燃料/酸化剤混合比 Mixture Strength
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 燃料 Fuel に酸化剤 Oxydizer を混ぜて燃焼させ,炭酸ガス CO2 と水蒸気 H2O とからなる燃焼ガスにするとき,燃料とその燃料分子を酸化させる酸化剤との量を比で表して 混合比 Mixture Strength と言う.燃料とその燃料分子を過不足無く酸化させるだけの酸化剤との量を比という理想的な酸化過程を考えた場合には特にその比を量論混合比 Stoichiometric Mixture Strength と言う.我国では,この "Stoichiometric" 条件を "ストイチ" と云う場合もあるが,せめて "ストイキ" くらいでご勘弁願いたい.混合気 Mixture とは,燃料と酸化剤の混じったものを言い,混合ガスという語彙よりは強い意味を持つ.例えば "空気は窒素と酸素の混合ガスである" と言えるが,"空気は窒素と酸素の混合気である" とは言えない.なぜなら,混合気 には燃料が含まれていることが前提されているからである.

 燃料として使われる 炭化水素 Hydrocarbon はおおまかに (C1H2)n で近似的に表せる ことは ガソリンのオクタン価のページ で述べた.酸化剤とは酸素分子 O2 のことであるが,空気 Air を燃料と混ぜて燃やすのが一般的である.空気は通常 (0.21 O2 + 0.79 N2) と近似される.もう少し詳しくというときには (0.21 O2 + 0.78 N2 + 0.01 Ar) とするが,酸素の分率はいずれにせよ 0.21 なので,あまり気にしない. "0.21" は 0.210 であって,有効数字は三桁ある.量論 Stoichiometry というのは,実際の燃焼場で起こる熱解離などの現象を全く考えない,元素保存の算数をすることであり,(C1H2)n なる炭化水素でなら,その量論比量論式は,

 (C1H2)n + 1.5nO2 --> nCO2 +nH2O

であって,燃料 1 mol に対して酸素 1.5n mol という比が量論比と知れる.酸化剤として空気が供給される場合の量論比量論式は,

 (C1H2)n + (1/0.21)1.5n⋅Air --> nCO2 + nH2O + (0.79/0.21)1.5n⋅N2

である.

 燃料 Fuel に酸化剤 Oxydizer 混合比がちょうど量論比である状況を表現する形容詞が "Stoichiometric" である."Stoichiometry" という語彙は上のような量論式を書くことを意味する名詞である.量論比で勘定するだけのものではなく,酸化剤過剰,酸化剤不足で計算することも併せて "Stoichiometry" である.そうしたことで,「混合気が "Stoichiometry" にある」というような言い方はない.

 混合比の表し方として,火花点火機関関連では 空燃比 Air/Fuel Ratio が広く使われている.これは空気と燃料との質量 (重量) 比である.炭素 C,水素 H.酸素 O,窒素 N の原子量を簡便にそれぞれ 12, 1, 16, 14 として質量比を求めると,14n kg の燃料に対して 206n kg の空気を混ぜたときが量論空燃比 (A/F)th となり,

 (A/F)th = 14.7

と得られる.工業的に十分な精度である."th" は "theoretical" の意であり,"stoichiometric" と同義である.燃料も空気も近似量で表現して,ほぼ現実の量論空燃比 (A/F)th が得られる.質量 (重量) 比で表せば,燃料の表現 (C1H2)n における n が消えるので便利である.燃料 1 に対して空気が 14.7 であって,決してその逆でないことに留意されたい.空気は運ばなくてもよいが,それが軽いわけではない.(A/F)th = 14.7 をおおまかに表現して,(A/F)th = 15 とする場合も少なくない.

 炭化水素の燃焼では,量論混合比で燃焼させても,特別な不具合がなければ,工業的にほぼ完全燃焼に近い状態で燃え,そこで生成される燃焼ガス成分は,常温にまで温度が降下したとき,ほぼ炭酸ガス CO2 と水蒸気 H2O (および窒素) になる.炭化水素の量論反応とは燃料を酸化させて炭酸ガスと水蒸気にする必要最低限の酸化剤を与えた場合のことであるから,与えた酸素はすべてきちんと消費され,燃焼ガス成分には酸素は現れない.量論比より酸化剤を少し過剰にしないと完全燃焼しないと書いてある本や入試問題を見受けるがそんなことはない.量論比でほぼ完全燃焼が得られる.そうでないなら今の火花点火機関は成立していない.

 燃料と酸化剤の混合比が量論比でないとき,すなわち,酸化剤過剰/燃料不足 の場合を "稀薄,薄い,Lean" と,燃料過剰/酸化剤不足 の場合を "過濃,濃い,Rich" と呼びならわす.誤った使い方がなされているのが散見されるけれども,"稀薄,薄い,Lean" というのは,あくまで燃料と酸化剤との関係をいうのであって,既燃ガスが混合気に混ざる EGR, Exhaust Gas Recirculation などについては "希釈された,Diluted" と表現するのであって,それを "稀薄,薄い,Lean" と言うことはない.

 量論比からの偏倚を表す指標に 当量比 Equivalence Ratio φ があり,

 (C1H2)n + (1/φ)(1.5n)O2 -->

というような表現になる.量論当量比のとき φ = 1 であり,"過濃,濃い,Rich" とき数値が 1 以上と大きく,"稀薄,薄い,Lean" とき 1 以下の値になる."稀薄,薄い,Lean" のときには完全燃焼を想定できるので,燃焼ガス組成を炭酸ガス CO2,水蒸気 H2O,それに酸素 O2 が余るとして量論の算数をすればよい.一方,"過濃,濃い,Rich" のときには不完全燃焼となるので,燃焼ガス組成は炭酸ガス CO2 と水蒸気 H2O だけでなく,一酸化炭素 CO と水素 H2 も考えに入れなければならず,一義的には決まらない.つまり,算数では決まらない."過濃,濃い,Rich" で燃やして得られる燃焼ガスの組成を 燃焼効率のページ においた.

 ディーゼルエンジンでは,局所的にはともかくも,平均的には "過濃,濃い,Rich" な場合はまずないので,"稀薄,薄い,Lean" 度合いを表すのに理論混合比と較べて,その何倍の空気が入っているかを 空気過剰率 Excess Air Ratio λ で言う.これは当量比 φ の逆数である.ただ,空気過剰率というとおり,この用語は酸化剤が空気の場合にしか使われることはない.量論式は

 (C1H2)n + λ(1/0.21)1.5n⋅Air --> nCO2 + nH2O + (λ - 1)1.5n⋅O2 + λ(0.79/0.21)1.5n⋅N2

のように書けばよい.

 火花点火 (SI) 機関 (ガソリンエンジン) は量論比混合気が基本である.しかし,ノッキンング回避のために混合比を A/F = 10 と濃くする場合もないではないし,均一予混合リーンバーンエンジンのように火炎伝播可能な限界混合比 A/F = 24 くらいにしている場合もある.筒内直噴火花点火機関での混合比はこの限りでない.
 ディーゼル (CI) エンジンでの筒内平均空気過剰率は λ = 1.05 くらいの量論にかなり近いところから λ = 20 くらいの極端に薄い状態にまでわたっていて,ディーゼルエンジンでは火花点火機関に較べてずっと広い範囲で混合比が変化する.

 これら,混合比を表現する尺度相互の関係を描くと下の図のようになる.


理論混合比を容積比で表すと燃料依存になる -- 燃料蒸気が混合気に占める容積

 酸化剤として空気が供給される場合,混合気が量論の場合の量論式は,

 (C
1H2)n + (1/0.21)1.5n⋅Air --> nCO2 + nH2O + (0.79/0.21)1.5n⋅N2

と示されるが,これはモル比,つまり容積比を表している.(C1H2)n の前に "1" はないが,燃料 (C1H2)n が "1" mol あるという意味であり,燃料 1 に対して空気が "(1/0.21)1.5n" mol あって,それで量論になる.モル比 (容積比) で表そうとすると,理論空気量は燃料の "n" に依存することになり,空燃比を質量比 (重量比) で表しているのは,燃料の "n" に依存することが無くて便利だからでもある.

 エンジンが外気を吸入し,それに燃料が加えられたとき,シリンダ内チャージの中に燃料が,また,空気がどれだけの容積を占めているかは,基本的に燃料に依存する.この件については C. F. Taylor の教科書*1 に出ている図 (Producer Gas の部分を削ってある) を右に挙げておく.

 この図の縦軸 pa/pi はチャージに占める乾燥空気の割合を示しており,pi はチャージの全圧,pa は乾燥空気の分圧である.横軸 Fi/Fc はは当量比であり,1 のところが量論比混合気である.Fi はチャージの燃空比 F/A であり,Fc は量論燃料空気比 (F/A)th であって,量論空燃比 (A/F)th の逆数である.図中にある h は,吸入空気についての,乾燥空気に対する水蒸気量の割合*2,いわゆる絶対湿度である.

 図には三つの燃料について示されており,上段がオクテン Octene, C7H14 であって,これがガソリン相当である.中段はエタノールEthanol, C2H5(OH),下段がプロパン Propane, C3H8 である.

 ガソリン相当の Octene では,湿度 0 の空気を吸って作られた量論混合気なら,空気の割合は 0.983, 燃料の占める割合は 0.017 である.通常の,水蒸気を含む湿り空気を吸う場合には,燃料の占める割合よりも水蒸気の影響の方が大きい.図下部にある式中の mf は燃料の分子量であり,29 は空気の分子量である.Octene の分子量は 112 とかなり大きいので,チャージに占める燃料容積は比較的小さい.それゆえ,燃料がガソリンの場合に,蒸発した燃料が占める容積を云々することはあまりない


 式の意味は,1 mol の物質を構成する分子の個数を示す比例定数,アボガドロ定数 Avogadro constant,NA = 6.022 141×1023 mol−1 そのものである.1.6h とある 1.6 は空気の分子量 29 と水蒸気 H2O の分子量 18 との比である.

 Ethanol ではその分子量は 46,Propane では 44 と,ガソリンなどに較べてそれら分子量が小さいので,燃料はチャージの中でそれなりの容積を占める.さらに,チャージに占める燃料容積割合は理論混合比にも影響され,量論燃空比 (F/A)th の大きい Ethanol ではそれが大きく効く. Octene の Fc=(F/A)th= 0.0678 は量論空燃比 (A/F)th で 14.75 であるが,Ethanol では量論空燃比 (A/F)th で 9 である.このように,分子量が小さい燃料や,量論空燃比が小さい燃料では蒸発した燃料がチャージに占める容積*3 を無視することはできない.燃料がガソリンの場合にはたいていは気にしないし,気にしなくてもそれで事足りるというだけである.

 *1 Taylor, C. F., Internal Combustion Engine in Theory and Practice, Vol. 1, (1960), MIT Press
 *2 図下部にある式中の 1 は乾燥空気の量である.乾燥空気の量を基準に,水蒸気の量,燃料の量などを順次加えていく取り扱いは,エンジンシリンダ内チャージを表現するのにしばしば用いられる.一例を 燃料-空気サイクル で示す.
 *3 気相で存在するのに較べて液相で存在する方が圧倒的にその容積が小さいことはいうまでもない.分子量の小さい物質が気相か液相かで状況が変わる例に タイアの空気圧 がある.水 H2O の分子量は 18 と小さいのでそれなりに効く.容積一定の場合には圧力が上がる.


 ガソリンの "n" について,ガソリンのオクタン価のページ には "C7.5H13.5" を挙げた.この節の冒頭にある量論式で燃料を規定する n にいま 7.5 を入れると(1/0.21)1.5n = 53.6,これが空気であり,混合気としては,燃料 1 と空気 53.6 の合計 54.6 mol である.この勘定は,上の C. F. Taylor の記述と同等のものである.だだし,空気は乾燥空気として取り扱っている.また,燃料蒸気の 1 容に対して,乾燥空気がどれだけかという表現であって,上の乾燥空気 1 容に対する燃料容積という表現とは逆である.この n が 7.5 の場合には,全量に対する燃料の割合は 1/54.6=0.0183 となる.0.01 つまり 1% は 10,000 ppm であるから,ガソリンの理論容積空燃比での容積分率は 18,000 ppm くらいであるということになる.n に 8 を入れる (例えばオクテン C8H16 と考える) と 17,000 ppm になる.

 上式で n を 7.5 を入れるということは燃料を "C7.5H15" と考えたことになる.燃料を "C7.5H13.5" とすると,空気量も少し変わって,51.8 mol になり,これから求めたガソリンの理論容積空燃比は 19,000 ppm くらいになる.

 ここで取り扱っている数値の有効数字は二桁あるかどうかという程度であり,ガソリンの理論容積空燃比は 18,000 ppmくらいというのもその程度の正確さであるが,オーダで間違っていることはない.

 計測値で HC: 14,000 ppm というのが出たが,測定器に入ったものは生ガス (量論混合気) かという質問があった.もし燃えていないということならガソリンの一部はどこかの壁に付着するだろうから,すべて気化して混じっているとする計算値より計測値が幾分低くても妥当性があり,生ガス (量論混合気) と判断して非難されることはない.ただし,それが非分散赤外線吸収 (NDIR) による C6 ヘキサン換算値ではなく,水素炎イオン化検出器 FID で得た C3 プロパン換算値であるということなら,もう少し考える余地がある.


・混合をどう進めるか

 これまでのところでは,燃料と酸化剤は均一に混ざっているという前提で話が進められている.それをどう実現するかはまた別の問題であり,それについては 混合気形成 Mixture Formation として一分野が築かれている.しかし,中心的な分野はディーゼル機関であるから,この Web site では ディーゼル噴霧 のページが用意されている.火花点火機関では,燃焼より前の予混合は当然のことであるのに,この問題が付帯的であることが多いが,ディーゼル機関と同様に火花点火機関においても,ポート噴射であろうが,シリンダ内直接噴射であろうが,吸入空気中へ燃料を液体噴霧として噴く限り,その混合気形成に,霧化 Atmaization分散 Distribution貫徹 Penetration が重要なことに変わりない.しかし,ディーゼル機関とはやや異なった状況下にある.火花点火機関での 燃料噴射を表現した動画 などが現象把握の参考になろう.燃料が気化した後に,大きな空間スケールで混合気濃度の不均一があると,それが解消されるまでには強い混合気流動を与えてもなおそれなりに長い時間を必要とする.液相である噴霧の段階で細かい液滴をできるだけ均一に散らばらせておいて,燃料液滴気化した段階での混合気濃度不均一の空間スケールを極々小さくしておく必要がある.そうしておけば,吸入行程というひとつの Stroke においても混合はかなり進む.混合がどのように進行するのかの実測例 が別のページにある.

・燃えたときに得られる最高燃焼温度は

 石油系燃料を燃やして得られる燃焼温度は燃料/空気混合比,つまり,量論比 "stoichiometric","稀薄,薄い,Lean", "過濃,濃い,Rich" で大きく変わる.

 まずは,燃料を (C1H2)n,酸化剤として空気を供給するとしてその組成を (0.21 O2 + 0.79 N2) と近似して,場の圧力を大気圧一定,燃料ならびに空気の初温度を常温 300 K と想定して,熱解離 Thermal Dissociation を考えに入れて,熱損失のない断熱条件下 (Adiabatic, Isentropic) で化学平衡 Thermal Equilibulium 計算して得られる "断熱火炎温度 Adiabatic Flame Temperature" を右の図に示す.熱解離の影響を受けて,量論比よりやや濃い混合比で最も高くなる.

 温度・圧力条件が変化しても,混合比に依存するこうした性質は大きくは変わらない.しかし,エンジンシリンダでは圧縮終りの温度が燃焼開始初温度となり,それは 300 K よりはるかに高いから,得られる温度の絶対値もそれなりに高くなる.けれども,現実の場は断熱でなく熱が逃げて行くので,その分だけ燃焼温度は下がる.場の圧力が高いので熱解離の効果は減じられ,こちらは温度が上がる方向であるものの,その効果は大きくない.


 これは空気を酸化剤とした場合のことである.その際,「"稀薄,薄い,Lean" とは "酸素過剰" なので燃焼温度が上がる」などと考える人もいるようであるが,そういうことは起らない.空気を酸化剤として "薄く" していくと,酸素も増えるが同時に窒素も増え,窒素は不活性な希釈剤となるからである."稀薄, Lean" 側の温度低下よりも "過濃, Rich" 側の落ち込みが緩やかなのは,単位燃料量あたりの窒素量が少ないからである."稀薄, Lean" でも,酸素だけ単独に増やす酸素富加 Oxygen-Enriched 燃焼であるならもちろん燃焼温度は上がる.

 火花点火機関の火炎伝播では,この断熱火炎温度 Tad が,Mallard - Le Chatelier の関係 からも分かるように,層流燃焼速度 SL に直接効いており,それをもとに,シリンダ内を伝播する 火炎速度 wF に間接的にも影響する.火炎速度が高いということは,同一点火時期なら,等容度 が高いということでもあり,燃え終わる時期が早まって,膨張終り温度,ひいては排気温度も低下するから,エンジンの熱負荷が下がる.

・燃えたあとのガス組成は

 石油系燃料をある燃料/空気混合比,つまり,量論比 "stoichiometric","稀薄,薄い,Lean", "過濃,濃い,Rich" で燃やして得られる燃焼ガスの組成については,燃焼効率のページ にあげてある.


・どれだけ混合気が濃いと "すす" が出るのか,あるいは OAU Number

 ガソリンなどの燃料は概略 (C1H2)n のようなものとして取り扱うことができる.

(C1H2)n + 1.5nO2 --> nCO2 + nH2O

 これが理論混合比 (Stoichiometric Ratio) の量論式である.酸化剤である 02 は現実には空気中の酸素として供給されるから,空気の組成を (アルゴンなどの含有量をほどほどに窒素とみなして) およそ 02 : N2 = 1 : 3.76 とすると,その低位発熱量は 10,600 kcal/kg, その理論空燃比 (Stoichiometric Fuel/Air Ratio, いわゆるストイキ) は 14.7 になる.空燃比は燃料 1 kg あたり供給される空気の質量である.理論空燃比とは,それより濃くなると燃料のすべてを CO2 と H2O とに酸化させることができず,CO が生じるようになる境目である.なお現実の燃料の理論空燃比も通常 14.7 となる.(C1H1)n というような物質がたくさん含まれているとこの値は小さくなる.

 現在の火花点火機関の多くは排気処理の観点からかなり広い運転領域において,特に定常回転速度 & 定常負荷条件では,理論空燃比で運転されていると考えてよい.排気中の CO, HC, NOx を同時に処理して低減させる三元触媒は理論空燃比のごくごく近いところでしか効かないので,三元触媒付きエンジンでは空燃比センサからの信号で吸入空気量に対する燃料噴射量を制御しているからである.

 こういう話題を進めているときは,予混合火炎が想定されている.拡散火炎ではない.拡散火炎でも局所的にはこうした想定が成り立つ部位も無いではないが,まずは拡散火炎は除外されている.
 理論空燃比より燃料を多めに入れて行くと,不完全燃焼となるが,直ちにすすが出てくるというのではなくて,以下のようにあるところまでは CO の排出 (ある程度 H
2 も) で留まる.

(C1H2)n + nO2 --> nCO + nH2O

 これは,供給された空気により燃料のなかの水素は 100 % 酸化されるが,炭素については CO にまでしか酸化が進まないという状態で,ここからもっと濃くなるとすすが発生する可能性が出て来る点である.これは空燃比では 10 に相当する.このとき燃料の本来の発熱は 0.564 まで減る. nCO + 0.5nO2 --> nCO2 という酸化反応によって出るべき熱量が出ていないからである.

 もうひとつのすす発生の指標は

(C1H2)n + 0.5nO2 --> nCO + nH2

というところで,燃料を CO にするだけにも事欠く空気量であるから,これより濃いと必ずすすを出す.これは空燃比では 5 に相当し,Otto A. Uyehara Number (OAU No.) と呼ばれる.発熱は 0.191 まで低下する.

 発熱については

C --> CO2 への酸化:97,200 kcal/kmol
CO --> CO
2 への酸化:67,580 kcal/kmol
H
2 --> H2O への酸化:57,750 kcal/kmol (低位発熱量,H2O は気相)

で計算している.


・濃い混合気を供給する理由

 絞り弁全開 WOT, Wide-Open-Throttle に近い高負荷域では濃い混合気が供給されることが多い.所要の高いトルク (出力,馬力ではない) を発生させようとするとき,絞り弁は開けてあるので空気はそれなりの量入ってくる.その空気に見合う燃料を与えて量論混合気にして燃やしてノックが生じたなら,点火時期を遅らせるか,絞り弁を閉じ側に振るかしないとエンジンが壊れる.しかし,それをやると所用のトルクは得られない.こういうときには,絞り弁は全開のまま,点火時期も遅らせずに,ノックが収まるところまで燃料を増量する.すなわち混合気は濃くなる.

 燃料を増やして行くと,燃料の蒸発潜熱量も増すので,圧縮始めの混合気温度,ひいては圧縮終りの混合気温度も低下する.これは Fuel Cooling と呼ばれる.ノックは混合気の温度・圧力履歴に大きく左右される現象であるが,WOT なので,圧力を下げられないから,温度をこれで下げ,ノック抑制へと導く.この低温化は併せて吸入空気の密度上昇,吸入空気量の増加,トルクの向上という正の連鎖となる.ノックはまた,火炎伝播と自着火まえ反応との競合 で成否が決まる現象でもあるので,混合気を程よく濃くすれば,火炎伝播速度は上がり前炎反応速度は低下 し,火炎伝播と自着火双方で速度を争った結果としてノック抑制に働く.

 もっとも,濃い混合気では酸素不足の燃焼とならざるを得ず,燃焼ガス中に CO, H2 が出てくる不完全燃焼であって,燃料がもつ化学エネルギーのすべては作動流体に付与され得ない.つまり,燃焼効率 が 1 より低い.それでも所要トルクを得んがためにサイクルに与えなければならない熱量というものがあるから,それに達していなければさらに燃料を増量する.そういうふうにして得られた最大トルクがエンジン性能曲線として出てきたものである.つまり,入って来た空気を基準にして,それに都合のよいところまで燃料を加えて行くのであり,最大トルクの値を追求する高負荷領域では燃料経済は視野にない.また,火炎伝播速度が上がって,等容度上昇でトルクが増すと言うより,過濃に振るのはあくまでもノック発生回避の手段である.

 濃い混合気なら,燃焼効率が低く,発生熱量も小さいのに,なぜ濃くするとトルクが上がるのか,そんな訳はない,との疑問を投げかける人がいる.そういう齟齬は,吸入空気量を 1 として,それにどれだけ燃料を加えるのかという取り扱いをすべきところに,まず燃料 1 を与えて,それで熱発生量が最大となる空気量がどれだけかを考えているところから生じる.後者なら量論混合気でなければならない.往復ピストン式機関では,入ってくる空気の量 がまずあって,エンジンを円滑に運転できるよう,その空気に燃料を加えるのである.


名古屋工業大学 機械工学科の 「エンジン工学」 という科目で講義していた内容の一部,もしくはそれをすこし増補したものである.
読者を想定している書きようであるかもしれないが,聴講者のある講義が基であるがゆえであり,本稿の趣旨は自分のためのこころ覚えである.

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