火花点火 Spark Ignition
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・火炎核形成 Flame Kernel Development

 火花点火機関 (ガソリンエンジン) では高圧電気火花放電により混合気への点火がなされる.火花放電が与えられても火炎が直ちに生じず 1 ms のオーダながら,しばらく待たなければならない.この間に,比較的混合気流動の影響を受けない,球形もしくは半球形の火炎が徐々に発達する.こういう過程を 火炎核形成 Flame Kernel Formation という.この期間はシリンダ内火炎伝播燃焼を表す S 字カーヴの裾野にあたる.火炎核がある大きさにまで発達したあとは,エンジン回転速度,混合気流動に一義的に依存した 乱流火炎伝播 に移行する.

 点火プラグの電極間絶縁破壊による火花放電,いわゆるスパーク Spark から点火コイルに蓄えられていた誘導エネルギー放出としてのグロー放電 Glow Discharge については下方で説明する.

 右の図は火花放電開始後 200 µs 後のシュリーレン写真である.スパーク Spark の後に続くグロー放電 Glow Discharge は継続中であると思われるが,撮影時にその光はカットされている.

堀・柴田・岡部・橋爪,高着火性イリジウムプラグの開発,
自動車技術会 2003 年秋季大会 学術講演会前刷集 No. 94-03, 161


 背後の混合気に乱れが見られるにもかかわらず,皺の無い球形の火炎核が形成されていることが知られる.燃焼室壁近くはいわゆる層流底層で,燃焼室内の混合気流動や乱れが直接には入り込まないところであり,そうした領域が 3.5 mm くらいの厚さで存在することが多いと言われている.皺の無い球形に近い火炎核ができるのはそのためである.

 

 混合気流動のあるところで火花放電がなされたときには,必ずしも皺の無い球形火炎核は明確には確認できるとはいえず,例えば右の図のように,かなり初期から乱れの影響を受けている.しかし,そういう場合にも,丁寧に見ると,直径 2 mm 程度の火炎核らしきものが存在している.

 さらに強い流動のもとでは,伝播火炎は点火プラグに付着せず,放電経路は点火プラグ下流へ流され,何度も放電が切れるという "多重放電" になる.そういうときには火炎は放電電極から少し離れたところに生じる.


・火花放電エネルギー Spark Energy

 点火装置の価値はその点火能力 Igniting Ability, Igniting Power or Incendivity によって判断されるべきであって,単に飛火可能な間隙長や放出されるエネルギー量であってはならない.点火能力には火花エネルギーの総量だけではなくて,放電持続時間が関係し,継続的な熱供給が点火の成否に大きな役割を演じている.火花点火とは,自ら伝播するだけの能力を持つ火炎を高圧電気火花放電によって発生させることである.火花放電のなかで化学反応が開始されることが点火の第一過程であるが,そのいわば火炎核ともいうべきものが,化学反応と伝熱との複合現象として自ら伝播し得る火炎にまで成長することが点火の第二過程である.

 点火火花には "容量火花" と "誘導火花" とがあり,前者はコンデンサに蓄えられた静電エネルギー ½⋅Cv12 の放出によるものであり,その持続時間は 10-6 s くらい,後者はコイルに蓄えられた電磁エネルギー ½⋅Li12 の放出によるもので,その持続時間は 10-4 から 10-2 s である.火花点火機関に現在用いられている点火コイルや高圧マグネトによる火花は,容量火花と誘導火花の合成された Composite Spark であるが,そのうちの容量火花成分は浮遊容量に蓄えられていたもので生じるだけであって,火花エネルギーの大半は誘導火花で与えられる.


 高圧電気火花放電点火装置は右の図のような構成になっている.点火コイルの一次巻線に電流を流して電磁エネルギーを蓄えたのち一次側回路を切ると,そのエネルギーは二次巻線に伝達され,昇圧される.その電圧が火花間隙に加わり,絶縁破壊がおこる.一次電流の断続はかつては,図にあるようなポイントと呼ばれる機械式の接点であったが,現在ではほぼ半導体による On/Off に置き換えられている.

 上図は合成火花の場合の火花間隙にかかる電圧と電流の経緯を示したものである.一般に中心電極が負になるように回路は設定されており,"Positive Ground" と呼ばれる.これの方がその逆よりも 20 - 40 % 低い電圧で絶縁破壊 "Breakdown" に至り,放電が開始される.

 絶縁破壊に要求される電圧は間隙に存在する気体の条件,状態に応じた値であり,上の図では 7.5 kV になっている.絶縁破壊 "Breakdown" は上図で Spark Line となっているところで,Point Open の時期に当たる.ここでの火花は容量火花である.容量放電は極めて短時間の現象なので,上図のスケールでは一本の線以上のものは現れない.火花点火装置としては,電極間隙で絶縁破壊が起こらなければ何事も始まらないから,この要求電圧が下がる点火プラグが出ればそちらが尊ばれる.

 教科書にしばしば右図のような電圧波形が掲載されているが,縦軸.横軸ともにそのスケールはリニアではなく,単なる模式図に過ぎないので注意されたい.絶縁破壊に至る部分が時間スケールで三桁ばかり拡大され,電圧スケールで二桁ばかり縮小されている.電圧/時間をリニアとして描けば,電圧振幅方向は逆になってはいるが,二つ上の図のようになる.


 火花間隙の絶縁が破壊されるとそこはイオン化 Ionized されるので,そのあとは抵抗値が落ち,あわせて間隙電圧も数百ボルトまで下がって,Glow Line と示されているグロー放電に移行して,1ms 程度のあいだ持続する.そのとき電圧はほぼ一定 (上図の場合 550 V) に保たれるが,電流は図にも現れているように直線的に下がる.

 最初の容量火花で混合気を活性化し Ionized,そこで開始された Initiated 化学反応が発展するよう,誘導グロー放電で熱を供給して保温する という関係にある.火花点火を一括で "Spark" というが,厳密には "Spark" は最初の絶縁破壊のところのことである.容量放電だけを "Spark" と言った場合には誘導放電を "Glow" と言わねばならない.

 合成火花のエネルギーは誘導火花のそれで代表させて差し支えなく,放電エネルギーは上図のように計測された二次側の電圧・電流履歴を計測してそれらから,


として求める. [J/s]=[W]=[V][A] なる関係である.容量放電のところは時間が極端に短いから時間で積分したエネルギー量は大きくない.誘導放電については,変動があるときには真面目に積分しなければならないが,たいてい電圧はほぼ一定,電流はほぼ直角三角形なので,積分ではなく算数で出しても精度は充分に保たれる.上図ではそれぞれ 550 V, 70 mA to 0, 0.8 ms なので,この場合放電エネルギーは 15 mJ くらいである.

 もちろん限度はあるものの,グロー放電のあいだに放出されるエネルギーは間隙を拡げるにつれ,限界はあるものの,ほぼ直線的に緩やかに増す.また,電極間隙の増大,つまり火花要求電圧の増大に従って,点火に要する火花エネルギーが減少する.しかし,このことから火花要求電圧が上がれば点火能力が向上するという結論を導いてはならない.以下に述べる電極への熱損失との関係が大きいからである.


 リニアな目盛りでは絶縁破壊の一本線とグロー放電しか現れないので,縦軸,横軸を共に対数軸にし,点火用火花放電現象を模式的に分かりやすくしたものが中段の図である.この図では電圧は正に振るように描かれている.絶縁破壊からグロー放電へ行く途中でアーク放電 Arc Discharge を経由する.放電エネルギーとして,グロー放電のそれで全体を代表させて差し支えないことがこれで確認できる.この図は下に挙げる R. Maly の論文に出ている.

 容量放電の電圧上昇で絶縁破壊に至る経緯は,極めて短時間に起こるので,それを記録した例は少ない.右の図は NASA, Glenn Research Center の M. J. Rabinowitz によるもの* である.電圧はここでも正に振るように描かれている.ほぼ直線的に立ち上がり,その所要時間は 700 ns くらいである.絶縁破壊電圧は 7 kV で,最初の図の場合とほぼ同じであり,そこでのエネルギーは 70 µJ となっている.


* M. J. Rabinowitz, Problems in Minimum Ignition Energy Determination, The Fourth Triennial International Fire & Cabin Safety Research Conference, 2004, Federal Aviation Administration, William J. Hughes Technical Center - AAR 440

 点火コイル二次側の電圧・電流経緯は上述のようであるが,それと点火コイル一次側とは右図のような関係にある.

 点火コイル一次側へはポイント閉のときに DC 12 V のバッテリから電流 i1 が流れる.ポイント閉の期間は Dwell Angle と呼ばれる.点火コイル一次側電流 i1 はポイント閉で直ちに上がらずその上昇は時間とともに指数関数的である.ポイント開で点火コイル一次側に蓄えられた誘導エネルギーが二次側へ伝達されるが,そのとき一次側にあったエネルギーは ½⋅Li1f2 である.一次電流 i1 が指数関数的であるがゆえに,エンジン回転速度の上昇とともにポイント開直前の点火コイル到達一次側電流 i1f 値が低下する.誘導型点火装置の最大の問題点がこれである.右図の場合,グロー放電を含めた火花継続時間を 1 ms とすると,点火火花の繰り返し間隔は 2.5 ms くらいに描かれており,これは 6 シリンダエンジンでディストゥリビュータ式なら 8000 rpm に相当する.図に示されるような振動の発生は避けられないので,点火火花の繰り返し間隔は 2.5 ms くらいが限界であると知られる.シリンダごとに点火コイルを配する方式が増えている所以である.ここではポイント開閉という言葉を使っているが,現今では現実の接点ではなく,半導体素子で電流の On/Off がなされる.

 誘導型点火装置には高回転速度での供給エネルギー低下という問題があるので,これに替わるものとして容量型点火装置 CDI, Capasitor Discharge Ignition が浮上する.この方式では一次側にコンデンサを置き,DC 200 V 程度に充電する.一次側エネルギーは ½⋅Cv12 であり,点火コイルは昇圧のためだけに使われる.それゆえ容量火花だけになり,間隙で絶縁破壊が起こらないというようなことはなくなる.つまり要求電圧は満たされる.しかし,開始された化学反応を発展させる 誘導グロー放電の保温用熱供給という機能がない ので,混合気に点火する能力という点では必ずしも好ましいわけではない.この方式では多重容量火花などが試みられるのはそのためである.


♦ 実測波形を見るなら Pico のページ がよい.

♦ 放電エネルギーの取り扱いについては下記に詳しい.
 J. E. Shepherd, J. C. Krok, and J. J. Lee, Spark Ignition Energy Measurements in Jet A, Explosion Dynamics Laboratory Report FM97-9, California Institute of Technology, 1999
 J. J. Lee and J. E. Shepherd, Spark Ignition Measurements in Jet A: part II, Explosion Dynamics Laboratory Report FM 99-7, California Institute of Technology, 2000

♦ 火花点火に関する現象の記述は,Daimler-Benz にいた R. Maly による下記それらに止めを刺す.しかし,フォローするのは容易でない.
 R. Maly, Spark ignition: Its physics and effect on the internal combustion engine” in Fuel Economy in road vehicles powered by spark ignition engines, ed. J. C. Hilliard and G. S. Springer, Plenum Press, New York, 1984, 91-148.
 R. Maly and M. Vogel, Initiation and propagation of flame fronts in lean CH
4-air mixtures by the three modes of the ignition spark, 17th Symposium (Int'l) on Combustion, 821-831, The Combustion Institute, 1978.
 R. Maly, Ignition model for spark discharge and the early phase of flame front growth, 18th Symposium (Int'l) on Combustion, 1747-1753, The Combustion Institute, 1981.


火花点火で混合気に与えられるエネルギー

 現在自動車用に広く使われている高圧電気火花放電点火装置は誘導コイルを用いて高電圧を発生させるものが大半で,"CDI, Capacitor Discharge Ignition" はほとんどない.点火プラグの放電間隙に与えられた電圧と放電中に流れる電流との積を時間経過に沿って積分すると点火プラグに与えられたエネルギーが出る.これはほぼ 20 mJ で,そのとき放電持続時間は 1ms くらいである.これは "点火プラグに与えられたエネルギー" であって,混合気に与えられたエネルギーではないが,外から計測できる量でましなのはこれくらいである*.この 20 mJ のうち,電極への熱損失を差し引いた残りが混合気に与えられる.接地電極へおよそ 50 %,中心電極へおよそ 10 % のエネルギーが取られてしまい,点火への寄与は残り 40 % のエネルギーであると言われている.オーダとしては半分から 1/3 くらいと思えばよいであろう.その後,火炎核から,また初期伝播火炎から電極へ,燃焼室壁へと熱が逃げるが,この段階では燃料の化学エネルギーの解放が始まっている.伝播火炎成立までの期間に熱損失がどの程度あるのかということについて,明確な資料の存在を知らない.
 * これとて Tektronix, P6015A High-Voltage Probe 高電圧プローブだけで十数万円はかかる.

 一方,シリンダに供給された燃料の量を推定すると:
 2-liter, 4-cylinder エンジンではシリンダあたり容積は 500 cm³,外気温 20 ℃における空気の密度を ρ= 1.16 g/cm³ として,"WOT, Wide Open Throttle 絞り弁全開" で,容積効率 100 % なら,チャージ中の新気導入空気量は 0.58 g, 量論混合比になっているなら (A/F)th = 14.7 から,燃料の量は 39 mg である.

 39 mg の燃料が出す熱量は発熱量を 44 MJ/kg として 1716 J であって,これがシリンダチャージ,混合気の持つ化学エネルギー相当分である.この化学エネルギーほぼすべてがシリンダに放出され,その何割かが機械仕事に換わって出力になる.燃料が出す熱は,火花放電として与えられたエネルギー 20 mJ の 85000 倍であり,これがほぼ最大倍数である.アイドリングでは空気量も燃料量もずっと少ないが,それでも倍数としては 5000 倍くらいにはなろう.それゆえ,点火装置が火炎核を形成し,それが火炎伝播へと正常に発達しているのなら,芯電極径の小さい点火プラグに換えたり,点火エネルギーを増やしたりしても,エンジンのトルクや出力が向上するというようなことはない.始動直後や急加速時の端緒で失火,ミスファイアが起こっている というようなことならこの限りではなく,それぞれのサイクルで,火炎核形成,火炎伝播が完結するように処置すれば,加速や燃費が良くなる.



  To be continued !


名古屋工業大学 機械工学科の 「エンジン工学」 という科目で講義していた内容の一部,もしくはそれをすこし増補したものである.
読者を想定している書きようであるかもしれないが,聴講者のある講義が基であるがゆえであり,本稿の趣旨は自分のためのこころ覚えである.

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