ピストン・クランク機構の力学 |
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Piston-Crank Mechanism |
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このページを書くにあたって,x 軸の向きと連接棒の傾き角度を下図,左側のようにとっていたが,速度,加速度表示式に負号が付き,微分したときにも負と負の積になったりするので,これらを改め,下図,右側のようにして今後書き進める.当面,この旧いページと 新しいページ とを並列で置くことにする.
ピストン・クランク機構は,ピストンの往復運動を軸回転運動に変換する機構であり,往復ピストン機関では,現在そのほとんどが,連接棒 Connecting Rod, Con rod (古くは連桿とも書いた) でクランクを廻す構造になっている.クランク回転軸は,一般にはシリンダ中心軸上にあるが,回転軸がシリンダ中心線から少し離れた位置に置かれる場合もあり,オフセットクランク Offset Crank と呼ばれている.ここでは最初に標準の場合について述べ,そのあとオフセットクランクについて述べる.
・変位,速度,加速度
右にこの機構を示す.点 A はクランクピン位置で,クランク軸 O の回りに時計回りに回転し,その角速度を ω,角加速度を ξ とする.点 B はピストンピン位置であり,直線運動する.クランク腕の傾きが クランク角 Crank Angle, CA, θ である.連接棒の傾きを φ とする.
この機構が成立するには,連接棒長さ l とクランク腕 r とのあいだには, あるいは なる条件が 必要で,通常 ρ は 1/3 - 1/5 程度に採られる.この機構では
なので, となる.点 G は連接棒の重心位置である.いま連接棒上の任意の一点 C を考え,点 C は点 B から z だけ離れているとする.
連接棒上の任意の一点 C について,その変位,速度,加速度は次のように表される. であるから, |
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通常はクランクは一様に回転するとして,角速度 ω = const., すなわち角加速度 ξ = 0 として差し支えない.角速度 ω は,エンジン回転速度 N rpm なら ω= 2πN/60 で表される.
連接棒上の点として,ピストンもしくはピストンピンの位置,速度,加速度の値が重要であり,上の式で,z = 0, ξ = 0 と すればよい.ピストンピンの x 方向変位量に関して ρ³ 以降を無視すれば,
となり,速度,加速度についても, |
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速度,加速度に負号が付いているのは x 軸がクランク軸中心 O からピストン側に向かっているからである.ピストン速度の最大値は 73-78° にあり,平均ピストン速度の 1.60-1.66 倍となる.弁を通過するガスの速度や摩擦・潤滑を考える際には平均ピストン速度だけでなく,ピストン速度の最大値が重要である. 設計初期段階ではピストンや連接棒を質点系で扱って,慣性力などを見積もる.そのときには連接棒の重心点 G の挙動が強く関係する.第一近似としては,連接棒の重心点 G で考えず,連接棒質量を往復質量と回転質量の二質点に分割して点 A, B に置く. |
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・連接棒,クランク軸に生じる慣性力 慣性力 Inertia Force について知りたい方は,例えば, http://www.ne.jp/asahi/tokyo/nkgw/index/kanseiryoku/kanseiryoku.html あたりの図解を見ていただけば理解が早いかもしれない.簡単には,物体の内側に居るときに受ける力を考えたものである.いま,質量 m の物体 X の加速度がαであるとき,その物体に作用している力は mα であり,その物体に作用する慣性力は -mα である. |
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物体 X にとって慣性力は想像上の (imaginary) 力にすぎないが,物体 X に隣接する物体 Y にとっては現実に作用する力である.例えば,ピストンピン位置にある往復質量に作用する慣性力は連接棒にとっては現実に作用する力である.
ピストン関連質量や連接棒の看做し部とを合わせて往復質量としそれを mκ,クランク関連質量や連接棒の看做し部を回転質量としてそれを mζ と表す.上のピストン・クランク機構を描き直して右に示す.この図の位相でなら,ピストンは下がろうとしている (αは x で見て負) から,ピストンを下がらせまいとする慣性力は上方 (x で見て正) に向いている.
往復質量 mκ によって生じる慣性力 Fκ は,
クランク腕接線方向荷重は, クランク腕軸方向荷重は, |
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回転質量 mζ によって生じる慣性力 Fζr は, であり,これはそのまま,往復質量によるクランク腕方向荷重に同じ方向の荷重として加算される.
・エンジン各部に作用する力と偶力 往復質点が運動することにより生じた慣性力はピストンピン位置 B で連接棒に圧縮力となる.いまその力を Fp として,機関各部にそれがどのように伝わるかを右図で説明する.ピストンピンには Fp だけでなく,シリンダライナに垂直に働く力,いわゆるサイドスラスト Side Thrust (側圧) の反作用 Fpn が作用し,それとの合力として,連接棒には Fpl なる力が伝わる.これは同時にクランクピン A に作用する (赤,右斜め下向きのベクトル).クランク回転軸 O 上に,これと大きさが等しく方向が逆の二つの力 Fpl, -Fpl を作用させても剛体でなら差し支えない.点 A の Fpl と点 O の -Fpl とは偶力 (トルク,モーメント) としてクランク軸に働く.これは "Rolling Moment" と呼ばれる. 点 O に作用している反対向きの力 Fpl を図のように Fp と -Fpn とに分解する.すなわち,ピストンに作用した力と同じものがエンジンの支持台に伝わり,その力は時間とともに変動するので, エンジン周りを揺する.点 O に作用している残りの力 -Fpn とピストンピン位置 B でシリンダライナに働く力 Fpn (青,水平のベクトル)は偶力を構成し,これもエンジンの支持台に働く.この後者の偶力を "トルク反力" ということがあるが,もちろん力ではなくモーメントである.Over Revolution までエンジンを廻し過ぎた場合に,これによってボルトが切れ,フライホイールが外れたりすることがあるらしい. |
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圧縮や燃焼によるシリンダ内圧をピストン頂面で受けたその力も同じような効果を示すはずであるが,シリンダヘッド面に逆向きの力が働いているので,それは帳消しになる.シリンダ内圧起源の偶力はクランク軸に現れ,支持台にはその反偶力が生じる.言うまでもないことであるが,ここで考えている力や偶力は,クランク軸とか,ひいてはエンジン支持台にどのように掛かるか,ということであって,ピストンにどうかかるとか,連接棒にどうかかるとか,視点をある部品単独に限れば,考えるべき力などはここに示したそれらと同じではない.ここでは,シリンダ内圧が発する力については支持台に対して考えており,ピストン頂面で受けた力はクランク軸に,シリンダヘッド面に受けた力はエンジンの外枠に掛かり,両者は打ち消し合って,支持台にはかかってこない.
・オフセットクランク機構
クランク回転軸がシリンダ中心軸上にではなく,シリンダ中心軸から少し離れた位置に置かれる場合があり,これをオフセットクランク機構と呼ぶ.また,クランク回転軸がシリンダ中心軸上にあるときでも,ピストンピンの位置をシリンダ中心軸からオフセットすることがしばしば行われており,機構としては同じ意味を持つ.右にその図を挙げる.目的とするところは: 1a) 膨張行程でのサイドスラスト Side Thrust 低減 などである.3) の V 型エンジンについては,全高低減だけでなく併せて 1), 2) の効果が出るが,回転方向は同じであるから,1a), 1b), 2a) が Positive に効くのは片側 Bank だけであり,反対側の Bank には Negative な効果になることに注意しなければならない. |
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2a) は,圧縮行程短縮,膨張行程延長ではない.ストロークは圧縮行程と膨張行程とで差はない.それゆえノッキング対策やアトキンソンサイクルのような効果となるかどうかは明らかでない.
* この節については,石川義和,"自動車用ガソリンエンジン設計の要諦",山海堂,(2002), 53-62, を参照した.
オフセット幅 e をクランク半径 r との比で定義すると,
上死点 TDC,下死点 BDC における連接棒の傾斜角 ψ は,
ピストン変位量:
ピストン速度:
ピストン加速度:
と得られる.
ρ の一次項だけを採用すれば,ピストン加速度は,
ピストン位置の式で θ=π と置けばピストンのストローク s が得られるから,
なる関係があり,同じクランク腕で,僅かながら行程体積が大きくなることが示される.
Not fixed !
名古屋工業大学 機械工学科の 「エンジン工学 」 という科目で講義していた内容の一部,もしくはそれをすこし増補したものである. 読者を想定している書きようであるかもしれないが,聴講者のある講義が基であるがゆえであり,本稿の趣旨は自分のためのこころ覚えである. |