予混合乱流燃焼と乱流火炎ダイアグラム |
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Phase Diagram of Turbulent Combustion |
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乱流燃焼については,周辺から眺めていただけである.扱いに感心したことはあまりない.憂鬱になるといおうか,とにかく楽しめない. Magnussen や Chomiak のように現象をよく見た人もいないわけではないが,全体としては,何十年間も現象の本質に近づかず,僅かな駒を右手から左手に,またそれを反対側に移動させているような印象を受けた.最近ようやく DNS でエンジンのシリンダ内燃焼に近い条件が解かれるようになって*,ァーそういうことか,というのがいくつか出て来たのが救いである.まず,最外枠の概念を押さえる段階において,たいていの資料で,火炎帯厚さをどう採ってあるのかが容易に判らない.δ とか δL とかの表示になっているけれども,温度勾配直線近似の値なのか,そうでないのか,Zel'dovich Thickness のことなのか,そうでないのか,の区別さえはっきり記述されていないので初心者は惑わされる.古いものから丁寧に読まないと分からないというのは少々酷である. * 店橋・名田・宮内,乱流火炎の秩序構造,ながれ 23 (2004), 375-384 が解りやすい. |
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すでに種々出ているものを一度 "漉してみる" のも一興と 別のページに書いた,以下はその試みのひとつ.
エンジン燃焼を乱流火炎として見て,おおまかにどのあたりのものかを言うときに,しばしば上の表が出される.なにごともそのオーダをおさえておくことは大切である.層流燃焼速度 SL がなぜ 0.5 m/s になっているのか,というような疑問** もあるが,いずれにせよおおまかな話である.値はエンジン回転速度 1500 rpm でのものであり,エンジン回転で 7500 rpm というのは特殊でないから,ここから容易に 5 倍,五分の一という条件になりうる.乱流火炎の構造領域図を横目で見ながら,エンジンの乱流火炎を考える.
** 常温・常圧 (地上の大気状態) のもとでの量論ガソリン空気混合気の層流燃焼速度 SL はおよそ 0.35 m/s,圧縮終わりのシリンダ内はこれより温度・圧力ともに持ち上げられている.層流燃焼速度 の圧力依存は弱い負,温度依存は正なので,0.5 m/s にしかなってないなんてことはなかろう.
ここにまず挙げた図が現在よく使われるダイアグラムで,Peters による 1999 年の提案に沿っている.横軸は乱れの空間積分スケール Λ と層流火炎厚さ δL との比,縦軸は乱れ強さ u' と層流火炎速度 SL との比で,その平面内に乱流火炎形態が色分けで分類されている.乱流 Reynolds 数は乱れの空間積分スケール Λ を代表長さとして次のようになり,上図の座標系では負勾配斜線で表されると知れる.逆にいうと,縦軸値と横軸値の積が乱流 Reynolds 数となるような両軸になっていなければならない.ここに, は燃料の空気への拡散係数であろうが,それ以前に,輸送の分子拡散係数はすべてについて等しいと置かれている.
乱れ強さ u' が層流火炎速度 SL より小さい領域では風にそよぐような火炎であって,火炎素面は混合気乱れに存在する Kolmogorov 渦の影響を受けない.u' < SL なる条件下でも同様に,火炎素面は Kolmogorov 渦の影響を受けないけれども,火炎形状はいわゆる皺状層流火炎になる.そこは Corrugated Flamelet Regime である.
図中の Ka は Karlovitz 数であり,ここでは火炎帯厚み δL についての特性時間と Kolmogorov スケール η についての特性時間の比として定義されている.すなわち, ここで両者は, と表現でき, であるから, を認めて, となる.Ka=1 の意味は火炎帯厚みと Kolmogorov スケールが等しいと定義したのと同じである. |
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火炎帯は予熱帯と反応帯とで構成されるが,この境界から上では予熱帯厚みから見て反応帯厚みは相対的に薄いと考えているものの,ここから上では,火炎の厚みが混合気流動のスケールに較べて充分薄いとは言えなくなって,層流火炎構造に Kolmogorov 渦の効果が及ぶとする.
この Ka, Karlovitz 数を次のように,ダイアグラムの縦軸,横軸を含む表現にすれば,ダイアグラムでどういう線になるかが明瞭になる.他人の手を煩わせず,この式まで誘導して載せておいてこそ教科書ではないか.
ここまでのところですでに,Schmidt 数 1 を認めて火炎帯厚みを Zel'dovich Thickness として誘導しているから,横軸や Ka, Karlovitz 数に含まれる火炎帯厚み δL は Zel'dovich Thickness δL,Z でなければならない.火炎帯厚みのページ で引用した論文* に Zel'dovich Thickness δL,Z はどこに相当しているかが出ており,通常の条件では最大温度勾配直線近似幅 δT,tangente に充分近いとなっている.
*Witt, M. and Griebel, P., Numerische Untersuchung von laminaren Methan/Luft-Vormischflammen, Paul Scherrer Institut, TM-50-00-07, (2000)
反応帯厚さ δchem は予熱帯厚さ δph よりはるかに薄いとするのであるが,その反応帯にも Kolmogorov 渦が作用する状況を考え,先の Ka 数になぞらえて,反応帯厚さについての Ka 数,Kaδ が Peters により定義された.すなわち, この限界線以下の Thin Reaction Zone Regime においては,Kolmogorov スケールは火炎帯厚さより小さい (火炎帯は充分薄くない) けれども,火炎反応帯厚さよりはいまだ大きくて,Kolmogorov 渦は予熱帯に侵入するものの,火炎反応帯にはまだ侵入できない. 上から二つ目の図は最初の図と同じものであるが,このあと他のダイアグラムと比較するためにサイズを合わせてある.往復ピストン式エンジンのシリンダに生じる乱流火炎がどのあたりに分類されるのかを図中の楕円で与えた. すぐ右の図が Borghi 線図であり,1985 年頃に提案された.後に示す Damköhler-Williams の線図からの歴史を踏まえて Da, Damköhler 数を残している. |
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Da, Damköhler 数は積分空間スケール Λ についての流動特性時間と火炎帯厚み δL についての反応特性時間の比として定義されている.ただし,燃焼の特性時間が分母に来ており,Ka 数とは分母分子逆の関係にあることに注意しなければならない.すなわち であって, ここに, である. Borghi の線図では Da=1 より上方について深く考えられていないようである.撹拌燃焼器 Stirred Reactor が現実に稼働可能なのであるから, Da=1 より上方はすべて Thickened Flame であるというわけには行かないはずである. 次の図は Abdel-Gayed, Bradley らの 線図であり,古典的であるともいえる.Distributed Reaction Zone という形態が皺火炎と撹拌燃焼器とのあいだに存在するかどうかについては議論になったり立ち消えたりの繰り返しで決着をみない. |
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この下が Klimov の線図である.以下のように火炎形態が分類されている.これを紹介している教科書は多くない.Glassman の本には出ている.λ は乱れの Taylor Micro Scale である.乱れのスケール η, λ, Λ それぞれについての乱流 Reynolds 数 Re がそれぞれに 1 であるというのが乱れが関与しないひとつの極限を与える. Wrinkled Flame: δL < η このように Taylor Micro Scale λ でもう一段細かく分類しているところが他と一線を画している.現在,ここが軽視されているように思う. さらにその下にあるのが F. A. Williams の著書,"Combustion Theory", 2nd Edition, Benjamin/Cummings, (1985) に出ている説明図であり,この図では,縦軸,横軸は次の関係にある これは下の関係から導かれる. Klimov-Williams Criterion が図中央の垂直線で与えられるので,すっきりするかと期待したが,他,残りの部分がやや解りにくい.この著書で,火炎形態の境界線が一義的でなく,ものの見方,もしくはある現象の一面であることが,丁寧に言葉を選んで述べられている.そのニュアンスを汲み取るべきであると思う. |
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なお,乱流火炎の取り扱いで,Kovasznay Parameter Γ というのが出てくることがある.その定義は以下のようである. u'/λ は乱れ場の代表歪み速度である.Taylor Micro Scale λ の特性時間に着目した表現であるが,これを展開すると,Karlovitz 数 Ka に帰着する.すなわち, から,
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そのうえ,ある変数を表すのに,一般に広く使われている記号とは異なる,見たときに別の物理量を想像してしまうような記号を自分の好き勝手に充てるので,ご当人はそれでよいだろうが,読む者はたまったものではない.乱流燃焼の業界人は毎日そこに浸かっているので平気なのだろうが,乱流燃焼は専門ではないものの,知らずでは済まないというような立場の者がたまに出して見るというときには,それは迷惑この上ない. 乱流火炎分類線図の Phase というか Regime の名称にしても,何と比較して "Thin" なのか "Thick" なのかということについて,通常とは反対の向きから命名している."Thin Reaction Zone" というのは,昔の "Distributed Reaction Zone", Peters のいう "Broken Reaction Zone" から見て "Thin" なのであって,"Wrinkled Flamelet" から見れば決して "Thin" ではなく,"Thick" なのであるから紛らわしい.層流燃焼速度 Laminar Burning Velocity SL を Laminar Flame Speed vF というように書いてあるのだから.ピストンエンジンの社会ではこれら燃焼速度と火炎速度をしっかり区別しないと話は始まらないのに. |
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1986 年の第 21 回 国際燃焼シンポジウムで Laminar Flamelet Concepts in Turbulent Combustion と題した招待講演が行わており,その冒頭四行は以下のようになっている.
The laminar flamelet concept covers a regime in turbulent combustion where chemistry (as compared to transport process) is fast such that it occurs in asymptotically thin layers - called flamelets - embedded within the turbulent flow field. This situation occurs in most practical combustion systems including reciprocating engines and gas turbine combustors.
往復ピストン式エンジンでも Flamelet の概念で充分行けると言っているのだが,いまではこれを そのとおり聞くわけには行かなくなっている.また,1999 年には Williams の線図やら,Abdel-Gayed の線図,Borghi の線図やらからかなり異なる線図へと大幅な概念の修正を提案しているいるが,現在そこで生きているのは,そのなかの Klimov-Williams のラインだけであり,そのラインが出たのは 1970 年代のことではなかったか.
ここに挙げた乱流燃焼形態ダイアグラムのそれぞれについて,年代の若いものが先のものを否定し,いま認められているのは最も若いものそれ一つというわけではない.先に出たものも大半は古典的といえども命脈を保っている.η = δL という Klimov-Williams のラインを越えると直ちに Distributed Reaction Zone 分散型になると考えられた時期もあったが,現在ではまずは火炎帯が拡がり "Thickened",まだ火炎が連続しているとして扱えることがほぼ定着したというだけである.また,こうした火炎形態境界線はいわゆる理論値というのとは性格をやや異にする.言ってみればスイスとフランスの国境のようなものであって,境界に誰一人係官など立たず,フリーパスなので,空の番所以外に国境と見分けるものがない.しかし,そこから少し向こうの店に行くとスイスフランはだめでユーロしか通用しない.境界線をはさんで乱流火炎形態を調べたら厳密な一線ではなかったというような研究発表を見たことがあるが,そりゃそうでしょうよと言うよりない.
最初に掲げるべきで,順序が逆になったかもしれないが,Leeds 大学のシュリーレン写真を下に借用して乱流燃焼形態の理解を促す.レーザによる断面写真ではないことを考慮して見なければならないが,特徴はよく現れている.エンジンそのもので撮られたものではなく,乱流燃焼を模擬する容器での燃焼である.左が u' < SL の条件,中央が η > δL,右が η < δL の条件に相当する.これを Damköhler-Williams の線図に当て嵌めると,エンジン燃焼に該当する楕円内で,薄青が左,白が中央,ピンクが右となる.右の η < δL なる条件での火炎を呼ぶに,"Thickened Wrinkled Flame","Thin Reaction Zone","Distributed Reaction Zone" のうち,どの名称が実態をよく伝え得るであろうか.どれも的確とは言えず,Klimov の "Flamelet in Eddies" が悪くないのではないか.
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憂鬱になると冒頭で述べたのは,いろいろフォロゥして行っても,扱われていることは僅かなことにすぎないし,その大枠がフラフラしていて定まらないからである.この世界では記述され得たことこそ/のみが真であるとの風潮に満ちている.その中で改めて認識させられるのは Kolmogorov の偉大さである.逸散 Dissipation の概念が根底で効いているからであろう.ここでは Kolmogorov 渦だけが変節なく筋の通ったものであり,お釈迦様の手の掌になっている.それぞれのダイアグラムは,縦のものを横にしたり,斜めにしたりしただけとも言えるし,図それぞれに違いがあるとも言える.思想といっても大したことではないが,最後の Williams の線図では,Well-Stirred Reactor を ReΛ=1 以下に置いて,乱れとは関係ないとしているのに対して,最初の Peters の線図では,Kaδ=1 のずっと先に置いて,乱れで千切られて分散させられる極限としていることなどに,線図の性格が現れている.前者では地球は丸いと言っているのに,後者ではその先は崖であると言っているようなものである.
乱流燃焼については,年代を経るとともに基本概念が違って来ているところがあるから,あるひとつの論文を取り出して読んだときに,それがいまも実効性のある話なのか,それともすでにその話には修正が掛かってしまっているのかを区分けするのは,ある程度長期の推移を把握していないと難しい.それに,おっしゃっていることが True であればエンジンは廻っていませんよ,と言わなければならない乱流燃焼関連の論文も数多く存在する.そういうこともあってか,学術講演会で乱流燃焼のセッションへ行くと,前に話した人と,いま喋っている人とで,内容が互いに矛盾しているというようなこともしばしばであり,それにもかかわらずそこで口角沫を飛ばす議論へ発展するというのを見ることがないのも,他の研究分野では考えられないことである.
火花点火機関の話なのに,どうしてこういうページが用意されなければならないのか,燃焼工学ですらここまではとご不審かもしれない.エンジンで,火炎伝播を早々に完了させたいという局面は,希薄燃焼であるとか EGR をしっかりかけるというような場合に出来する.その手段有りや無しや,と問われたとき,何らかの返答をするには,乱流燃焼のこのあたりから入って行くよりない.もっとも,入ったからといって何かが得られるというわけでないのが残念であるけれども,駄目なものを消去するのが容易になる.入っても多くのものがあるわけではないという意味は,こうしたダイアグラムにその中身の大半が示されているということである.
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