この火炎を静止させるには未燃混合気を右側から SLに等しい速度 wu で送り込んでやればよく,それが右上の図である.
下側の図は開放端ではなく,いわゆる囲まれている場合である.左側の図では左が閉塞端となっていて,火炎による発熱により自分自身が右側へと膨張しながら動く.これが外から観測される火炎の移動速度,火炎速度 wF であり,層流燃焼速度 SLに較べて格段に大きい.この火炎を静止させるには,既燃ガス側左端をピストンのようなものにしてそれを火炎速度 wF で左へ引っ張り,それを補うべく未燃混合気を右側から送ればよい.それが右下の図である.火炎帯の前後での圧力差は無視できる程度の大きさなので,圧力を一定とみなすと,密度は温度に反比例し, である.また,火炎面における質量保存から, が成り立ち,
層流が維持されている条件下での火炎速度 wF は,火炎背面が閉鎖されている (Confined) ときには容易に wb でありえて,層流燃焼速度 SL, 0.4 m/s の八倍,3 m/s くらいにもなる.火炎背面で膨張による速度が誘起されても,開放端の場合には燃焼ガスが出て行くだけで,火炎速度が大きくなるようには見えない.すなわち,火炎速度 Flame Speed は混合気や燃焼ガスガスがおかれた配置 Configulation に依存する,みかけの速度である.燃焼速度の方が本質的な意味を持つことがお分かりいただけよう.
エンジンシリンダが閉じた空間であるがゆえに
シリンダ内の燃焼は閉鎖空間で生じるので,ピストンが移動しない上死点付近で完結すると仮定しても,現象はかなり複雑である.火炎領域での熱発生は前方の未燃混合気を圧縮するだけでなく,背後の既燃ガスも圧縮する.その様子を下図に示す.上述の S 字カーヴ の説明でもある.点火プラグから対向壁までの距離上にある未燃混合気部分を火花点火前の状態で六分割して,点火後伝播火炎が発達して行く様子を示すと真ん中の図のようになる.二つ目と三つ目の境界にあたる混合気 (青の線) が燃えるときには,距離で言えば半分を越した位置にある.これはその時期以前の発熱によって未燃混合気が圧縮されたからである.もっとも既燃ガス部分も圧縮を受けており,それは赤線で示される.そのときの温度分布は右側の図にあり,未燃混合気部分は薄青の直線,既燃ガス部分は青曲線のようである.火炎伝播が終了したときには赤太線の分布になり,点火プラグ位置の温度が最も高い.まず最初に燃えてできた温度の高い既燃ガスがその後の火炎伝播過程のあいだずっとさらなる圧縮を受け続けるからである.他の混合気部分では,初めは未燃混合気として圧縮を受けてその温度が上昇し,燃えた後は燃焼ガスとして圧縮を受けて温度が上がるという二段構えである.こういうふうに温度勾配が生じることは Hopkinson 効果と呼ばれる.
・火炎帯厚さ Flame Thickness ならびに Ignition Point
この内容はかなりの量になるのでページを改めて 火炎帯厚さ へ.
・火炎伸張 Flame Stretch
Coming Soon ! |
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・消炎距離 Quenching Distance
この内容もやはりかなりの量になるので 火花点火 のページへ.
このことは回転速度の上昇に伴い火炎伝播にかかる時間,あるいは燃焼完了までの時間がどの程度短くなるのかということだけでなく,ノッキングの回避という点からも興味ある事項である.
また,窒素酸化物 NOx の生成などを考えるときには,どのように温度が上がって,どれだけ続くかということが問題になるから,火炎領域の先端がどこにあるかということよりも質量燃焼速度の方が重要である. |
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火炎の先頭が前へ進み,燃焼室壁に達した段階では,壁と既燃ガスとのあいだに挟まれたスポンジ状の領域には未燃燃料が残っていることを上述した.そこで燃焼反応が終了するための時間は,混合比や不活性ガス希釈の影響を受けるだけでなく,混合気の乱れにも依存する.上の図は J. Fenton の著書に出ている図四枚* を二枚ずつ重ねてスケールをあわせて描き直したものである.Ricardo E6 単シリンダ標準エンジン (a) とそれに格子乱流 Grid-Generated Turbulence が付与された TCI と呼ばれる実験用の設定 (b) とについて質量燃焼割合経過を比較してある.もとの記事は EPICAS Hardware/Software Package というものの説明であり,この内容の説明はない.シリンダ内乱れを強化すると標準 (紫線) より燃焼が速く進む (緑青線) が,それは火炎先端面が最遠燃焼室壁に達する以前のことであって,それ以降はもともと乱れが強かったときの方が燃料消費速度が小さいことがこの図に現れている.質量燃焼割合が 1 に近づいたところにちょっとしたノッチがあり,火炎先端が壁に接触したことをうかがわせる.それ以降の燃料消費速度は標準設定 (a) よりも乱れ強化設定 (b) の方が小さい.
乱れを強化するということは火炎先頭面背後に層流火炎素面を増殖させることであり,それが燃焼経過中期では燃焼促進になるが,併せてスポンジ状領域を増やしているから,燃焼の最終段階に壁に囲まれたとき,取り込んでいる未燃分が多くてその処理に時間がかかる.その処理は乱流から離れ,層流火炎伝播に依るからである.上方,"エンジンのシリンダ内では" のところにある火炎構造の図を参照されたい.火炎先頭が燃焼室壁に達すると,それ以降,層流火炎面積 AL は減る一方で増えず,温度低下で層流火炎速度 SL も低下し,乱れ u' の恩恵も過去のものになっている.
* Gasoline Engine Analysis for Computer Aided Design, Edited by John Fenton, Mechanical Engineering Publications Ltd, London, (1986), pp. 151-155, ISBN 0 85298 634 3
火炎伝播の質量燃焼割合進行パターンはしばしば Wiebe 関数 でフィッティングされる.しかしながら,それはあくまでもフィッティングであって,壁との干渉のような現象を個々に表現することは困難である.
Still not fixed. The road to success is always under construction.