気化器 Carburetor
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 火花点火機関,いわゆるガソリンエンジンの負荷調整は,絞り弁 Throttle Valve 開度を変えて混合気の量を調整し,混合気 Mixture そのものは 量論比 のそれとするのが基本である.出力のみを追求するときに,やや濃い Rich 混合気を使うことは従来からなされているし,アイドリング Idling でも少し濃いめの混合気が供給されていたが,三元触媒で排出ガス規制を達成するのに,空燃比センサ λ Lambda Sensor,O2 Sensor による排気からのフィードバック制御が行われているため,かつてより量論で運転する範囲が増えている.気化器においても,広い運転範囲でほぼ量論比の混合気を供給するというのが第一義である.

 自動車用燃料供給装置としては,気化器はいまやほとんど用いられなくなり,電子式燃料噴射が主流であるが,バイク,芝刈機,チェーンソーなどに装着される比較的小型のエンジンでは,現在でも気化器が燃料供給装置として使われる.気化器とは言うものの,気化させるにまでは至らず,せいぜい霧化させる程度である."Carburetor" という語彙は "Carbon カーボン" から発していて,炭化水素供給装置というような意味合いであるから,キャブレタ,キャブという発声は本来でない.フランス語で "carburant" と言えば燃料のことであり,気化器が "carburateur" であって,これが語源でああろう.

 ここで示す気化器の原理は,機械工学の初歩がそのまま実用になっているひとつの例であって,エンジニアリングとはどういうものかを知るのには好適である.もっとも,大枠の筋道は理論どおりであるが,細部の変動にまで機械メカニズムで対応しようとすると泥沼にはまり込む可能性を含んでいる例であることも否定できない.


・ 単純気化器

 吸入系の途中にベンチュリ管 Venturi Tube を設置し,吸入空気がそこを流れる際に生じる圧力降下で吸入空気流量 と吸入燃料流量 とを調量 Metering する.下図がその概略である.
 まず,フロート室に燃料が供給され,フロートが燃料液面高さをいつも同じになるように調整する.空気がベンチュリを通ると喉部の圧力が低下する.その負圧で燃料が,オリフィスを経由して,Main Jet と呼ばれるノズルから吸い出される.燃料ノズル開口部はベンチュリ喉部に置かれるが,通常,フロート室燃料液面から数 mm ないし 12 mm 高い位置に設定される.僅かな振動や姿勢変化によって燃料がこぼれ出さない配慮である.

 大気の圧力を pa [Pa]=[N/m2]=[kg/(m⋅s2)],密度を ρa [kg/m3],重力加速度を [m/s2],ベンチュリ喉部の圧力を pv,喉部の断面積を Av [m2] として,空気流量 [kg/s] は,

と書ける*.cv はベンチュリの流量係数,Δp は喉部に生じた負圧である.
 フロート室の燃料には大気圧がかかっている.燃料液面と燃料ノズル開口部との高低差を h,燃料の密度を ρf とすると,オリフィス上流・下流間の圧力差は, である.オリフィスの断面積を Ao,その流量係数を cv として,燃料流量 [kg/s] は,

となる.この単純気化器で得られる混合気の空燃比 A/F は,

と表される.* この関係の説明をそのうちに 「熱力学補遺」 に書く.簡単には Bernoulli の式ではあるが.

 吸入空気流量の増加とともに Δp も大きくなるが,ρfh は固定であるから,この方式では,いま流量係数が変化しないとして,吸入空気流量が大きなところでなら混合気の空燃比は一定値に近づくが,逆に吸入空気流量の小さなところでは燃料の出が悪くなって,空燃比は稀薄化する.この関係をここから三つ目の図に載せる.


・ 空気ブリード付き気化器 (Stromberg 気化器)

 単純気化器の問題点を解消し,吸入空気流量が変わっても混合気の空燃比が一定になるようにする工夫のひとつが右図に示すストロンバーグ気化器の空気ブリードである.フロート室からノズル開口部までのあいだに空気オリフィスを介した空気ブリード管を設け,吸い出される燃料に応じて空気を混ぜ,それを開口部から出す.構造としては,右図のようなものだけでなく,下図のようなものを含め,いろいろとある.コンセプトは変わらない.

 燃料オリフィス位置からフロート室燃料液面までの高さを h1,空気ブリードが混ざる位置までの高さを h2,空気ブリード管内圧力を p' とすると,燃料オリフィス上流・下流間の圧力差は,

である.空気と燃料との混合物を一体で考えてその密度を ρ'f とすると,
という関係にあるから,燃料オリフィス部圧力差は,

となる.空気/燃料混合物の密度 ρ'f は空気ブリードオリフィスを変えることで人為的に設定することができ,上式の右辺第二項と第三項が等しくなるようにできる.

 そうすれば混合気の空燃比は,

となって,Δp に,つまり吸入空気流量 に依存しない一定の混合気が,流量の広い範囲で得られる.その様子を単純気化器と比較して右図に示す.空気ブリードとして与えられる空気量は吸入空気量に較べて十分に小さい.また,燃料に空気を混ぜることは燃料の霧化を助ける.

 なお,密度のオーダは,空気について ρa =1.2 kg/m³,燃料について ρf = 720 - 780 kg/m³ である.


・ スロー系,パワー系,加速ポンプ

 上記の,吸入空気流量に依存せず,一定濃度の (ほぼ量論比の) 混合気を供給する気化器に,アイドリング安定化のためのスロー系,高いトルクが要求されるときだけ空燃比を濃い側に振るためのパワー系 (いわゆる エコノマイザ Economizer*),アクセル踏み込み速度に対応する加速ポンプを追加すれば,実際の気化器になる.しかし,これらは付加的な機能であり,始めに述べたように,気化器機能の第一義は広い運転範囲でほぼ量論比の混合気を供給することである.
 * Economizer とは絞り弁開度が大きいときのみ絞り弁に連動して燃料を余分に出す装置である.これを付与することによって高負荷域に対応できるため,低・中負荷域では量論もしくはやや稀薄な混合気を供給していられる.燃料を余分に出す装置であるのに倹約家という名称になっているのが皮肉である.これを付けなければ,最大トルク維持のために全域で濃い混合気を供給しなければならないところ,それを回避するという意味である.

・ 温度依存

 吸入空気温度や燃料温度が設計点からずれたときどうなるであろうか.まず,空気の密度 ρa は温度上昇とともに小さくなり,ρa ~ 1/T である.ベンチュリ喉部の流量係数は比較的安定していて,ca = 0.87 くらいらしい.一方,燃料密度 ρf の温度依存は比較的小さいが,燃料オリフィスの口径は小さく,その流量係数 cf はかなり大きな温度依存性を示すうえ,流量にも依存し,特に小・中流量域でかなり変わる.この様子を右図に示す.
 つまり,温度が上がるにつれて上式平方根外の分母は大きく,平方根内の分子は小さくなるから,混合比は濃い側にずれる.


より詳しくは

 気化器の主旨は空気流量の変化にかかわらず,量論混合気を形成するに必要な分だけの燃料を出すことである.その主旨は空気ブリード付き気化器でまずは実現され,スロー系,パワー系などは末節である.しかし,この末節を付加しなければ気化器として完成されたものにはならず,その末節がまた複雑である.特にアイドリングの安定が難しい.下の左に示すものでもかなり足されているが,それでも比較的簡易な部類に属する.

 固定ベンチュリでは空気流量が小さいときにはベンチュリ負圧も小さく,燃料の微粒化に適さず,空気流量が大きいときには流路抵抗が大きい.下の右に,二輪車に多く採用されている可変ベンチュリ気化器の例を示す.可変ベンチュリ気化器はこうした問題点が解消される構造になっている.そうしたこと以外の基本概念には差がない.図の Dmn, Gmn ところから主燃料が出る.ここにはテーパ針が嵌まっており,空気流路の大小に応じてテーパ針が上下して,主燃料流路面積を増減させる.図では同芯に描かれているが,実際に計測してみた経験では,テーパ針はたいていは片寄り,燃料孔壁に接触したり離れたりするので,燃料通路断面積が変動し,それがもとで燃料流量が安定しない.


 気化器についてさらに詳しくは,
 
魚住・竹内・荒井・鈴木: 自動車用気化器の知識と特性, (1984), 山海堂,ISBN4-381-10004-2, P2884E

 気化器の構造はまさに機械工学そのものである.気化器が種々の要求を満たすべく高度に発達し,高度に装飾されたとき,役割のほぼすべてを電子制御燃料噴射装置に譲った.生きながらえているのは基本性能だけを有する比較的簡単な構造のものだけである.高度に発達したといえども,本質とするところは早くから実現されており,発達したのは個別要件に対応する技術であったということではないか.永く携わった技術者の感慨や如何.Amal, Bendix, Carter, Dellorto, Rochester, Solex, Stromberg, Zenith など,どの名を聞いてもなつかしい.研究者では,浅野弥祐,古山幹雄,宝諸幸男,大山宜茂 諸氏の名を思い起こす.


ガソリンの密度が変わると空燃比はどう変わるか

 ガソリンのオクタン価 を説明したページで,レギュラが指定されているエンジンにハイオクタンガソリンを供給しても,金銭支払いで劣ること以外に問題点はないと述べた.しかしながら,ハイオクタンガソリンを入れたら調子が悪くなったという人がいないわけではない.この理由を推測するに,上の最後の式で燃料の密度が上がるとそれの平方根で混合比が濃い側にシフトすることがわかる.レギュラでも空燃比がもともとやや濃い状態に設定されているエンジンでは,ハイオクタンガソリンを供給することはそれをますます濃い側に振ることになる.始動性が悪いなどという症状は特にこの影響が大きいであろう.

 しかしながら,この考えは燃料を平均的に (C1H2)n として,密度だけが変わるとしたときのものであって,燃料組成そのものが大きく変わったときには,この影響は緩和される.下表に示すように,芳香族系の高オクタン価基材は密度も高いが,量論空燃比の値も小さいからである.下表の数値で計算すると,いま,純物質イソオクタンで量論に調整した気化器にトルエンを供給してもかっきり量論混合気が得られることが分かる.

Fuel
Molecular
Density
Octane
Number
(A/F)th
Weight
20o C
RON MON
Iso-Octane C8H18 114.23 0.692 100 100 15.1
1-Hexene C6H12 84.16 0.673 76 63 14.8
m-Xylene C8H10 109.17 0.864 118 115 13.7
Toluene C7H8 92.14 0.867 120 109 13.5


冷間始動時,加速時などの非定常な状況では

 加速時,特に絞り弁開度が急に上がったときには,燃料がシリンダに入り,混合気として燃焼に与るまでにいささか時間がかかる.この時間遅れは大きく,加速ポンプを作動させて燃料を増量しているにもかかわらず,その間しばしば混合気が希薄 Lean になる.空気は直ちにシリンダに吸い込まれるのに対して,液体燃料の慣性は大きく,微粒化された燃料ですら,空気の流れに直ちには追随しないからである.それだけでなく,吸気管壁や吸気弁裏,弁座周りに供給された燃料のかなりが付着し,そこの燃料がシリンダへ持ち込まれる時期は大幅に遅れる.それゆえ,加速時初期段階では混合気は濃い Rich というのは思い込みにすぎない.もちろん時間スケールを長くとれば,加速時全体として Rich であるが,絞り弁が開いた瞬間は明らかに Lean である.しばらくの時間経過の後に量論比となり,そのあと Rich になる.加速ポンプの作動は Rich の混合気が欲しいからというより,できるだけ早期に量論比近くの混合気を与えるための操作である.

 冷間始動時には燃料を増量するのではなく,空気流量をチョーク弁で絞る.吸気管壁,吸気弁裏,弁座周りに燃料が付着する状況は同じように生じる.各部が冷たいうえに,残留既燃ガスが存在しないからそこから熱を貰えず,燃料の蒸発が不活発で,燃料が付着する状況は暖気後の加速時よりも酷い.点火プラグが "かぶる" というのもこれである.

 混合気が Lean とき,火花点火の絶縁破壊要求電圧が上昇し,失火,ミスファイアが起こる可能性が高まる.加速しようとして絞り弁を開いたとき,直ちにトルク増加が得られないのはこの希薄混合比由来であるが,Lean であってもそれなりに燃えているのか,それともミスファイアが起こっているのかの,症状と対処法を見分けるべきである.ミスファイアも,単なる火花放電失火なのか,それとも,火炎核が形成されても火炎伝播途中で消炎しているのかを切り分けるのが望ましい.

 この問題は気化器方式で最も大きく,ポート噴射,直噴と進むにつれて軽減される.冬期のエンジン始動がこの順番で容易になることもこれに依る.火花点火機関での潤滑油の希釈/劣化がこの順に大きく改善されるのもこれと同じ理由であり,冷間始動時や温度が低いときには燃料が液体のままでシリンダ壁を伝ってクランクケースへと落ちる.潤滑油交換期間長期化はシリンダ内直接噴射火花点火機関があってのことである.

 気化器方式については最近の研究を知らない.ポート噴射方式における 付着燃料液膜 については例えば次のような調査*1 がある.25o C 冷間始動後のアイドリングで,吸気弁バルブシート手前 10 mm 位置での燃料液膜厚さは 250 µm くらい,変動幅は 60 µm くらいである.バルブシートの下流側,直近のシリンダ内壁でも 200 µm くらいの液膜がスパイク的に存在する期間がある.これの続き*2 もあり,1 サイクル目で噴射された燃料の 64 % がポートに付着し,残りの 36 % がシリンダに入るが,燃焼に与るのは噴射燃料量の 12 % とのことである.燃料成分が分溜され,どういう成分がシリンダに入り,何が吸気ポートに残るのかについては,データがないはずはないが,まだ発表されれていない.

 *1 高橋・中瀬・一瀬,ポート噴射式エンジンにおけるポート部付着燃料の液膜厚さ解析,自動車技術会論文集 35-5 (2005), 9-15, #20054738.
 *2 高橋・加藤・冨松・中瀬,ポート噴射エンジンにおける燃料付着の定量解析,自動車技術会 2008 年 秋季大会,#30, 講演会前刷集 89-08


 ハイオクタンガソリンはレギュラーガソリンの上位互換品であり, オクタン価以外には燃料としての性能に大差ないというのが基本である.そのことをガソリンのページで述べた.しかしながら,それが大枠として認識すべき概念であるとしても,上位互換が現実に生起する条件すべてで満たされているわけではない.ハイオクタンガソリンでは,高沸点基材が多くなっていて,レギュラーガソリンとは揮発性にかなりの差があることも考えられる.もっとも,エンジンによって適正オクタン価が存在する,ということは 決して無く,オクタン価が高いということだけであれば,高くなってもそれは "無害" である.

 単車,いわゆるバイクで,ハイオクタンガソリンを入れたら始動が困難に なったというようなコメントがしばしば見られる.そうしたことの主な原因は,オクタン価の高いガソリンをどのようにして作っているのかということ, つまり,ハイオクタンガソリンを作るのは容易くはないというところにあると思われる."アルキレート & リフォーメート" のページに述べたように,「高オクタン化は高沸点化と同居」というのがそれである.揮発性の良いハイオクタン基材があまりない.その上に脱ブタンが要請される.製造メーカによって程度は異なるであろうが,現在ガソリン製造上の視点が高オクタン価のみに偏り,蒸発性などがなおざりにされている可能性がある. 例えば日産 GT-R のような車を主な対象にして,高負荷時に点火時期を遅らせなくても済むようにということだけを意図して,ハイオクタンガソリンが製造されているように見える.そういう燃料でも,高速道路を巡航するような,エンジンが暖気され,定常に近い条件が続く場合には何の問題もない.しかし,バイクでこのような燃料を使うと始動時に "かぶる".また,乗用車でも,一回の Trip が短く,その都度始動するといった運転状況では,燃料の揮発性は加速に大きな影響を及ぼすため,アクセルの踏み込みが深くなるとともに,アクセルを揉むという動作につながりがちで,それが平均燃費の低下を招く.

 吸気管内では上述した液体燃料の吸気弁裏や壁への付着現象だけでなく,燃料の蒸溜現象も起こっており,加速時のように,絞り弁が急に開く非定常の場では, 低沸点成分だけが先にシリンダに入り,その瞬間には高沸点成分が吸気管内に取り残され,ある時間遅れてようやく入る.高沸点成分がハイオクタン成分であるとき,加速時のノッキング性向が高まるわけであり,ハイオクタンガソリンは名のみとなる.脱ブタンというのは,エンジンから見るとなんともありがたくないことである.この問題点についても,吸気管ポート噴射方式に較べて,シリンダ内直噴の場合にはおおいに軽減され,気化器方式の場合が最も苦しい.単シリンダエンジンでなら,定常運転に移行すればこうした遅れがあったとしても表には出ず,燃料蒸溜による問題は生じない.しかし,気化器の数よりシリンダ数が多く,吸気マニフォールドを分岐している場合には,定常運転時においても空気流量,燃料流量ともにシリンダ間で差が出て,いわゆる分配 Distribution 不均一が多かれ少なかれ生じるだけでなく,燃料蒸溜の影響も残る.

 これに関連するページ: "火花点火", "火炎伝播", "エンジンオイルの交換頻度", "アルキレート & リフォーメート"



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名古屋工業大学 機械工学科の 「エンジン工学」 という科目で講義していた内容の一部,もしくはそれをすこし増補したものである.
読者を想定している書きようであるかもしれないが,聴講者のある講義が基であるがゆえであり,本稿の趣旨は自分のためのこころ覚えである.

「言わずもがなのことだが,内容の一部であろうとも 無断転載を禁ず
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