ピストン圧縮自着火に及ぼす流動の効果 |
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Effect of Mixture Motion or Turbulence |
さらに,低温度自着火では,前炎反応期間 (着火誘導期間) にチャージを攪拌すると着火が遅れるということがある.驚くべきことにそうした知見は Tizard and Pye の実験が 1922 年にすでに報告されていて既知であった (1).急速圧縮機 の内部でファンを廻すと着火遅れ τ が大幅に延びると知られる.ただし,この実験では容器壁からの冷却係数 α も三倍程度に上がっているところに確定的な判断を躊躇させるという問題点がある. チャージを攪拌すると着火が遅れるということは,冷炎・青炎・熱炎というシリーズで順次出てくる場合だけでなく,メタンやベンゼンのように冷炎が無く,青炎から始まるものについても同様である.反応が進行する場のガス組成を空間的にどんどん均一化して行くと着火が遅れ,ついには着火しなくなる.このことはこのページの下方で説明する. |
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M.I.T. の Short- Stroke, Single-Piston RCM で得られる着火遅れよりも Shell, Thornton 研究所の Long-Stroke, Double-Piston RCM での着火遅れの方が必ず長い (2) という. これもチャージを "混ぜる" という効果という点で類似の現象であるとも考えられなくもない. Thornton, Double-Piston RCM の指圧線図を見る限り,ピストン運動の制動に時間がかかって,圧縮行程の圧力履歴に変曲点が出ていて,圧縮終了のかなり前から圧力上昇率が鈍っている.急速圧縮機では,如何に圧縮上死点ぎりぎりまで圧縮終了前の圧力上昇率を下げずにおいて,なおかつピストンを急峻に停めるかというところが命なので,もともと Thornton の RCM にはそういう欠陥がある.それと長いピスト圧縮行程で拡がる掻き揚げ渦の効果と,どちらが強く着火遅れに影響するのかは明確ではないが,掻き揚げ渦がチャージを "混ぜる" という効果を生むと,"Packet Nature" を弱める方向に作用するかもしれない. |
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もともとの定義から考えると,着火遅れは,完全均一静止混合気についてのものであり,パラメータは温度 T・圧力 P のみということであろうから,ピストン圧縮の圧縮行程で "混ぜる" という混合操作がなされたときに,上述のように着火遅れが変化するのかどうかを確かめる必要がある. そういう発想で,ピストン圧縮低温度自着火に対する混合気流動の影響を調べた (3) .右図が実験装置の概要であり,下図がその結果である.モータリング機関 がこの実験に供され,燃料にはジエチルエーテルが充てられた.これを燃料としたのは,先の 冷炎発現観察 や ポーリングバーナ低温度炎 との整合を図ったためである.ジエチルエーテルは柔らかい燃料で,その性質はヘプタン n-Heptane にかなり近い. 上述の,M.I.T. の RCM による着火遅れよりも Shell, Thornton RCM での着火遅れの方が必ず長いということを,1985 年に UC Berkeley で開かれた ICDERS で J. Keck と話していて教えられた. |
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吸入流れは完全な接線的なものではなく,中央部に強制渦,周辺部に自由渦が形成されるよう,突き出しノズルの開孔角を 45o にしてある.スワールの付与というよりはむしろ,クリームを落としたコーヒをスプーンで Stir するが如くに,穏やかな旋回撹拌作用をチャージ与えた.吸入流れを接線的にすると,シリンダ壁温が下がり,それにつれて圧縮上死点でのチャージ温度が低くなることを避けたのである.突き出しノズルをどの程度接線方向に向けるかというパラメータが捩り角 Θ であり,Θ が 90o のときには,スワール的な Stir 効果がない.それが右図の最下段であり,横軸は経過時間,縦軸は圧力 P と青色発光 L (下方に振れる) である.圧縮上死点 TDC の前から冷炎の発光が認められ,TDC 直後に熱炎着火の大きな圧力上昇とノック気味の振動が得られている. Θ を 80o として僅かな Stir 効果を与えると,冷炎発現が緩やかになり,縮退を伴う多重冷炎が観測されるようになるとともに,熱炎発現がやや遅れ,かつ穏やかになる. スワール的 Stir 効果をより高めると,さらに冷炎発現がなだらかになるのに応じて熱炎も遅れ,かつ弱くなり,Θ=60o では完全に着火しなくなる.遅れるだけでなく着火しなくなるのは,膨張行程に入って温度が下がるためである.このように,確かにチャージに与えられた旋回撹拌作用は自着火を遅らせる. 図中にあるように,この実験では,着火が起こらないなら TDC では温度・圧力が同一になるように設定されていて,着火まえ反応を含む着火過程の温度・圧力履歴に差はなく,Stir 効果だけがパラメータになっている.また,これらの着火は 冷炎支配域 に属するそれである. |
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冷炎支配域の自着火だけでは,結論の一般性に欠けるかもしれないので,青炎支配域 についても,同様に上述の手法で,チャージ撹拌付加効果を調べた. 燃料には,冷炎発現を伴わず,低温度自着火過程が青炎前反応から始まるベンゼン Benzene が供試された.冷炎の援助がないので容易には着火せず,上死点設定温度・圧力を 1 050 K, 1.0 MPa と,特に温度を大幅に,高めなければならなかった.酸化剤は空気そのものではなく 21O2+79Ar なる擬似空気である.通常の空気を使ったのではこの温度にまではあげられない.当量比は着火し易さを狙った φ=1.1 である.ここでも,着火への温度・圧力履歴は同一で,Stir 効果だけが,付与無しから順次増す. 結果が右図に示される.図中最下段が Stir 効果のない場合であり,急峻な発光と圧力上昇がある.冷炎が無く,青炎が初めての発光観察であり,冷炎を伴う発光に較べてその立ち上がりが激しい. 突き出し流入ノズルの捩り角 Θ を減らして Stir 効果を付与して行くと順次発現時期が遅れ,あるところで突如として全く着火しなくなる.そこまでは発現時期は遅れるが,発光強度や圧力上昇率の減退はそれほどでもない.上のジエチルエーテルの着火と併せ見ると,冷炎の性質というものが透視される. このように,冷炎支配域だけでなく,青炎支配域の自着火についてもチャージを撹拌すると着火が遅れると知られる.負の温度係数域の実験がないとの指摘があるかもしれないが,冷炎支配域と青炎支配域の両端を押さえてあるから,結論が変わることはないと思う. |
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それぞれについて,微小な青炎核が現れた時期から始めてそれに続く計 12 駒が挙がっており,双方の経過時間はおよそ 2.2 ms と同一である.圧力履歴・発光履歴はもうひとつ上の図,最下段,下から三段目がこれらに対応している. 僅かに攪拌操作が加えられただけで,青炎発現挙動が変わる.チャージが Stir されている方の青炎はその名のとおり深い青色を呈しているのに対して,Stir されていない方には,初期から白色の炎が混じっており,その炎は後半の明らかな熱炎と同一のもののように見受けられる.双方に共通することは,初期の青炎発現の個数がせいぜい数個であり,その火炎塊の周りに殻のような白色部分があることである.火炎塊が大きくなると共にその内部に白色部が出来て拡がる. 右の図は,画像中の輝度に 8 段階に閾値で,雑に振り分け処理を施した例である.Stir されていないときには熱炎が速やかに青炎に取って変わる様子がうかがえる.それに反してStir されていると,青炎核の数はさらに少なく,殻付き火炎塊の内部がなかなか熱炎へと発展しないままに,火炎塊が大きくなる. |
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文献の所在
1. Tizard, H. T. and Pye, D. R.: Experiments on the Ignition of Gases by Sudden Compression, Philosophical Magazine, Series 6, 44-259 (1922), 79-121.
2. Keck, J. C. and Hu, H.: 21st Symp. on Combust., (1988), 528.
3. Ohta, Y. and Takahashi, H.: Homogeneity and Propagation of Autoignited Cool and Blue Flames, Progress in Aeronautics and Astronautics, 95 (1985), 236-247, AIAA.
To be continued.
Still not fixed.
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