燃焼効率,Combustion Efficiency,続き
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HCCI の燃焼効率
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 往復ピストン式エンジンの世界では永く燃焼効率は 1 に近いということで済ませてきたのであるが,予混合圧縮着火機関 Homogeneous-Charge Compression-Ignition Engine, HCCI が近未来のエンジン燃焼の一形態として期待されるようになって以降はもうそうは言えない.かなりの空気過剰か,あるいはしっかり EGR をかけて,"希釈 Diluted" 状態,つまり,チャージの全量に比較して,従来の予混合燃焼の概念とはかけ離れて燃料量が少ない,そういう混合気を圧縮着火させて燃やすので,火は着いたとしても全量が完全に燃え切らず,CO, HC, Oxidized HC, 燃料の一部などが排気へと持ち来される.火炎伝播では燃やすことができないこうした "希釈 Diluted" 混合気をも,圧縮着火でならそれなりに燃やすことができるからこそであるけれども,完全燃焼させることはなかなかできない.

 HCCI ではノッキングと同じ着火形態なので,混合気の "希釈 Diluted" 程度が高くないと着火時の圧力上昇率が実用運転限度を超えるという問題がある.そのこともエンジンの成立要件として重要であるが,それ以前に燃焼効率が 0.9 を切るような燃焼では,昔ならともかく,現在では実用エンジンとなり得ない.まずは,燃焼効率の確保である.

 右の図は総括当量比 φ=0.1 と伝播限界以下に希薄な HCCI 運転での燃焼効率である*1.横軸は燃料噴射開始時期であり,圧縮終り上死点から数えられている.-180o が下死点であって,右のデータは圧縮行程中に燃料が噴かれたときのものである.

 "Model" とあるのは SIRDM, Spray-interactive reduced dimension model を KIVA 3V Code に組み込んで計算した結果であるという.計算結果としては燃焼効率の他に,圧縮上死点における混合気濃度が示されている.-50o aTDC 噴射時の圧縮上死点濃度分布にはシリンダ壁近くに掻き揚げ渦が生じている.

 *1 Dec, J. E., and Sjöberg, M.: "A parametric study of HCCI combustion - The sources of emissions at low loads and the effects of GDI fuel injection", SAE Paper 2003 01-0752, (2003).

 ここにいくつかの図を挙げるけれども,その図に記載されているものすべてそれで良しと諒解してのことではない.実験結果は人為で左右されない,言わば "神の領域" である内容を片鱗ないしはかなりの程度に含む.しかしながら,それをどう解釈するかというのは人為である.ここに図を取り上げるのは,後者;人為である解釈までをも納得してのことではなく,主として前者の実験結果を示すためである.計測はいまや装置産業の風情を呈しており,物量なくして結果なしという状況にある.それ故の良い計測も少なくない.一方で,測ることだけに意義を見いだし,そこから得られる意味を充分掘りだせていないことがしばしばである.

 上の図を例にとると,人為が入る可能性が比較的小さいということから,燃焼効率の実験値 (赤四角印) はほぼ受容できる.燃料噴射 -50o aTDC で燃焼効率は 91 % である.

 図には示されていないが,燃料噴射 -30o aTDC 以降なら通常のディーゼル噴射であるから,燃焼効率は 99 % にはなる.そこから -50o aTDC 噴射,燃焼効率 91 % を見るとき,シリンダヘッド側 (がわ) 一面水平に濃い混合気,ピストン長面側環状に薄い混合気という計算結果をそのまま受け入れることができるであろうか.それ故かどうか,計算での燃焼効率は 80 % に留まっている.他方,-120o aTDC 噴射時の濃度分布計算ではシリンダ壁に沿った幅広の環状部の濃度が低い.この計算では,Swirl, Tumble, Squish などが混合に及ぼす影響はほとんど入っておらず,掻き揚げ渦だけが効いている.乱れの効果も弱いようである.これが人為である.こちらをそのまま奉る必要はない.燃焼効率について,計測と計算とで傾向が一致しているから計算が合理的とは言えないし,現象を代表しているわけでもない.別のページに吸入行程でのことながら,シリンダ内での 混合 がどのように進むかを示す.

 ディーゼル HCCI 運転で,燃焼室内に存在する未燃 HC や CO の濃度が測定されている例*2 を右に示す.GM の 1.9-liter を改造したエンジンで,燃料噴射圧は 860 bar である.回転速度は 1,500 rpm,未燃成分の最も少ない燃料噴射時期は 上死点前の -20o という.上死点後 50o aTDC までピストンが下がったときの濃度が 230.09-nm の深紫外光による PLIF 法で得られている.C2 (partially burned) とあるのが C2H4, C2H2 などの未燃 HC であり,PAH は燃料そのものに近い前すす物質である.キャヴィティを持つ通常のディーゼル機関ピストンとシリンダヘッド間の縦断面が観測視野であり,キャヴィティ内のデータはない.シリンダ壁の極近傍は Cut されている.

 上死点後 50o aTDC でこうした未燃成分が存在すると,それ以降に燃えるということはあまり期待できないし,仮に燃える,ないしは酸化されるとしても,そういう発熱は 等容度が低い から仕事への変換にはあまり役立たない.つまり,50o aTDC でこれというのは Excessive-Lean Bulk Quench が起っているということである.


 併せてシミュレーションがなされているけれども,実験結果とはほとんど合致していない.計算で比較的 CO や UHC 濃度が高く出ているところと正反対のところに実験での高濃度部位がある.計算ではキャヴィティと Squish の効果が見られるのに実験にはそれがない.逆に,実験の側から見ると,シリンダ円筒形部分とキャヴィティ内とが繋がっているのは 4.5-bar IMEP の場合のみであり,残り二条件ではキャヴィティとの連続性がないかのような結果であり,実験の精度も疑われる.見えないキャヴィティ内を除けば,燃焼室内に未燃分の多い塊が最大でも 4 個しかない.HCCI の "H" は Homogeneous なのに,本当にこうなのか.50o aTDC でそこまで同族が集まってくるのか.集まるとするならそれはなぜか.空間分解能は充分あるのか.

 図示平均有効圧,つまり負荷を振ってこうした未燃成分の濃度を調べた実験結果が右の図である.平均有効圧が上がるに従って噴射した燃料の量が増し,平均当量比が量論の側へと躙り寄る.図示平均有効圧でせいぜい 4.5 bar なので,それでもまだ充分に薄いが,燃料量を増やすに従ってかなりの程度まで燃えるようになる.それでも Excessive-Lean Bulk Quench が生じているということに変わりはない.Known. What's new?

 これに対する処方は,場の温度を上げる,場の圧力を上げる,燃料量を増やすなど,既知の手法が浮かぶだけである.もちろん,論文の中で何らかの別の処方が呈示されているわけでもない.

 なぜディーゼルと同じようなキャヴィティを持った可視化機関でなければならないのかといった疑問もある.基礎的なところが不明確な段階で,複雑な系を扱う必要はないのではないか.まだ実機へと繋がる段階には至っていない.

 ここから得られる知見はごく僅かであり,与えられた燃料をきれいに燃やすという未実現を実現へと進めるための指針に乏しい.下手な実験,下手な計算と言うよりない.多大な物量が投じられているのに残念なことである.ここでは,表題とした "HCCI の燃焼効率" を画像で示すためにこのデータを挙げた.その役割だけは果たしているのがせめてものことである.画像があると,いかにもそれらしく感じられるかもしれないが,「HCCI の燃焼はこの程度に良くないのですよ」という以上に信ずるべきものは何もない.

 *2 Miles P. C.: "Sources of UHC and CO in Low Temperature Automotive Diesel Combustion Systems", Directions in Engine Efficiency and Emissions Research Conference ", DEER 2010, Sept., 2010.

 Be polite を心がけているが,この項目についてはそこから外れたかもしれない.


 HCCI はどういう領域でなら成立するのかを模式的に示したのが下の図*3 である.理解を容易にするため,元の図を僅かながら描き換えてある.縦軸,横軸ともに数値が入っているが,定量性のあるところもあれば甘いところもある.圧力依存性も示されていない.しかし,HCCI の性格は大枠でよく説明されている.

 横軸は圧縮終りの混合気温度 TU,縦軸は燃えたあとのガス温度 TB である.右下の斜めの直線は横軸と縦軸が等しいというものなので,現象そのものがない.ならびにその下側も当面は意味がない.混合気の当量比がパラメータになっていて,混合気希釈としては,空気で希釈された希薄 Lean が想定されているだけで,EGR 希釈はこれには直接には出ていない.

 この図の,HCCI 成立を拘束する上下左右からの四条件の表し方が秀逸である.反時計廻りに,1) 圧縮終り温度が低いと自着火が起らない,2) 燃焼温度が低い条件では着火しても燃え終わらない,3) 初温度が高いと着火・燃焼の位相が早期に過ぎる,4) よく燃えるように混合気濃度を上げていくと NOx が出る.

 通常の火花点火機関に関する拘束もあわせて描かれていて,1) 燃焼温度 1760 K 以下では火炎伝播が続かない,2) 初温度が高いとノッキングが起る などである.NOx が出ることについては後処理しているから拘束ではないことになっている.また,火花点火では圧縮終り温度が低いときの拘束はとりあえずは無いから,二方からの拘束でしかないという表現になっている.

 図の正面,真ん中に成立領域を長方形で置くというセンスには脱帽する.この図が表す意味はまず,HCCI の拘束条件をすべて満たす領域 (薄緑の長方形) は狭いでしょうということである.火炎伝播では燃やせないところに対応していることも表れている.一方,火花点火機関の成立条件も決して広いわけではないが,火花点火機関はもともと量論比 φ=1.0 の直線上付近の想定であって,調整は "絞り弁" に任すというものである."絞り弁" があるなら,この Map 上の例え一点であろうとも差し支えない.示されていないけれども,「HCCI では"絞り弁" はない」というのも拘束条件なのである.HCCI の拘束条件は五つあるとも言える.しかし,ディーゼル HCCI はともかくも,ガソリン HCCI では "絞り" は早くも持ち込まれている.邪道かどうかはここでは言わない.

 上の Map にある Knocking Limit の赤線と HCCI 成立領域の薄緑長方形 とはうまく繋がれてはいないが,そこが過大圧力上昇率との接点である.もう一段奥を読むなら,四つの拘束を厳格に守れば,HCCI で過大圧力上昇率という問題は生じないと述べているとも言えるし,いずれにせよ HCCI なのだから圧力上昇率は高いですよ と述べているようでもある.

 このように,ここで薄緑の長方形で与えられる成立条件,ならびにその周りの四つの拘束条件は "既知 Known" である.上に挙げた Miles の計測結果は 2) の拘束を主に扱い,そこに混合気濃度;当量比 φ 条件を加えただけのものであるから Known なのである.この長方形のある一辺がシフトして HCCI の適用範囲が拡がったという論文を読むとき,この四拘束をすべて満たしての面積拡大なのかどうかを検証しながら読み進める必要がある.どこかひとつが拡がったとしても大抵は他のどこかの拘束が破綻しているから.

 上の Map に示されている特性を何度も何度も再確認したとしても前に進むことはない.拘束から脱却できる見通しが示されてこそ有用なのであって,いま期待されているのはそこである.けれども,予混合圧縮着火の考え方や手法は,使えるところにはすでに使われており,この長方形の面積を大幅に拡大しようとするのは人間の欲ではないかと思われる.

 *3 Babajimopoulos, A., Lavoie, G. A., and Assanis, D. N.: "On the Role of Top Dead Center Conditions in the Combustion Phasing of Homogeneous Charge Conpression Ignition Engines", Combustion Science and Technology, 179-9, (2007), 2039-2063. Lavoie, G. A., Martz, J., Wooldridge, M. and Assanis, D. N.: "A multi-mode combustion diagram for spark assisted compression ignition", Combustion and Flame, 157-6, (2010), 1106-1110

 

 Still not fixed.


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