熱発生速度と Wiebe 関数 |
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Wiebe ないし Vibe は燃焼経過を表すのに,すでに燃焼した燃料の割合 xB を燃焼経過時間割合 t/tz の関数として,次式を与えた*. ここに,t は燃焼経過時間,tz は燃焼継続時間,m は燃焼特性指数である (このページでは添字の付かない一文字の m は質量を表さない).この式にあるパラメータは m ひとつだけである.燃焼特性指数 m がどういう物理的意味を持つかを詮索することは徒労である.論文の表題には "半実験式" Halbempirische Formel となっているが,いまでは Empirical fit function of mass fraction burnt のように言われ,"実験式" と看做されている.右図はディーゼル燃焼のシリンダ圧力経過,燃料噴射率,熱発生速度,熱発生率 ROHR, Rate of Heat Release を図式的に描いたものである.Wiebe 関数はこういう熱発生率の形を近似曲線に当て嵌めて,特性を表現するのに使われる. |
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* Wiebe, I. I., "Halbempirische Formel für die Verbrennungsgeschwindigkeit", Verlag der Akademie der Wissenschaften der UdSSR, Moscow, 1956; Wiebe, I. I., "The Combustion Speed in Internal Combustion Piston-Engines - Fuel Combustion Rate Equation combining an Empirical and a Theoretical Approach", Collected Works of Piston Engine Research, Laboratory of Engines, Academy of Science, USSR, Moscow 1956; as cited by Kraftstoffaufbereitung und Verbrennung bei Dieselmotoren, ed.: G. Sitkei, pp. 156-159, Springer Verlag, 1964.
Vibe, I., Brennverlauf und Kreisprozess von Verbrennungsmotoren, VEB-Verlag Technik Berlin, 1970; German translation of the Russian original.
Wiebe, I. もしくは Vibe, I. という人は,Иван Иванович Вибе / Ivan Ivanovich Vibe (1902-1969), ドイツ系ロシア人,第二次大戦中は囚人のようにしてウラル地方に送られた.戦後身分復活があり,1956 年およびそれ以前は Свердловском горном институте / Sverdlovsk Mining Institute および Свердловском сельскохозяйственном институте / Sverdlovsk Agricultural Institute の准教授.1962 年以降は Челябинский политехнический институт / Chelyabinsk Polytechnic Institute.http://atd.vstu.ru/kafedra/history/Vibe.htm.
Wiebe 関数がどのように導かれているのかを以下に示す.まず,燃料のモル数を n とし,燃料が消費される速度 -dn/dt を,
とする.純粋に化学反応を扱ったものではない.燃料の消費経過が時間 t とともにどのようなパターンになるかが指数 m で表わされる.k は単なる比例定数である.右辺に n があるので,化学反応として,燃料濃度 n の一次反応が,あるいは,自己触媒的反応 Autocatalytic Reaction が仮定されているように見えるが,そういうことではなく,これは,燃料消費が進んだ後半の時期には必ず反応速度が低下するように設定されているのである.tm については,エンジン燃焼では燃焼期間中,時間 t が進めば温度は上昇するから,そこをアレニウス式のように冪乗としたと見ることもできる.
最初にこのように置けば,n0 を 初期燃料モル数,tz を燃料が消費されるに要する時間として,
xB はいわゆる質量燃焼割合 Mass Fraction Burnt,mf, burnt, mfuel はそれぞれ,すでに燃えた燃料の質量,総燃料質量,Qθ, QB はそれぞれ,その時刻までに生じた熱発生,総熱発生量である. モル比,質量比,熱発生量比は比で表されているから,密度,発熱量などが分母・分子にかかるだけで,ともに相等しい. これらの表現においてパラメータは a と m のふたつである.質量燃焼割合 xB は火花点火機関の燃焼経過,あの "S 字カーヴ" の表現である.いま,a = 6.9 と固定し,m をパラメータとしたときの質量燃焼割合 xB を右図に示す.パラメータの数が少ないのに,巧妙にその形が表現される.m を大きくすると燃焼時期の重みが後期にシフトすることが知られる. Wiebe 関数パラメータは,ここでは正の値のみについて示したが,負であっても一向に差し支えない. |
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ディーゼル機関では通常,熱発生速度,熱発生率 dQθ/dθ が使われ,
という表現になる.ここに wHR は次元と絶対値を持つ熱発生速度,熱発生率そのものではなく,熱発生率の形状を表す熱発生率パターンともいうべきものである.これを,a = 6.9 と固定し,m をパラメータとして下図に示す.ディーゼル機関における熱発生速度,熱発生率 dQθ/dθ のフィッティングでは a = 6.9 は極めて良い近似であると言われている.ディーゼル機関では "予混合的燃焼期間" と "拡散燃焼期間" とでふたつの Wiebe 関数に当てはめ,それらを加えあわせて表現される."A Double Wiebe Function" と呼ばれている.
Wiebe 関数のパラメータには燃焼過程における現象の物理や化学との直接関係がないから,シリンダ内の燃焼現象を理解する助けにはならない.そういうところには使い道はないが,この熱発生パターンが実現できればこういう性能になるというような Feasibility Study に使える.もちろん,最適熱発生パターンを実現する手法が見いだし得るかどうかはまた別の問題である. ディーゼル機関で最適な熱発生パターンを得るにはどのような燃料噴射時間経過であるべきかというような議論には有用であるし,燃料噴射系設計の指針はそうして与えられた.あるいはまた,どういう熱発生パターンが窒素酸化物 NOx の生成量を極小にするかというようなことも Wiebe 関数の Parameter Study から出てくる.これは火花点火機関にもディーゼル機関にも関係する.1970 年代から 1980 年代にかけてこういう仕事が広く行われた.比較的最近にも散見される* が,新規な知見はほとんどない.パラメータである燃焼特性指数 m と現象の物理とを関連付けたという研究はまだない. * Caton, J. A., "The Effect of Burn Rate Parameters on the Operating Attributes of a Spark-Ignition Engine as Determined from the Second Law of Thermodynamics", 2000 Spring Engine Technology Conference of the ASME-ICED |
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実際に Wiebe 関数で熱発生率をフィッティングする場合には,燃焼開始時期,燃焼期間を与え,それらに加え熱発生量も与えなければならない.日常業務とするところでは,実験で得られた熱発生率曲線に重ね合わせて目視で調節できるようなソフトウェアが使われている.右の図はディーゼル機関で "予混合的燃焼期間" と "拡散燃焼期間" とに分けた "A Double Wiebe Function" を決めている例** である.青色の線が実験で得られた熱発生率,"予混合的燃焼期間" Wiebe 関数が緑色,"拡散燃焼期間" Wiebe 関数が桃色である.燃焼開始時期,燃焼期間を "予混合的燃焼期間" と "拡散燃焼期間" とで分割しているから,"予混合的燃焼期間" のパラメータ m が 0.25 などと小さな値になっているわけではない. この例では拡散燃焼期間の後尾で生じる "後燃え" をうまく表現できておらず,Wiebe 関数の限界を露呈している. ** Chmela, F., |
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Wiebe 関数のパラメータ,もう片方の a にはあまり自由度はないようである.右の二つの図はパラメータ a の効果を見たものである.a が小さくなると燃焼過程が緩慢になる様子がうかがえる.しかしながら,a の値が 5 の段階ですでに,燃焼継続時間 tz になっても質量燃焼割合 xB は 1 に達せず,熱発生速度は 0 に落ちない.つまり燃焼が完結しないという表示になっている. パラメータ a の中にはもともと tz も m も含まれており,本当にどこまで独立に動かすことができるのかを検討する必要があるかもしれない. |
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そういうことからは,パラメータ a は燃焼効率の表現であって,燃焼の物理・化学と対応していると言えそうであるが,燃焼効率が下がってくると燃焼期間の終了時点でも熱発生速度が 0 にならないという矛盾は解消されないままであって,燃焼効率の低い領域で現象の物理と整合しているわけではない.しかし,Chang, K. らはこの燃焼効率を取り入れて,
という形に式をつくり変えている***.もともとが論理性の低い実験式とは言え,これは飛躍に過ぎると考えられる.
*** Chang, K., Babajimopoulos, A., Lavoie, G. A., Filipi, Z. S. and Assanis, D. N., "Analysis of Load and Speed Transitions in an HCCI Engine Using 1-D Cycle Simulation and Thermal Networks", SAE Paper 2006-01-1087
それにしても,ほとんど唯ひとつのパラメータ m だけで,これだけ多様に熱発生パターンが表せることに驚かされる.
Still not fixed. The road to success is always under construction.
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