機械技術者にとって 「究極の工学倫理」 課題ではなかろうか.その二 |
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Thomas Midgley, Jr. - アンティノック剤 四エチル鉛 TEL を創った技術者 |
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Clair C. Patterson - 微量残留鉛を計測し続けた技術者 |
火花点火機関はノッキングによって高出力化と低燃費化の頭を押さえられている.ノッキングが生じなければ圧縮比を上げられるのにそれができない.かつて,原油をガソリン,灯油,軽油,重油と蒸溜温度で分溜していた時代,ガソリンはいわゆる直溜ガソリンであり,そのオクタン価は低かった.自動車だけでなく,飛行機のエンジンも往復ピストン式の時代であり,ひとえに,燃料であるガソリンのオクタン価がエンジン性能を決めていた.
そういう時代に,僅かな量をガソリンに加えるだけでオクタン価を上げる添加剤 "Anti-Knock Agent: TEL, Tetra-ethyl lead, 四エチル鉛" を発明したのが Thomas Midgley, Jr. (May 18, 1889 - November 2, 1944) である.片仮名表記は "トマス・ミジリー" となっているようであるが,発音は "トーマス・ミッジレィ" が近かろうか."d" と "g" の音が効いた "ミッドグレィ" と聞こえたこともある.もっとも,仕事は彼単独のものではなく,Charles Kettering チャールズ・ケタリングとの共同発明であるらしい.1921 年 12 月のことである.四エチル鉛に抗鉛化物質 Lead Scavenger である 1,2-ジブロモエタンと 1,2-ジクロロエタンを混ぜた "エチル液 Ethyl Fluid" という形で製品化された.エチル液を加えられたガソリンはエチルガソリンと呼ばれ,TEL の劇的な効果で,エチルガソリンは一世を風靡した.もとのガソリンに加える比率は,エチル液との比ですら,1:1260 であったというから,まさに劇薬・鼻薬であった.*1
Hall of Fame という Web site によると,米国化学会から 1941 年にプリーストリィ賞 Priestley Medal,1942 年にウィラード・ギブズ賞 Willard Gibbs Award を授与された他,二つの名誉博士号を受け,学術会議会員にも推挙され,さらに 1944 年には米国化学会会長/代表となった,とある.
In 1941, the American Chemical Society gave Midgley its highest award, the Priestley Medal, and followed up with the William Gibbs Medal in 1942. He also held two honorary degrees, and was elected to the National Academy of Sciences. In 1944, he was president and chairman of the American Chemical Society. (*William Gibbs とあるのは Willard Gibbs の間間違い)
有鉛ガソリンは 1960 年代には環境問題の元兇と指摘されるようになり,その後,自動車用にはほぼ全面的に使用を禁止される動きとなったことはご承知のとおりである.Thomas Midgley, Jr. は四エチル鉛だけでなく,冷蔵庫・冷凍機の冷媒,"フレオン Freon, Chloro-fluoro carbon" (日本では "フロン Fron" という俗称が使われる) も発明したというから,その時代が要請したものを順次生み出す,極めて高い対処能力を有する技術者であった.しかしながら,現在から見れば,最初の発明のみならず,二つ目の大きな発明も究極的に使用を停止するよう求められているものである.実に幸運と不幸とを二重に歩んだ人と言わざるをえない.
Lumpenprofessoriat という Web site では "the world's most dangerous man" と名指しされている."Lumpenprofessoriat" はおそらくマルクスのいう "lumpenproletariat" からの造語であろうが,この名称とも合わせ,やはり悲哀の極にある.
Auschwitz の焼却炉をつくった企業 Topf und Söhne 社のページで,"我々には何をなすのが善で,何をなすのが悪であるのか.時代を越えうる普遍はありや" と書いたが,ここでも我々に,また学術団体にも,同じ問いが投げかけられている.
一方,クレール・パターソン Clair Cameron Patterson (June 2, 1922 - December 5, 1995) については,かつて教えを受けた 高橋 和先生 から見せてもらった当時の,僅か数行の新聞記事が忘れられない.以下がそれである.
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クレール・パターソン氏 (米カリフォルニア工科大学名誉教授・地球化学)
五日,喘息の発作のため米カリフォルニア州シーランチの自宅で死去,73 歳.極地の氷の研究などから,現代人の体内には,古代人の四百倍もの鉛が含まれていることを 60 年代に指摘.当時一般的だった鉛添加ガソリンが鉛汚染の原因になっていると警告するなど,地球規模での環境保全を訴えた.95 年,環境分野での業績に対して与えられるタイラー賞受賞.(ロスアンゼルス支局)
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Clair C. Patterson については,Biographical Memoirs by George R. Tilton によくまとめられている.
後者のフレオン Freon ではさらに話が続き,フロンによる成層圏オゾン層破壊の危険性を指摘した マリオ・ホセ・モリーナ・エンリケス Mario José Molina Henríquez, パウル・クルッツェン Paul Jozef Crutzen,シャーウッド・ローランド Frank Sherwood Rowland がともに 1995 年度のノーベル化学賞を受賞している.しかしながら,フロンに何らかの問題があると最初に指摘したのは ガイア理論の提唱者として知られる ジェームズ・ラブロック James E. Lovelock であったらしい.
*1 "Anti-Knock Agent: TEL, Tetra-ethyl lead, 四エチル鉛" の開発経緯については,Materazzi, N.: "ガソリンに添加するテトラエチル鉛開発の歴史 (前編), (後編)", Storia della tecnologia della macchina, 25-26, Il Ventiduesimo, Motor Fan Illustrated, Vol. 70-71, 2012, 三栄書房 に詳しい.写真なども多く掲載されている.