燃焼効率,Combustion Efficiency
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 熱力学は "熱エネルギー" を如何に多くの "力学的エネルギー (仕事)" に変換できるかという見通しを立てるための学問体系
であり.そこで出てくるのは "熱効率 Thermal Efficiency ηth" である.一方,燃焼の立場では,"燃料 Fuel" の持つ "化学エネルギー Chemical Energy" *1 (生成熱,ないしは発熱量のようなもの) がどれだけ "熱 Heat" に変換されたかを表す指標としての "燃焼効率 Combustion Efficiency ηcomb" がまず出てくる.熱機関は熱エネルギー Q1 を与えて仕事 W を取り出す変換器であって,熱効率は ηth = W /Q1 として定義される.この変換は容易でなく,最もよいものでも変換効率,つまり熱効率はせいぜい 0.55 程度である.熱機関が使われる場では,熱は燃料を燃やすことによって得るのが普通であり,こちらの変換は比較的容易であって,一般にはこの変換効率;燃焼効率 ηcomb はかなりの程度に 1 に近い.燃焼効率 ηcomb はドイツ語では Umsetzungsgrad とか Vollständigkeit der Verbrennung というように表現されている.燃焼の変換効率,燃焼の完全性という言い方である.

 そういう,燃焼効率が 1 に近いという状況も手伝って,熱効率の分母 Q1 を "燃料の 低位発熱量 x 燃料量" とおく簡便な取り扱いもしばしばなされる.それを裏返した量が "燃料消費率 Specific Fuel Consumotion, SFC" という指標であって,[g/(kW⋅h)] なる単位で表される.分母が仕事量,分子が燃料量である.簡便な熱効率はこれの逆数であるが,分母・分子同じ単位で扱い,単なる比で表される.こうした関係を下図に示す.

  *1 発熱量は等温変化過程で定義されるので,初期/最終温度の関数であって,温度を規定しないと定まらない.化学エネルギーなら温度にかかわらず一義的である.


 熱効率 Thermal Efficiency ηth と燃焼効率 Combustion Efficiency ηcomb とを混同し,熱効率とするべきところを燃焼効率とした記述を見ることが多いが,工学に携わる者としては全く褒められたことではない.そうした記事に関して,その内容如何は "推して知るべし",言わずもがな.信用するに足りない.

 燃焼効率 Combustion Efficiency ηcomb が重要なのは,往復ピストン式エンジンよりも,むしろガスタービンにおいてであった.現在,旅客機のエンジン排気が目に見えるほどに "すす" を含んで黒いというようなことはないけれども,かつて 1960 年代には,地上加速・上昇時の排気は充分目視できるほど黒いうえに,燃料が生煮えになったような臭気を伴うものであった.燃料は燃えきっていなかった.その当時の映画を見るとそういう状況がしばしば出てくる.いまは目視では判らないほどにきれいだが,ガスタービン機関では,常用運転時においてさえ,燃焼効率がどれだけであるかを監視すべきであることは現在でも変わらない.右は Boeing 707 が離陸しているときの写真である.

 火花点火機関は量論比混合気で運転されるのが基本であるけれども,トルクが最大となる混合比は量論よりやや "濃い Rich" ところにあるし,絞り弁全開 WOT に近い領域ではノックの発生を抑制するためにさらに 濃い混合気を供給する ことも少なくない."濃い Rich" というのは酸化剤が不足する状況なので,いわゆる不完全燃焼となって,未燃成分が残り,燃料が持つ発熱量だけの熱発生が達成されない.もっとも,予混合燃焼の場合には,うえのガスタービン機関における拡散燃焼とは違い,濃いからといって直ちに "すす" が出るわけではない.

 上で述べたような燃焼効率の定義であるから,分母・分子で表現すると下記のようになる.数えるときの分母としては通常燃料の発熱量が充てられ,エンジンの社会ではそれは常温での低位発熱量である.分子側となる,実際の熱発生を直接測るのは難しいので,最右辺にあるように,未燃として残った物質が燃えたなら発するはずという熱量を扱うことが多い.シリンダ内圧力履歴から 熱発生速度 を算出し,シリンダ壁からの熱損失 を見積もることは,分子側を直接得ようとする努力である.



 エンジンのテールパイプへ出てくる Engine-out 排気を組成分析すると,右図のような結果になる*1.この図の横軸は排気で推定した空燃比である.ガス組成分析結果は "容積パーセント (モル分率)" で表示される.留意すべきは,たいてい "乾きガス,Dry Base" での数値になっていることである.測ろうとしているガスには H2O が含まれるが,ガス分析で H2O が定量されていることは極めて稀であって,通常は H2O を除いた残りを 100 % としてそれぞれの容積割合が呈示される.ガス採取系統で H2O は凝縮し,各所に付着するので正確な値は望むべくもないからである*(* もちろん,注意深く充分に保温して計測装置に導入すれば,分析が不可能なわけではない)

 右の図の結果を与えたもとの燃料は石油系の炭化水素であり, (C1H2)n で近似し得るものである.混合比が量論ならびに希薄の場合には排気中の未燃成分 (酸化剤を加えて燃やせば熱発生のあるもの) は無いか,あってもごく僅かである.一方,過濃な場合には酸化剤不足のため CO や H2 の生成が顕著である.この領域では燃焼効率は明らかに 1 を下回る.この領域での CO, H2, CO2 の量関係は下に出てくる "水性ガス反応" の化学平衡でほぼ決まる.

 このように,往復ピストン式エンジンにおいても燃焼効率を考えていなければならない領域が厳に存在する.火花点火機関では空燃比 A/F : 12 あたりも使われ,燃焼効率は 0.75 くらいまで低下する.空燃比 A/F : 12 は,当量比 Equivalence Ratio: 1.22, 空気過剰率 Excess Air Ratio: 0.82 にあたる.空燃比,当量比,空気過剰率ついては 混合比のページ を参照されたい.ディーゼル機関では,かなりの黒煙が見られる場合でさえも,燃焼効率はたいてい 0.98 くらいは確保されている.


 排気に出てくる未燃成分の量が判れば,それから燃焼効率を算出できる.ここでは未燃成分は CO, H2, Hydrocarbon HC, Soot C だけであるとして,下のように表式化する.ここに, は燃料質量流量, は全質量流量であり,H u,Fuel は燃料の発熱量,H u,i は成分 i の発熱量, は成分 i のモル分率,M i は成分 i の分子量,M は全体の平均分子量であって, は成分 i の質量分率である.


 HC はヘキサン換算,すすは純炭素とみなすと,15o C くらいの温度で考えて,未燃物質の分子量,低位発熱量はそれぞれ:一酸化炭素 CO, MCO = 28.0, Hu,CO = 10.11 MJ/kg,水素 H2, MH2 = 2.0, Hu,H2 = 120.97 MJ/kg,ヘキサン C6H14, MC6H14 = 86.2, Hu,C6H14 = 44.75 MJ/kg,炭素 C, MC = 12.0, Hu,C = 32.81 MJ/kg となる.燃料の発熱量Hu,Fuel = 44 MJ/kg くらいであろう.

 気体成分 i のモル分率 は上の図のような測定結果に H2O 除去の影響を補正して与えればよい.固体として扱われるすすの量はスモークメータなどが与える数値から質量分率を評価し,質量流量へ換算するなどして与える.

 このようなことで得られたであろう燃焼効率の実験値例*2 を右の図に挙げる.火花点火機関は赤菱形,ディーゼル機関が緑四角中抜のマークである.ディーゼル機関での未燃分はすべてすす Soot であると思われる.

 *2 Haywood, J. B.: "Internal Combustion Engine Fundamentals", p. 82, (1988), McGraw-Hill



 エンジンを設計するにあたって,また通常のエンジン制御に,この燃焼効率を予め与えておく必要がある.そういうときの一例を右図*3 に示す.上の燃焼効率をほとんどそのまま引き継いだようなものになっていて,意味は同じである.ただし,横軸の目盛が互いに逆数関係にある.こちらは火花点火機関のためだけのものなので,希薄側は空気過剰率で 1.3 までである.

 "Oxygen Deficit" とあるのは,酸化剤不足により OAU No. で言うところの,

(C1H2)n + nO2 --> nCO + nH2O

のごとく,供給された空気により燃料のなかの水素分は 100 % 酸化されるが,炭素については CO にまでしか酸化が進まないというような状態のことである."Water Gas Shift Reaction" はいわゆる "水性ガス反応" のことであり, CO2 + H2 <--> CO + H2O なる,両辺共に既生成物 (H2O or CO2) と未燃成分 (H2 or CO) を含み,右辺から左辺,左辺から右辺へと状況に応じて進む反応の寄与により,H2O の幾分かが H2 へと還元される."水性ガス反応" については別のページを用意する.


 表示は下記のごとくで,Sin(0) から Sin(π/2) を乗じて,量論比付近に丸みを付けている.


この表現には なる制約がある.γ0 = 0.373, γ1 = 1.373 と与えられている.λ1 = 0.95 において ηcomb = 0.931, λ2 = 1.0285 において ηcomb = 1 となる.量論比においては ηcomb = 0.989 である.どういう実験結果をもとにこういう数値が呈示されているのかについては説明されていない.

 *3 Guzzella, L. and Ondor, C. H.: "Introduction to Modeling and Control of Internal Combustion Engine Systems", (2004), p. 72, Springer. ISBN 3-540-22274-x.


 このようにやって来ても,隔靴掻痒の感を免れない.Engine-out 排気組成分析は,膨張行程,排気行程,さらには排気管内での酸化反応を経た結果である.Q1 = ηcombHu,Fuel と書いて差し支えない燃焼効率 ηcomb とは仕事 W への変換に寄与できる割合を言うのである.それを知ろうとしたのであるが,ηcomb = 1- (Hu, Incomplete / Hu,Fuel) とおいた段階ですでにその意味から乖離していたのである.もちろん,Engine-out 排気組成は大気に放出される有害物質の評価という点で意味があることは言うまでもない.Guzzella & Ondor の上図は仕事への変換に寄与する割合という認識である.

 これについての数少ない回答のひとつは下に示す Cheng らの見積もり*4 である.Engine-out 燃焼効率は 0.98 であるが,仕事への変換に使われる分は 0.91 になっている.ここに挙げられている数値がどこまで確定的なものであるのかは分からないけれども,燃焼効率はおおまかには 1 であるとばかり言っているわけにはいかない.



 *4 Cheng, W. K., Hamrin, D., Heywood, J. B., Hochgreb, S., Min, K., and Norris, M.: "An Overview of Hydrocarbon Emissions Mechanims in Spark-Ignition Engines", SAE Paper 932708, 1993


 予混合圧縮着火機関 Homogeneous Charge Compression-Ignition Engine, HCCI の燃焼効率 については次のページで.



 Still not fixed.


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