ラディエータからの放熱
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Heat Dissipation from Radiator
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 ラディエータ Radiator のことで質問を受けたので,その回答をここに披露する.

 ラディエータはエンジンそのものではなくて,エンジンの補器であるから,もともと管轄外である.それゆえ,これを大学のカリキュラムとして講義に含めたことはない.

 先に,エンジンのシリンダから冷却液 Coolant に向かってどう熱が流れるかを 冷却・水冷 のページに載せた.そこで得られた知見は,水冷式では熱負荷が大きくなるとサブクール沸騰が起こり,エンジンを過熱させないという点で適度に安定なシステムであるということであった.しかし,そのときの前提は冷却液 Coolant 温度は定常であるというものであった.

 しかしながら車輌では,エンジンシリンダから冷却液 Coolant に移した熱を,その後ラディエータ Radiator にて大気に放出する.ラディエータの能力が低くて,その熱をすべて大気に放出できなければ,冷却液温度は順次上昇し,冷却液の沸点に達すると,そこでラディエータとしての機能を失う.いわゆるラディエータのオーヴァヒート Radiator Overheating である.こうなれば,前段のエンジンシリンダから冷却液 Coolant へという段階でも熱移動に支障をきたすから,大きく間をおかずしてエンジンのオーヴァヒート Engine Overheating を引き起こす.そういう意味では,ラディエータはエンジンとは独立であるから考慮外と言って放っておくわけにはいかない.

 自動車用のラディエータ Radiator は直交式 Fin-Tube 形熱交換器である.典型的なラディエータ特性の例をひとつ挙げる *1.熱交換器コアの幅:45 cm,高さ:35 cm,奥行:3 cm で 3-fin/cm というものである.ここの図は原典の図そのものではなく,単位系などを含めて再構成してある.

 ラディエータがどれだけ熱を外に捨てる能力を持つかは,基本的に冷却液 Coolant (添字 w) とそれを冷やす空気 Cooling Air (添字 a) の温度 T と流量 に依存する.系の最高温度は冷却液のラディエータ入口 Twi であり,最低温度は外気,冷却空気のラディエータ入口 Tai であって,それらの差が有効温度差 Effective Temperature Difference, ETD である.


*1 Fenton, J. (Edited): Gasoline Engine Analysis for Computer Aided Design, (1986), 246-254, Mechanical Engineering Publications, London, ISBN 0 85298 634 3

 上の図はこのラディエータ Radiator で,大気に捨てることができる単位時間あたりの熱量を示したものである.ただし,有効温度差 ETD が 100 K あたりという表現になっている.現実には温度差 ETD が 100 K となる機会は真冬ででもなければあり得ず,通常,50 K とか 70 K とかということであろうが,以下に記述するように,放熱量は温度差に対して線形一次に作用するので,温度差が 100 K 以外のときの値もこれで分かる.図はふたつになっているが,パラメータを変えて描かれているだけで,同一のデータである.図のなかの流量は容積流量であり,質量流量ではないので留意しなければならない.[J/s] は [W],[kJ/s] は [kW] である.

 右の図にも示すように,エンジンの熱効率は大雑把には燃料で与えた化学エネルギーの 30% くらいで,冷却水損失も似たような割合であるから,この値を見れば,どの程度の出力のエンジンに使えるラディエータであるか分かる.上の例では,60 kW, 80 PS,ないしはそれの 1.2 倍くらいのエンジンということになる.右図で総計が 100% でないのは,ポンプ損失のように,大気を圧縮する仕事として捨てられるものなどがあるからである.摩擦損失のかなりの部分は冷却損失になり,輻射によっても失われる.


 ここで,冷却液流量増加は放熱量を上げるには大きくは効かず,冷却空気流量を増す方がまだしも効果があるということが分かる.冷却液は流れてさえいれば大きな問題を起こすことはないという意味でもある.空気側の風量を確保しなければならないことが上の図で示されている意味であり,あわせて,低速走行時には冷却風ファンが必要であることもここから知られる.

 ラジエータの液側温度を上げて外気温度との差を大きくすれば,放熱量をリニアに増やせるし,同じ放熱量でよいならラジエータの外形を縮めることができる.


ε-NTU Method

 ここでは熱交換器の伝熱経緯を扱う手法として知られている ε-NTU Method *2 を紹介する.いま,ラディエータを簡略化して模式的に右図のように考えると,冷却液が失う熱量 (エンタルピ) は単位時間あたり,

冷却空気がもらう熱量 (エンタルピ) は単位時間あたり,

であって両者は等しい.ここで とは Heat Capacity Rate と呼ばれる量であり,較べると後者の方が小さい.最大有効温度差 ETD を使って仮想的に可能な最大放熱量を考えると,放熱量は冷却空気側で拘束されているので,仮想最大放熱量は,

とおける *3それで,温度効率 Heat Exchanger Effectiveness ε を考えることができて,


 ラディエータの設計としては,この温度効率, ε をいかに高めるかということに尽きる.出口空気温度 Tao を高めることが熱交換器としての性能向上であるとこの式は語っている.

 ラディエータでの放熱量  を熱通過率,熱貫流率 Overall Heat Transmission Coefficient Kr と伝熱面積 Ar で表現すると,


この熱貫流率 Kr を用いて,伝熱ユニット数,Number of Transfer Unit, NTU が定義される.

 またあわせて,Heat Capacity Rate の比  を導入すると,

温度効率 Heat Exchanger Effectiveness ε は NTU と Ratio of Heat Capacity Rate との関数

 

として取り扱うことができるとされている.こういう取り扱いが ε-NTU Method である.一般に rc が小さいほど ε は大きくなるという性質がある.この関数は例えば並行流熱交換器の場合には,解析的に次のような簡単な形になる.

 こうした関数形を議論するのが伝熱工学であり,種々雑多に数多く提案されているようである.関数形についてのここからあとのことは便覧などで検索されたい.自動車用ラディエータは直交流なので,上のような簡単な形の解析解はない.

*2 Kays, W. M. & London, A. M., "Compact Heat Exchangers", (1964), p. 15. McGraw Hill, ISBN: 0070333912

*3 冷却液容積流量:1510 cm3/s,冷却空気容積流量:1890 liter/s のときを考える.液を水としてその密度 ρw = 1000 kg/m3,比熱 cpw = 4.19 kJ/(kg⋅K),空気の密度 ρa = 1.29 kg/m3,比熱 cpa = 1.04 kJ/(kg⋅K) であるから,冷却液について = 6.32 kJ/(K⋅s),冷却空気について = 2.54 kJ/(K⋅s) である.可能な放熱量はこれらの小さい方で制約されるから,最大可能放熱量として  を採る.

 ラディエータにおける熱交換について記述されたエンジン関係の書籍はそう多くはなく,我国では下記の本*4 くらいである.しかしながら,それとても,上記のような基本概念すら説明されていない.

*4 星 満,自動車の熱管理入門,山海堂,(1979), 3053-422024-2732, ¥1300


冷却液 Coolant

 水冷という名称のとおり,冷却媒体の基本は水であるが,軟水しか適さない.しかし,水は 0o C で固体になるうえ,その際に体積が膨張する.使用条件下限はたいてい氷点下であるから,そこまでは不凍である液を冷却媒体とするのが通常である.エチレングリコール Ethylene Glycol (Ethane-1,2-Diol) に金属防錆剤を加え,LLC, Long-Life Coolant と呼び習わし,水溶液として供する.Ethylene Glycol の密度は常温で 1113 kg/m3 であって,水よりやや重い.

 温度 80o C でのエチレングリコール単体の比熱は水のそれ 4.20 kJ/(kg⋅K) の 2/3くらい,2.65 kJ/(kg⋅K) なので,同一受熱量に対して温度上昇が大きいけれども,熱伝導度は水のそれ 0.672 W/(m⋅K) の 2/5 くらい,0.262 W/(m⋅K) しかないので,水が冷却媒体である場合に較べて,エチレングリコール水溶液を冷却媒体としたとき,シリンダ外壁:冷却水側壁温度が上がり,その結果としてシリンダ内壁温度が上がる.これは必ずしも欠点ではなく,ピストンリング摺動摩擦が減るという効果がある.しかし,エンジンが焼き付きやすいという方向に働いてもいる.もちろん,水溶液では水との中間の性質を持つから,極端なことにはならない.エンジンの液壁側ではサブクール沸騰伝熱であるので,冷却剤が軟水かエチレングリコール水溶液かで熱伝達に大きな差は生じない.二成分混合液体の沸騰曲線は単成分液体のそれとは異なることにも注意を払わねばならない."水冷" のページに グリコール水溶液の熱伝達特性と圧力依存性 の図があるので参照されたい.

 上の節は,エンジンの液壁側についてのことで,そこではサブクール沸騰があったが,ラディエータの液壁側では単純な強制対流熱伝達である.ラディエータでの液から気への熱貫流は,金属壁と冷却空気間の熱伝達が律速している現象ではあるといえども,冷却剤が軟水である場合の方がエチレングリコール水溶液の場合よりもラディエータ出口温度は明らかに下がる.冷却剤と金属壁間の熱伝達も熱貫流には影響する.ただし,エチレングリコール水溶液とプロピレングリコール水溶液などとの比較なら,熱伝達上の差はほとんど出ない.軟水に換えるならともかくも,Coolant を別の種類に換えたらラディエータの冷えが良くなったというようなことはない.

 LLC にはエチレングリコールだけでなく,ジエチレングリコール Diethylene Glycol なども使われる.常温での水の比熱:4.18 kJ/(kg⋅K),常温でのエチレングリコールの比熱:3.82 kJ/(kg⋅K),常温での水の熱伝導度:0.602 W/(m⋅K),常温でのエチレングリコールの熱伝導度:0.250 W/(m⋅K)

 質量比 30% 水溶液で使うのが一般的であり,大気圧下では氷結温度 -15o C,沸点は 104o C である.Ethylene Glycol 質量濃度 70%,氷結温度 -51o C まで氷結温度は濃度増加とともに単調に下降するが,それ以上の濃度では逆に上昇する.Ethylene Glycol 単体での氷結温度は -12.9o C である.圧力が上がればちろん沸点は大気圧の場合よりも上昇する.人体に対しては生体内で毒になる.単体では可燃物でもある.

 ラディエータキャップに発条 ばね を仕込み,温度上昇による膨張を利用して冷却系の圧力を上げる.現在,一般的には 190 kPa, abs. (大気圧は 101.3 kPa) くらいに設定される.多くラディエータキャップに 90 kPa と表示されており,ゲージ圧で言っている*5LLC 水溶液充填でこういう条件下なら,LLC の濃度によって変わるけれども,沸点は,まずは 390 K, 117o C くらいとして取り扱う.エンジン液壁側伝熱形態がサブクール沸騰であることもあって,水冷冷却系圧力を 200 kPa, abs. 以上にするメリットはほとんどない.*5 SI 単位系では,圧力をゲージ圧で表示するという概念は無いように思う.


 以下に順次書いて行くつもりであるが,専門外なので多くを語れるわけではない !

 Still not fixed.


名古屋工業大学 機械工学科の 「エンジン工学」 という科目で講義していた内容の一部,もしくはそれをすこし増補したものである.
読者を想定している書きようであるかもしれないが,聴講者のある講義が基であるがゆえであり,本稿の趣旨は自分のためのこころ覚えである.

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