ノッキング Knocking,続き,その 2 |
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または HCCI の急激な圧力上昇率 |
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その端緒は |
ノッキングについてもう少し話題を進める.下図は G. König という人の Leeds 大学学位論文に出ているノッキング発生のシュリーレン高速影写真であり,Daimler の研究者で,Stuttgart 大学の教授も務めた Rudolf R. Maly*1 が 1994 年,Irvine, California で開かれた国際燃焼シンポジウムの Invited Topical Review*2 で紹介した.2012 年の現在からみれば,すでに 18 年経過していて,こういうデータは過去のものになってしまっているかというと,そういうわけではない.これだけの高時間分解能でノックの発現を観察した例はそうはないであろうから貴重である.
*1 内燃機関関連のドイツ人研究者のうち最も信頼していた一人であったが,2010 年 12 月 11 日に心臓発作で亡くなった.享年 70 歳であった.もともとは電気工学の人で,火花点火を彼ほど詳細に記述した人は他にない.
*2 Maly, R.: "State of the Art and Future Needs in S. I. Engine Combustion", 25th Symp. (Intr'l) on Combustion, 1994, pp. 111-124, Combustion Institute
750,000 fps の高速度で撮影されたシュリーレン映画の一齣であり,エンドガスの中に Spot-wise Formation of Exthothermic Centers, ETCs が,かなり大きなサイズの塊 (ここで言う ETC) として発展することが知られる.このページを読む方に説明は不要であろうが,図の円形内に凹に繋がった紐のようなところが伝播炎であり,その左下方,牡蠣殻がいくつか置かれているような絵になっているところがいわゆるエンドガス部であって,もちろんエンドガスの名称どおり火花点火位置と対向している.そこがいま前炎反応を経て,熱炎自着火を起こしつつあるという状況にある.右上半分の白いところは既燃部で,すべて燃焼ガスである.
エンドガス部での発熱により,エンドガス部へ喰い込んでくるべき伝播炎が押し戻されている.押し戻される速度は箇所によって異なるが,79 - 165 m/s となっている.ノックが発生するときには伝播炎のどこかが 楔状に凹む ことが多いが,ここでそれが現れているのかどうかははっきりしないけれども,それらしき兆候は見られる.A の指示線延長先にある,既燃側への突起がそれである.
たいていの ETC は Deflagration で発熱し,音速以下の膨張しかしない (例えば塊 B) が,やや左手下部にある塊 ETC の最大膨張速度は 896 m/s にも達していて,短時間かつ局所的ながら,Developing Detonation と呼び得るような振る舞いを呈するとしている.さらに,このモード,この塊 ETC の発生がエンジン損傷の因であるとされる.この速度がいま丁度音速であるとおいて,空気の物性値で温度を逆算してみると 1700 K あたりになるから,そこのガスについて,どこの温度を採るかによって超音速になっているかどうかの判断は微妙であるものの,亜音速,音速,超音速を亘るオーダの膨張速度であることは確かである.未燃混合気の温度を 778 K (500o C) と仮に考えるなら,空気での音速は 550 m/s であるから,明らかに超音速と言える.亜音速,音速,超音速の議論も大切ではあるが,ここで特に注目すべき奇異なことは,この牡蠣殻のような塊 ETC では,中心部よりも外周での膨張速度が特に高いことである.これはどのような現象として説明し得るか.
"Exthothermic Center, ETC" という語彙は A. K. Oppenheim らが使い始め,この時代にかなり賛同を得ていた."局所的熱発生塊" という意味である.これに対応する日本語語彙はまだない.発熱に結びつくのは確かであるが,これは 低温度炎発現の不均一性 という,ひとつ時刻を遡ったときに起っている現象の特質が深く関与して導かれた結果;強い熱発生現象に過ぎない.ノックが生じたがためにそのあと受ける器物損傷という面からは上の図の含む内容が大切であり,どういう理由でここに至るのかという面ではその前の不均一発現が重要である."Exthothermic Center, ETC" のことをその後 "Hot Spot" と言う人も多くなったが,現象の本来からしてそれは適切ではない.こうした低温度炎発生核は温度・濃度の不均一が原因であるとする言辞を多く見かけるが,不均一の程度が低くても局所的に発現する.
上のような可視化火花点火機関を用いたノック発生観察より,前提条件を減らした系でノックの発生を観察した例*3 を下に示す.急速圧縮膨張装置なら,混合気は予め別途撹拌したものを用意できるから,濃度不均一を除去でき,圧縮始めの温度不均一も大幅に減らせるうえ,圧縮始め温度特定できる.さらに,圧縮始めの混合気には流れはなく,ほぼ静止状態と看做せる.シリンダ全体が視野であり,上部からシャドウグラフ法で撮影されている.撮影速度は 100,000 fps.下の円形シリーズで,円形下部にある黒い長方形が点火プラグ位置であり,火炎は下方から上方へと半円形を描いて伝播する.対向する円形上部に見える黒い三日月形は透視窓の傷により光が通らない部分である.静止状態からの火炎伝播なので,伝播火炎面の皺しわ はごく僅かである.
齣 1210,三日月の下から舌を出すがごとく自着火核が顔をだし,次の齣 1220 で明確な自着火塊というべき大きさになり,この段階で伝播炎と接触する.さらに次の齣 1230 では自着火塊が伝播炎火炎面と背後の既燃部に覆い被さるように発達する.齣 1220, 1230 で自着火塊の映像は流れており,この現象を撮影するには 100,000 fps でも充分ではないと知られる.また自着火塊の周辺が黒くその Gradation の状況から,自着火塊が比較的滑らかな半球形であると推定される.齣の下に振られている数値は時間経過であり,単位は µs である.齣 1240 で自着火塊はエンドガス全域を嘗め,燃え終わったかに見える.しかし,伝播火炎面を最も強く押し戻すのは齣 1250 においてである.齣 1260 以降では伝播火炎面が破壊されている.自着火核発生が三日月形不透過不可視箇所にあることが悔やまれる.そこが見えておれば,開始が壁面からなのか,気相域からなのかの切り分けができた筈である.
こうした燃焼経緯に伴い,シリンダ内ガスに幾重かの 圧力波 が起っている.齣 1280 あたりの旧エンドガス部に顕著に見られる.そこから時刻を遡ると,初期の 4 齣でエンドガス内に見られる線条群も圧力波であるとし得るかもしれないが,それよりは,これらは冷炎発現であると見る方が妥当であろう.拡大方向に直角の波面が明確でないからである.
この一連の画像でいまだ解釈ができない点がいくつか残っている.そのうちの最も大きい疑問は "既燃" の判断である.上段に並ぶ六枚で,下側およそ 2/3 を占める黒べた塗りの部分は明らかに伝播火炎が通ってできた既燃ガスである.一方,自着火の方は齣 1220 と齣 1230 である.上にも述べたように,この二齣から自着火塊は表面は滑らかな半球形と知られる.齣 1220 で半球形自着火塊のすべてが暗いのは入射・反射光に対する球面の勾配ゆえのことであろう.齣 1230 では自着火塊が大きくなり,燃焼室隙間高さが充分ないため半球形表面が窓とピストンに接触して押さえられ,その部分だけが平面になっているに違いない.周辺部では依然強い曲率が残っているため暗いままである.齣 1230 で,その二平面に挟まれている中央部は白くなって,その中に齣 1180 - 1210 にあるような線条群に近いものが見える.この自着火塊の内部が伝播炎既燃ガスと同じように "既燃" であれば黒べた塗りになるのではないか.なぜ白いのか,その白い中に漂う線条群は何なのか.こういう疑問からも,以下に述べる "青炎発現の局所性" が浮かぶ.この段階では外枠だけしか燃えていないのではないかと疑われる.シュリーレン法ではなくシャドウグラフ法で撮影されているためもあって判断が難しい.
*3 Hayashi, T., Taki, M., Kojima, S., Kondo, T.: "Photographic Observation of Knock with a Rapid. Compression and Expansion Machine", SAE Technical Paper 841336, (1984)
先の König のエンドガスでは自着火塊は複数生じるものの,Running Detonation Mode となる自着火塊はひとつであった.急速圧縮膨張装置実験でも自着火塊はエンドガス中にひとつしか生じていない.このことからも強い局所性に注目しなければならない.* しかしながら,著者の一人によると,圧縮開始時混合気温度は自然対流により上方が高く,着火核が上方一箇所であるのはその効果である可能性が否定できないとのことである.
・ 青炎発現の局所性,Packet Nature
低温度炎発現の不均一性のページでは冷炎 Cool Flame 発現の特質に重きをおいて述べたが,ここでより直接的に結びつくのはその次の 青炎 Blue Flame 発現 であり,それが示す特質 Packet Nature である.エンドガス部に牡蠣殻がいくつか置かれているような挙動が生まれる始まりのところをこの節で説明する.
低温度炎発現の不均一性 のページで,予混合ピストン圧縮自着火過程における冷炎 Cool Flame の発現があたかも "米櫃を覗くが如く" であると述べた.その意味は,完全均一ではないものの,米のサイズに近いスケールで燃焼室全体に散らばっているいうことである.1983 年に ICDERS で発表したものである.このページには別途,Schloz という人の Karlsruhe 大学学位論文 (2003)*4 に出ている 冷炎発現 の齣を右に転載する.キャヴィティ付きピストンを持つディーゼル予混合圧縮自着火実験なので,燃料は軽油であり,回転速度 1,130 rpm,30 噴孔,噴射圧 900 bar,燃料噴射 55o bTDC となっている.写真は,クランク位相 20o bTDC,感光時間 50 µs という.ICCD カメラによる撮影であるが視野の説明がないのではっきりしないキャヴィティ φ93 内だけが写っているようである.自発光をそのまま撮ったものであり,フィルタは挿入されていない.20 年近く経っても,同種の現象を観察するなら,ほぼ同じ結果が得られるという一例である.燃料が違い,混合の均一性がかなり異なっても,同じように "米櫃を覗くが如く" である.
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冷炎が縮退したあとの経緯については 2D-OH Chemiluminescence 撮影がなされている.青炎まえ誘導期間,いわゆる τ2 期間のそれら二枚を右に挙げる.これには BP 310+LG11 なるフィルタが挿入され,その設定波長は 306-308 nm であって,感光時間は 20 µs という.写真のクランク位相は左から右へ 17.0o と 16.5o bTDC である. 先の,冷炎の "米櫃を覗くが如く" 比較的一様に分散していたのに較べ,ここで一挙に発現の空間不均一性が上がって,燃焼室内に塊が数個という状況へと遷移する.比較的弱いスワールがかかっていて,塊が旋回で流されている. |
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上の写真からは,塊の内部の OH 濃度が高いことが知られる.ただし,論文にはこうした説明や解釈はほとんど付帯されていない.
低温度炎発現では冷炎が縮退したあと少数の反応塊が生成される,そういう性質が "Packet Nature"*5 である.この名称が出てきたのは乱流低温度炎バーナを使っての観察からである.層流低温度炎バーナはいわゆる ポーリングバーナ であり,こちらの経験はあるが,乱流低温度炎バーナの経験はない.エンジンでは,ピストンの動きによって掻き揚げられた壁近くの低温混合気がシリンダ中心部の比較的温度の高い混合気と混じることによりチャージに低温高温の組織ができるというようなことがあるであろうが,乱流低温度炎バーナではそういう状況はほとんどない."Packet Nature" は不均一温度組織構造から生じるのではなくて,低温度炎発現そのものの特性である.
*4 E. Schloz: "Untersuchungen zur homogenen Dieselverbrwennung bei innerer Gemischbildung", Doktorarbeit, Universität Karlsruhe, (2003). 学位論文を見るとその大学がどの程度を想定しているかが知られる.これでよいのかと考える人があろう.新たな分野を築いたかどうかで評価されるべきものであるから.
*5 Dumas, G. M. L., Barbarin, V., Ben-Aim, R. I. and Al-Andari, J.: 20th Symp. (Intr'l) on Combust., Poster #120, (1984).
低温度炎発現の不均一性 のページにも冷炎に続く青炎 Blue Flame 発現のシュリーレン写真を載せてあるが,それとは別に 低温度自着火への流動の効果 のページに Benzene を燃料とした場合の青炎発現形態を示した.Benzene では冷炎を伴わず青炎から始まる.
このページにはさらに n-Pentane の予混合ピストン圧縮自着火過程における青炎発現の直接写真を示す.当量比 0.5,初温度 373 K,回転速度 240 rpm で,可視化モータリング機関 による単一回着火である.吸入混合気の濃度不均一は無い.左から右へと位相は,0.65, 1.65, 2.70 ms aTDC であって,時間間隔は 1 ms である.共に TDC 近傍であって燃焼室容積変化はほとんどない.最初の齣が青炎発現始め,中間の齣が青炎発達状況,次の齣はすでに熱炎になってしまったときである.これらの齣の遥か以前に弱い冷炎発光が観測されている.
ここで注目すべきは,中間の齣での青炎発達状況であって,Exthothermic Center, ETC とも言うべき塊は青炎の名のとおり青色を呈するだけでなく,中心部よりもその殻に相当する外皮の方の輝度が高くて青白くなっている.この装置は Short Stroke なので,現象の二次元性は悪くない.外皮の輝度が高いのは Benzene を燃料とした青炎発現でも同様である.冒頭,R. Maly の Review にある牡蠣殻状 Exthothermic Center, ETC では外周部の膨張速度が極めて高いという事象と符合してくる.この塊のサイズが大きくなっていくとき,内部ないしは中心部の輝度は低いままで変わらず,青白く輝度の高い外殻だけが膨らんで大きくなる様子がこういう自発光撮影で分かる.
このような計測でははっきりした温度情報がない.幸いにも,予混合ピストン圧縮自着火過程の温度分布履歴を感温色素を用いて計測したデータ*6 がある.低温度炎発現の不均一性 のページに挙げたそれの最後のところ,-10o aTDC で現れているのが青炎まえ誘導期間,τ2 期間にあたる.指圧線図を見ればそこが熱炎発生の裾野下端であることが知られる.積算熱発生が 5.7 % の段階であることもそれを保証する.下記がその結果である.左が燃焼室全域,右がそこの一部である.
青炎発現前であることもあってか,反応塊のサイズは比較的小さい.上の Schloz による 2D-OH Chemiluminescence 撮影二枚と近い時期であると考えられる.この段階で Packet Nature はすでに現れており,Packet には,内部温度の高いものも,外殻温度の高いものもあるということが分かる.燃焼室全域の図では,黒色で連続している部位がそれなりに大きく,内部が低く外殻に向かって温度が上がっているものが比較的大きな塊となっている.しかし,高温 (白色) が繋がって環になっているところは見られない.
*6 Hasegawa, R., Sakata, I., Yanagihara, H., Särner, G., Richter, M., Aldén, M. and Johansson, B.: "Two-Dimensional Temperature Measurements in Engine Combustion using Phosphor Thermometry", JSAE 20077078, SAE 2007-01-YYYY, (2007).
Schloz の 2D-OH Chemiluminescence 撮影二枚では,塊外殻の温度が高いと云う兆候は見いだせない.温度計測結果も,局所的 Developing Detonation への進展には直ちには繋がらないけれども,Spot-wise Formation of Exthothermic Centers, ETCs というような概念を支持するものである.
圧力波 が起つ,衝撃波が出るというのは,燃焼室の気柱振動モードからみて,その生起箇所が局所的であるということである.ノックで最も問題となるのはこれである.HCCI で問題にするのは急激な圧力上昇率である.火花ノックでは火炎伝播と共存し,HCCI ではそれはないが,両者で自着火現象は基本的に共通している.ノックで怖いのはバルクで着火が起るというよりは,一塊からの急激熱発生であるなら,HCCI でも同じように考えて差し支えなかろう.こうして考えていくと着火核生成形態が HCCI の燃焼効率 へと関連してくるのである.
すでにお気付きと思うが,ここでは,「温度・濃度不均一 --> Spot-wise Formation of Exthothermic Centers, ETCs」ではなく,「Packet Nature --> Spot-wise Formation of Exthothermic Centers, ETCs」を主張している.燃料種にかかわらず,冷炎が縮退したあと化学反応は空間的に Packet Nature を呈する.供給予混合気に温度・濃度不均一が少ないバーナにおいても乱流なら Packet Nature が出る.他方,冷炎発現では混合気に不均一がある状況下でも米櫃状である.冷炎で広く分散した状況から極めて少数の青炎反応塊に移行する理由はいまのところ明らかではないが,強力な熱発生を生む局所空間発生の下地はここにある.反応塊のどの部位でどのように反応が進むのかという点も未解明であり,より考えを進めなければならない.
・ 温度勾配場自着火による見かけの膨張速度
混合気に温度勾配があると,隣りあった層それぞれの着火遅れ時間が異なる.着火遅れの短いところが先に着火し,順次,着火遅れの長い側で着火して行くとするとするなら,そういう場での見かけの火炎伝播速度を見積もることができる.1959 年に出された L. S. Echols らの考え*7 を紹介する.算数で遊んでいるだけなのか,実際にそういうことなのかは分からない.冒頭に掲げた König の図でもどこかに初期温度勾配があったであろうから,図が指し示す意味とこの考え方とで繋がる部分があるのかどうかということである.
いま,ある密度である温度に置かれた混合気の着火遅れ τ をアレニウス型で次のように表示する.
ここに,E は着火誘導期間中の前炎反応に関する見かけの活性化エネルギー,ρ は密度,m は反応次数で,C0 は定数である.温度が上がると着火遅れは短くなる,正の温度係数が設定されている.
距離 x にそって温度 T が低下する場を考え,その温度勾配は -dT/dx である.温度の高い側から低い側へと順次着火して行くとあたかも火炎伝播が進行するが如くに観測されるであろう,その見かけの速度を wapp とすると,
と得られる.この論文には温度 778 K, 500o C で iso-Octane の着火遅れ 1.9 ms,温度勾配が 14 K/m で見かけの速度が音速になるということになっているけれども,なぜかそのように検算することができない.空気の物性値で算出すると,温度 778 K, 500o C での音速は比熱の温度依存を考慮して 550 m/s,この論文にも紹介されている Rifkin (1958) の iso-Octane 着火遅れ活性化エネルギー E = 13.6 kcal/mol なら活性化温度 E/R = 6500 [K] であって,それを使い,着火遅れはそのまま 1.9 ms を入れると,温度勾配 dT/dx は 85 K/m という値になる.空間距離 1 cm あたり 1 K 足らずの温度勾配で見かけの速度が音速となり,それ以下の温度勾配では音速になることはないという計算になる.
これをどう読めばよいのかは迷うところで,ノックとはこういうものかとまず疑う.それに,該当する温度勾配値はあまりにも小さく,現実と乖離しているとしか思えない.また,この式展開で問題なのは,温度勾配が無いときに速度は無限大,温度勾配無限大で速度零となるという表現であるから,どこかで必ず音速になるところがあるという点である.音速になるところがあれば超音速になるところが必ずあるわけで,始めに算数で遊んでいるだけなのかと訝ったのはそういうことである.
しかしながら効用がないわけではない.HCCI 運転での熱炎自着火時圧力上昇率過多をチャージの Thermal Stratification,つまりチャージに温度勾配をつけることで解消しようというような試み*8 がなされ,それに追随したものもかなりあるのが如何に意味の薄いことであるかをこの考え方は示唆している.Thermal Stratification というのは温度勾配のことであり,ここの取り扱いとほとんど同じことを勘定しているにすぎないからである.ものごとに見通しを与えるという効用である.
冒頭に挙げた Review で R. Maly が言っているのは,ノックで過度な圧力上昇を齎すのは,極めて僅かな数の Exthothermic Center, ETC からであって,単なる Thermal Stratification とは別のものであるということである.HCCI とてその挙動に差はあるまい.初期状態が均一予混合であってすら,そういう極端かつ危険な,少数の不均一塊を生み出すのであるから,予め,熱的,濃度的不均一から出発してそれが解消するなどということは望むべきもないのは自明であろう.
*7 Echols, L. S., Yust, V. E. and Bame, J. L.: "A Review of Research on Abnormal Combustion Phenomena in Internal Combustion Engines", 5th World Petroleum Congress, (1959), pp. 159-191, (Section VI - Paper 11). ここにはその当時のノックに関する知見が広く紹介されている.今でも生きているものと過去の遺物と化したものとを区別しながら読む必要はある.
*8 例えば,Sjöberg, M., Dec, J. E., Cernansky, N. P.: "Potential of Thermal Stratification and Combustion Retard for Reducing Pressure-Rise Rates in HCCI Engines, Based on Multi-Zone Modeling and Experiments", SAE Paper 2005-01-0113 (2005)
温度勾配がある場で発熱反応が起るとき,簡易な一次元モデルを使って三種類の燃焼挙動*9 に分かれることを指摘したのは,かの Zel'dovich である.Echols らよりは丁寧な取り扱いであり,Detonation はある温度勾配範囲だけで生じるとする.温度勾配の大きいところでは Deflagration しか起らず,着火点からの火炎伝播となる.一方,温度勾配の小さいところではほぼ一様な Thermal Explosion であって,Deflagration とはならない.
*9 Zel'dovich, Y. B.: "Regime Classification of an Exothermic Reaction with Nonuniform Initial Conditions", Combust. Flame, 39 (1980), pp. 211-214.
自着火核ないし自着火塊 Hot Spot が温度勾配をもつ球状であると考えると,先の式の距離 x を半径 r で置き換えて, 自着火反応面拡大速度 Autoignitive Front Propagation Velocity wapp が着火遅れ τ や温度勾配 -dT/dx に反比例するという性質は火炎伝播にはないものである.それゆえ,混合気の条件によっては,火炎面の Propagation について自着火と火炎伝播の二つの Mode が共存する可能性がある.Cheng ら*10 は当量比 φ=0.5 と希薄な H2/CO ならびに iso-Octane 空気混合気を題材に数値計算でその可能性を提示し,Hot Spot の温度勾配 1 K/mm,場の圧力 4 MPa のもとでの自着火反応面拡大速度を右の図のように求めた. |
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これで解ることは, 温度勾配は 1 K/mm,場の圧力 4 MPa と,上の Echols らのものより現実的な数値になっているのではあるが,混合気温度が 1000 K 以下ならこういうことは起らないということである. 自着火反応面拡大速度が音速 c となる温度勾配条件は上の式から, この臨界温度勾配条件は混合気に依存する.熱発生により生じた圧力波が自着火反応面に作用する.両者は相互に補強しあい,高速で伝わる "Developing Detonation" という"Pressure Spike" となる. 温度勾配をこの臨界温度勾配条件を正規化し,ξ なるパラメータが定義される. これは という意味でもある.ξ は単に初期条件であり,現実には,熱伝導や化学種の拡散,反応そのものも変化するなどのことがあって,自着火に至る前に初期条件が変わる. |
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Bradley ら*11 は量論の H2/CO 空気混合気について,ξ =1 で半径 r0 =3 mm,初期温度 T =1200 K,初期圧力 p =5.066 MPa,着火遅れ τ =39.16 µs なる条件下で,Detonataion への発展過程を右上の図のように計算した.図中の数値は時刻を表し,1 - 8 についてそれぞれ,35.81, 36.16, 36.64, 37.43, 37.72, 38.32, 38.86, 39,13 µs である.圧力と反応面は直ちに練成し,急峻な圧力上昇のすぐあとに温度が上がる.Detonation Wave の速度は充分発達下段階で 1600 m/s に達し,これは Chapman-Jouguet 速度に近い.このときの半径は 4.6 mm である.着火遅れ τ =39.16 µs なる時刻 (i) において,残りすべてで Thermal Explosion となる.
*10 Cheng, J. H., Hawkes, E. R., Sankaran, R., Mason, S. D., and Im, H. G.: "Direct numerical simulation of ignition front propagation in a constany volume with temperature inhomogeneities: Fundamental analysis and diagnostics", Combust. Flame, 145 (2006), pp. 128-144
*11 Bradley, D., Morley, C., Gu, X. J., and Emerson, D. R.: "Amplified pressure waves during autoignition: Relevance to CAI Engines", SAE Paper 2002-01-2868, (2002). "CAI" は Controlled Auto-Ignition の Abbreviation で,欧州では HCCI と同じ意味で使われることが多い.着火時期が制御されているという意味ではなく,制御が期待されているに過ぎない.
冒頭に挙げた König の Exthothermic Center や Hayashi らの自着火塊がここで説明されている Hot Spot なのかどうかに関してはなんとも言えない.上の Cheng らの図では当量比 φ=0.5 の (0.5H2+0.5CO) と iso-Octane 空気混合気とでその性質には大差なく,ガソリンでもこういうものであると主張しているように読める.しかし,上の Detonataion への発展過程では,初期温度が 1200 K,初期圧力が 5 MPa と高く想定されているので,通常の火花点火機関のノックがこれと同じ経緯であると言い切ることはできない.低温自着火の範疇ではなく,高温自着火 そのものである.オクタン価の一つの指標である MON, Motor Octane Number/Rating の運転温度は RON, Research Octane Number/Rating に較べてずいぶん高いが,近年火花点火機関のノックについて MON に高い意味はなくなっていて,むしろ MON の値はアンティノック性として負に働く*12 というようなことを知ると,こうした高温・高圧でないと起らない現象が火花点火機関で容易に起るとも言えず,疑念は払拭されない.
*12 Kalghatgi, G. T.: "Auto-ignition Quality of Practical Fuels and Implication for Fuel Requirements of Future SI and HCCI Engines", SAE Paper 2005-01-0239, (2005)
・ ノックによる温度境界層破壊はどう起るのか
R. Maly の Invited Topical Review*2 末尾に Comments 欄があって,そこに討論の様子が出ている.興味深い内容なのでここに挙げておく.ノックによる発熱で金属表面浸食 Surface Erosion が生じるのはどのような場合かという質疑応答で,圧力波の最大圧 Peak Pressure はどのくらいかが議論になっている.彼の回答は以下のようである.金属壁が圧縮で浸食されるのではなく,原因は熱応力であるとのことである.
1) ノック発生直前のシリンダ内圧 50 bar に対して,Peak Pressure (Pressure Spike) は 400 bar を超えることはなかった.ピストンの材質からして,これによる応力は永久破壊に至る値より充分に低い.
2) 表面温度上昇は,表面から 0.5 µm の深さにおいて 150 K である.計測の時間,空間分解能は 500 ns, 1 mm2 である.この温度上昇による熱的な応力は材料の許容限度を大幅に超える.
3) Developing Detonation モードのノックが一回生じただけで,観測石英窓のどこかにクラックが入る.理論で 2000 bar ないし初期圧力の 50 倍の Pressure Spike と計算されるような観測量が生じたことはない.Detonation は Run-up Time と Space の制約から Fully developed とはなりえない.市販エンジンでは,ノックレヴェルはこれより数等低いのに損傷が出る.ある燃焼室形状では,数度の圧力波がもたらす正の Interference/Reflections によって過度に高い Pressure Spike が生じるという可能性は否定しない.
・ SWASER Mechanism
上の節で出てきた正の Interference/Reflections とは何か,その一候補について述べる.
SWASER とは Shock-Wave-Amplification-by-Stimulated-Energy-Release を縮約 Abbreviation で,Deflagration Detonation Transition, DDT 機構の典型である.
残りは多くないが,順次書き進める !
Still not fixed.