石油系燃料の発熱量 |
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ガソリンのページ で述べたように,石油系燃料について,まず最初に大枠で了解しておいてもらわねばならないことは,石油系燃料の単位質量 (重量) あたりの発熱量* は,ガソリン,灯油,軽油などを通じてその値はおよそ 10,600 kcal/kg, 44 MJ/kg と,種類を問わずほぼ同じということである.この理由を簡単に言えば,石油系の燃料はどれでも,概括的に (C1H2)n というような単純な炭化水素として表現できるからということになる.n の概略値はガソリン,灯油,軽油などで順に大きくなるが,発熱量は n の値にはほとんど依存しない.重さで買って来るなら,どの燃料でも熱を生む能力はほぼ同じであり,酸化剤との 理論混合比 も変わらない.燃料を買うということは燃料の持つ化学エネルギーを買うということである.しかし,現実には化学エネルギーに比例した値段がついているわけではない.もちろん,レギュラガソリンとプレミアム (ハイオクタン) ガソリンについてもこの事実は変わらない.
(C1H2)n で表されるような燃料については,その生成熱 (生成エンタルピ) は零に近い.その結果,(C1H2)n で表されるような燃料ではどれでも単位質量あたりの発熱量* は 44 MJ/kg くらいであって,個体間で大きな差は無いということについては以下のように説明される.
* ここで言っているのは,低位発熱量,低発熱量 LHV: Lower Heating Value あるいは 真発熱量 NCV: Net Calorific Value であって,生成物中の H2O は気相 (gas phase) である.生成物中の H2O を液相 (liquid phase) であるとしたときの 高位発熱量,高発熱量 HHV: Higher Heating Value あるいは 総発熱量 GCV: Gross Calorific Value より蒸発潜熱分だけ小さい.
熱力学データは,JANAF Thermochemical Table, 2nd Edition (1971), US Departmeny of Commerce, National Standard Refernce Data System, National Bureau of Standards 37 あるいは,NIST-JANAF Thermochemical Tables, Fourth edition, Journal of Physical and Chemical Reference Data, Monograph 9 (1998), ISBN: 978-1-56396-831-0 [JANAF: Joint Army-Navy-Air Force, NIST: National Institute of Standards and Technology] などから得る.
いま,(C1H2)n で表わせるもののうち,比較的分子量が小さい純物質についてその生成熱 を見ると,
C3H6: プロピレン,20.5 kJ/mol
C4H8: 1-ブテン,-0.12 kJ/mol
C5H10: 1-ペンテン,-20.9 kJ/mol
C6H12: 2-ヘキセン,-40.3 kJ/mol
C6H12: 2-ヘキセンを取り上げると n = 6 であり,量論式は,
C6H12: 2-ヘキセンの生成熱 をモル当り表示の燃焼熱であることを明確にするため のようにし,ここでの関与物質すべてをモルエンタルピとして ^: l'accent circonflexe 付きで表すことにすると,エンタルピのバランスは,25o C の基準状態のとき,
燃焼生成物 CO2 とH20 の生成熱合計は -393.5×6 -241.8 (gas) ×6 = -3812 kJ であり,これから -40.3 を差し引いた量が燃料 1 モルの燃焼熱に相当する.酸素 O2,窒素 N2 の標準生成熱はもともと零と設定されている.燃料の分子量は (12 + 2)×6 = 84 [kg/kmol] であり,これで割ると低位発熱量は 44.9 MJ/kg と出てきて,一般的な石油系燃料の低位発熱量の値 44 MJ/kg と十分近い.もちろん,燃料 (C1H2)n の生成熱が小さいので,それを零であるとしたときの (393.5 + 241.8)/(12 + 2) = 45.8 MJ/kg ともほとんど変わらない.分子量は [kg/mol] 表示ではなく [kg/kmol] 表示なので,[kJ] で計算してきたものが [MJ] になる.次項の Dulong の式で求めると,これは 46.2 MJ/kg である.
燃焼熱を考えるとき,その変化の最中に高温となることがあっても,比較している二箇所の状態,燃焼前と燃焼後では "等温変化過程" である.それ故に,上では純酸素 O2 が酸化剤とされているように見えたとしても,酸化剤が純酸素 O2 のときのみに限定されるわけではない.いま,空気を単純化して (0.21O2 + 0.79N2) で近似すると,その反応前後のエンタルピバランスを表せば次式のようになる.
量論式燃焼過程では窒素は化学反応には与らないから,反応物とともに供給された N2 はそのまま燃焼生成物の側にも出てきて,両辺に窒素 N2 の持つエンタルピが加わるけれども,等温なのでそれらの値は等しく,両辺に書いても書かなくても同じである.空気が酸化剤として供給されている場合にあっても,量論式燃焼過程のエンタルピのバランスでは,純酸素 O2 が酸化剤である場合と全く変わらない.すなわち,酸化剤が純酸素 O2 であっても空気であっても,発熱量には差がない.
石油系燃料単位質量あたりの発熱量は種類を問わずほぼ同じであるということについて,分子の結合エネルギーから見るなら,分子を構成する結合エネルギーはかなり大きいものの,標準状態で安定した元素を気体原子にするための原子化エンタルピー変化と帳消しになって,分子の生成熱自体はそう大きくないという説明になる.
もちろん,生成熱が小さい,零に近いというのは,酸素 O2,窒素 N2,水素 H2 などの標準生成熱を基準値に採って,それらを零としたときの見方である.CO2 と H20 の生成熱はこれらに較べて大きく負である.相対的なレヴェルの差として理解しなければならない.上に出てきた , といった量も絶対値を決めようもない量であり,酸素 O2,窒素 N2,水素 H2 などの標準生成熱を基準にした相対値ないしはそこからの差としての意味を持つ.
なお,もう少し詳細に,燃料の差を意識して扱う場合には,(C1H2)n ではなく,ガソリン C7.5H13.5,軽油 C16H30 というような近似がなされる.
また,"発熱量" なる語彙は工学用語 Technical Term であり,"燃料単位量あたりの" ということがそこに含意されている上に,量論で得られる理想的な値として定義されているものであるから,限定的にしか使えない.一般的に,その場所でその時間にどれだけ熱が出ているかという "Heat Release" などを表現するときには "熱発生量" などとして,"発熱量" という言葉を使わないようにしなければならない.コンピュータ関連誌や新聞の "Science" などと銘打ったページに "CPU の発熱量" などと出ているのは何とも困ったことである.せめて "CPU からの発生熱量" くらいにしてもらいたい.
Dulong の式 燃料中の炭素,水素, 硫黄および酸素の質量分率をそれぞれ c, h, s, o とすると, |
低位発熱量 高位発熱量 |
Dulong のもとの式は [kcal/kg] 表示であり,燃料中の水分質量分率 w も含まれている.上の式はこれを [kJ/kg] 表示にし,水分質量分率 w は無いとしたものである. |
低位発熱量
高位発熱量 |
燃焼熱,生成熱,結合エネルギー については
新潟大学 工学部 マルチメディア教室 教材資料集
が,なかでも,http://irws.eng.niigata-u.ac.jp/~chem/itou/bce_bunb.html が参考になるであろう.
水,メタノール,二酸化炭素の状態方程式による密度および熱力学量の計算プログラム by 大森 努
も有用であろう.
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