過給・直噴火花点火機関の過早着火 Preignition とは何か |
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高過給火花点火機関が Downsizing, Downspeeding のコンセプトのもとに,広く市場展開がなされている.そこでは,"過早着火 Preignition" の発生が新たな問題点として浮上している."過早着火 Preignition" はまだ火花放電がなされていない段階で着火核ないしは火炎核が生じるという問題である.この核は伝播火炎へと進展し,その火炎伝播は通常の点火時期よりかなり以前に展開されているそれである."Superknock" とか "Megaknock" とかと呼ばれて騒がしい.
Downsizing を図る際に "過早着火 Preignition" という現象をどう考えるのかということについて,いささか混乱があるようなので,ここに比較的早期に出た資料をもとに基本的な考え方を呈示する.
下図はドイツのピストンメーカー Mahle が試作した 3-cylinder, 1.2-liter 高過給火花点火機関 の特性を示したもの*1 である.縦軸は吸入マニフォールド内の圧力で,過給の程度を表す.いわゆる Boost Pressure である.無過給で絞り弁全開なら,大気圧が 101.3 kPa なので,縦軸のおよそ 100 kPa あたりになる.つまり,縦軸の 200 なら,およそ倍に過給されている.横軸は点火進角であり,右にいくほど早期に点火がなされる.横軸の "0" が本当に TDC なのかどうかは確かでない.相対的に点火時期が何度早いか遅いかとして見るのがよい.図中に正味平均有効圧 BMEP の等高線が描かれている.このエンジンは Bore×Stroke: φ83.0×73.9 mm, C.R.: 9.75:1.Over-square, Short-stroke.
いま,縦軸の 200 で,点火進角 2o なら BMEP は 18 bar でしかないが,点火進角 8o まで進めれば BMEP は 19.7 bar まで上がる.BMEP の等高線が右下がりということは,まだ MBT, Minimum Advance for Best Torque が得られず,遅角側に留まっているという意味である.図にある太い青線はノック発生限界 Knocking Limit であり,これより右,進角側では必ずノックが起って使えない.ノックは 圧力依存性 の高い現象なので,過給の程度を上げていくとノックし易くなって,ノック発生限界 Knocking Limit 太青線が左上がり (右下がり) となる.
縦軸 180 なら,点火進角 11o でノック無しに BMEP は 18 bar が得られる.言わずもがな,上述の縦軸 200 / 点火進角 2o よりこちらの方が燃費はよい.あと 11% トルクが余分に欲しいなら,180x1.1 と,過給は縦軸 200 でよいはずのところ,縦軸 200 ではノックの制約により,さらにMBT から遠ざかるので,19.5 bar しか出ず,20 bar に至らない.仕方なく縦軸 207 くらいまで過給することになる.これが高過給火花点火機関の Dilenma である.多重地獄の口が開いている.
ノックを避けるためには,とりあえず点火時期を遅らせるよりない,そうすると,太い赤線のような 過早着火発生限界 Preignition Limit に掛かり,過早着火でピストンに穴が開くなどの地獄をみる.この太赤線は右肩あがり,残念ながら直線的ではないものの,ありがたいことに凹ではなく,上に凸であって,縦軸の 200 あたりなら,まだ点火時期には充分な余裕がある.しかし,このエンジンの場合,縦軸の 225 ではノックと過早着火とが共に襲ってきて,二進も三進もニッチモサッチモ行かなくなる.
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*1 Blaxill, H.: The Role of IC Engines in Future Energy Use, 2011 Directions in Engine-Efficiency and Emissions Research (DEER) Conference, Detroit, Michigan, Oct. 2011, U.S. Department of Energy
*2 Zaccardi, J. M., Duval, L. and Pagot, A.: Development of Specific Tools for Analysis and Quantification of Pre-ignition in a Boosted SI Engine, SAE Paper 2009-01-1795
Boost Pressure を上げた際,ノックを避けるために点火時期を遅角していくと,どこかで "過早着火 Preignition" は必ず起る.燃焼室空間に投入される熱量が増え,その熱が仕事に変換されにくくなったときに起るのである.これの機械工学的解釈は過大な "熱負荷 Thermal Loading" である.排気弁も苦しかろう.空冷オートバイなどで,混合比をやや Rich に振っておかないと,火炎速度 が低下してエンジンが焼き付くというのと似た現象である.
高過給火花点火機関でなく,無過給火花点火機関 でも,圧縮比を上げると,負荷の高い運転領域でノックが起るからと,それから逃げて点火時期を遅らせると "過早着火 Preignition" は起る.それほど特殊な現象ではない.
エンジンとして見れば,"過早着火 Preignition" を解消したいのなら "ノッキング Knocking" を抑制する手法を考えて,点火時期を前に持って行くことよりないのである.Alger, SwRI の提案 は示唆的である."過早着火 Preignition" そのものの発生を解決しようと努力しても,その点火時期のままではエンジンとして Poor である."ノッキング Knocking" を抑さえて点火時期を進めることで自ずと解消する現象である.燃焼室壁の潤滑油であるとか,壁に付着した Deposit が Dominant な表面着火である*3 とか,そこに燃料が Trap されるとかいうようなことも原因でないこともないであろうが,それらは二次的な事項であって,過大な "熱負荷が大元である.球形容器に混合気を入れ,容器壁温度を昇げて行って生じる着火は普通の気相低温度自着火でしかないと Gaydon の本や Sokolik の本にある.高過給火花点火機関の "過早着火 Preignition" が通常の低温度自着火であると考えられないわけではない.上の図で熱発生速度を見ると, 4o aTDC から 20o にかけて,かなり長くかつ強い低温度自着火ふうの前炎反応が観測され,17o あたりで "青炎 Blue Flame" に転移し,それが 20o で熱炎にまで発展したと看做すこともできる.
もちろん,表面着火とか過早着火と呼ばれているものの多くは燃焼としてではなく,それ以外からの対処で収まることも多い.燃料ガソリン中のある特性成分域を抜き外すことができ,それが世界中に適用できるのならば,かなりの程度に解決する可能性がある.しかし,"Sporadically 散発的に" 生じることから,燃料ならびに燃焼化学の観点から解決すべきものである以前に,機器の Configuration の問題として,物理諸元の改良,変更で解決できる可能性が示唆されている.つまり,設計としては重要であるが,学問の領域であるかどうかは疑わしい.
どういうところを車で走ると過早着火が起るのかという,過早着火の起る可能性が高い場所 をひとつ別のページに紹介しておく.
*3 確か,昭和 49 年のことではなかったかと回想するが,ガソリンが有鉛から無鉛へと転換されたときにしばらくのあいだ,いわゆる火花点火機関での Dieseling という現象が生じた.走行してきて車を止め,点火スウィチを切っても Idling がそのまま続くのである.もちろんまだ気化器方式の時代である.仕方がないのでギアを Low に入れ,アクセルを踏まずにエンストさせてエンジンを止めていた.それはおよそ三箇月くらい続いたように思うけれども,そのうちいつの間にか起らなくなった.後に聞いたことには,燃料に清浄剤を添加して治めたという.原因は Deposit 由来の表面着火でしかなかったであろう.この現象も元はと言えば,ガソリンの無鉛化でオクタン価が低下する対策として,ディーラにて,ディストゥリビュータを点火時期遅延側にセットしたことであった.
Still not fixed.
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