タンブル崩壊乱れ Tumble-Decay Turbulence |
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1970 年頃に使われていた内燃機関の教科書*1 には スワール Swirl という語彙はあっても タンブル Tumble はない.シリンダ内にタンブルが形成される様子が分かる 動画 を挙げておくので,タンブルとは何かはそれで把握されたい.いまや,Downsizing 過給火花点火機関ではこれなくしてノック抑制はありえないのであるが,そうした認識が充分でないのは残念なことなので,そこを解消するためにこのページを用意する.
*1 例えば,長尾不二夫:内燃機関講義 上巻 第三次改著 (1967) 養賢堂, ISBN 978-4-8425-0178-2
火花点火機関の火炎伝播 なるページでは,火炎伝播に作用する乱れ u' の強度を,という連鎖により,混合気の乱れ u' はエンジン回転速度 N に比例する,とした.この連鎖は基本的に吸気を起原とする乱れについておおまかに成り立つ.
"タンブル" そのものが吸気を起原とするのは言うまでもないが,このページで説明する "タンブル崩壊乱れ" は吸気を起原とする "乱れ" とはやや様相を異にし,ピストン運動から助けを得て,圧縮行程終りあたりで初めて明確に生じる.
スワールとタンブル のページで,"圧縮上死点に近づくとタンブルは,まず,三つ子渦に形を変え,さらにその三つ子渦も押し潰されて,ずっと小さいスケールの渦や乱れへと崩壊せざるを得ない" と書いた.上死点近傍のタンブル崩壊乱れを模式的に説明する. シリンダ内のタンブルはすぐ右の図に示すごとく,下死点付近で最も大きなスケールの流れである.流れ場はタンブルなる主流だけではなく,それに乱れが伴う.ここでは理解を促すため,乱れの空間スケール程度の粒からなる葡萄の房をイメージして,それをシリンダ内におく.葡萄の房は下死点付近でなら房の形状を大きく変えることなく房ごとタンブルに乗って比較的自由に回転できる. しかしながら,ピストンが上死点に近づくと,空間的制約が現れ,さらに右奥の図のように,葡萄の房からみればピストンはあたかも手押し梃式ジューサと同じ作用を果たす.その際,葡萄の粒表皮が破れて汁が飛び出る.それが新たな乱れになり,そのスケールは葡萄粒のそれより小さなものに違いなく,これはおそらく燃焼を迅速化させるのに役立つ. |
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この乱れがどのような性質を持ち,混合気の燃焼にどのように作用するかについて,資料が多く存在するわけではない.1985 年あたりから 1990 年代にかけて無過給火花点火リーンバーン Lean-Burn Engine が構想された.チャージの比熱比が大きければサイクルとして熱効率が上がり,燃焼最高温度が低いから NOx 生成も少ない,市販に至ったエンジンもあったが,いま無過給リーンバーンはほとんどない.しかし,リーンバーンをそこで成立させた技術こそが タンブル崩壊による急速燃焼なのである.火花点火リーンバーンでは希薄混合気なので.その層流燃焼速度 SL が大きく低下するから,工夫がなければ燃焼経過は緩慢なものとなり,サイクルの等容度が低下し,熱効率が上がらない.それに対処する手法として有効であることが確認された.ここでは,桑原・安東らの論文*2, 3 をもとにその概要を説明する.
*2 Kuwahara, K. and Ando, H.: "TDC Flow Field Structure of Two-Intake-Valve Engine with Pentroof Combustion Chamber", JSME International Journal 36B-4, (1993), 688-696.
*3 Kuwahara, K., Watanabe, T, Takamura, J., Omori, S., Kume, T. and Ando, H.: "Optimization of In-Cylinder Flow and Mixing for a Center-Spark Four Valve Engine Employing the Concept of Barrel-Stratification", SAE Technical Paper 940986, (1994), 688-696.
ここで対象となっているタンブルについては,右の図のような,四弁式ペントルーフ型燃焼室に,スワール Swirl 成分をできるだけ排除し,吸入行程でほぼタンブルだけが形成されるような流れ系配置となっている.縦渦層状吸気 (バレルストラティファイ Barrel-Stratified) 希薄燃焼方式と名付けられている. 観測される水平断面は,点火プラグ下方 8 mm,長辺 70 mm, 短辺 35 mm である.下,左の図は撮影された生データ,それを処理して速度ベクトルに描き直したものが下,右の図の左側である.位相は 15o bTDC である.二次元での取り扱いであり,速度の (x, y) 方向成分をそれぞれ (u, v) としている. |
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ここには図はないが,90o bTDC での水平断面の流れは吸気弁側から排気弁側への平行流である. 圧縮上死点に近づいた 15o bTDC では垂直断面旋回流の軸が水平断面の上方へ移動し,水平断面中心部の流れは反転する.すなわち,水平断面周辺部から中心部へと合流する二つの水平渦の上にペントルーフ燃焼室内に収まる小さい縦渦からなる "三つ子渦 Triple Vortices, Triple Vortex Structure" が形成される. |
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渦度 Volticity [1/s] 渦の回転角速度を表現するベクトル量であり,渦の強さを表す尺度である.回転方向によって正負がある. 右の図は渦度の分布であって,条件は 1,000 rpm, WOT, 点火プラグ下方 8 mm の水平断面,視野は長辺 70 mm, 短辺 35 mm である.山と谷とで回転方向が逆になる. |
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左から右へと時刻が進み,右端が圧縮上死点 TDC である.15o bTDC で存在した三つ子渦は TDC では崩壊し,多数の微小渦群に換わっているようであり,その空間スケールは数 mm から 10 mm 程度と比較的大きい.もちろん,それらの渦の周辺ではもっとスケールの小さい乱れが生じているであろう.
エネルギー散逸速度 Energy Dissipation Rate [m2/s3]
ν は動粘性係数である.y 方向速度成分 v と似ているので留意されたい. エネルギー散逸速度は乱れ生成能力を表す指標である.右の図がその分布であり,山の高さと色調で大きさが表現されている.90o bTDC, 45o bTDC でのエネルギー散逸は僅かであり,流れのもつ運動エネルギーはこの段階までなら充分に保存されているようである. 15o bTDC ならびに TDC では,数 mm のスケールを持つ多数の渦周辺からそれぞれ局所的に大量のエネルギーが散逸する.それに伴って乱れが生成されるのであろうが,これらの渦の滞在時間が比較的長いことから,乱れの生成速度は必ずしも飛びきり高いわけではないと想像される. |
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それでは,流速や乱れはどうなっているかというと,上の図のようである.単一のサイクルで採取されたもので,水平方向速度は,吸気弁から排気弁に向かう方向が正に取られ,1o CA で Gate をかけて (75 Hz 相当) 分離された高周波数成分が併せて示されている.弱タンブル,強スワールの場合と比較されている. 強いタンブルが与えられているときには,圧縮行程の中期までは縦旋回流は安定的に保たれる.後期には,旋回軸の上昇に伴い,流速の低下,流れの反転が起る.反転してもかなり強いバルクフローが続く.圧縮行程全般にわたり強い乱れが生じている. |
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強いタンブルがどのように燃焼を活発にするのかが下の図,火炎伝播写真列から分かる.この図の運転条件はこれまでとは違い,1,500 rpm,空燃比 A/F=24,点火時期 25o bTDC,負荷 0.3 MPa IMEP である.タンブルが弱いと一段目の並びのように 55o aTDC でもまだ燃え終わらず,燃焼中の火炎輝度も低いが,タンブルが強いと二段目の並びにあるように 23o aTDC で燃焼完結への見通しがたつ.最下段の並びは Barrel-Stratified Lean Burn であり,23o aTDC でほぼ燃え終わる.
強いタンブルの下での希薄予混合気の燃焼で興味深いことは,火炎伝播が進行して行っても,既燃ガス領域が明確には現れないことである.火炎が走って行った後に再び輝度が上がる.それを表したものが右の図であり,近い方はチャージ全体で見た質量燃焼割合が 50 % に達したときの輝度分布例である.燃焼室中心でもまだ火炎の輝度は高く,酸化反応が終了していないと知られる. 右奥の図の横軸は火炎輝度から定めた火炎先端拡がり Flame Area 経緯,縦軸は質量燃焼割合である. |
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この図には時間軸が与えられていないが,時間は縦軸の方向に進むが,縦軸と Linear には対応してはいない .横軸は火炎が拡がり得る全面積に対する面積割合であって,点火プラグ位置からシリンダ壁に向かっての距離そのものではない.それゆえ,図の解釈は必ずしも容易ではない.火花点火がなされた後,火炎先端拡がり経緯が 70 % くらいまでは,火炎帯包絡面先端 (Full Fresh-Mixture Boundary 相当) がシリンダ壁に向かって走り,火炎は円形に拡がる.そのとき質量燃焼割合はまだ低く,せいぜいまだ 25 % である.そこでは火炎先端拡がり経緯と質量燃焼割合はおおまかには比例関係にある.図で点が密集していて黒く見える領域がそこである.しかし,一旦,火炎先端拡がり経緯が 95 % くらいになり,火炎帯先端がシリンダ壁に近づいたあと,燃焼反応部位は逆に中心部へも逆戻りし,燃焼室全域で反応しながら順次質量燃焼割合を上げて行く.上右の図で見ると,燃焼室面積割合で 25 % から 100 % の区域で火炎発光がある.上左の図は質量燃焼割合 50 %であり,そこで中心部に凹みがあることがそれに対応している.そことて,既燃ガスになってしまったわけではなく,質量燃焼割合 50 % でも,さらに中心部へと反応領域が拡まる.火炎が燃焼室各所にあって,全体的にスゥーと消滅して燃え終わる.これが Lean Burn 燃焼過程の特徴である.
これらを知ると,火炎伝播の Spaghuetti-like Structure を思い起こさずにはいられない.条件が厳しく設定されると現象の本質が顕になるということであろうか.
タンブルは火炎伝播を促進し,燃焼時間を短縮する,それはタンブルがタンブルとして維持されるがゆえではなく,タンブルが圧縮上死点 TDC 近傍で崩壊するからである.無過給火花点火リーンバーン機関の成立にはこれが不可欠であり,空燃比で A/F=24,空気過剰率で λ=1.63,当量比で φ=0.6 まで燃やせて,それなりの等容度が確保された.25 年くらい前のことである.
上に挙げたようなこれだけ詳細な情報があってもなお,ここでタンブル崩壊といっているものが,三つ子渦ないし水平の双子渦へと変性するだけで燃焼促進効果を持つのか,さらにそれ以上に細かくなる必要があるのかははっきりしない.冒頭に挙げた葡萄の房や手押し梃式ジューサは後者をイメージしている.また,タンブルはタンブルとして圧縮行程前半ですでにこの小さいスケールの渦と連れ添っていることが示されているが,圧縮行程後半ないし TDC にまで影響を維持しているのかどうかは明確でない.いずれにせよ,燃焼の場に生成される Integral Scale Λ 積分空間スケール 5 mm 前後の渦が重要であり,分子レヴェルの混合まで司る必要はないと読める.あわせて,スワールに伴う乱れなどに較べて,タンブル崩壊では Taylor Microscale λ のサイズが小さくなっていると推測される.
燃焼室は閉空間であり,火炎素面が分裂しても,それは渦の対面で新たな火種になる.火炎素面の裂断は消炎と同義の開いた空間とはそこが違う.火種を輸送するのがこの渦ではなかろうか.大きなスケールの渦で運ばれると運ばれるあいだに火種が消えてしまう.空間スケール,時間スケールがともに関係していよう.火炎素面裂断がなくても,この操作は燃焼時間短縮に効果を有することは言うまでもない.
25 年くらい前の資料とはいえ,タンブル崩壊については,これを越えた解析があるわけではない.近年もしくは現今の論文だけに目を通している方なら,擦り抜けてしまっているであろう.現在から見れば,TDC を過ぎた位相でどうなっているかを知りたいところであるが,それは無いもの強請り (ねだり) である.推量で外挿するよりない.
タンブル崩壊は基本的に系形状依存 Configuration Dependent であって,燃焼室形状が決まるとほぼその概要は定まって変えられず.有効な渦が生じるクランク位相も固定される.可変にはできない.しかし,それを踏まえたうえで,タンブル崩壊を使いこなし,ノックの発生を抑え得た人たちが量論高過給火花点火機関を手中にしている.急速燃焼,燃焼期間短縮がリーンバーンにではなく,量論混合気の燃焼に適用されている.新開発エンジンの惹句に "Intensified Tumble" などと出ていることでもそうと推測される.その発生機構から,タンブル崩壊は低速から効く.Down-Speeding にも欠かせない.これが現今の技術である.言わずもがなのことであるが,すでに次の手法を模索されている.
Still not fixed.