ドイツ映画

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 もう何十年も映画館に行ったことはないほどであるから,映画についてコメントするのはおこがましい.けれども,1920 年代欧州の不安定な世上の下において,特にドイツにおいて文芸,音楽,絵画,建築,意匠,演劇の諸活動がかくも旺盛になり,ある豊穣さに達したのはどのような下地からもたらされたのかということについて興味をもって眺めてきた.Martin Heidegger, Walter Gropius, Ernst Kirchner, Emil Nolde, Arnold Schönberg, Alexander Zemlinsky, Kurt Weill, Bertolt Brecht らを.そうした過程で,捜して捜してようやく入手できて見た,というものやら,捜している途中で別のものが見つかったからそれを観た,というようなことになっているので,心覚えに書き付けておくことにした.




"Mädchen in Uniform" 1931 制服の処女
"Mädchen in Uniform" 1958 制服の処女

 前者 1931 年のものは総延長 97 分という記載をいくつかの Site に見られるのであるが, 当方が見たのは Fully Original と謳われた 83 分のもの.Amazon で売られているものも同様に Uncut のような惹句付きながら,やはり 83 分.我国で 1933 年度 (昭和 8 年度) キネマ旬報ベストテン 1 位であったという.雑誌がどんどん休刊になるなかで,キネマ旬報がいまも健在であることに驚かされる.

 Über ein kurzes !




"Im Winter ein Jahr" 2008,冬の贈りもの

 特に選んでこの映画を見たというわけではなく,偶然出てきたのを見たのであるが,悪くなかった.我国では,ドイツ映画祭 2009,10月15 - 18日,新宿バルト 9 で上映されたとのことである.そのときの邦題は『冬の贈りもの』,英題は "A Year Ago in Winter" となっているが,原題の方は,英題の意味する "一年前の冬" というよりは,"一年経ったこの冬" というニュアンスであると思う.映画は雪がちらつき始めた前年の十二月から始まって,一年が経過し,街がクリスマスのための売り出しで賑わうようになった時期に,やはり雪がちらつき始めた場面で終わる.監督は Calroline Link.

 画面や台詞で表立って示されているわけではないが,この Web Site 内にある "時間を割いても行きたい店,国外編" のページに載せた München の店 "Loden-Frey" に幾分関係する筋書きになっていると思われるのでここに記しておく.最後の方,映画が九分目あたりまで進み,22 歳の娘 Lilli Richter が,画家 Max Hollander との付き合いを経て,母親 Eliane との精神的葛藤を解きつつある時期に,夜,Tram に乗って帰宅するシーンになる.車内からの情景で,右手にレストラン Spatenhaus an der Oper の電光文字が見え,そこは Marienstraße.左に曲がって Theatinerstraße に入ったところで歩道を足早に歩く母親の姿を車内から認める.すぐに右 Maffeistraße への曲り角になり,Zara の名前がある.#19 の Tram を東から西に "Pasing (Marienplatz)" 行きに乗っているとはっきり分かるのが下の,外部から見た Tram 後部の画面であり,乗客としての Lilli の顔が写っている.

 このあと,場面が変わって場は母親の自宅,留守番電話を取り上げると,

Mama, ich bin's, Lilli. Ich habe aber den Mantel nachgedacht.
Du wolltest doch mit mir einkaufen gehen.
Ach, vergiss den Scheißmantel, Mama. Eigentlich...
Ich wollte nur sagen, das wird schon wieder. Ja?
Das wird wieder gut.
Gute Nacht.

「コート Mantel を買いに一緒に行ってくれない?」「きっとまたうまくやっていけるわよ」となって,これまでの頑な心をここで開く.ディスプレイデザイナとして辛さをおして働いている母親の姿を車内から垣間見てのことであるが,これの前段階で母娘ともに,鬱積した心の内をそれぞれ別々の方法で払拭していることもここへ誘われる運びになっている.

 上の Tram はガードをくぐり抜けようとしている.そこを反対側から昼間に見たのが下の写真なのであるが,ガードというのは道を隔てた建物間をつなぐ渡り廊下 Überfühlung で,そこをくぐったところに Loden-Frey の店がある.そのことを München に住む人なら知らないわけはない.「母親とコートを買いに行く」というのは,母親の姿を離れて見たすぐあと,Loden-Frey の横を Tram に乗って通って生じた気持ちの動きに相違ない.上の画面では,ガードの向こう側,左手にある二階の明るい建物が Loden-Frey である.下の写真では右手前に位置する.


 München をは何度か訪れているが,たいていは二泊三日程度である.最も長くいたのは何時だったかと調べたら,Twenty-first Symposium (International) on Combustion at the Technical University of Munich, West Germany, August 3-8, 1986 と出てきて,そのときには九日間いた.Marienstraße から Theatinerstraße にかけては高級店が立ち並ぶ München きっての場所である.このあたりに多くの用があるわけではないが,写真の無い時代の Etching, Ätzung を扱う店が,互いに離れてはいるものの,そこに二軒あるので,行けば必ず立ち寄って何かを購う.#19 の Tram は四両連結.München の Tram は基本的に 10 分間隔で運転されている.

 映画最最終局面での,クリスマスの贈物であろうか,いくつか買物袋をかかえた主人公が夕刻の空を見上げると雪が舞い始める.背後の建物には Wormland の文字が明るく浮かび,そこが Marienplatz と知られる.Theo Wormland のビル上部にはかの "CAFE RESTAURANT GLOCKENSPIEL BAR" なるネオンサインが.(Glockenspiel 仕掛け人形の付いた鐘楽時計 を売っているわけではなくて,Glockenspiel というのがレストランの名前.Cafe や Bar も併設されている.そこに入ってそれなりの席をとれば,上から覗き込むようなかたちで新市庁舎の Glockenspiel が見える.)

 ・ 画家 Max Hollander の Hollander は苗字であると思われる.オランダ人なら Holländer であるから.
 ・ 母親 Eliane Richter 役の女優は "Der Untergang" 2004 に Goebbels の妻 Magdalena 役で出ていた人.
 ・ この映画の監督 Caroline Link の以前の作品として:"Nirgendwo in Afrika", 2001.これは大分まえに見ていた.
 ・ Tram の行き先 "Pasing (Marienplatz)": の Marienplatz と München の繁華街 Marienplatz とは別のところ.München 郊外 Pasing には S-Bahn の駅があるが,Tram は駅前までは行かず,Tram の終点から駅までは少し歩かないといけない.その Tram の終点が Pasing (Marienplatz).




"Der letzte Zug" 2006,アウシュビッツ行最終列車

 ドイツに行ったときには "Spiegel" という週刊誌を買う.正しくは Der Spiegel というのかもしれない.我国で刊行されている週刊誌とは大幅に異なり,大衆向けではない.どこの書店でも行けば必ずあるので,発行部数はそれなりにあると思われる.百万部を越えているとも聞いた.これを読んでいる格好をすれば,とりあえずは一廉 ひとかど の人物と看做される.紙も良いし,ページ数も何倍かある.たいてい二百ページはある.Time/Newsweek のように薄くはない.やや左寄りなのに保守という論調,内容はかなり高度,ないし偏屈で,文章には特有のひねった表現法が駆使されている.往き復りの航空機,Lufthansa では Economy Class の乗客には頼んでもたいていは持ってきてくれない.Austria 航空ではもともと積んでない.自分で買って持ち込めば長時間の退屈を免れる.2006 年 11 月のある号にこの映画の批評が載っていて,そのときからずっと気にかけていた.

 正視するに耐えず,目を逸らさざるをえない局面がなんども出来する.Spiegel の講評は "nicht naiv, sondern mutig, nicht romantisch, sondern realistisch" 剛胆かつリアル.

 1943 年 4 月 19 日,当時ベルリンに住んでいたユダヤ人 688 人を Berlin-Grunewald 駅 17 番線から Auschwitz へと移送した最後の列車の目的地に到着するまでの経緯がこの映画の中味である.Berlin-Grunewald は Berlin から鉄道で西もしくは南西方向へ向かうときに必ずというほどに通るところなので,いつも注視しているが,いまは閑散としている.右の画像はこの映画に出てくる Berlin-Grunewald 駅 17 番線.

 ポーランドの首都ワルシャワに Umschlagplatz 記念碑というのがあり,かつてワルシャワではそこが Berlin-Grunewald 駅 17 番線と同じ機能を果たしていた.Umschlag とは荷物を積み替えるという意味である.人間として扱う気はさらさらないことを如実に示す命名である.

 我国では程度の差こそあれ,民の高齢化率が高まっているのはどの地域でも起っていることで,その上に過疎化や公共交通機関路線廃止,多くは民間が運行するバス路線の廃止などがあれば,自分で運転できない高齢者の移動手段をどう確保するのかと地域で議論される.そういうときに,「高齢者の "移送"」などという言辞が飛び交う,あまりの無神経さにしばしば戸惑うという状況にある.移送 Verschickung とくれば,そのあとに,根絶 Ausrottung,絶滅 Vernichtung などと続くという思いにとらわれる.

 ・ Auschwitz や Buchenwald を訪れたときのことは ここ に.
 ・ Berlin-Grunewald 駅 17 番線 のことは,「ベルリン〈記憶の場所〉を辿る旅」アンドレーア・シュタインガルト Andrea Steingart 著,谷口・北村・爲政・南・進藤 訳,昭和堂 (2006年4月), ISBN: 4812206014, 2,200 円+税 の中の "テーマ #15: 17 番線 - 死への始発駅" に出ている.そこで紹介されている碑に刻まれた文字が映画の導入部で見られる.

 これと同じように,パリから移送されるという題材を扱ったフランス映画がふたつ 2010 年に公開されている.ひとつは "La Rafle", 2010,英題:"The Round Up",邦題:『黄色い星の子供たち』.仏題,英題ともに "一斉検挙" という意味.もうひとつは "Elle s'appelait Sarah", 2010,英題:"Sarah's Key",邦題:『サラの鍵』である.双方ともに英語字幕付きで観た.

 La Rafle" とは "La Rafle du Vél' d'Hiv","ヴェル・ディヴ大量検挙事件”のことである.1942 年 7 月 16 - 17 日にフランス官憲によって行われた.上述のベルリンからは 1943 年 4 月のことであって,それら前後関係にも注目すべきである."Vél' d'Hiv" は "Vélodrome d'Hiver" (ヴェロドローム・ディヴェール) の略称で,パリ 15 区にあったフランス初の屋内自転車競技場のこと.ここと "Le camp de Drancy" (ドランシー収容所) の二箇所に分けて収容され,その後 Le camp de transit de Beaune-la-Rolande, Loiret (ボーヌ・ラ・ロランド) へ,さらに Auschwitz-Birkenau へと送られた.前者の映画では最初の移送駅として Gare d'Austerlitz が,またその先のボーヌ・ラ・ロランド中間収容所までが出てくる.ユダヤ人に関連する収容所としてフランスには Drancy, Beaune-la-Rolande の他に Pithiviers もあった.こうしたことから Drancy が出てくると私には 藤村 信のバルビイ裁判 へとつながって行く.後者の映画にも示されているように,政府による関与があったことは 1993 年に認められ,1995 年の G. R. Chirac 演説へと進んだことが思い起こされる.我国では『黄色い星の子供たち』は 2011 年 7 月劇場公開,文部科学省選定映画と聞くとちょっと引いてしまう.『サラの鍵』は 2010 年 10 月 の映画祭に出品され,2011 年 12 月に劇場公開される模様.

 オランダ,アムステルダムからの移送については,『ナチスの犬』"Süskind", 2012 がある.ヴェステルボルク通過収容所 "Durchgangslager Westerbork / Kamp Westerbork" が出てくる.アムステルダムで使われた駅は Station Muiderpoort らしい."NS": Nederlandse Spoorwegen / Dutch Railways はもちろん移送に協力した.




Jud Süß 関連

 "Jud Süß - Film ohne Gewissen", 2010 (題の意味は "ユダヤ人ジュス - 誠実さに欠ける映画", Official Site は ここ.)
という映画がベルリン映画祭で新たな議論を巻き起こしているとする "Stern" の 2010 年 2 月 19 日付けの 記事 を読んだ."Stern" も "Spiegel" と並ぶ総合週刊誌であるが,"Spiegel" に較べると大衆的に振ってある.この映画はまだ見ていないが,下に書いた,そのもとになっている "Jud Süß", 1940 なる映画がこの映画 "Jud Süß - Film ohne Gewissen" の表題である.

 その "Stern" の記事によると,もとの映画はナチスの典型的なユダヤ排斥プロパガンダ映画とあり,2000 万人がこの映画を見たとされる.それの監督が Veit Harlan.そのとき Jud Süß を演じた役者がウィーン生まれ,オーストリアの俳優 Ferdinand Marian,当人はユダヤ人ではなく,この役に就くのを渋り,ユダヤ人らしくは演じないとの意図から,メークアップ無しの地のままであったという.1946 年にミュンヘンにて飲酒運転で並木にぶつかって死んだとある.この役を演じたことで生涯それがトラウマに近いものになっていたらしい.2010 年の新しい方の映画では旧映画に出た俳優 Ferdinand Marian 役を俳優 Tobias Moretti が演じるという二重構造になっている.Goebbels 役は Moritz Bleibtreu,監督は Oskar Roehler.

 そこからの派生で,話題のもとになっている "Jud Süß", 1940 を捜して入手できたので,こちらをまず見た.アーリア人の娘のフィアンセを拷問して,呻き声を聞かせて娘に関係を迫り,そのあげく入水に至らせたところが,"Stern" の記事では特に指摘されているところである.宣伝相 Goebbels の目論見はまんまと成功し,これがなかったらかの 最終解決 Endlösung へ行くことはなかったのではないかと言っている.

 さらに,そこからの関連で,映画監督の Veit Harlan の動きを追っている "Harlan - In the Shadow of Jew Süß", 2008 という,おもに当人の子孫へのインタヴュで構成されている映画を見た.こちらでは,旧映画の監督 Veit Harlan や宣伝相 Goebbels の姿はそのまま本人のものが出てくる.Veit Harlan という人は実に艶福家であり,妻を次々と変えている.Casper Harlan: son of Veit Harlan and Kristina Söderbaum は三番目あたりの妻とのあいだの息子であるが,活動家と記されており,かつて住んだ Klein Gusborn という場所へ出かけて家族そろって写真を撮る場面がある.Klein Gusborn は Gorleben の先にある Gusborn の一地域であることが見ていると分かるが,そこに常に赤信号が灯った閉鎖施設がある.それが何であるのか,活動家というのと繋がっているのか,気になって仕方がない.これの監督は Felix Moeller.

 1940 年の旧映画については,飯田道子:『ナチスと映画』ヒトラーとナチスはどう描かれてきたか, 中公新書 1975, 中央公論新社, (2008), ISBN 978-4-12101-975-2 の pp.119-122 が参考になる.




"Das letzte Schweigen" 2010,23 年の沈黙

 我国の映画館ではまだ公開されていないが,DVD は発売され,Rental もされているとのことである.その邦題は『23 年の沈黙』となっている.原題には "23 年間の" という意味は含まれていない."letzt" は普通 "最後の" という意味であるが, "最近の" という意味もあり,この映画のタイトルでは,"最後までずっと (明かされないままとなった)" と取るのがよいと思う.もちろん,自害することが最後の沈黙であるという解釈もあろう.字幕無しで,乏しいドイツ語理解で見たことであるから,以下の記述には幾分の誤りが含まれている可能性がある.監督は Baran bo Odar.

 1986 年 7 月 8 日に人気の無い麦畑のなかの一本道で起った少女暴行致死・死体遺棄事件と,同じ場所で同じように,ただし 2009 年という 23 年経過した後の同月同日に生じた事件についての関係者の葛藤と真犯人が逃げ果 おお せた様が描かれる.なんとも救いのない内容ではある.

 1986 年の事件については,真犯人が Peer Sommer という共同住宅管理人中年男であることは最初からはっきりと呈示される.そのとき,共犯とまでは行かないが,経緯を目撃していた大学生 Timo Friedrich が真実を明かさず沈黙していたというのがタイトルの言うところである.色褪せた赤色の Audi 80 B2 が真犯人の 1986 年のときの車である.後者 2009 年の真犯人は,推察は容易にできるようになっているものの,最後の最後まで明確に提示されない.

 しかしながら,後者の真犯人の車は銀色の Nissan Primera P12, 5-Türer mit Heckklappe (5-door Hatchback) であることは早い段階から画面に現れる.右の映像がおそらくその最初である.これ以降もこの車の運転者の顔が見えることはない.夜間の犯行ではヘッドライトの形状でこの車であることを観る者に知らしめる.

 この現場がドイツ内のどこであるかは敢えて不確定にされている.車のナンバァプレートにある地域記号 Autokennzeichenn はここで出てくる車輌のうち一車を除いて他はすべて "FA",一車だけは "O" である.この Nissan Primera P12 も,暗くてやや見にくいが,"FA" から始まる.車の手前,歩道上に自転車が何台も止まっており,この自転車も事件の布石のひとつである.

 先に大学生であった Timo Friedrich は 2009 年には裕福な建築家になっており,彼の車 Volvo V70 Estate の地域記号が "O" であって,彼は過去を断ち切ろうと,事件現場である地域とは別のところで生活しているということがこうして示される.Autokennzeichenn "FA" も "O" も実在のものではない.けれども,1986 年に Audi 80 B2 が使用車であるところとして,かつて東ドイツに属していたところでないことだけは分かる.

 この映画では,関係者と車とが一対一に結びつけられていて,その人の社会的地位や経済状態を示唆する.上に記した以外にも,主任捜査官 Mattias Grimmer: Opel Insignia, 担当刑事 David Jahn: Mercedes C200K Avangarde, 1986 年の被害者 Pia の母親 Elena Lange: Citroën Ax, 2009 年の被害者 Sinikka の父親 Kari Weghamm: VW Passat B6というふうである.もっとも,捜査官や刑事は事件現場に仕事で乗り付けているから,Opel Insignia と Mercedes C200K Avangarde はともに Corporate Car であると思われる.


 表題の『23 年間の沈黙』が 23 年間続いて来たのは,1986 年の目撃者 Timo も真犯人と同じく Lolita-Complex 性向にあったからである.映像を映す小道具は 1986 年にはフィルム式 8-mm 映画であったものが,2009 年には DVD に変わっている.

 Timo が自分の Volvo に乗ったまま沼へと跳び込んで自害したことで,事件は社会的には解決に至ったとされる.妻に最近先立たれた担当刑事 David Jahn だけが,事件は単独の人間が係わっているのではなく,真犯人確定には関係者二人を結びつけなければならないと主張する.けれども,世の常ながら,そうは展開せず,誰かひとり,悪者にすべき人物が見いだせさえすれば,真犯人など誰であろうが関係ないという主任捜査官 Mattias Grimmer の役人ぶりどおりに進むし.1986 年の担当刑事 Krischan Mittich も Volvo が沼から引き上げられる様子を満足げに笑みを浮かべて眺めているだけである.担当刑事 David を補佐する妊娠中の女性刑事 Jana Gläser ですら,Timo 入水の報を受けて,直前に面談して "?" Mark を付けた Peer Sommer の名を容疑者リストから消してしまう.面談の折,既 すんで の事にナイフで刺されていたかもしれないというのに.

 最終で出てくる,2009 年の被害者 Sinikka の父母 Kari / Ruth Weghamm の姿がなんとも痛々しい.

 1986 年に赤い Audi 80 B2 が出てきたその同じ車庫に,2009 年には銀色の Nissan Primera P12 が入っていくという最後の映像でもって,後者の事件における真犯人が誰であるかを明かすという仕組みになっている.

 ドイツでは駐車の基本は頭から突っ込むという方式であって,日本とは正反対であることがこの映画でよく分かる.

 なぜ同じ月日なのか,なぜ同じ場所でなければならないのかについては,映画を見終わっても分かるわけではない.単に科白を聞き取ることができなかったからかもしれない.当人しか気づかない信号を送って,かつての同好の士をもう一度引き寄せようとしたのであろうか.孤独に耐えきれなくなってなしたのであろうことが,自分を含めたすべての人を孤独に陥れた.




"Wir Sind Die Nacht" 2010, We Are The Night

 Vampire (英,単数),Vampirin (独,女性,単数), Vampirinen (独,女性,複数) が題材.こういうのを好むわけではないが,ベルリンのあちこちが出てきたので終わりまで観てしまった.上に挙げた "Im Winter ein Jahr" 2008 に出ていた女優 Karoline Herfurth が主人公となり,Vampirinen の仲間にされて行く過程が描かれる.下の Shot は Spree 川を巡る遊覧船へ飛び降りているところ.左上の橋は Siemenssteg,北側の Am Spreebord から南向きに見たもの.Steg というのは車は通れない歩道橋であって,Spree にはこのタイプの橋が何本か架かっており,それぞれに趣きがある.Siemenssteg は Charlottenburg 地区にあり,ベルリン工科大学の化学研究所に比較的近いので,以前から知っていた.




"Hanna" 2011,ハンナ

 これはドイツ映画ではなく,アメリカ映画であるが,ベルリンの街区が出てくるという理由だけで観て,またそれだけの理由でここに挙げる.2011 年 8 月末に我国で放映されるというところ,その 40 日ばかり前に字幕なしで観た.

 下の映像は,主人公,16 歳の少女 Hanna の育ての親がバスでベルリンのターミナル Zentraler Omnibusbahnhof am Funkturm (ZOB) に着いたところ.このあと,S-Bahn Messe-Nord 駅へ繋がる地下道へ.ターミナル内部の掲示から,Rügen 島へ片道で 11 € などということも分かる.鉄道で行きにくいところへの利用価値が高かろう.運賃も格安である.


 主人公は人工的に機能強化された人間という設定になっている.目が浮いているところなど,若年なのになかなかよくやる.これに似たものとして,臓器提供だけを目的に育てられた人間というのに,"Never Let Me Go", 2010,邦題:わたしを離さないで,がある.



"Unknown" 2011,アンノウン

 2011 年 5 月上旬に我国でも公開放映された.これもアメリカ映画であるが,全編ベルリンだけで完結する.この Shot は Friedrichstraße 駅 南東側,ガードの上には 赤い長距離列車,それと直角に交わる路面電車,黄色い二両連結の車輌はかなり新しいものと見受ける.東京の山手線が真似たと言われているとおりの高架構造,配置である.この映画にはベルリン中央駅も出てくる.この映画には Bruno Ganz が出ている.

 Unter den Linden 77 の旧来のところで 1997 年に新装なった Hotel Adlon Kempinski も使われ,終わりがけにそこで爆発が起る.アメリカ映画ながら,"Grand Hotel", 1932 がこのホテルを舞台にしたものである.





"Lola Rennt" 1998, ラン・ローラ・ラン

 ベルリンのあちこちが出てくるという映画で落とせないのがこれである.上にベルリンの土地柄を生かした映画をいくつか挙げた,その続き.監督は Tom Tykwer.

 主要な場所のかなりが Mitte 地区内にある.1998 年に公開されているものなので,旧東ベルリン時代の面影がまだ色濃く残っている.改修工事途中のところも多い.著名な映画であるから,内容について多くを述べない.三幕からなり,それぞれの幕で,かっきり20 分しか残っていないという話の筋立てなので,かなり実消費時間に近い運びになっている.最初の幕で失敗しても,もう一度,またもう一度と,二回も最初からやり直しがきいたという人を食った構成である.三幕目で成功し,それも失ったのと同額が別途手に入ったというおめでた振り.始まってすぐ,Eliot の詩の下に "Nach dem Spiel ist vor dem Spiel", Sepp Herberger と出てくる.サッカー好きなら皆知っている句なのだろうか.サッカーやらコンピュータゲームやらを皮肉って愉しんでいる風情.

 題名のとおり,ローラという主人公がベルリンの街路を走るのであるが,映画では出発点から目的地に最短時間で走っている設定であるものの,土地鑑があって,画面から場所を特定できる人が見れば,最短経路を走っているのではなく,遠回りをしたり逆方向に行ったりしていることに気付くであろう.景観に特徴のある箇所が沢山出てくるし,街路名のいくつかを道路標識などから判読でき,そういうところなら,現実の場所としていまいるのがどこかを知ることができるからである.

 受話器をおろして,階段を駆け下り,走り出す出発点を自分では特定できなかったが,あとで wikipedia に Albrechtstraße と出ていることを知った.そこなら,S-Bahn Friedrichstraße 駅のプラットフォームから Spree 川を渡りながら北西に降りて,Ständige Vertretung (Stäv) の中を覗き,Arte Luise Kunsthotel へトランクを引きずりながら行く道沿いである.途中には Albrechtshof という建って百五十年は経ているホテルもある.出発点はおそらく Stäv のすぐ裏に位置するであろう.次の機会に確認しておく.


 しばらくすると,高架が大きくカーヴし,そこを黄色の電車が来る場面となり,そこ高架下へと走ってくる.

 地下鉄でありながらその大半を高架で走る U1 線は Schlesisches Tor 駅の東二箇所で大きくカーヴする,そのうちの川寄りのカーヴがこの画面である.Kreuzberg 地区に属する.そこからさらに Oberbaunbrücke の方向,東へと走って行ってこの橋も越えるから,実際の街路配置と映画で示したいこととは一致していないと分かる.現実の場所は Mitte からはどんどん離れて行く.この右の画面には,極々小さいのであるが,Lola の走っている姿が写り込んでいる.


 再び Mitte に戻って,通りは Friedrichstraße.地下鉄 U6 線の Französische Straße 駅の出入り口を南東から北西へと斜めに横切る主人公が見える.道路に中州のように駅の出入り口が設けられているのが特徴のひとつである.画面右手に見える Travel Service という店はいまは Reiseland になっている.場面移行の繋がりとしては適当な場所ではあるが,このあと左手に曲がって,Französische Straße を西へと走って行くのは,現実では次の場面と反対方向になる.

 主人公の父親が幹部を務める Deutsche Transfer Bank の所在地は Behrenstraße に設定されていると読める.実際にその場所にあの建物があるのかどうかは分からない.


 歌劇場 Staatsoper Unter den Linden の西隣は 1933 年,Nazi の焚書 Bücherverbrennung, Säuberung 事件で知られる Bebelplatz (旧 Opernplatz).この広場には建物が何もないので,一ブロック奥まったところからでも Humboldt 大学が真正面に見える.右にある映像のような,第二幕に警官隊が取り巻く局面があって,そうと知られる.ここももちろん Mitte である.

 二幕目でも成功には至らないのであるが,その最後に「リューゲン島で遺骨を撒いて」というような台詞がおかれる.Berlin Linien Bus でなら 11 € で行けることは上の Hanna のところで述べた.


 100,000 DM の現金を届ける場所は映画の最初に出てくる公衆電話ボックスやスーパーマーケットのある地点であり,そこには Tauroggenerstraße の標識がある.それに交差する通りは Osnabrückerstraße.このあたりへ行ったことはないが,Charlottenburg 地区である.上の Wir sind die Nacht に挙げた Siemenssteg にも近い.


 "Glück muß man haben!" つきがなくちゃね,と言いたいように見えるかもしれないけれども,それは主眼ではない.


 我々だってもう一度,時間を遡ってやり直せるものなら,もうちょっとうまくやるさ,ということではなかろうか.そのあたりにベルリンの土地柄,悔恨・慚愧の念が漂う.End Roll, Final Credit Title が上から下へではなく,下から上へ流れるのも時間を遡りたいからであろう.そこで "Nach dem Spiel ist vor dem Spiel" へと繋がる.全力疾走すれば時間を遡ることができると信じているかのように Lola は走る.

 主役をはっている女優 Franka Potente は我国に滞在していたこともあるらしく,日本の印象をまとめて,もしくは小説化して,昨 2010 年夏に "Zehn" という にした.これはまだ読んでいない.三枚組朗読 CD も発行されているとのことである.

 Franka Potente が出ている映画に以下の三部作がある.ただし,映画の中では彼女は二作目の中程で消されてしまう.

"The Bourne Identity", 2002
"The Bourne Supremacy", 2004
"The Bourne Ultimatum", 2007

 その前に "Anatomie", 2000 , "Der Krieger und die Kaiserin", 2000 というのにも出ている.これはこれでまた特異.




"Vom Suchen und Finden der Liebe" 2005

 我国で公開されたことがあるのかどうかは知らない.よって邦題も知らない.英題は "About the Looking for and the Finding of Love",題をそのまま訳すと「愛の探索と発見について」となって,あたかも哲学書のようであり,「愛を求めて彷徨い,ついに見いだした (見いだせなかった) ことについて」としてもぎこちない.この映画もまたベルリン関連.監督は Helmut Dietl.

 Christoph Gluck のオペラ "Orfeo ed Euridice",ドイツ語では "Orpheus und Eurydike" が下敷きになっていて,よく知られたアリア "Che faro senza Euridice,エウリディーチェがいなくて僕はどうしたらよいだろう" もピアノにつられてその歌唱が流れる.もっとも,先に死ぬ方と黄泉の国に迎えに行く方とがこの映画では逆である.振り返ってはいけなかったというのは再現されている *

 "Lola Rennt" に出ていた Moritz Bleibtreu がドイツ演歌 Schlager 作曲家 Mimi として Orfeo 役をやり,Euridice 役は,芽が出そうになく悲嘆にくれていたオペラ歌手の卵,Gretel.登場人物ほぼすべて,それぞれが多かれ少なかれ神経症を病んでいる.情緒不安定な人ばかり.

 Gendarmenmarkt に面した Konzerthaus Berlin が冒頭,中間,最後の場面で重要な背景として使われている.現実に Konzerthaus が流行歌公演の場となることがあるのかどうかはわからない.Pergamon Museum の階段や橋も冒頭と最後におかれ,ともに霙が降る.

 もう一つの Couple, Paar 音楽大学の教授 Theo と弁護士 Helena 夫婦が脇役となると共に,彼らが持つギリシャにある別荘がまた別の重要な場となっている.そこに冥府に繋がる井戸がある.

 Mimi は Gretel を Venusという名で流行歌歌手として世に出す.トントン拍子で歌謡賞も得て,Konzerthaus で公演が持たれる.だが,些細なことで常に喧嘩になる.映画に出てくる歌を聞くと,その声量ではもともとオペラ歌手は無理なこと素人でも分かる.

 七年後についに二人は別れ,Gretel は音楽プロデューサ Harry に走る.二人で行くのが Konzerthaus の北にある Borchardt,いかにもというレストランであり,実際ここの評価は上下に割れている.Hotel Adlon にも二人で泊まっている.

 傷心の Mimi を Theo は自分のギリシャの別荘にやるが,彼はそこで睡眠薬をウィスキーないしはラムで流し呑んで自殺を図る.この場面に "Che faro senza Euridice" が重なる.海上火葬がなされて,それをギリシャ僧と Theo らが岩場で見守る.命を落とした後はオペラと同じような展開となる.また別途,Theo には別荘の世話をしている羊飼いの娘 Kalypso がからみ,Helena には心理療法医がからむ.

 それにしても,現実と冥界との繋ぎ方がぎこちなく,どれとどれを重ね合わせようとしているのかが曖昧なため,結局,現実での悲劇と冥界から脱出できずに終わった悲劇との整合性に疑義が残って気分は晴れない.脚本を具現化する過程で監督が情緒に流され自己満足に陥っているのではないか.こういう映画では,参照している古典と渉り合えるほどに,考えに考え抜いたという状況がないといけない.

 先に DVD: EMI-2165779,オペラ "Orphée et Eurydice" (Berlioz's 1859 Revision):Magdalena Kozená, Madeline Bender & Patricia Petibon, Orchestre Révolutionnaire et Romantique, John Eliot Gardiner, Monteverdi Choir, Théâtre du Châtelet, 1999 を見ておいた.

 * 下の "都会のアリス" に出てくる町 Wuppertal,そこの Tanztheater Wuppertal を率いていた Pina Bausch の舞踊劇では,Gluck のオペラとは異なり,この映画と同じように,黄泉の国から甦ることはなく悲しみが残ったままという運びになっていた.映画が製作された 2005 年ころにはこうした公演もなされていたから,そこからも影響を受けていよう.

 Helmut Dietl は 1944 年生まれで,2015 年 3 月 30 日に亡くなっている.彼が監督した映画には "Schtonk!", 1992 や "Rossini", 1997 がある.迂闊なことながら,"Rossini" を観てその監督名を知り,ようやくこれらを関連付けられた.ほぼ同年代なので,身につまされる.




"Die Wolke" 2006,みえない雲

 2011 年 3 月 11 日に起きた福島第一原子力発電所の事故を受けてこれを捜して観た.字幕がなかったので,充分に把握できないところもかなりあったことを白状しておく.

 映画では事故を起こした発電所の名称は Atomkraftwerk (AKW) Markt Ebersberg となっているけれども,Frankfurt の南東,Bayreuth の西にあたる Schweinfurt のすぐ南,Main 河沿いに現実にある Kernkraftwerk Grafenrheinfeld, KKG が立地として想定されている.ここは Bayern の北西端である.Markt Ebersberg の名称は,病院で看護士が TV 受像機を運んで来て,スウィッチを入れたときのニューズ画面にある.Atomkraftwerk と Kernkraftwerk は我々には同義であって,どのように区別されているのかは分からない.

 使われている自動車のナンバァプレートにある地域記号 Autokennzeichen が "VB" であることから,主人公らが住んでいた町ないし村の名は特定できないものの,その生活圏が Vogelsbergkreis in Lauterbach, Hessen であると知られる."FB" のプレートを付けた車も見られるが,Wetteraukreis in Friedberg,すぐ南隣に属する.

 避難する途中で出てくる Bad Hersfeld の駅や,Schlitz の町を通る通らないの話などから,Fulda の西,Lautertal (Vogelsbergkreis) あたりが住んでいたところであると推定される.Bad Hersfeld の名は Schlitz の Marktplatz らしき広場から隣町への方角を示す黄色の表示板に出ていた.距離の数字は読み取れない.

 なお,このあたりには木組みの家が多く残されていて,Deutsche Fachwerkstraße に属している.近くに Deutsche Alleenstraße もある.

 「みえない雲」という日本語の題は適切ではない.Bad Hersfeld の駅に向かって黒い雲が迫ってくる,それが "Die Wolke" 「雲」という本題であって,見えないという設定ではないからである.エアロゾルと粒子が灰色の雲の正体,それが流れる方向とは逆向きに逃げなくてはいけないのに,そうしないから雲が迫ってくる.

 実際には剃っているのであろうが,頭髪がすべて抜け落ちたときの頭蓋が実に長頭型であることを改めて認識させられ,その姿にいたましさがいや増すのを感じた.

 1986 年 4 月に起きた Tschernobyl 原子力発電所事故 によって,特に 南ドイツへ もかなりの放射性物質がおおよそ西ないし北西向きの風に乗って到来した.Schweinfurt の発生源と Bad Hersfeld など被曝地との位置関係を見ると,その経験がもとになっているとが知られる.

 最初の段階で主人公の年齢は 18 歳に設定されている.ドイツの学制にはいくつかの筋道があるが,基本的に 6 歳で四年制の Grundschule に入る.その後,九年制の Gymnasium に行くとすると卒業は 19 歳になる.最近,車の運転免許年齢は一歳下がって 17 歳からとなったようだが,この映画が製作されたときにはまだ 18 歳からであろう.高校生が車を運転しているのは我国ではあり得ないが,映画の中で主人公の同級生が運転していることについて矛盾は無い.

 ドイツ映画ではないけれども,2011 年 3 月 11 日の福島第一原子力発電所の事故を受けて,"K-19: The Widowmaker" 2002 というのも観た.ソ連邦初の原子力潜水艦が 1961 年 7 月に実際に起こした原子炉の冷却剤漏れ事故を題材としたものである.沸騰水型原子炉ではなく加圧水型であるが,冷却剤漏れという点では似た状況である.

 これらに加え,"The Day the Fish Came Out" 1967 や "Into Eternity" 2010 も.

 さらに,仏・ウクライナ・ポーランド・独 合作であるけれども,2011 年に公開された映画:原題: La terre outragée,英題: Land of Oblivion,邦題: 故郷よ,慷慨 (こうがい) する地,失われた大地 など は原子力発電所事故を,Tschernobyl チェルノブイリの隣町 Pripiat プリピャチ という場所での 1986 年 4 月 26 日とそれ以降,住民数人のドラマとして描いている。我国には,第 24 回東京国際映画祭 (2011 年 10 月 22 - 30 日) で初めて紹介され,2013 年 2 月から劇場で公開される.




"Pingpong" 2006

 我国では 2007 年のドイツ映画祭で公開されたらしい.あらすじも少し書いておく.

 中流の上くらいの家族が夫婦 Stefan / Anna と息子 Robert の三人で住んでいる郊外の家とその庭,ならびに近くの森と森の中にある小さな湖ないしは池というのが舞台である.大半は家とその庭で展開される.登場人物はこの家族三人と夫婦の甥 Paul,それに妻が偏愛している犬 Schumann ,あわせて四人と一匹だけである.父親は一週間スペインへ出張で,一日早く帰ってはくるものの,初めと終わりの方にしか出てこない.時間経過もせいぜい 10 日間くらい.場所も人物も時間も狭い範囲に収まっていて,まるで舞台劇であるかのような構成であり,科白もかなり少ない.感情を凝縮させ,その揺れを描くことを主眼としているようである.しかし,息子の名が Robert で,飼犬が Schumann という名前という人を食ったところもないではない.ドイツのどのあたりなのかということも一切出てこないが,森の中の湖が硝酸系の物質で汚染されており,警告表示があったり,時折死んだ魚が浮いたりする様子から旧東ドイツに属する地域であることは示唆されている.登場人物にもその雰囲気が滲みでている.息子 Robert が Leipzig の Conservatorium に志願するというところからもそれがうかがえる.

 中流といえども我国とは異なり,家も庭も広く,調度品も整っている.敷地は五百坪くらいか.荒れたままになっているのは庭のプールと数本の果樹だけ.夏なので朝食は外のテラスでという優雅さである.Vollkornbrot や Brötchen 以外にも数種,Knäcke もある.ジャムも三種類くらい.そこに虻 (あぶ) が近づいてくるのがその後の展開を暗示する.Paul は年齢 16 歳に設定されていて,父親が自殺し,その葬儀の折,夏休みにはいつでも逗留してと儀礼的に言われたことを真に受けて,前触れも無くこの家族のもとに来る,そこから破局へと進むのであるが,たとえそういうことが無くても,この三人の,幸福を絵に描いたような家族関係は内実すでに破綻していたのである.父親の自殺が経済的な理由であったことも対比を際立たせ,Paul の破壊衝動を微妙に刺激する.

 自暴自棄気味な Paul が入って来て,四人それぞれのノイローゼ状況がが表に出てくる.Anna は犬の Schumann を溺愛し,犬の誕生日にケーキを用意し,Sekt で乾杯したりする.一方で,かつてコンサートピアニストであった栄光を息子 Robert にも強要する.この息子 Robert は自立心もないのにまたいけ好かなく,反抗だけはしっかり.そうしたなかで Paul とAnna とは「卒業, The Graduate, 1967」での Benjamin と Mrs. Robinson との関係に似てくる.押し付けられていたとしても,息子 Robert には自分の拠り所としてピアノしかなかったのに,受験の失敗からピアノも売り払われてしまう.Anna の慰みものである犬の Schumann を Paul がプールに落とす伏線になっている.

 夕食場面は二回だけであるが,他の三人は白ワインを飲んでいるのに父親だけはビールを飲んでいる.父親の話し方も落ち着いた大人のそれではない.息子が受験用に練習している曲はこれまた Alban Berg の作品 1.そりゃマァそれでいいのだろうけれど,この曲初演時の騒動を観客が知っていると前提されているのかどうか.この映画,ほとんどすべての面でこうやってこう試してみたというふうであるが,筋も映像も固くて充分にはこなれてはいない.ピンポンやプールの意味するところも制作者と観客とのあいだで一致するのかどうか疑問である.




"Alice in den Städten" 1973,都会のアリス

 ドイツ語の Stadt は確かに都会という意味を持つけれども,行政区画の考え方が我国とは異なり,小さな町も Stadt という.それゆえこの映画でも New York と Amsterdam だけが Stadt というわけではなく,Gelsenkirchen なども Stadt に入る.そういうことで,"都会のアリス" という邦題では "都会的なアリス" というような少し偏った意味を与えかねない."アリス - あちらこちら町を巡って" というくらいの題であると思う.もっとも英題も "Alice in the Cities" である.The Cities はどこが想定されているのであろうか.もちろん "in den Städten" と,四格ではなく三格なので,単にそこでということであって,そこへという移動の意味はない.

 ジャーナリスト Phil Winter が撮る写真には人が全く写っていない.撮った写真を横一列に並べてみても,どれもこれも同じ,どこのモーテルでもよく似たネオンサインがクルクル廻っているし,テレビ番組には知的なものは何ひとつない.自分のやっていることは,車で走る・道路沿いの Diner で食べる・モーテルで寝るの連続,それだけである.その結果,アメリカの生活様式や風俗を全面的に否定する*.アメリカに対しては鬱積と憧れとが同居する不可思議な感情を持っていたと想像される.我々日本人もそうであった.この映画はジャーナリスト Phil Winter なる脇役が主人公 Alice という少女を通じて自分の Identität, Identity を取り戻す,というはなしである.その過程で,自分の家というか居場所がないという,底に流れる不安感で双方がつながってくる,というはなしでもある.* それでも Phil が アメリカで巡った土地を逐一特定 している人もいる.

  Pan Am の全盛時代であり,ボーイング 747 が見える. カーター政権によって施行された航空規制緩和は 1978 年のことであるから,航空券がどれほどの価格であったのかとか興味はつきない.

 Phil と Alice の二人は Amsterdam から Düsseldorf あたりまでバスで移動する.Wuppertal には世界で唯一ともいえる懸垂式電車 Schwebebahn があり,それの Sonnborner Straße 駅で降りて Rutenbecker Hof に泊まる.Phil は Alice の祖母を見つけて Alice を引き渡すために Wuppertal で車を借りる.Phil はかつて子供の頃 Ruhr 地域で生活し,学校へ行っていたから土地鑑はあると Alice に言う,その車が Renault 4 (Quatre) ないし 4L (Quatrel) である*.このとき Alice が "Ein großes?" と尋ねるが,Phil は返事をしていない.この車は製造が終了して 35 年くらい経ったいまでもまだ熱狂的なファンに支持されている.ドイツでの呼び名は Der Vierer.実車を見るとかなり小さい.この時期,一般人では VW Käfer, Beetle の所有が多く,Taxi には Opel Kadett B が使われていると知られる.Essen, Oberhausen, Gelsenkirchen と巡って捜して行き,結局 Gelsenkirchen の Erdbrückenstraße に,祖母が住んでいて見覚えがあり,写真とも一致するその家は見つかるが,既に二年前にイタリア人の住人に変わっていた.このあと出てくる車は刑事が乗っている Mercedes Benz 230.4 くらいである.* この方面の識者に尋ねたところ,布のシートらしいから 4 (Quatre) と判断されるとのこと.

 この地域は石炭の採掘がなされ,Krupp, Gutehoffnungshütte Aktienverein für Bergbau und Hüttenbetrieb (kurz GHH), Thyssen などの製鉄所が立地している一大工業地帯であり,いま見ると裏寂れた感を免れないけれども,1970 年代はその全盛期ではなかろうか.

  München 行きの列車,車窓から外を覗くその窓の下に行き先を示すプレートの最終地名が読み取れないが,München が終着ではないように見える.一等車で,前から三輌目であることは分かる.列車の中で読んでいる Süddeutsche Zeitung に John Ford 死去:Verlorene Welt, Zum Tode John Fords の記事がある.亡くなったのは 1973 年 8 月 31 日であった.映画のなかで映画人を追悼している.芸が細かい.

 1973 年時点での US$100 の価値はおよそ 300DM, 1DM = ¥93 くらいであった.University of British Columbia, Saude School of Business, Pacific Exchange Rate Service で調べることができる.US$100 で Düisburg から München までの二人分の切符は賄えたであろう.しかし,当時,両替が簡単にどこでもできたかどうかは分からない.我国では規定の用紙に名前やら住所やらを書かされた上に,身分証明を求められた.外国為替及び外国貿易管理法,いわゆる外為法から管理という語彙が外されて規制緩和がなされたのは 1998 年のことであった.

 "Tanzträume - Jugendliche tanzen Kontakthof von Pina Bausch, 2010, ピナ・バウシュ 夢の教室" という映画も Wuppertal あたりの雰囲気を知るのに好適である.懸垂式電車 Schwebebahn も出てくる."Pina, 2011 ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち" という映画は Wim Wenders と Pina Bausch との永年の親交があってこそ生まれたものであるという.

Zurzeit unfestig!




"Die Fälscher" 2007,ヒトラーの贋札

 英題は The Counterfeitersで,原題のとおり,紙幣偽造者,にせ金作り.広く知られた映画であり,コメントしている人も多かろうから,ここではひとつのことを述べるにとどめる.ベルリンの北郊,Sachsenhausen 強制収容所,にせ金作りが働く仕事場の壁に Nazi の Slogan というか,Sprüche, Schlagwörter がいくつか,ひげ文字: Fraktur 書体で書き付けられている.ここではこれについて述べる.まず目に付く標語が "Jedem das Seine".2001 年 6 月にワイマール近郊の Buchenwald 収容所跡を訪れる機会 があり,そこの入口扉にある鉄のすかし文字がこの "Jedem das Seine" であったことから気かかるようになった.下,左側の写真がそれである."Soweit es an mir liegt, soll jeder das Seine nutzen und geniessen dürfen.", "To Each His Own", "Everyone gets what he deserves.", 「個人は己の分をわきまえて」などと解釈されているのを見た.紀元前 200 年頃,ローマに生きた カト・ケンソリウス Cato Censorius の発言がもとになっているとのことである.監督は Stefan Ruzowitzky.

 Jedem は三格 For everyone であり,直訳なら "各人それぞれにその人のものがある" というだけであるから,Das Seine は「それなりに生きて行くぐらいの糧は天から与えられる」というようにも読めるが,「分を弁えることが大切であり,奴隷なら奴隷らしく働け」というようにもとれる.この標語はごく最近までずっと実業学校などで使われていたらしい.上,右が映画の中に出てくる場面である.

 次の標語は "Mehr tun als die Pflicht befiehlt!", "Do more than duty demands!",「義務として課せられた以上の仕事をせよ」.出典は分からない.ドイツ民謡でも "Pflicht zu tun" などとしばしば出てくるから,義務という語彙に彼らにはあまり抵抗が無いのかもしれない.


 作業場となっている部屋が二つなのか三つなのかを,映画を見ているだけではおさえ切れない.それゆえ,ここに挙げた三つの標語のうち,どれが同じ部屋にあるのかは判別できていない.

 次いで "Mit Halbheiten wird nichts Ganzes gewonnen. ", "One does not win the whole with half-measures.",「中途半端では何も得られない」.これは Theodor Fontane の言葉らしい.どの著述の中にあるのかは知らない.この句には "Der höchste Preis darf den höchsten Einsatz fordern.", "The highest prize is allowed to ask for the highest commitment.", 「大いなる報償を求めんとすれば,(当然のことながら) 最大限の献身が求められる」が続く.この標語は印刷機の置いてある部屋に掲げられているもよう.

 Theodor Fontane については下の "Effi Briest" のところで書く.

 こうした Nazi 標語ポスターのコレクションとして George C. Marshall Library が知られている.
 http://library.marshallfoundation.org/posters/library/posters/poster_full.php?poster=410
 http://library.marshallfoundation.org/posters/library/posters/browse_expanded.php?war=wwii&country=germany

 『五本の指』"5 Fingers", 1952,監督:Joseph L. Mankiewicz,出演:James Mason, Danielle Darrieux, Michael Rennie ら,というアメリカ映画がある.第二次大戦下,在トルコ・アンカラ,英国大使の付き人 Ulysses Diello が極秘書類を撮影し,そのフィルムを在トルコ,ドイツ大使館に売り込む.その代金を Pound Sterling 札で受け取るのであるが,国外へ持ち出したその札が,ここで出てくるドイツで刷られた偽ポンド札であったという落ち.現実にあった話だという.




"Fontane Effi Briest oder" 1974
"Effi Briest" 2009

 上に出て来た Theodor Fontane は我国ではあまり知られていないけれども,薬剤師から作家に転向したフランス系の人で,19世紀ドイツ文学で重要な地位を占めており,Thomas Mann も強く影響を受けたと言われている.Gymnasium の卒業試験 Abitur を経て大学に入った人なら Theodor Fontane の文章に接しなかったことなどありえないと聞く.

 松永美穂:ドイツ北方紀行,NTT 出版,1997, ISBN4-87188-641-7, ¥1300 に "「プロイセンがシュレスヴィッヒ・ホルシュタインを解放した」とはしゃぎ回る作家テオドール・フォンターネに,シュトルムは「悪魔にさらわれてしまえ」という,激しい手紙を送っている.", p. 32, という記述がある.そのシュトルムの名もまたテオドールである.シュトルムとフォンターネの違いが如実に知られる逸話.

 この人の小説のうち,比較的最近映画化されたものに Huntgeburth 監督作品 "Effi Briest, 2009" がある.先には Fassbinder による 1974 年の同名の映画もある.この小説の邦訳は 岩波文庫,加藤一郎訳,罪なき罪,上・下, 2005,ただし,1941 年に出版されたものがそのまま復刊.なぜか下巻だけが品切れで,古本は高騰.二部構成の長編小説である.トルストイの Anna Karenina, フローベールの Madame Bovary と並ぶ不倫姦通三大小説の一.邦訳でなく原本ならいまは Project Gutenberg から eBook で 読める.

 "Effi Briest" の映画化はあれこれあわせてすでに六本あるそうだが,若いところの二本,上述の Fassbinder 監督作品 1974 年,Huntgeburth 監督作品 2009" を観た.この二つ,全く別のコンセプトで作られている.原作をまだ充分に読み込んではいない段階であるけれども,原作を読んだことのある人が Fassbinder 監督作品 1974 年 を観た後に Huntgeburth 監督作品 2009 を観たなら,後者を評価する人は少ないだけでなく,大半の人はむしろ元の小説を冒涜していると感じるであろう.後者の監督が前者の映画を知らない訳は無く,知った上で作られているのであるから,35 年も経って時代は変わっているとは言え,後者は駄作に属すると思われる.

 もともと,この小説は喜怒哀楽を直裁的に出すことなく,淡々とした会話で繋ぎ,その集積で登場人物の性格や生活の背景などを表し,そのまた集積で作者の言わんとする事柄を表出させるという手法で構成されているから,そこのところを尊重するなら,話の筋を辿る以前に言葉そのものが大事である.前者 Fassbinder 1974 年版では,映画のなかの科白に加えて,ナレーションを置いたり区切りで原文を呈示するという工夫でそこをこなしている.それゆえ,それぞれの台詞が長くて朗読調に傾く.タイトルは "Fontane Effi Briest" なのか "Fontane Effi Briest oder" なのかはっきりしないが,映画の冒頭,表題呈示では "FONTANE EFFI BRIEST oder" となっていて,"Fontane の作品としての" と強調しつつ,"oder" を付与して,必ずしも元来のものとして表現してはいませんよとの断りを敷いている.小説の部分部分は,映像で出したり,ナレーションだけでほんの少し触れるだけに留めたりという濃淡があるが,主人公の若年からそのときの性格を残したまま大人になっての死まで,女の一生を小説にあるとおり最後まで描いている.

 こうしたことで映画シナリオのことを考えていたら,"分け入っても分け入っても本の山" というブログにそこの機微を扱った 記事 を見た.「映画の主流はむしろオリジナルではなく原作もの,極論を言えば,本が読めるのなら映画は観なくてもいい」という意見にまずは感じ入った.それでも観ないと,観なくてよいかどうかを判断できない.




"Good" 2008,善き人

 2012 年の初めにようやく我国でも公開されるというニューズを聞いて,改めて見ることになった.表題の "Good" は "善き人" という邦題になっているのであるが,これは,ポリシィなく,そのときそのときの世情に流される,いわゆる "いい人ネ" ということであろうか.英語の字幕を付けて見たのであるが,ドイツ語で SS の階級,例えば Hauptsturmführer, Sturmbannführer, Schutzstaffel などと出てくるのをすべて聞き分けるのはかなり困難であった.

 1933 年 5 月 10 日の 焚書 事件をはじめ,1938 年 11 月 9 日夜から 10 日未明にかけての "水晶の夜 Kristallnacht" などが "恩寵死 Gnadentod, Mercy Death" に絡めて語られる.これはドイツ映画ではなくイギリス映画なのであるが,この 1930 年代を扱った映画をこのページに挙げても違和感はないであろう.内容の背景をおさえるには,まず映画にも実名で出てくる "Phillipp Bouhler" で検索して "T4 Aktion 安楽死 Euthanasia オイタナジア政策" のことを知っておくのがよい.Phillipp Bouhler は,多くの写真では眼鏡をかけているけれども,ここでは裸眼である.

 John Halder という主人公に Viggo Mortensen をあてているのは大いなるミスキャストではないか.マフィアかやくざの番頭という風情が抜けないし,大学に身を置くという,知性的な感じが皆無である.猾さはともかくも,役に欠くべからざる小心な真面目さが彼では全く表出されない.大半はベルリンを舞台にしているのに,見知った景色が一向に出てこないのが怪訝であったが,Budapest で撮影されたことを後に知り納得した.

 映画の冒頭に来ている Phillipp Bouhler の執務室を訪れる場面は 1937 年 4 月.この執務室のインテリアがまた Bauhaus づくめ.1933 年には Bolschewismus であるとして弾圧,閉鎖に追い込んだ張本人が Phillipp Bouhler であるというのに.冒頭からやや経ったところで,主人公 John Halder が Marcel Proust を講義している最中に焚書事件が起り,それが窓からすぐ下に見える.1933 年 5 月のことである.ベルリンのどこの大学であるのかは明らかでない.焚書事件は多くの大学でも同時進行でなされたらしいが,Humboldt 大学向かい正面の Opernplatz のそれがよく知られている.安楽死を主題とする小説を書いていたのはこの頃.この段階では当人は教授ではなくて,まだ講師 Dozent のように思われる.Professor ではなく Dr. Halder と呼ばれていた.1938 年 10 月,小説が映画化されている撮影所での Goebbels との対話で,"Professor is fine !" という主人公の言辞があるから,このあたりで教授に昇格していて,その後の "Head of Department 学科長" も示唆されている.

 学科長になって前の学科長 Prof. Mandelstam が住んでいたところに引っ越すという情景で "Jüdische Auswanderung, Jewish Emigration 移送" 政策が,また,付き人となった親衛隊員 Schutzstaffel, SS である Freddie が自分たち夫婦に子供が生まれないことを嘆くシ−ンで "Eugenik, Eugenics 優生学" 政策がそれぞれ呈示されている.そこから "Lebensunwertes Leben, Life-unworthy of Life" を経て恩寵死へと繋がる,そこの手伝いを主人公がさせられる結果に陥った.どこかで留まることをせず,妥協を重ねてきたがゆえであり,それがこの映画の主題である.

 友人のユダヤ人精神科医 Maurice Glückstein からパリまでの鉄道切符を入手してくれと頼まれてもなかなか本気にならなかったけれども,"水晶の夜" 計画を聞かされてようやく動く.折よく Freddie のポケットから盗むことができて,切符売場窓口で見せる右写真の Reiseerlaubnis 旅行許可,それでも充分ではないのか,駅員は Appropriate Exit Papers を要求する.これら二者がどういう役割を持っていたのかを知りたいが果たせない.

 Gustav Mahler の歌曲 "Lieder eines fahrenden Gesellen さすらう若人の歌" 第四曲 "Die zwei blauen Augen 彼女の青い眼が" がまず撮影所の場面で,それは現実なのか幻聴,幻視であるのか分からないような形で出てくる.マグネシウム粉を焚くフラッシュで目眩ましになったときの幻視であろうか.

 映画の最後尾,1942 年 4 月には,Mahler の Symphonie Nr. 1, D-dur, "Der Titan" の第三楽章ニ短調「狩人の葬送行進曲」に取り入れられたこの旋律を強制収容所の囚人が演奏するのを見ることになるが,こちらは明らかに幻聴,幻視である.楽章の中間部でハープに先導されたヴァイオリンにより,遠くを見つめているかのように奏でられる.原作者ないしはこの映画の監督はこうした幻聴,幻視をもたらす指摘こそが Proust であると言いたいのかもしれない.そこに至る準備段階,Maurice の記録を調べに行った先で会う SS の Eichmann があたかも企業の部長クラス然とした能天気顔なのは笑わせる."さすらう若人の歌" については,確かステレオになる前の LP 時代,Engel の赤い盤で Furtwängler の指揮,Fischer-Dieskau の歌唱,記憶が曖昧ながら,Beethoven の第九,終楽章と一緒に入っていた.学生時代,歌詞をすべて暗記する程に何度も聴いた.




"Ein Freund von mir" 2006,僕の友達

 表題は "Ein Freund von mir" であって,"Mein Freund" ではない."僕が係う カカズラウ 羽目に陥ったあの男は実は友達だった" というようなニュアンスを込めているのであろう.二十代半ばの Karl Blombald はベルリン工科大学数学科卒,いまは保険会社の若き Elite であり,それに対する Hans は二十代後半あたりに設定され,レンタカー営業所の配車要員ないしは陸送会社に雇われている Working Class である.Karl に Daniel Brühl,Hans に Jürgen Vogel.監督は Sebastian Schipper.

 Hans は,良く言えば自分の人生を愉しみ,悪く言えば享楽的である.この映画は Karl が Hans に強く感化され,自分の価値観を変えて行くという Road Movie である.しかし,Karl が主人公かどうかは観る人の受け取り方による.

 Karl が神学を専攻する学生と身分を偽ってレンタカー会社に行くとき,空港で Schwebebahn, Sky Train に乗っていることから,撮影されている空港は Düsseldorf のそれと分かる.一方で,車はほぼすべて Hamburg のナンバァプレートになっていることから,Hamburg が想定されているようである.しかし,場所を特定する意味は何もない.

 二人の登場人物がすでに "対" なのであるが,この映画では,いくつかの "対ないし対比" Paar oder Gegenstück とそれらの "入れ替え" Ersetzung oder Tausch で話の筋が構成されている.あるひとつの "対" でひとつの "枠" ができ,時間経過のなかに 枠構造 が多重に置かれていて,それぞれが独立し,また従属して意味を持たされている.そこになかなかの工夫があって,筋書きだけでなく,その構成や配置の妙を併せて楽しむのがこの映画を観るということである.副文を伴うドイツ語の文章では多重枠構造になる,それと同様の表現法にこだわっているように見える.

 最外枠は Hans の女友達 (この映画での唯一の女性) Stelle の初出である.閑散とした S-Bahn らしきプラットフォームに Loden Mantel を着て入ってくるのが彼女なのである.もっとも,彼女はそのひとつ前の受賞パーティの場面から出ている.最後尾近くに現れる彼女とで対をなしている.次に内側に来る枠は右下の画像にある,夕刻の高速道路脇に紙コップ入りコーヒィを持って佇む Karl で,これと同じ図柄が終わり近くに現れる.このように順次,対になってそれが枠を形成して行く.

 二人はひとつの営業所にずっといる配車係ではなくて,需要に応じて別の営業所へ高級車を陸送し,飛行機で戻ってくるというような業務をこなす.そうした "車" もまたいくつかの "" をなしており,それぞれで登場人物の性格を際立たせる.1) VW Phaeton (HH XX7454) と VW Golf (HH TG7545).新入り配車係の Karl が Golf に乗り,古株の Hans が Phaeton を操る,2) 同型の Porsche, Gray (HH JF5327) と Silver (HH DM5612),3) 1972 年式の DAF 66*1 (D LM62,これだけが Düsseldorf ナンバァ) と Renault Magnum トレーラトラック*2,などである.他に Lamborghini や Mercedes も対で出てくる.この DAF は Hans の持ち物,Schiebedach, Sliding Roof は開いたままで閉まらない.DAF 66 の実物は 1980 年代の欧州ではまだほどほどに見かけることがあったが,その当時,CVT が最初に搭載された市販車であることは知らなかった.左斜め下の齣,場所を特定できないのであるが,背景の河は Elbe ではないだろうか.Renault Magnum は映画の終盤で僅かに出てくるだけで,はっきりとは映らないが,右斜め下の齣,コーヒィを飲んでいるテーブル際のガラス越しに見える前照四燈・三軸後輪トレーラがそれである.その時々でどんどん職を変えて行く Hans,最後のところでこの長距離トラックの運転手になる.こういう風に,話を展開するにあたって,車に重要な意味が付与されている.Spiegel の記事 に "Auto-Fetischismus" という言葉が出ているけれども,それだけでは足りないだろう.
 *1 Variomatic: Belt-drive CVT,*2 最大トルク: 2240 Nm,ZF の 16-速変速機.


 "" になっているものの,"入れ替え" については,言うまでもなく,Karl の新自由主義に則ったビジネス世界からの脱却が第一である.やや変則的ではあるが,DAF 66 が Hans から Karl に暗黙の諒解で譲られるのも "入れ替え" にあたる.また,それで走る行き先が Barcelona というのも同じ意味に沿う脱却,Düsseldorf ないし Hamburg と Barcelona での生活感の違いを言いたかったのであろう.Hans の生き方こそ,さらに Sunroof が開いたままの DAF こそ Barcelona 的なのであるから.

 この映画での典型的な分かりやすい "入れ替え" は両人の服である.上の Porsche に乗り込んだときと,右の齣,目的地の空港に着いた後とでは,Karl と Hans の服装がそっくり入れ替わっている.途中,二人とも素っ裸で運転していたのである.転機が訪れたことの暗喩である.このとき Stelle がまだ Hans により近く腰掛けているのも面白い.

 その他,Hans の Königin 女王様であった Stelle の 後を Karl が追うことになるというのも大きな "入れ替え" のひとつである.観客の頭の中が "", "", "入れ替え" で雁字搦めになるのか,それともそうした編成を愉快に思うかのかは興味のあるところである.

 Gustav Mahler による Rückert-Lieder のひとつ "Ich bin der Welt abhanden gekommen, 私はこの世に忘れられて" を Stelle が車の中で口遊んで クチズサンデ いる.




"Poll" 2010,The Poll Diaries

 1914 年の多分 6 月から,せいぜい三箇月ほど,8 月初め,第一次世界大戦勃発直後までの僅かな期間に,14 歳の少女 Oda がエストニアで経験したできごとを語ったものである.久々に充実した映画を観たという感が深い.字幕無しで観たので把握できないところがあったが,"Notabenoid" という Site に英語の Subtitle が出ているのを見つけ,そのテキスト をのちほど読んで詳細を確認した.我国ではまだ公開されていないようなので,公式 Web site をここに挙げておく.

 この映画は監督 Chris Kraus の 伯(叔)祖母 Oda Shaeffer の経験を下敷きにした内容であるらしい.必ずしも実話をそのまま再現しようとしたのではないことは順次知られる.題目の Poll はエストニアにあるいまの Põlula という土地の旧独名であって,そこはバルト海 Ostsee 地域とはいえ,フィンランド湾 Finnischer Meerbusen 側にあり,海に面しているわけではない.映画が撮影されたのはリガ湾 Rigaischer Meerbusen 側,Pärnu (旧独 Pernau) 近くの Valgerand であるとのこと.バルト海の雰囲気が,特に海に突き出た Neoclassical な Manor House によって強調されている.ベランダ手摺のくたびれ方などで時代のうつろいを呈示する.これについては,"Making of Poll" という YouTube 記事をあわせて観ると,既存ではなく,撮影用に作られたものであると知られる.

 当時のエストニアは帝政ロシアの領土ながら,ドイツ騎士団が入植した歴史的な経緯で,ドイツ系貴族が皇帝に忠誠を誓って地域に君臨している.ロシアなのにドイツ語で日常生活を営んでいる一族がいて,ロシア軍の将校とも日常的につきあっている.爵位は男爵である.父親 Ebbo von Siering,叔母で継母の Milla von Siering,その息子 Paul von Siering,von Siering 一家の荘園管理人のような立場にある Dirk Mechmershausen というような人たちの中に 14 歳の少女 Oda von Siering がベルリンから移ってくる.Milla と Dirk Mechmershausen は情を通じており,そのことを父親の Ebbo は薄々ながらも気付いている.父親 Ebbo は 1859 年生まれ,継母の Milla は 1872 年生まれとあり,13 歳の年齢差になっている.Oda は西暦と同じと言っているから 1900 年生まれ.Oda が列車で着いたときの駅舎に駅名板が掲げられているが,残念ながら判読できない.ACC3PYA のように見える.

 父親 Ebbo は医学者であるが,何かの瑕疵があってか,(おそらくは) ベルリンの大学における教授職を追われた.今はかつての製材所/製粉所を研究室にして,偏執狂的に人間の脳と胎児の標本収集にかまけ,ホルマリン漬けの標本壜を棚に並べて悦にいっている.また,ウィーンの大学に教授職を得ようと運動しているが,関係する教授連を招いても良い返事は得られない.この地域ではエストニア人反体制過激派を討伐すべくロシア兵が常に見廻っており,この父親は,脳の標本を増やすためであろうか,まだかろうじて息のある過激派人の躯をロシア軍兵から買い取ったりしている.

 継母の Milla は Bach の無伴奏チェロ組曲などを昼間に練習し,自宅 Manor House をサロンにしてロシア軍の隊長らを供応することに情熱を傾けており,サロンでは時には Schubert の歌曲「ます Die Forelle」第三小節,Ein Fischer mit der Rute, Wohl an dem Ufer stand, Und sah's mit kaltem Blute, Wie sich das Fischlein wand. が子供たちによって歌われ,また時には,Klavierquintett A dur, D. 667, 第四楽章,変奏曲「ます Die Forelle」の主題が父親,継母,管理人らで演奏される.

 ピアノを父親 Ebbo が,チェロを継母 Milla が,コントラバスを管理人 Mechmershausen が受け持つ.変奏曲主題の出だし,チェロとコントラバスとの掛け合いで,演奏者ふたりの関係が表象される.Klavierquintett, D 667 は歌曲に魅せられた鉱山主の依頼で Hausmusik として作曲されたという.この映画でなぜ Schubert の「ます Die Forelle」が選択されているのかは解らない.片田舎からウィーンに向かっての憧憬を表そうとするのであろうか.

 それにしても,この場面を含め,母の Milla が奏でる艶麗なるチェロの響,弦の振動,唸りに魅せられる.コントラバスもよく響く.録音が良い.

 我国で交流配電が開始されたのは 1893 年ころ,Kungliga Vattenfall の創立が 1909 年であるが,上の写真でも分かるように,この土地では 1914 年の段階ではまだ配電はなく,ランプと蝋燭の生活である.

 主人公の少女 Oda von Siering はそういう状況下で,従兄の Paul からもらった蛙をポケットに入れて飼っているという幼さを残しながら,ごく自然な人間味から,エストニア人反体制過激派の負傷者:仮の呼び名 Schnaps (ビールのチェィサーとなる焼酎をさすドイツ語) を匿い,介抱し続ける.大戦勃発を機に,その時代背景に輪をかけた騒動をこれが引き起こすことになる.この映画の大筋はもちろんこちらに重点がおかれている.あわせて,現地人使用人 Dirk Mechmershausen の鬱積も爆発し,一挙に破綻へ至る.

 エストニアの歴史について疎いので,大中 真:エストニア国家の形成,小国の独立過程と国際関係,(2003), 彩流社,ISBN4-88202-804-2 を新たに読んでみた.ヘーゲルの言葉として「最も進歩的な民族とは国家を建設する能力のある民族であり,国家なき民族は文明の発展に貢献できず,そうした民族はやがて民族であることを止めるであろう」が,また,エンゲルスの著作にあるという「大きく成長しつつあるヨーロッパ各国民は,言語と同胞意識により決められた真の自然境界線を手に入れる.他方でまた,民族の消滅はそこここで見られる.彼らにはもはや民族生存の能力がなく,より大きな民族に吸収され,その一部分となるか,政治的意義を持たない人種学的記念物として自らを維持することになる」が紹介されている.アナキストが出てくる下地である.エストニア人は第一次大戦後の 1918 年 2 月まで国家を形づくったことがなかった.同じように長年ロシアに苦しめられ,翻弄されて来たといえども,ここのところがポーランドなどとは大きく異なる.エストニアも通貨ユーロ導入 17 ヶ国のひとつに数えられるが,GDP はドイツのそれの 150 分の 1 ということである.

 第一次世界大戦では同盟国,協商国に分かれて相い対した.協商国側についたロシア皇帝ニコライ 2 世,ロシア政府がこの 1914 年 7 月 31 日に総動員令を布告したので, 同盟国側ドイツもこれを受けて 8 月 1 日,総動員を下令,翌 2 日にロシアに対して宣戦布告し戦闘態勢に入った.この段階でドイツとロシアは敵味方に分かれたため,von Siering 一族ら,エストニアにいるドイツ貴族はその居場所を失った.以降,従兄の Paul はロシア軍に加わって戦死し,継母 Milla はシベリアに送られたという.さらに,二年半後の 1917 年 3 月にはニコライ 2 世は退位,中道派臨時政府が成立となる 2 月革命へ続いて行くという激動期である.

 映画の最後で,"Ebbo von Siering wird als Reichsdeutscher zusammen mit seiner Tochter Oda am 3. September 1914 aus Russland ausgewiesen. 父親 Ebbo はドイツ帝国民として娘 Oda と共に 9 月 3 日にロシアから退去させられた" と文字で説明される.男爵であったのは Ebbo ではなく,叔(伯)母の亡くなった夫の方であったということが示唆されている.

 主人公を演じる 13 歳の少女の的確さにも舌を巻くが,それぞれの情景映像の美しさは特筆すべきものである.ドイツ貴族一族の崩壊を描いた映画であるが,Luchino Visconti の「La Caduta degli dei, The Damned, 地獄に堕ちた勇者ども, 1969」とは大きく趣きを異にする.

 アンドレ・カイヤット André Cayatte 監督のフランス映画『裁きは終りぬ』"Justice est faite", 1950 は安楽死と陪審員制裁判を主題をする佳作であるが,その映画の主人公・被告 エルザ・ルンデンシュタイン Elsa Lundenstein,彼女の両親がエストニアからの亡命者であったと本人が法廷で供述する.ドイツ系の苗字でもあり,映画 "Poll" での退去とも時期が一致している.

 * バルト海沿岸で開催された学術集会に参加した場所を憶いだすと,ポーランドでは Miedzydroje ミエンジドゥロエ (Swinoujscie スヴィノウィスチェ の近く), Jastrzebia Gora ヤッシェンビア・グーラ (Gdansk の北方), Jurata ユラタ (Gdansk の北方,Hel 半島), ドイツでは Heiligendamm/Külungsborn などがある.このページ下方の "Barbara" に出てくる Ahrenshoopもそうした場所.バルト海の景色は 砂浜・海・空 の組み合わせがどういう天候,どういう時刻でも実に美しい.バルト海の汚染は世界でも有数とのことなので,そこで泳いだことはない.Strandkorb という一側だけ開口の極小小屋のようなものの中に座っているだけ.聴衆の前で話したあとの喉の回復に効果あり.Strand は浜,Korb は篭.




"Vitus" 2006,僕のピアノコンチェルト

 ドイツ映画ではなくてこれはスイス映画.スイス映画には,例えば "マルタのやさしい刺繍 Die Herbstzeitlosen", 2006 などからも分かるように,ほのぼの系が多いようで,この映画もその例に漏れない.知能指数 Intelligence Quotient, IQ が 180 という児童が主人公で,才能は特にピアノ演奏と数学とに顕著に現れる.彼の祖父との心の交流を中心に描かれる.Vitus というのは聖人 Vitus 由来の名であり,プラハ城内にあるアルフォンス・ミュシャのステンドグラスで知られる聖ヴィート大聖堂の名と同じである.ドイツ語読みのフィテュスではなく,ヴィテュスないしはヴィトスという発声がなされている.12 歳の主人公を Teo Gheorghiu が,祖父を Bruno Ganz が演じ,この映画はこれら二人でもっている.

 いわゆるスイスドイツ語がふんだんに出てくるうえ,母親の Helen von Holzen はもともと英語圏の人のようであり,かなりの頻度で子供に英語で話しかける.それに,国柄を反映してか,フランス語が混じる.

 主人公と両親とが住むのは Zürich の高級フラット.祖父の住まいは都会ではなく田舎であるが,それがどこであるかは特定できない.

 前者が Zürich であることは,映画の最後で,Zürcher Tonhalle にて Robert Schumann の a-moll 協奏曲を Zürcher Kammerorchester と共演するというところからだけではなく,かつて自分の Babysitter であった Isabel を誘った "Angkor" というカンボジアレストランが実在のものであることや,主人公が一年分の賃借料を前払いして借りたビルのフロアから道路を隔てて Technopark にある Hotel Novotel/ibis Zurich City-West の看板が見えることなどによって確認できる.


 祖父の住む田舎へは鉄道で行き来しており,車窓から河ないし湖が見える.近くに飛行場のある Hausen am Albis あたりであろうか.

 祖父のところで出てくる食べ物は常にスパゲッティと決まっている.飲み物は Vitus には林檎ジュース,祖父自らは赤ワインを呑む.色からみて,Pinot Noir か Lagrein.

 Vitus は自分の進路を自分で決めさせてもらえず,内に常に葛藤を生じさせている.階上から地面に落ちて,普通の子供になってしまったように装う.祖父はその秘密にすぐに気付くが,約束して秘密を守る.

 Zürcher Kammerorchester の指揮者 Howard Griffiths は現役.Vitus は最終的にはピアニストへの道を選択し,先に母親が薦めた女流ピアニストを師と定める.この権威ある女流ピアニストが住む城について,IMDb で撮影場所 Schloss Waldeck とあるのは,正しくは Waldegg である.

 スイスに縁があり,スイスを拠点にしていた女流ピアニストとして,クララ・ハスキル Clara Haskil あたりしか思いつかない.年代が何十年もずれるから,実在の女流ピアニストが想定されているわけではなさそうである.

 この映画に出てくる単発機は Pilatus PC-6 ないし Pilatus-Porter というスイス製の軽飛行機である.初期にはレシプロピストンエンジンがついていたようであるが,音からして,ここのは Turboprop である.Short Take-off & Landing, STOL 機能で知られ,日本隊の南極観測にも使われたらしい.




"Wunderkinder" 2011,若き天才音楽家たち,命をつなぐバイオリン

 2012 年 1 月にドイツ映画特集として東京で紹介されたことがあるらしいが,そこでは観ていない.

 この映画は 1941 年春から始まる.西ウクライナがポーランド領であり,ポーランドであるそこはすでにドイツ総督府に支配されていた.この映画の対象となっている町は Kiev の東,ウクライナ中部にある Poltava で,こちらは共産主義ソビエト政府が抑えるウクライナであって,スターリンによる恐怖政治が敷かれていた.


 ユダヤ系ウクライナ人の天才的少年ヴァイオリニスト Abriasha と天才的少女ピアニスト Larisha にドイツ人ビール醸造家の娘 Hanna が絡み,この若年,共に 12 歳の三人の視点で経緯が描かれている.醸造家の娘はヴァイオリン演奏を学んでいる.冒頭,Abriasha と Larisha が演奏会で Borodin の「韃靼人 (ポロヴェツ人) の踊り」を奏でて好評を得た場で,天才年少音楽家として Moscow や Leningrad へ演奏旅行に出かけることが聴衆に開示される.映画のタイトルがこれである.使われているピアノはかの Jacob Becker のそれであると分からせるかのように蓋裏の銘版が数回写る.

 冒頭ですでに後半の展開がおおよそ予測されるので,躍動感を映画を観る者に与えるということは望んでも無駄である.

 1941 年春の段階では,第二次世界大戦は始まっているものの,独ソ不可侵条約が生きており,ソビエトはドイツと共にポーランドを分割占領していて両国民は同一の立場であった.けれども,6 月 22 日にドイツ軍がソビエト連邦に奇襲侵攻して双方戦闘状況に入った.ここで,ソビエト配下ウクライナにいるドイツ人は敵国人となり,ウクライナでの生活の場を失った.始めのうち東部戦線でソ連軍は負けを重ね,ドイツ軍はウクライナにも侵攻,このとき,多くのウクライナ人は共産ロシアの圧政から解放されるとしてドイツ軍を受け入れた.粗野なロシア人より教育のあるドイツ人の方が真っ当であるに違いないと考えたのであろう.しかし,一般のウクライナスラブ人にとっても占領主が変わったというにすぎず,ユダヤ系ウクライナ人にはもちろん絶滅政策が待っていた.ただ,このとき,ウクライナに住むドイツ人だけは一時の平安を得た.有利不利の立場がその都度反転する,そうした経緯が描かれる.Nazis のユダヤ人殲滅,最終解決が画面に直接出てくる訳ではなく,せいぜい移送の場面くらいであるが,それも修羅場としてではない.直裁的にではなく,能天気でいた Hanna だけが音楽家として生きたというようなことを述べて,時代と人との悲劇性を浮き彫りにしようとしている.

 上の映像のように,占領主体が変わると機関車も CCCP/SSSR から DR: Reichsbahn に変わる.広軌ではないかというような疑問はここでは述べない.

 ユダヤ系ウクライナ人の住まいが木組みの家 Fachwerk であったり,ドイツ人ビール醸造家の居室内装が Weimar の ゲーテハウス のそれとほぼ同一というようなところも見逃せない.ウクライナでではなくドイツ国内で撮影されているからかも知れない.

 また,ドイツ映画なのでやむを得ないことなのかもしれないが,この映画の問題点は言語がすべてドイツ語になっている点であって,本来あるべき,ウクライナ語をしゃべっているはずのところとドイツ語を話しているところとの区別が全くない.上掲の "Poll" ではその齟齬はなかった.


 当時,比較的裕福なドイツ人がどういう食事を取っていたのか,朝食の場面があって,概要を知ることができる.右,近い側の齣,左手,皿に載っているのはチーズとハム,その右手には何種類かのジャム.次の白いのは Milchkännchen.横に大盛りのバター.右,遠い側の齣,Hanna の皿には茹卵.それに,加熱ランプ Rechaud を備えた Teekanne など.現在とほとんど変わらない.左端に Samowar が置いてあるのだけがウクライナ風.


 ここに出てくる "車" で述べるべきはひとつかふたつである.

 クラシックカーに詳しくないのでよくは分からないが,ドイツ人ビール醸造家が使っているのは,フロントグラス中央にピラーがあることから,Audi 920 Cabrio ではないだろうか.

 ただし,ラディエータグリルが異なるようでもある.Wanderer W23 の可能性もないではない.横からの姿を今の BMW 100 シリーズが引き継いでいる.もう一台は軍用車 Horch Kfz. 15.共に排気量 3-liter あまり,出力 75 ないし 85 PS くらい.

 * 17 世紀,ポーランド・リトアニア連合に対するウクライナの反攻を描いた映画に "Ogniem i mieczem", 1999 がある.

 * ポーランドで開催された燃焼/爆発や内燃機関関連の半国内/半国際学術集会に 1980 年代以降何度も参加する機会があった.そのときに,多人数ではないが,ウクライナの研究者やリトアニアの研究者が加わっていた.始めのうち,単に "ソ連" の人も参加しているのかという程度で,充分にその意味を飲み込んでいなかったのであるが,昔は一つの国だったという言辞を後に当人らから聞いて諒解した.ロシアとウクライナの関係は極めて複雑である.




"Yella" 2007,イェラ

 東京ではドイツ映画祭 2007 にて公開された模様.監督は Christian Petzold.

 ドイツ映画をいくつか観て感じることのひとつは,俳優が限られているというか,一人であっちの映画にもこっちの映画にも出ているということである.主人公 Yella Fichte を演じる Nina Hoss という女優もそうで,このページの上にも挙げた "Wir sind die Nacht (2010): Louise" や "Anonyma - Eine Frau in Berlin, A Woman in Berlin (2008): Anonyma" などに.相方の Philipp を演じる Devid Striesow も "Der Untergang (2004): Feldwebel Tornow", "Napola - Elite für den Führer (2004): Vogler", 上にも挙げた "Die Fälscher (2007): Sturmbannführer Friedrich Herzog" などで何度も見る顔である.あるひとつの映画での登場人物の印象が強いと,別の映画に出てきたときその印象が消えておらず,キャラクタが重なって分けにくいという難点がある.

 すでにベルリンの壁は崩れ,東西ドイツは統一されたなか,旧東の人 Yella Fichte は簿記に長けた女性として描かれている.自分の能力を活かせる場所もなく,破産している 前の夫 Ben につきまとわれる,そうした柵シガラミ から逃れんとして,旧東ドイツの眠っているような町 Wittenberg から離れ,旧西の商工業都市 Hannover にある会社に職を得ようとする.行ってみると,そこは Airbus へ Steering Module を納めている会社であったけれども,倒産していて,管財人が財産整理・家財搬出中.直前まで役員を務めていた男 Dr. Schmidt-Ott が,自分ではできないので,あの書類だけは内緒で取ってきてくれと頼んだり,Fürstenmühle*1 なる郊外レストランで午前 11 時から牡蠣を食べようと誘ったりする.Expo Grund などが話にでるので,設定されている時期は 2000 年以降であり,おそらく,映画製作年に重ねられているのであろう.

 旧東の Wittenberg というから Martin Luther ゆかりの Lutherstadt Wittenberg, Sachsen-Anhalt かと思うと,必ずしもそうではなく,Wittenberge, Brandenburg が主な撮影地なのである.Wittenberg/Wittenberge はともに Elbe 河沿いの町であるものの,別々の場所である.

 前者 Lutherstadt Wittenberg に関連する映像はわずかに化学コンビナート SKW Stickstoffwerke Piesteritz*2 だけである.前後で二回も出てくる,車ごと橋から転落する場面などには後者 Wittenberge*3 の Bad Wilsnacker Landstraße に続く Hafenbrücke が使われている.Wittenberge の町はこの映画によって付与された negativ なイメージに いまも苦慮している らしい.


 Hannover ハノーファ (Hanover ハノーヴァ は英語読み) に出てきても職を得ることができずに失意の中にある Yella に近づいたのが Devid Striesow 扮する Philipp (苗字は最後まで分からなかった).気鋭の Businessman といえば聞こえは良いが,今風の Venture Capital に雇われている "乗っ取り屋".倒産寸前企業の貸借対照表にある粉飾を見抜く Yella の特技が力を発揮して,すぐに Philipp の相棒となり,大きく鞘を抜く原動力になる.

 最後の方で始めと同じ橋から同じように車ごと河に飛び込む.始めの方はその件によって以前の夫 Ben から逃れたのであるが,最後の方でもう一度ダイブの場面を見せられる.

 これまでの経緯がすべて夢であったとしたいのか,前夫 Ben と Philipp とが重ね合わされているのかどうか,Ossi の苦悩や新自由主義の弊害を描くことが主題なのか,そうしたことが分からぬまま残る.それとも Horrorfilm と捉えるべきなのだろうか.

 橋から河へダイブする前夫 Ben の車は赤い Land Rover, Range Rover.ヘッドライトが丸目なので初代ではあるが,4 ドア車なので,最初期型ではなく,1987 年以降のモデルである.高級車であり,Ben が以前のある時期にはそれなりの収入があったことを暗示する.この車の色を Yella Fichte がビジネスのときだけ必ず着ている赤い服と関連させてあるのかどうかは分からない.Burgunderrot, Burgundy Red がこの映画のテーマ色であるらしい.

 *1 いかにもありそうなレストラン名ながら実在はしない.Landhaus Ammann とか Feuchters Lila Kranz というような似たところがある.
 *2 Dessau から Roßlau 経由で Lutherstadt Wittenberg へ鉄道で向かえば,Wittenberg に着く 5 分前くらいに,左の車窓から肥料会社 SKW Piesteritz の広大なコンビナートを眺めることができる.
 *3 昔,Hamburg から Berlin へ鉄道で行くとき,ここ Wittenberge を通ったり,乗り換えたりした.車がダイブする橋は Elbe の本流にかかる橋ではなく,その手前の支流というか湖 Karthane に架かっている,鉄道橋と並走する方である.




"Barbara" 2012,東ベルリンから来た女

 我国では 2013 年 1 月中旬から公開された.この映画の主演も Nina Hoss,監督も Christian Petzold.

 時節は 1980 年夏に設定されている.ベルリンの壁崩壊まであと 9 年.西側へ出る許可書を当局に申請したことから,旧東ベルリンで最も高いレヴェルを誇る名門病院/医学研究機関 Charité*1 を追われ,Rostock*2 北東の Ahrenshoop*3 にある名もなき病院勤務に落とされたうえ,Stasi シュタージの厳しい監視下に置かれるようになった小児科女医 Dr. Barbara Wolff の役が Nina Hoss である.オリンピック競技の中継がラジオから流れる,それは西側がボイコットしたかの 1980 年 モスクワ大会である.

 *1 もちろん Charité はいまも名門であり,Friedrichstraße 駅から "Arte Luise Kunsthotel" を経て少し北に行ったところにある.鴎外記念館からも遠くない.Charité は「慈悲」の意.Luisenstraße は当時 Hermann-Matern-Straße という名称であった.
 *2 Rostock Interhotel や Tram が登場する.この Interhotel はもうない.Rostock の駅は改装され,Tram は地下に入ってくるようになった.
 *3 想定は Ahrenshoop アーレンスホープであるが,実際にはそこで撮影されたのではなく,Eberswalde, Brandenburg らしい.Ahrenshoop は Nationalpark Vorpommersche Boddenlandschaft に属する Saaler Bodden 半鹹水湖と Ostsee バルト海とに挟まれた砂岩州 Hohes Ufer にある.

 田舎病院で出会ったのが外科主任 Dr. André Reiter であり,Stasi の監視要員でありそうでもなさそうでもある.結局,この医者の存在が主人公の西側への脱出を思い留まらせる.この男優は Ronald Zehrfeld という人らしいが,初めて見る.

 患者として看た,Torgau, Sachsen にある矯正施設 から脱走してきた少女 Stella を自分の代わりに西側に逃がす.バルト海の浜辺からゴムボートと小舟で人一人脱出させる費用が,Clara Schumann がデザインされた,西側でも最後の 100DM 札 (その前は Sebastian Münster) で用意される.札束は 50 枚なのか 100 枚なのか分かりかねるが,それくらいの金額を西にいる恋人から貰って人気のない岩陰に隠してあった.1980 年に1DM は 125 ないし 130 円くらいだろうから,100 万円のオーダであると知られる.


 Dr. André Reiter が使っている車は Wartburg 353 Tourist である.Bonnet 上面すべてに冠っているので見分けやすい.Eisenach の VEB Automobilwerk というところで組み立てられていた.Eisenach には Automobilbau Museum Eisenach e.V. という Wartburg の博物館がある.ちなみに,Eisenach は Die Wartburgstadt と謳っている,その Wartburg は車でなくて城.Stasi シュタージそのもの Klaus Schütz は vaz-2103 AvtoVAZ か vaz-2106 AvtoVAZ (Russian: АвтоВАЗ) に乗っている.


 壁に掛かっている Rembrandt "テュルプ博士の解剖学講義" のコピーを題材にした二人の会話がちぐはぐに進むあたりからの展開などはこの監督の妙味であろうか.




"Phoenix" 2014,あの日のように抱きしめて

 前作 "Barbara 2012, 東ベルリンから来た女" に続き,監督 Christian Petzold.,主演 Nina Hoss & Ronald Zehrfeld のトリオでつくられた作品.本作では加えて Lene Winter 役の Nina Kunzendorf も軽くみるわけにはいかない.下の方に載せた映画 "Rosenstrasse", 2003と同じように異人種婚の問題でもあるが,そういう視点からのものにはなっていない.戦時中,ドイツ人の夫 Johannes Lenz はユダヤ人の妻 Nelly を湖畔に係留されている Houseboat/Hausboot に匿っていたが,自分が拘引・尋問されたときに,一日余で喋ってしまい,即時に離婚手続きをとって生き延びた.もちろん,ユダヤ人妻 Nelly はアウシュヴィッツ Auschwitz に送られた.Nelly は強制収容所でかろうじて生きながらえ,終戦でそこから解放されたものの,鼻筋の骨を砕かれていて,旧来の友人 Lene Winter の援助で顔の整形手術を受けた.けれども,望んだ自分本来の顔かたちには戻らなかった.

 館に "Haus am See" と銘板の掛かっている郊外レストラン,そこの湖畔に 1943 年の冬の間も壁裏に隠れていた.そこから Nelly が連れ出されたのが 6. Oktober, 1944.Berlin 郊外の Halensee が想定されている模様.上左が手術で Ether/Äther 麻酔を嗅がされていたとき,夢うつつで当時を回想するシーン,右は郊外レストランの従業員が Nelly と認識できるかどうかを試しに行ったそのあとの情景.ほぼ二年の時間経過.

 Lene Winter は戦時中スイスに逃れていた.上左の齣のように,スイスのパスポートで Berlin, American Sector への検問所を通過している.検問所からすぐ鉄橋にかかるが,かつての Berlin でそういうところといえば,Potsdam に近い Glienicker Brücke がすぐに思い浮かぶけれども,アーチの形や道幅がそれとは異なる.

 Frau で呼ばれているけれども,彼女に夫の影はない,弁護士もしくはそれに近い資格で,Berlin, American Sector にある Jewish Agency for Palestine で働いていて,ユダヤ人関連の公文書を検索できる立場にいる.Nelly の姉 Esther はもちろん,Herbert / Marie の双子も逝き,一族に Nelly 以外の生存者がいないことや,一族の銀行口座がスイスにあることも承知している.根っからの金持ちなのかと思ってしまうが,Nelly が手術やその後の家政婦付き静養などの費用はと尋ねたとき,それは貴方一族が持つスイスの銀行口座から払うのよと Lene が答えているところをみると,そうでもないのかもしれない.

 上右の齣は,Lene Winter が自殺するまえに,家政婦 Elisabeth Schwarz の次の仕事のための紹介状を自分名の便箋に認めたものである.その便箋には Lene Winter, Geneve, LE, Rue Saint Victor 2 と印刷されており,家政婦の雇用期間は "12.04.1945 - 29.09.1945" と手書きされている.齣の上部,便箋の上にドル札らしきものも見え,その間の給与なのであろう.この映画には,この家政婦の雇用期間に近い,七箇月間くらいの経緯が描写されている.

 夫 Johannes Lenz は自分の記録を持ち去ろうとして,Lene が働いている Jewish Agency に白昼忍び入ったところを Lene に目撃されている.それが未遂に終り,彼が何を持ちだそうとしていたかを Lene は知る.下の齣がその書類,

住民票のような大きめのカードであり,

Luisenstraße
Akazienstraße
Lenz  Johannes  ledig  26.2.7  Pianist  Berlin
--- --- geschieden am 04.10.1944

そこの最初の二行にアドレスがあり,それは転居歴であると思われる.その下,氏名に続いて "独身" とか "ピアニスト" とか "x月x日に離婚" とかが記されている.

 一行目のアドレス Luisenstraße が,市街地にあって,かつて夫婦で住んでいて,いまは瓦礫となってしまった建物のそれであると思われる.もっとも,二行目の Akazienstraße であっても差し支えない.ここも実在.末尾近く,"Nelly の収容所からの生還" 自作劇に立ち会う知人達,Sigrid, Monika, Frederike, Walther, Alfred もそこに住んでいたらしい.Sigrid / Walther Hochbaum は三階に住んでいたことは夫 Johannes Lenz の台詞で知られる.この記録を持ち出してしまえばどういう利益が夫 Johannes Lenz に得られるのかは分からない.

 Lene Winter が自殺する直前 Nelly に渡すよう家政婦に託した離婚証明書,それが下の齣.Nelly がこれを見るのは "Nelly の収容所からの生還" 自作劇が実行される前の晩,市街地から離れたホテルに Johannes Lenz と部屋を取ったあと,独りで洗面所に入ってからである.これを期に Nelly は吹っ切れる.離婚証明書の日付が自分が拘束された日の二日前であるという意味を把握したのである.

Im Namen des deutschen Volkes

Dokument Nr.: S.29oo-zzO
Justitzangestellte: Maria Windisch
Bevollmächtigter Rechtsamvalt: Eduard Zwiehoff, in Berlin
Am: 4. Oktober, 1944
In Sachen: des Johannes Lenz
Gegen: Nelly Lenz geborene wolff in Berlin
Wegen: Ehescheidung
  Herr Johannes Lenz gibt seiner . . .
  Ehescheidung gegenüber Nelly Lenz . . .

 証明書用紙はどの案件にも使える共通のもので,鷲足下楢葉冠鈎十字 Logo に続く表題がひげ文字: Fraktur 書体で "Im Namen des deutschen Volkes ドイツ国民の名において" となっているところに,当時の政体が採っていた姿勢が見て取れる.

 "Johnny" こと Johannes Lenz は,多少顔つきが変化したとはいえ,また Esther と名乗ったとはいえ,なぜかつての自分の妻当人と認識できないのかという点については,アウシュヴィッツ Auschwitz に送られて還ってくるはずはなく,妻はすでに死んでいるとしなければ今の自分の成立要件を満たさないからと言うよりない.

 Lene Winter がなぜ自殺しなければならなかったのかという点については,夫も喪い,天涯孤独になってしまっている状況下,唯一心を開くことのできる友人 Nelly と二人で Haifa か Tel Aviv へ一緒に移住しようとしたその提案を Nelly は断り,Lene から見れば裏切者で悪人そのものの "Johnny" に Nelly は引きずられて行き,彼に Nelly を盗られそうになって Lene は幻滅したから,というように読める.短髪,化粧なしのパンタロン履きという Lene の Boyish な出で立ちがそこのあたりを示唆している.

 "Nelly の収容所からの生還" 自作劇を経て,偽 Nelly が練習して真似た Nelly の署名で銀行口座から預金を引き出す算段である.この自作自演劇に立ち会う知人達,Sigrid, Monika, Frederike, Walther, Alfred らは,"Johnny" 自作自演劇という企みを予め知っていたのかどうか,プラットフォームでの Hug の順番が予行演習と寸分違わないこととか,Nelly が "スピーク・ロウ Speak Low" を歌ったあと,ピアノに載っていた黒い上着を手にとって外に出て行くのを,Johnnyと同じように,彼ら全員,唖然とした顔つきで身動きもせず見送っていることから判断するのがよいであろう.

 Nelly 生還祝賀の屋外テーブル席で Alfred が立ち上がり,一昨日,裏庭に白い円形ベンチのある Studio で感じたと話しだした.その場所は生還祝賀に集った七人の馴染みの場所である.四人の男に顔を見られないようにしていたとはいうものの,四人の男は Johnny と Nelly のすぐ側を通った.そのうちのひとり,楽器ケースを持っていたのが Alfred である.そのとき Alfred はすでにすべてを知っていたのではないか.

 Nelly は Johnny のどこにそこまで惚れ込んでいたのかということのように,本当に最後まではっきりしなかったこともある.98 分という比較的短い映画ながら,台詞も多くなく,周辺事情を把握できるような説明もないから,観る者が終始端々まで落とさず見て聞いて,また遡って前と後の必要なところを繋ぎ合わせるという思考回路を強く求められた.題材が違うので,前作との比較に意味があるとはいえないけれども,敢えて較べれば,本作は前作を越えてはいないように思う.

 これは戦時中から戦後にかけてのドイツ人の腑甲斐無さを明らかにした映画であるが,一方で "Unter Bauern, Retter in der Nacht", 2009 (英題 Saviors in the Night,我国では未公開か) のような,第一次大戦における戦友であった好誼 よしみ で,Münsterland, NRW の農家がナチス政権下でユダヤ人一家を匿って守り通したという実話に基づいた映画もないではない.

 Kurt Weill の Jazz Number "スピーク・ロウ Speak Low" がこの映画のなかで大きな役割を振られている."スピーク・ロウ Speak Low (When You Speak Love)" は Kurt Weill と Ogden Nash による 1943 年のブロードウェイ大ヒットミュージカル "ヴィーナスの接吻 One Touch of Venus" 中の一曲.そのミュージカルには "私自身が他人みたい I'm Stranger Here Myself","愚かな心 Foolish Heart" というタイトルの曲も含まれている."スピーク・ロウ Speak Low" だけでなく,それらも共にこの映画の内容に直裁的に沿ったものである.さらに,Kurt Weill には 1929 年の "ハッピー・エンド Happy End (Elisabeth Hauptmann and Bertolt Brecht)" という作品もあり,そこに "スラバヤ・ジョニー Surabaya-Johnny" という曲がある,といったようなことも脳裏にあることが観客としての前提とされていよう.中間で,レコードが掛けられて流れてくるのは,Kurt Weill 本人が自らピアノを弾きながら歌った記録とのこと.

 この映画にでてくる車でコメントしておくべきものは上に示す一台だけ.上の二齣あたりで見られる.1940 - 1948 年の Chrysler/Desoto/Dodge/Plymouth/Windsor の系統であることは間違いない."1939 Chrysler 4 Door Sedan" に近いが,後輪のタイアハウス形状が合わない.後輪付近は "1937 Chrysler Plymouth Fastback Sedan" のそれに近く,流れるように引かれている.当時,スイスには Gebrüder Tüscher, Zürich という車体製作者がいて,Swiss Tuscher Body として米国でも知られた存在であった (いまも Tüscher AG という会社がある).そこの車体である可能性が高い.エンジンはおそらく 3.3-liter, 直列 6-cylinder,出力 87 PS.Chrysler は高級車 "Imperial" とか "Royal" なども造っていて,この車はそれに次ぐグレード.Berlin, American Sector への詰所で検問したアメリカ兵が "Nice car !" と言っている,そういう車である.

 * Kurt Weill は Dessau 生まれ.Dessau 駅近くにある Fürst Leopold Hotel にて毎回開催されている Dessau Gas Engine Conference,何回目か,記憶があやふやながら,歓迎会が隣りに位置する劇場 Anhaltisches Theater Dessau の Foyer で開かれたことがあり,州知事の長い演説が終わった後,Weill の一幕を観せてもらったことがある.




"Inside Man" 2006

 これはドイツ映画ではなくアメリカの映画なのであるが,戦時中 Nazis に協力することで創設資金を得た銀行家が出てくるので,ここに取り上げた.監督は Spike Lee.

 この映画の主人公は,まず,銀行強盗の立案・指導者 Dalton Russell, Mastermind of robbers であるが,映画の題 Inside Man からして,もうひとり主人公がいて,それは襲われた銀行の会長 Arthur Case, Chairman of the board of directors and founder of the Manhattan Trust Bank であると思われる.前者に関わる銀行強盗の手法だけでも,あるいは,交渉にあたる NY 市警察の Keith Frazier, Detective との遣り取りを加え,映画としては充分成立するほどに見応えのあるものであり,またその筋道も分かりやすい.一方,後者の行動に関係するところには,一回観ただけではとても理解できない点がいくつか残る.そこを解きほぐすのがまた面白いと言えば面白いのであるが,それは容易でない.

 映画を観たいろんな人がその分からないところをどう読むかと Blog などで様々に述べあっているのはよいが,明らかに誤った解釈が否定されもせずに,しっくり来る解釈であると評価されたりしている.映画のなかには,銀行家がなぜそのように行動したかが分からせるよう,あちこちにそのためのシーンを散らばらせてあるけれども,重要なことであっても,画面では一瞬で過ぎ去るため,肝心のポイントを把握しきれないことがしばしばである.自ら創った銀行の第三十二番支店 Number 32, 20 Exchange Place に置いた自分用の貸金庫 Safety Deposit Box, #392 の中に 1948 年以来手付かずで秘匿していた Nazis 関連の書類とはどういうものなのかを観客が知らないと大きく判断を誤ることになる.

 どういう書類であるかを検討する前に,銀行家本人がどう言っているかをみると以下のようである.貸金庫の中味に誰かが手を触れることのないよう,Madeleine White という灰色の仕事も請け負う女性を雇って強盗と交渉させようとする.その女性弁護士・仲介屋との会話は:

AC: Arthur Case, Chairman of the board of directors and founder of the Manhattan Trust Bank
MW: Madeleine White, Attorney, Power Broker, Fixer

In Battery Park 川岸の公園を歩きながら
 AC: What's inside that box has belonged to me since before you have born. MW: Well, you say that there are family heirlooms inside your safety deposit box? AC: It's very valuable and poses no danger whatsoever to anyone. I'd prefer that nobody ever touch my safety deposit box. The contents of the box are of great value to me, so long as they remain my secret. MW: And if they're exposed? AC: I'll face some difficult questions.

In barbershop in the exclusive men's club 男性専用会員制クラブの理髪室で
 AC: It was 60 years ago. I was young and ambitious. I saw a short pass to success and I took it. I sold my soul. And when the war came along, the ring and everything else they owned was confiscated and they were shipped off to concentration camps. None survived. We were friends. I could have helped them. But the Nazis paid too well.

つまり,その書類は銀行家自身にだけ関係し,公開されては困る内容であると言っている.また,許されるかどうかはまた一段別の問題としても,あるいはまた,見かけだけかもしれないが,銀行家は以前自分がやったことを後悔し,悔悛している.

 さて,強盗のリーダー Dalton Russell が貸金庫から内容物を引っ張りだすシーンでその書類が何であるかが分かる.しかし,ここのところは,DVD を一齣づつ送りながら観てそれでようやく判定できた.A4 版くらいの業務用縦長封筒を横長に,その左肩,文字列の中央あたりに Nazis の紋章が見える.鷲の足下に楢葉冠鈎十字のついた Reichsadler mit dem Hakenkreuz im Eichenlaubkranz である *上の "Wunderkinder" に出てくる Reichsbahn にもこの紋章がついている

 封筒の宛名書きに相当する位置に次の四行がタイプでこう印字されている:

  Arthur Case
  Füreher Kommerzial
  Bahnhofstraße 72
  Zürich, Schweiz

 二行目の前半については文字を充分には読み取れなかったので,それらしき Alphabet を並べてあるが,"総督の" という意味かもしれないし,固有名詞かもしれない.

 二行目後半の Kommerzial は大抵は Kommerzial Bank などと使われる.Kommerzialrat なら主にオーストリアで使われる語彙でビジネスマンの尊称である.残りの二行は所番地,スイス,チューリヒ,駅前通 72 番となっている."72" の "2" は不確かである.

 一行目は宛名であり,それはいまの銀行家本人の名前である.ただし,手紙を差し出す場合には必ず付与される "様","殿" にあたる "Herrn" はない.続いて,封筒の中味であるが,これも画面ではほんの一瞬で通りすぎるうえ,斜めにわずかに見えるだけである.そこを齣送りでみると,それは A4 数枚の書類であり,その一枚目だけしか画面では見えない.そこのほぼ中央に胸から上の人物写真,その上側に何行かの文字列がある.こういうことから,この書類は許可証の類いであると知られる.封筒の表書きに "Herrn" がなく,姓名だけであるのも,本人が所轄部署に出向いて受け取ったという状況を想像させる.個人が Nazis と collaborate する契約書かもしれない.なお,Case という苗字は英国系のものであろう.スイス,チューリヒというところに意味が付与されており,そこの金融機関が当時何をしていたかはいまでは公然の秘密になっている.戦時中欧州での決済通貨はスイスフランであって,現物をスイスフランに換えさえすれば,誰でも何でも世界中どこからでもそれで購入できたという.

 ここで貸金庫に封印されていた,書類,数袋に分けて詰められたダイア,Cartier の指輪,これらそれぞれがなぜ残されていたのかを考えねばならない.Cartier の指輪は,元の持ち主がはっきりしている物であるから,それを売りに出せば捜索の手がのびるし,Black Market に出せば二度とそこから抜けられない.袋に入っているダイアについては,過去にはそういうもので創設資金を捻出したに違いないが,いまは安易には動かせない.最後まで最も解釈が困難なのが書類である.なぜこれを残してあったのが分からない.この書類を含め,他もあわせてすべて海に投げ込んでしまっておけばよかったのではないかとも思えて,そこで暗礁に乗り上げるのである.このあたりについては,アメリカでもいろいろ議論が交わされていた.そのなかに,人は過去の記憶に関わるものを残したいという性向がある.また,書類については,罪を犯した者にはそれが明るみに出て楽になりたいという気持ちが無意識的に潜在するというのがあった.

 銀行家 Arthur Case がかつて自らが属していたコミュニティに属する人達を売ったという点で Inside Man であり,NY の白人 Establishment は市長を含め,非合法ぎりぎりのところまで,互いに利益を分かち合いながら,好き勝手なことをしているという,黒人やイスラム系,東欧系などの Minorities からの視点でこの映画が作られているところからいえば,彼ら白人たちは皆それぞれに彼らのコミュニティの中での Inside Man でありうる.監督の意図はどの辺りにあるのであろうか.強盗のリーダー Dalton Russell に次のように言わせている.DR: Dalton Russell, Mastermind of robbers

DR: "I'm no martyr. I did it for the money. But it's not worth much if you can't face yourself in the mirror. Respect is the ultimate currency. I was stealing from a man who traded his away for a few dollars. And then he tried to wash away his guilt. Drown it in a lifetime of good deeds and a sea of respectability. It almost worked, too. But inevitably, the further you run from your sins, the more exhausted you are when they catch up to you. And they do. Certain. It will not fail."

ここの "his" は "his respect" であり,日本語字幕では「ダイヤの持主はそれ (自分の誇り) をはした金で売って - - - 」となっている.いくら慈善事業に励んでも,自分の中から罪の意識を追い出すことはできないと続く.

 銀行の正面出入口から塗装屋の格好で入っていった強盗一味は四人であるが,一週間後に正面出入口から出てくる Dalton Russell を VW Touareg の中で待ち受けている者のなかに Rabbi の Chaim がいて,彼も仲間であることが明らかにされる.彼は銀行に客として行っていて人質になった態を装い,他の人質に,Professor at Columbia's Law School who teaches courses on genocide, slave labor, and war reparation claims と自己紹介している.銀行家の過去を突き止めたのはこの Chaim であろうことが示唆されている.

 その他,対句などに面白いものがある.KF: Keith Frazier, Detective

KF: What was Case hiding? MW: You know, there's a famous saying by the Baron de Rothschild. "When there's blood on the streets, buy property."
KF: Sorry to interrupt you, Mister Mayor, but there's an old American saying: "When there's blood on the streets, somebody's gotta go to jail."

 この映画が New York のどこで撮影されているかという件については On the Set of NY という site があり そこ が参考になる.




"Was nützt Die Liebe in Gedanken" 2004,青い棘

 ドイツ映画をいくつか観て感じることのひとつは,俳優が限られているというか,何人かであっちの映画にもこっちの映画にも出ていることである.男優で言えば,Moritz Bleibtreu, Daniel Brühl, August Diehl.この映画でも Daniel Brühl と August Diehl.監督は Achim von Borries.

 原題は「頭の中で考えているだけの愛なんて,何か役に立つの?」という意味である.それがなぜ「青い棘トゲ」という邦題になったのか,疑問でもあるし,それで差し支えないようでもある.英題は "Love in thoughts" である."thoughts" と複数になっているのは,単に考えということではなくて,所信という感じを持たせたいからであろうか.

 "Steglitzer Schülertragödie" シュテークリッツ校の悲劇*1 として知られる 1927 年に起った事件をほぼ実話として描いたものであると我国で上映されたときの惹句にいう.この映画をよりよく観るには,その背景である当時のベルリンの状況*2,つまり 1924-1929 年,"黄金の二十年代,Goldene Zwanziger, Golden Twenties" におけるまさに光と影がどのようなものであったかを押さえておくのがよい.さらには,ワイマール共和国の時代と その文化 を.そうでないと,現在の我々の常識では,子供から青年への移行時期にあたる若者がその当時に起こしたこの奇怪な事件とその精神構造をとても理解できるものではない.高邁・潔癖な理想を持って,それを実行してこそのエリートという階層が存在した.一方で,文化の爛熟というものの,享楽と退廃に満ち満ちた社会でもあり,そうしたベルリンでしか起こり得なかったことである.

 *1 "Schüler" は Umlaut 付き,生徒,男性名詞単複同形,"Schule" は Umlaut なし,学校,女性名詞,よって,"Steglitzer Schülertragödie" は,"シュテークリッツでのギムナジウム生の悲劇" とするのが本来.下に詳しく書く."Schüler" のところは英語表記では Student になっている.独語 "Student" は専攻を持つ大学生.中学生や高校生をも含める英語での意味とは異なる.

 *2 ワイマール共和国は 1921-1924 年の,1 US$ が 4 兆 2000 億マルクというようなハイパーインフレーションを越えて,レンテンマルク Rentenmark の導入で経済の安定を取り戻した.レンテンマルクの奇蹟といわれる.1919 年に首都となったベルリンはその 1924 年から欧州の中心となる国際都市に発展し,文芸,新聞,雑誌,放送,演劇,映画,音楽,絵画,ファッション,建築,インテリア,学問 (特に化学,物理学,医学など),医療技術,工業技術,鉄道網,航空輸送などの活況は目を見張るばかりであった.またそこには亡命ロシア人の流入とユダヤ人の最後の天国という側面もあった,影の面では,貧富の差は激しく,当時,ベルリンでは娼婦の数は 10 万人を越えていたとも.詳しくは知らないが,ゲイ,男色 Gay/Schwule とか少年愛 Pederasty/Knabenliebe とかについても,その時代より以前から文化として成立しており,伝統的な結社もあったということである.我国においても足利義満と世阿弥の例など衆道がないではないが,とにかく今とは違う.

 Steglitz は Berlin ではその南西,いまの Bezirk Steglitz-Zehlendorf の中でその北東の端.1927 年当時は Groß Berlin の 20 ある区のひとつであり,また町の名でもある.

 U9, S1 の駅 Rathaus Steglitz は環状線内 "A" Zone の内側ではないが,"B" Zone の遠くないところにある.Scheller 家の所在地は Steglitz の駅前通り Albrechtstraße 72C,そこで起った殺人と自殺.Berlin-Mitte にも Albrechtstraße はあるが,そこではない.

 Scheller 家のベルリン郊外の別荘というのは Berlin の中心から真南へ 25 km ほどの Mahlow にあった.そこの湖畔にあるから Mahlower See 沿いである.Mahlow は Schönefeld 空港の西にあたる.右の写真がその別荘というか,Summer House でのものである.ブルジョア Bourgeoisie の財力がどの程度であったかを推し量ることができる.

 Paul Krantz と Günther Scheller のいた寄宿学校 Internat は Oberrealgymnasium Mariendorf, Kaiserstraße 17-21 である.いまは Eckener-Gymnasium.Mariendorf は Steglitz 区にではなく,当時の Tempelhof 区にある.それゆえ,"シュテークリッツ校" というのは誤りである."シュテークリッツ"を活かすなら "生徒","校" を活かすなら "マリーエンドルフ" である.Oberreal- は古典中心ではなく,特に近代の科学に重点をおく,ということらしい.

 登場者の身分の違いにも注意が要る.貴族 Adlige > ブルジョア Bourgeoisie > 勤労者・職員 Angestellte > 労働者 Arbeiter > 見習い Lehrling という厳然とした身分差があった.この序列には技能職の親方 Meister や職人 Geselle などが入っていなくて不完全であるが,真ん中あたりで,雇用者被雇用者が分かれる.別途,医者,弁護士,大学教授なども身分としてあるのはもちろんのこと.Günther Scheller と Hilde (Hildegard) の親は Bourgeoisie,Paul Krantz の親は Arbeiter,Hans Stephan は Lehrling にあたる.Paul Krantz の親は Arbeiter であるとはいえ,本人は大学進学を視野に入れた Gymnasium に通っている.一方,Hans Stephan は実業学校にさえ行けず,コックの見習いをしている.もうひとりの関係者 Elli については姓・苗字などを含め,詳しいことは判らない.Hilde と同窓,ほぼ同年齢であろう.

 Gymnasium の修了と大学入学資格を得る試験が Abitur であり,その候補者は Abiturient と呼ばれる."Primanar" は 8 年生・9 年生をいうと辞書にあるので,"Oberprimanar" である Günther Scheller は 9 年制 Gymnasium の最上級であったと知られる.小学校は 4 年間,そのあと,将来大学に進学するつもりの者が 9 年制の Gymnasium に入る.Gymnasium を高等学校と呼ぶのは適切ではない.年齢的には,最上級なら我国の現在の学制では大学の一年生にあたる.

 上のシーンを見れば分かるように,カラーであるが,全体としてセピア色になるようにしてある.Mahlow の夜の場面では蝋燭が多用されているので,そこにはまだ電気が来ていないのかとも思ったが,よく見るとそうでもない.

 映画の初めと終りに出てくるところが モアビート Moabit の拘置所 Justizvollzugsanstalt Moabit ならびに裁判所 Das Landgericht Berlin - Moabit である.

 Hilde と Elli が行っていた "Moka Efti" は,当時は Leipziger Straße 29, Ecke Friedrichstraße にあった.右は 1926 年開店時の新聞広告.Moka Efti, Cafe am Tiergarten, Bellevuestraße 11,Potsdamer Platz 近くになったのはもっと後のことのようである.そこは当時まだ Cafe Schottenhaml という名であったらしい.

 この黄金の二十年代,ベルリンの Kabarett に代表されるその大衆文化を支えたのが上記の新たに生じた階層:勤労者・職員 Angestellte であり,これが近代のサラリーマンの先駆けハシリ である. 映画 "嘆きの天使 Der blaue Engel, 1930" や "キャバレー Cabaret, 1972",あるいは "バーグラーズ 最後の賭け Sass, 2001", "Comedian Harmonists, 1997" などがその様子を映している.

 この映画では,上記のような場所をそれぞれ特定できる映像は全くというほどでてこない.最初に "nach einer wahren Begebenheit" という宣言があるだけである.我らの忠臣蔵のように,どういう事件であるかを観客が承知しているということであろう.

 当時のベルリンの様相,熱狂を知るには,またさらに通の方には,モノクロ映画ながら,"Berlin. Die Symfonie der Großstadt", 1927 がピッタリである.幸いにも You Tube で 公開されている.

 所番地などの情報については,独語 Wikipedia: "Steglitzer Schülertragödie" のページ,下部で Weblink になっている二番目:
  Christian Simon: Die Steglitzer Schülertragödie von 1927, Steglitzer Heimat 2 / 2004, S. 34-39, Heimatverein Steglitz
から多くを得た.独語 Wikipedia だけでは事実を認識するに充分でない.いまは残念ながらその Link が切れている.S. 34-35S. 36-37S. 38-39

 この映画の芯となる提示は独語版ポスターにある "Liebe ist der einzige Grund, für den wir zu sterben bereit sind." そのものであろうが,映画が始まってしばらく,Paul Krantz が,"Liebes Weltall, angefangen hat alles vor drei Tagen., さても,すべては三日前に始まった" と過去を語りだし,金曜日に学校から解放される少し前,Paul Krantz が開いている本のページ,章の表題が Fraktur 書体の "Vom freien Tode, 自殺について" であり,そのあと,Paul が Günther Scheller を眺めて,"Ich glaube, er war zu diesem zeitpunkt schon ganz woanders., 彼はそのときすでに心ここにあらずという状態であったと思う" というところで筋の大半が明らかになっている.DVD の字幕ではそこは「ギュンターの目はすでに遠くを見つめていた」となっている.また.この映画は "Wir haben das einzig Richtige getan. Wir haben gelebt." という Günther Scheller の言葉で終わっている.一人称複数主語である.詩と言葉を尊び,精神の高揚を概念化し,生きることの意味と理想を若者が,特にエリートと自負する者は,考えに考える,という慣習や教育の素地があるところで,その時代にはほとんど望み得ないひとつのことだけに最高の価値をおいていた (それが "青い棘") がゆえに,一転絶望に見舞われた.理想と退廃が共存する社会が背景にあった.

 Paul と Günther は土曜日の夜,協定を結んで誓いを立てた.翌日曜日に Günther は実行し,Paul は留まった.誓いを反古にしたのであろうか.自分の状況は "Die Liebe in Gedanken" であると思いあたり,"Was nützt?" と昨晩,当の Hilde からそう問われたのが蘇ったに違いない.誓いは真実の愛に対してのものであった.Günther のそれが真実であったかどうかは分からない.独語版ポスターだけですべてが解説されている.映画の原題こそが解説である.傍聴席に来ていた Hilde の涙には Paul を救えた喜びが含まれていよう.

 Paul Krantz に判決が下り,Moabit の裁判所から出てくるところを学校の制服を着た Elli が迎えるものの,柱の影から前へは出ない.Paul は彼女に気付くが,話しかけはしない.五人の若者のあいだで各人の思いに順繰りにすれ違いがあって,それがこの事件の底流である.五人のうちで,Elli だけがまだしも真っ当であった.一生結婚しなかったと最後に字幕で語られる.

 アブサン Absinthe の正統的な飲み方もこの映画にでてくる.ドイツでも禁止されていたので,おそらくスペインか東欧からの闇屋もの.これの向精神作用が事件を引き起こしたという筋書きになっているわけではない.大人が若者に渡して嗾ける ケシカケル

 Hans Stephan がコックの前掛け姿で Hilde と Elli の前にいるのが "Moka Effi" であり,そこにいた Zipfer という,にやけたおっさんの運転する車で Hans は夜になってから Mahlower See の Summer House にやってくる.その車は,メータが Mile per Hour で刻まれた右ハンドルの Jaguar.おそらくは Jaguar SS One.ただし,SS One は 1927 年にはまだ生産されておらず,数年の齟齬がある.そのおっさんがアブサンを携えてきた.ブルジョアである.




"Die fetten Jahre sind vorbei" 2004,ベルリン,僕らの革命

 Daniel Brühl, Julia Jentsch,


 Über ein kurzes !




"Oh Boy" 2012,コーヒーをめぐる冒険

 2014 年 2 月に我国にも配給されたらしいが,そのときには全く気がつかなかった.ベルリンでの話ということに惹かれて,それより少し前に観ていた.しかし,この映画を愉しんだとは言えない.もちろん邦題を知らなかったが,いま内容を思いだすと,"コーヒーをめぐる" というところまでなら承服できる."冒険" はそぐわない.大学を中退してしまって定職にも就かず,親を騙している脛齧り スネカジリ の話である.監督は Jan-Ole Gerster."Ein Freund von mir", 2006 に Cornelius 役で出ている.

 Monochrome で Contrast の強い映像,焦点深度は浅い.解像度の高い Carl-Zeiss レンズで撮った写真のようでもあり,Film Noir に戻ったようでもある.何十年も前を想定しているのかというとそうでもない.通貨はユーロであるし,携帯電話も持つ.旧東ベルリンを走る Tram は低床式の新型.

 朝一番にコーヒーを断ってからその日の夜中まで,何度もコーヒーを飲み損ねる.それ以上に,その日の出来事すべて,幸運 ツキ に見放された一日,まず最初に Tram M1 の Mitte, Am Kupfergraben 行きの市電を追いかけてそれに乗れず.

 主人公の Niko Fischer は Prenzlauer Berg に引っ越して間もない.U2 の Bahnhof Eberswalder Straße の近くのアパートである.地下鉄の路線でありながら,このあたりでは高架で走る.入母屋式,特徴ある屋根と駅手前のアーチとで駅を特定できる.映画の最初と最後に電車が動いている遠景でこの駅が示される.

 友人の Matze が昼食につれて行ってくれ,小学校で同級であった Julika Hoffmann に出会ったところが,"White Trash Fast Food",そのあと,映画撮影所に寄る.ベルリンの撮影所といえば,Babelsberg が著名であるが,そこなのかどうかは分からない.そこから金を無心するため父親に電話をかける.ここまで来いと言われ,父親に会うためにゴルフ場に行ったが,大学の法学部を二年前に抛擲してしまったことやそれを告げずに隠していたことを父親に指摘され,月 1000 € の仕送りも切ると言われてしまう.

 そこから徒歩で森と麦畑を抜けてたどりついたのが S8 の Bahnhof Schönenfließ,この駅まで歩いて行ける距離には現実のゴルフ場はない.帰り道,U2-Bahnhof Deutsche Oper のプラットホームで,Kontrolleure から Schwarzfahrer であるとして 40 € の罰金を請求される.なんとか逃げ切って Bahnhof Friedrichstraße に出,駅近くの店でガムと小瓶のウォッカ二本を買い,一旦帰る.Tram M1 の Schillerstraße 行きが Bahnhof Friedrichstraße を経由して U2- Bahnhof Eberswalder Straße を通る.

 夜 Matze が再度迎えにきて,一軒寄道したあと Tacheles へ Julika が主役の前衛舞踊劇を見に行く.済んでから言い争ったり,チンピラと喧嘩したりし,Julika とも仲違いして,独りでまた Bahnhof Friedrichstraße に.Tram M1 で帰るつもりのところ,通りがかった Bar に入る.

 そこで水晶の夜 Kristallnacht の実体験を彼に語った老人 Friedrich に付き添って救急車で行った先の病院が Charité,老人は亡くなる.

 翌朝,陽が昇り始める頃,U2-Bahnhof Eberswalder Straße 近くのカフェでようやく真っ当なコーヒーにありつく.

 この映画に出てくる車で特記しておくべきものは一台だけである.友人の Matze が迎えに来て Niko を乗せる.それが下の写真.元から付いていないのかもしれないが,走行中,二人共シートベルトを締めていない.外観が映されるシーンが極めて少ないので,車種の判別は難しいが,角目とか Hatchback とかから,おそらくこれは Dacia 1325 Liberta.製造期間は 1991-1996.

 ゴルフ場での父親への彼の返事は "Ich habe nachgedacht.","Nachdenken" は上の "Was nützt die Liebe in Gedanken", 2004 と共通する.高邁と若者が考えている架空である.「定収もないし,今日からどうして生活して行こうか」というようなことは "Nachdenken" とか "Gedanken" とかには当てはまらない.孤独な現実に引き戻された朝のコーヒーは苦かったであろう.で,原題は Oh Boy.




"Ich bin die Andere" 2006,もうひとりの女

 2013 年後半,"ハンナ・アーレント Hannah Arendt", 2012 という映画が神保町の岩波ホールに掛かり,それに中年の人達が押し寄せたという.その映画の監督が Margarethe von Trotta である.その監督のことをほとんど知らなかったし,その人が監督した映画と言われても直ちには思いあたらなかった.この映画は彼女が監督したもののひとつである.これにも August Diehl が出ている.

 女性弁護士 Dr. Carolin Winter と娼婦 "Carrotta" という同一人二重人格女性 Doppelgängerin と彼女の屈曲した父娘関係が主要テーマである.その相手役は若き橋梁設計技術者 Robert Fabry.彼女の婚約者となった Robert Fabry の前に,この映画の最後に,後者人格を象徴する赤い衣装で,招待客を待たせてあるレセプション会場,葡萄畑の丘頂上へ彼女の父親と共に電動リフトに乗って登ってくる,その人こそが "die Andere" であるはずであり,邦題の「もうひとりの女」というよりは,「もう一方の女 (人格)」というのが本来の意味であろう.もともと "ander" というのはそういう意味の語彙であり,英語の "other" と同一ではない.他というより,二つのうちのもう一方である."andere" と女性形になっているのは言うまでもない.

 橋梁設計技術者 Robert Fabry は相当の高級取りらしい.彼が乗っている Silver 色の Audi B7 (Typ 8E/8H), "A4 Avant",そのナンバァプレートにある "STA" の文字を見て直ちにその登録地域が Starnberg と知らないと状況を把握したことにならない.

 Starnberg は München の南西に位置し,そこにある Starnberger See シュタルンベルク湖は Ludwig II ルートヴィヒ二世所縁の湖,Johannes Brahms ブラームスが一夏を過ごして,ハイドンの主題による変奏曲を書いたとされる Pension もあるという風光明媚で知られたところ.秀逸なイタリア料理を出すレストランもある.München への通勤も可能な高級住宅地であり,München 子にとっては憬れの場所,貧乏人は週末に湖畔一周のサイクリングを楽しむのが精一杯.

 それもそのシュタルンベルク湖の岸に直に面した広い土地に瀟酒かつ立派な二階建て,モダンで凝ったインテリア,という家に Robert Fabry は住んでいるのである.Celebrity/Berühmtheit に属した建築家 Architekt というのではなく,技術者 Ingenieur でそこまで高級取りというのが解せない.橋梁設計にもコンクール Competition/Wettbewerb があって,そこで勝てば大金が得られるということであろうか.

 この橋梁設計技術者 Robert Fabry が受注契約交渉のために Frankfurt に出向き,五つ星ホテルにチェックインする.そこで会ったのが後者人格 "Carrotta".翌朝,"Dr. Maiser & Associates, Rechtsanwälte, マイザー法律事務所" を訪れて旧知の弁護士 Dr. Maiser から紹介され,契約についての提案を受けたのが前者人格 Dr. Carolin Winter.

 その Dr. Carolin Winter の実家はドイツワインの主要生産地 Rheingau にある Winery/Weingut である.葡萄栽培・ワイン醸造といえば,貴族の家柄か富豪と相場は決まっている.その地所の高台,東屋 あずまや のある見晴らし台で前者人格 Dr. Carolin Winter が Fabry に周りの風景を説明する,そこでの前方やや左奥に Rochusberg の丘,前方多少右遠方に Rupertsberg の丘という.ともに Bingen にあり,Bingen は Rhein 河の南側,それらの丘は Rüdesheim am Rhein の対岸にあたる.それらの方角からみて,実家の Weingut は Rhein 河北側,Rüdesheim 側,河ぞいの南面に位置すると知られる.電動リフトの軌道下端は河にかなり近い.Rochusberg や Rupertsberg は中世の聖女 Hildegard von Bingen に因む地である.その家での夕食には白ワインはなく,赤ワインが供されている.Spätburgunder であろうか.彼女の母親はその赤ワイン一壜をほとんど一人でガブ飲みする.それにしても,Winery/Weingut で働いている人の姿が全くないのは奇異である.父親は片岩土壌 Schifer に詳しいと高台で彼女は説明している.それは白ワイン,特に Riesling に関係していよう.

 Robert Fabry は自分が彼女と結婚することによって彼女のトラウマを取り除こうとする.父親はそれをも妨害する.ここに登場する人物の多くが奇人,倒錯人ないしは世捨て人である.そうしたことを現実に近い状況として受け入れ,共感してこの映画を観ることのできる人は多くないであろう.

 筋にドンデン返しはない.後段での出来事を予見させる種が明示的に置かれている.我国で高い評価が得られるとはとても思えない.

 葡萄畑に橋の建設と揃えば,Mosel モーゼルに建設予定の高速道路とその高架橋が思い起こされる.葡萄畑への水源の問題などで論争が収まらないまま,2014 年のいまも工事が進められているようである.橋梁設計で Robert Fabry はモニターに映し出された Ansicht "A" Fahrbahnseite "Süd" M1511 という図面を前に同僚と議論するが,その態度は投げやりである.そこの高速道路の橋を担当しているという設定なのだろうか.




"Rosenstrasse" 2003,ローゼンシュトラーセ

  (多く,"ローゼンシュトラッセ" となっているが,そういう発音ではなく,長音)

 上に挙げた映画の監督が Margarethe von Trotta であり,その映画の中味がもうひとつであると感じたから,この人が監督した映画をもうひとつ見て,だめなものはだめとしようと思ったのであるが,この映画は予想に反して佳作であった.舞台がベルリンであることにも興味をそそられた.

 映画のタイトルになっているのは Rosenstraße 2 にあったもとは Jüdischen Gemeinde (Jewish Community) の福祉関係の建物,1943 年にそこに拘束されていた異人種婚の夫たちをアーリア系の妻たちが救おうと努力して成功した Rosenstraße-Protest 事件 のことである.1943 年当時と現在との時間差は 55 年くらいに設定されている.史実と異なる部分もあって,歴史家からの批判もないではないが,批判は批判で別途読めばよい.異人種婚と混血ユダヤ人問題 "Mischlinge", "Mischehen"/ "Intermarriage" とか "Geltungsjude/Jew by definition" といった問題が扱われている.

 主人公 Hannah Weinstein ハナー (主人公は Lena Fischer レナであるかもしれず,そうしたらこの人は副主人公) の母親 Luth Weinstein ルース (ルート) は老齢 (とはいえ 60 代) となり,夫に先立たれた,かつて第二次大戦の最中,ナチスが支配するベルリンにおいて,自分はまだ子供 (7 歳ないしは 8 歳) であったが,異人種婚であった自分の母親がユダヤ系であり,アーリア系の夫から離婚され,捨てられたことで両親を失ったうえ,ナチス定義の "混血ユダヤ人" 特権も剥奪された記憶を,いま住んでいる New York で蘇らせ,Hannah と非ユダヤ系白人男性との結婚に反対している.ユダヤ系の夫をアーリア系の妻が見捨てなかった例が多いのに較べて自分の父親はその逆であったから,娘の婚約者も同じようにするに違いないと内心疑念にかられているのである.

 下の 地図 が auguststrasse-berlin-mitte.de という Web site に出ていた.これで当時の街の配置がよく解る.この地図では Rosenstraße には路面電車が走っている.映画に出てくる通りは路面電車の走る方向とは直角に交わっているので,Heidereutergasse であるのかもしれない.ある時期まで Rosenstraße の建物内にいて,その後 "Bin ich auf dem Weg nach Osten. Kopf hoch, Hans" という葉書を送ってきた Hans Singer.彼のアーリア系の妻で,速記タイピストをしていた Klara Singer を伴って Lena が抗議に行ったところは下の地図の地点 (4) in der Burgstraße 28, dem Sitz der Gestapo in Berlin-Mitte Judenreferat der Staatspolizeileitstelle Berlin である.Prinz-Albrecht-Straße いまの Niederkirchnerstraße にあったゲシュタポ本部とは別に,ユダヤ系の問題を扱っていた部署.


1. Gebäude der Sozial-Verwaltung der Jüdischen Gemeinde, Rosenstraße 2-4; Gefängnis während der "Fabrik-Aktion".
2. Die "Alte Synagoge", Heidereutergasse 4.
3. Jüdisches Altersheim, Große Hamburger Straße 26.
4. Gestapo-Leitstelle Berlin, Burgstraße 28; (mit dem Berliner Judenreferat; auch in dem Gebäude Burgstraße 26 befand sich eine Dienststelle der Gestapo.
5. S-Bahnhof "Börse", heute "Hackescher Markt", zu DDR-Zeiten "Marx-Engels-Platz".

 なお,いまのベルリン街区を調べるなら,Google Map などにあわせて,ベルリン市街図 の Web site へ行くのがよい.

 Luth を助けた Lena は当時 30 代,過去を Hannah に綴るいまの Lena は 90 歳近く.Kreuzberg 地区,Chamissoplatz に面したフラットに住んでいる.Hannah が Lena の話をそっくり理解できるのは,ドイツ語を不自由なく使えるからである.母親 Luth から仕込まれたが故であり,母親 Luth が娘 Hannah に教え込んだのは,自分が実の母から継承したものがドイツ語だけで,それ以外の何ものもなかったことに由来する.Jiddisch/Yiddish 語ではなく,ドイツ語であったところに異人種婚であったことの悲哀がある.

 Lena の弟 (兄) Arthur von Aschenbach は Stalingrad 攻防戦にて左足膝から下を吹き飛ばされたが,戦場の英雄・騎士十字章受賞者として振る舞うことができた.釈放することにしたのは宣伝相ゲッベルス Goebbels,ベルリン大管区長官でもあった.これは彼の日誌にも書き付けられていることらしい.Babelsberg の Ufa 撮影所での Premiere のパーティに Lena と女優 Litzy を導いたのは Arthur であり,そこでの彼女らの訴えがなければ釈放には至らなかった.ナチスといえども,国外ではともかくも,国内で,特にベルリンで,国民から "人殺し" と呼ばれ続けるのは避けたかったのであろう.

 Moabit の Levetzowstraße に Synagoge があって,そこが Sammellager になっていたことをこの映画を観て初めて知った.上に挙げた "Der letzte Zug", 2006 が主題とする Berlin-Grunewald 駅 17 番線への繋ぎの場であった.Levetzowstraße に作られている出発列車表示板を模擬した透かしの鉄板が訴える迫力は現地を訪れていなくても充分想像できる.

 Hannah 役の Maria Schrader は "Aimée & Jaguar", 1999 や "In Darkness, 2011, ソハの地下水道" に出ている.
 Lena 役の Katja Riemann はすぐ上の "Ich bin die Andere", 2006 での Carolin Winter 役.遅咲きの女優か.
 Arthur 役の Jürgen Vogel は "Ein Freund von mir", 2006 にて Hans 役.




"Der Verdingbub" 2011,The Foster Boy

 すぐ上の "Rosenstrasse", 2003 での Lena Fischer 役,もうひとつ上の "Ich bin die Andere", 2006 での Carolin Winter 役の女優 Katja Riemann がこの映画で汚れ役を演じている.スイスはエメンタール Emmental に住まいする極貧農家 Bösiger 家の主婦で里親.この地域のドイツ語は Schweizerdeutsch のなかでもとりわけ特異な Berndeutsch.彼女がそれをしゃべる.なかなかの汚れップリ.エメンタールはエメンタールチ−ズで広く世界に名が知られるところ.

 ドイツの資金がかなりつぎ込まれたらしいが,これはドイツ映画ではなくてスイス映画であり,スイスの黒歴史があからさまに語られる.それが遥か昔のことではなく 1960 年代あたりまで続いていたこととある.孤児や片親となった児童が "強制的に" 農家へ養子に出され,そこで過酷な労働に従事させられた.慈善の体裁をとりながら,現実は最も安価に労働力を確保するというだけのもので,それに役所と聖職者が通常業務として関わっていたという,そういう内容であり,一例である.驚くべきことには,両親二人共に喪った孤児だけがその対象になっていたのではなく,この映画の中にも出てくるように,母親がいるのに,警官が複数で家に押し寄せ,その娘達を無理矢理連れ去るというようなことがなされている.孤児のドイツ語は Weise であるが,日本語でいう孤児のニュアンスと異なり,両親共にいない場合だけでなく,片親がいない子供のこともいう.その社会において "世間の常識" となっていることには,それがいかにおぞましいことでも,世間は一顧だにしないことをこの映画は我々に教えてくれる.スイスは外国人労働者について,現在でも極めて割り切った,情け容赦ない政策を採っていると言われる,こういうところにその下地があって,まだ消えていない底流となっているように思われる.この映画は我国で公開されたことはまだないようであるが,実に残念なことである.監督は Markus Imboden.題は "里子" の意.単に "里子" なら Pflegekind であるが,Verding には "働きに出す" という意味が含まれる.Duden には,主従関係があるとか,見合わない金で雇われるというようなことが書かれている.

 映画の始まりは 1955 年に設定されている.里子として Bösiger 家に来た 12 歳の少年 Max,彼は孤児院からつれてこられ,別途 15 歳の少女 Berteli,彼女は上に書いたように母親から引き離されて.Max は Bösiger 家の次男が亡くなって数日後に農家の働き手として,Berteli は Bösiger の母親が寝たきりであるその世話係りとして.場所はエメンタール Emmental の Trub,そこの Dunkelmatt というところらしい.Dunkelmatt というところがどこにあるのか特定できないでいるが,この地域には "- - matt" というところが幾つも存在するので,土地の名称であると思う.

 Bösiger はここでは苗字であると考えている.この里親夫婦は Bösiger, Bösigerin としてしか出てこず,箇々の名前は分からない.母親が亡くなって埋葬されるときの Bösiger の服装が右上の齣.どれだけ困窮しているかが知られる.里子を引き受けるにあたって Bösigerin は,養育費であろうか,なにがしかの金を聖職者から受け取っている.

 映画巻末近くで,出仕事で来たことのある肉屋の親父が Max に 20 SFr を恵み,これで Basel まで行けという.Basel は Emmental の北にあたる.Basel から Rotterdam までは Rhein/Rhine 800 km を行く船に労働者として,また,アルゼンチンへ行く船にも給仕として乗った.

 この映画には何台かバスが登場するのであるが,それらは Boden 湖畔 Arbon にある Adolph Saurer AG というトラックやバスなどを専門に作っている会社のものである.上の齣にあるように,スイスの山岳地帯の観光用に屋根もガラス張りというものがあったと分かる.

 『泥棒日記』などで知られたフランスの作家・詩人・劇作家,ジャン・ジュネ Jean Genet (1910 - 1986) は母親に棄てられ,パリの孤児院に入れられた.そこから農村 Alligny-en-Morvan に送られて,樵きこり 夫婦の養子になった.支給される養育費を目当てに養子を取る家が多かったという.ジャン・ジュネ脚本,ジャンヌ・モロー Jeanne Moreau 主演『マドモアゼルMademoiselle, 1966 ではそういう農村が舞台になっている.『やさしい本泥棒The Book Thief / Die Bücherdiebin, 2013 も里子の話である.




"Das finstere Tal" 2014,The Dark Valley

 ドイツとの合作とはなっているものの,これはオーストリア映画である.出で立ちは西部劇,筋はこびは Mystery 風の復習潭 Vendetta / Revanche / Revenge.西部ではない西部劇であって,"Alpen-Western, Österreichischer Western" と呼ばれる分野に属するとのことであるが他のものを知らない.残念ながら,この映画は我国ではいまだ公開されていない.監督は Andreas Prochaska,苗字の最後が "a" で終っているので女性かと思えどさにあらずの男性,馴染みのある俳優は一人もいない.

 すぐ上に掲げた "Der Verdingbub" に似た雰囲気.ヨーロッパアルプスの高地に隔離されたかのような小さな村,貧困に塗れ細々と暮らす村人ほぼ全員の生活すべてを支配する Brenner 一家の家長 Brenner-Bauer とその六人の息子達 Hans Brenner, Luis Brenner, Hubert Brenner, Otto Brenner, Rudolf Brenner, Edi Brenner.彼らは誰にでも常に "du" で話す.この家長 Brenner-Bauer にかつて陵辱された女性を母に持つ若者 Greider が,写真師に身をやつしてアメリカから復習に訪れる.他の村民誰にもできなかったのに彼女だけがその村から脱出しえたのは,馬に乗せられ拘引されている途中で馬が急に暴れだしたという偶然による.

 単に初夜権 "Herrenrecht / Droit du Seigneur" を行使するというのではなく,妊娠するまで解放しなかった.映画の中では以下のような表現になっている.ドイツ語では遠回しな言い方であるが,英語字幕なら直裁的ではっきりわかる.それを村人の該当者すべてにやってきたというのである.なんともおぞましい話ではある.
 [独音声] Der verhindern wollte, dass der Brenner bei ihr liegt. Nicht nur in der Hochzeitsnacht. So lange, bis sie guter Hoffnung ist. Wie bei allen im Tal.
 [英字幕] He didn't want Brenner to lie with her ... not only on the wedding night, but until she fell pregnant ... as he had done with every woman in the valley.

 時期は 19 世紀も終る頃の冬,雪の降り始めから雪解けの春まで.場所はオーストリアのチロル.撮影は現在のイタリア,Trentino-Alto Adige 州, Val di Senáles / Schnalstal となっている.Overvinschgau と呼ばれるところ.第一次大戦以前はオーストリア領であったから,そのままでも矛盾はない.使われている教会は Schnalstal にはなく,St. Veit Kirche am Tartscher Bichl, Malles Venosta/Mals in Vinschgau.こちらは Val di Mazia / Matscher Tal.

 Brenner 家の長男 Hans に金貨を渡して一冬留まりたいと言う主人公 Greider を Hans は寡婦と娘 Luzi が二人で暮らす家に連れて行き,Luzi に Greider の世話を命ずる.Brenner 一家の家長 Brenner-Bauer によりかつて自分 Greider の母親たる女性とその婚約者になされたことが,Brenner 一家の息子達によって折しもいま Luzi とその婚約者 Lukas に対して行われようとしていた.昔も今も全く変わらない.当時もいた教会の司祭 Pfarrer は結婚の契りを祭主し,天に定められた運命を受け入れるようにと説教する.


 上の齣が Brenner-Bauer の六人の息子,材木を山から降ろす作業中:左から順に Hans, Rudolf, Luis, Otto, Edi, Hubert

 最初に死人が出るのは材木を山から降ろす仕事の行き違いから,殺されたのは Brenner 一家の者ではなく,かなりの歳いき*1.次いで,Rudolf Brenner が単独で鹿狩りに出たときに殺される.Rudolf の眼に刺さっていた蹄鉄釘から Brenner 一家は Greider の仕業であると気付く.Greider は果たし合いの場所と時刻を彼らに告げる.そこの東屋に襲ってきた Hans, Luis, Otto, Edi の四人を銃の装弾性能の差もあって Greider は単独で倒す.その後,Greider は Brenner 一家の屋敷に向かう.そこで残る一人 Hubert に後ろから殴られ,銃で撃ち返すも相手の脇腹を擦っただけ,さらに右肩に火掻鈎を打ち込まれ,もはやこれまでというところで Luzi の婚約者 Lukas が先に奪ってあった古式銃で Hubert を撃ち殺し,ようやく Greider は助かる.家の二階に上がって,寝台にいる Brenner-Bauer と会う.そのとき発せられた言辞は「おまえはおまえの兄弟を殺した.自分にもそうせよ」,やや間をおいて Greider は静かに銃の引金を引いた.実の父親を殺したのである.

 他に主人公が復讐を果たす相手はまず教会の司祭,これは殺害,それ以外に,村に一軒ある宿屋兼呑屋兼食糧品屋兼雑貨屋*2 の経営者夫妻 Wirte,その昔 Greider の母親とその婚約者は匿ってもらうために金を渡したのにこの夫妻はそれ以上の金を Brenner-Bauer から受け取って二人を売った.Greider はこの夫妻を殺しはしなかったが,その妻 Wirtin には金貨を飲み込むよう強要した.

 こうした復讐の結果,自由を得た村人は,しかしながら,誰もそうなったことを喜びはしなかった.その理由や如何に (以下に):
 [独音声] Aber jeder hat gewusst, dass es viele gegeben hat, .....die ihn verjagen haben wollen. Oder gar was Schlimmeres antun. Der Brenner-Bauer hat ja in jeder Familie seine Saat hinterlassen. Und die Freiheit ist ein Geschenk, .....das sich nicht jeder gern machen lässt.
 [英字幕] Nobody said a thing, although there were many who wanted to chase him away. Or do worse. Old Brenner had sown his seed in every family. And freedom is a gift that not everyone likes to receive.

 映画の導入部で Luzi のナレーションとして語られる言葉は映画を最後まで観たあとで活きてくる.
 [独音声] Luzi: Es gibt Sachen, über die darf man nicht reden. Sachen, die früher passiert sind. Vor langer Zeit. Aber dass man nicht drüber reden darf, heißt nicht, .....dass man es je vergessen kann. Es gibt nämlich Sachen, die lassen sich nie mehr vergessen.
 [英字幕] Luzi: Some things may not be spoken of - things from the past - from long ago. But this does not mean you can ever forget them. There are things that can never be forgotten.

 *1 この映画のあらすじは下記の Wikipedia で読める.ただし,最初の死人を Brenner 兄弟の一人としているのは誤り.兄弟は六人であって七人ではない.
  https://de.wikipedia.org/wiki/Das_finstere_Tal
  https://en.wikipedia.org/wiki/The_Dark_Valley
 *2 ここで主人公 Greider は Brenner 一家の Hubert から出された シュナップス Schnaps を拒んで暴力をふるわれ,押し倒されて無理矢理飲まされる.




"Gold" 2013,黄金

 上にオーストリア西部劇 "Alpen-Western" を挙げたが,"Deutscher Western" というものもあるというので,ことの序でツイデ に観ることにした.我国では 第六回京都ヒストリカ国際映画祭 で上映されたらしく,『黄金』はそのときの邦題.アメリカに移住した七人のドイツ系移民がそれまでに貯えた金を注ぎ込み,グループを組んで 1898 年夏に "Klondike Gold Rush" の地を目指す.そのうちの一人,主人公 Emily Meyer を Nina Hoss, 自ら一行のリーダーとなるべく New York で新聞広告を出し,高額の参加費を徴収しながらまともに道も知らない詐欺師 Wilhelm Laser に Peter Kurth.この人は Ein Freund von mir, 2006 にも出ていた.監督は Thomas Aslan.

 集合場所に最後に到着したのが Emily Meyer.彼女は Bremen から Chicago に来て五年間家政婦をしたのち結婚したがすぐに離婚した.リーダーである Wilhelm Laser の素性は映画では明らかにされていない.他五人の参加者といえば,アルコール依存,安月給でくさっている New York の新聞記者 Gustav Müller,馬や荷搬送の世話に雇われてもいる Carl Boehmer,レストランを売り払って賄い役として幌馬車付きで参加した Otto & Maria Diez 夫妻,妻と子供にまともな暮らしをさせたいと願う Joseph Rossmann.ドイツ系移民だけで金採掘の一団を組むという題材が幾分目新しい.ここが見所というものも特にない,淡々/坦々とかなり冗長に進行する 1 hr 40 min.音楽もらしきものではなく,弦を弾いたような単音が続く.グループの中ではドイツ語で会話,他に対しては英語.

 Canada は Vancouver の北東,鉄道の終点 Ashcroft にある農場に集合してそこから出発し,Quesnel, Hazelton, Telegraph Creek, Teslin Lake と巡って Dawson City へと行く手筈.Ashcroft Route と呼ばれたコースである.Dawson City が Klondike 金鉱地の中心.最初の齣に "Klondike Outfits" の幕が建物の外壁に掛かっているのが見える."Outfits" は装備一式.平穏に幌馬車も動けたのはせいぜい Quesnel まで,そこを出てほどなく右後の車輪が壊れる.Rossmann は自分は大工だから直せると云うが,リーダー Wilhelm Laser は先を急ぐからと幌馬車を放棄させる.この辺りですでに Laser は自分の持つ地図と現実との乖離に直面し,方角を見失い始め,他者の持ち金を盗んで自分は抜け出そうとする.彼が離れたあとの道程も難行苦行,なんとか Hazelton まで来て Diez 夫妻はそこで諦める.

 それ以降,Gustav Müller は熊狩の仕掛けに右足首を咬まれて壊疽で落命し,そうしたことを見続けて来た心優しいバンジョー弾き Joseph Rossmann は発狂する.幌馬車を,馬を,人をと,構成員を順次失い,とうとう二頭と二人だけで Telegraph Creek に辿りついた.そこまで来ることのできた荷搬送人 Carl Boehmer は二年前に Virginia の農場で働いていたとき牛泥棒の一人を撃ってしまい,その兄弟から付け狙らわれていて,Telegraph Creek で彼等に射殺される.木製の墓標に "In Memory of Carl Boehmer, Native of Austro-Hungary, Died Sept 7 1898" と.さらに先に進もうと残ったのは Emily Meyer のみ,それでもいまだ全行程の半分にも満たない."Klondike" は Canada の Yukon Territory にあり,アラスカと同緯度の極寒地,その手前には難所のチルクート峠 Chilkoot Trail*1 もある.映画は Telegraph Creek までで終わる.単独騎乗の Emily Meyer にその町の爺さんが "Where are you heading to, lady?" と訊く,その答えが "Dawson!".

 新聞広告を出して人を集め,金鉱までのグループ旅行を企画した Wilhelm Laser は杜撰かつ無責任で,自分にできないことを出来ると思い込む誇大妄想狂であった.Quesnel や Telegraph Creek は郵便局まであるほどの町なのだから,そこへは日常的に人が行き来しており,当時ですらもっと一般的な道が確立されていたはずである.現在これに近い経路で移動するなら,Ashcroft - Quesnel: BC Highway #97, Quesnel - Hazelton: Trans-Canada Highway #16, Hazelton - Telegraph Creek: BC Highway #37 and others.

 Emily Meyer が Chicago で家政婦をしていたときの一日の賃金が $1,当時の米ドルの価値と給与水準を推し量る目安になる.彼女が Quesnel で手紙を出すその費用が $1,局員は世界中どこにでもと言っている.Gustav Müller がその町の Saloon に入ったときの,グラス一杯と三本のウィスキィへの請求額が $30,これは余所者と足下を見られ,ぼられてのことに違いない.Canadian $ でのことかもしれない.US$ と Canadian$ は 1873 年ころから一対一でなくなっているらしい.Wilhelm Laser が参加費として徴収した額がいくらであるかは,Emily Meyer が支払っている映像だけしか出てこないので不明であるが,彼は参加費だけでなく,そのあと,Klondike 地区で金を掘る場所の費用として参加費とは別にかなりの額を Emily Meyer から徴収した.二齣目の画像がそれで,巻いて仕舞っておいた札を慈しむように/名残惜しそうに差し出している.他の参加者もそれなりのものを彼に支払ったであろうから,一行の面子が一人減り二人減りしていくにつれて,そうした資金は順次残された者に引き継がれたはずで,その意味からは,すでに馬や食料 Outfits の購入で目減りしていたとはいえ,彼女が Telegraph Creek を出立したときの軍資金は十全であったろう.

 Seattle の Pioneer Square 地区 Davidson Galleries に程近く,"Klondike Gold Rush National Historical Park" という博物館 Cadillac Hotel at 319 Second Avenue South がある."Park" とはいうものの屋外展示ではなく建物の中.そこはこの Historical Park の "Seattle Unit".Klondike に関連する展示には "Skagway Unit" 施設をはじめ,それぞれの地点に別途設置されているとのこと.Seattle は Klondike への出陣基地でもあり,また Klondike から運ばれてくる金の集散地としても潤ったようである*1

 2014 年に制作・放映された Discovery Channel : "Klondike Gold Rush" があり,英語版 DVD も出ている.

 *1 Klondike Gold Rush: The Perilous Journey North:
   http://www.lib.washington.edu/specialcollections/collections/exhibits/klondike/
   Case 1: The Rush Begins, Case 2: Leaving Home, Case 3: Routes to Riches, Case 4: Outfitting for the Trip, Case 5: Skagway and Dyea: Gold Rush Boom Towns, Case 6: White Pass: The "Dead Horse Trail", Case 7-8: Chilkoot Pass: The "Golden Staircase", Case 9: Wintering at the Lakes, Case 10: Riding the River, Case 11-12: Arriving in Dawson

 Seattle で地ビール屋を展開している Elliott Bay Public House & Brewery が,多くの銘柄のひとつとして,"Klondike Gold" という Helles ビールを出している.でも,ここでの一番を問われれば,躊躇なく "Demolition IPA".




"Epsteins Nacht" 2002,Epstein's Night

 第二次大戦中 KZ Birkenau 収容所のドイツ人親衛隊将校だった男が戦後 40 年あまり牧師をしており,教区司祭として仕切っているカソリック教会で,当時収容されていたユダヤ人三人が 40 数年を経て 1985 年,かつての親衛隊将校と邂逅する.そのユダヤ人とは Jochen Epstein, Karl Rose, Adam Rose の三人で,Jochen Epstein と Adam Rose は小学校の同窓,1926 年あたりの生まれ, Karl Rose は Adam の兄,二年くらい上で 1924 年生まれである.

 三人は幼い頃からの大の仲良しで, その遊び仲間に Hannah Liebermann という女の子がおり,Jochen, Adam と同年齢であった.特に Adam と Hannah とは互いに引かれ合っていた.1936 年,二人が十歳くらいのときからずっとである.彼等四人は 1944 年にはすでに KZ Birkenau に収容されていて,いつ何時命が無くなるかという状況におかれていた.この映画の今は 2000 年である.このように時期が四つの位相に分かれており,若い側の場面に回想シーンとして古い側が挿入されるので,そこをおさえながら観ることになる.映画の題は Jochen Epstein が逮捕される前のあの夜ということであろう.

 監督は Urs Egger.初めて見る名である.スイスの人.TV ドラマで活動し,映画館用の仕事はほとんどしていないようで,この映画の出演者もTV ドラマに出ている人が多い.それゆえ知っている俳優は Bruno Ganz と Nina Hoss だけ,あと一人 Günter Lamprecht がいるが,言われないと思い付かない.主人公 Jochen Epstein を演じる Mario Adorf は "Rossini", 1997 でのレストランの店主.

 いま現在の 2000 年の春,Jochen Epstein は Berlin の Friedrichstraße を北から南に向かって,大きな荷物をいくつか抱えながら歩いている*1.殺人を犯して 15 年の懲役,数時間前おそらく Moabit の監獄 から解放されて,自分の Flat に戻るためである.しかし,売り払うつもりで,不動産屋に二時に会うと約束してあった.そこへ死んだと思っていた Hannah Liebermann が訪ねてきた.二人とももう七十歳を越えており,Karl & Adam Rose 兄弟は共に鬼籍に入っている.

 1985 年のクリスマスイヴ.ユダヤ教ではクリスマスを祝わないしクリスマスツリーも飾らないのだが,Rose 兄弟は隣人達を招いてパーティ*2 を開くということで,老人仲良し三人組は樅の木を運ぶ.

 この兄弟の住居は Wilmersdorf に想定されているもよう.弟の Adam は収容所での記憶から抜けられず精神を病んでおり,暗がりを怖がったり,Concierge/Hausmeisterin Paula に Hannah と呼びかけたりする.Paula の娘 Katharina がコーラスの一員として唱うというので,Jochen と Adam が Spandau の教会へ送って行く.Jochen はその教会の司祭があの収容所の親衛隊将校 Anton Giesser であると見抜き,Adam もそう言われて気付いた.しかし当人は Paul Groll と名乗っていた. *1 収監中にベルリンの壁が崩れ,旧東ベルリンも自由に歩けるようになっていたので,見物を兼ねて遠回りをしたということかもしれない.*2 このパーティに出している赤ワインは Château Gaudin Reserve.

 Adam がパーティを抜け出し,独りで電車に乗って教会へ出掛け,翌早朝まで待って Paul Groll / Anton Giesser に会い,Hannah をどこへやったのかと訊く.Karl と Jochen が遅れて教会に駆けつける.ここからの 25 分間が見所である.Giesser はすべてにおいて反省なく,三人を傲慢に突っ撥ねる.彼の言辞から,収容所にて Hannah Liebermann のことでお前は裏切ったと Adam が Jochen に詰め寄ることになる.三人に "Ich war Soldat!. Ich hab nur meine Befehle befolgt!" と声高に言い,"ハンナ・アーレント Hannah Arendt", 2012 に出てくるように,まさに「悪の陳腐さ」そのものである.さらに,Jochen の右肩をピストルで撃つ.結局 Jochen は Anton Giesser を撃ち殺し,それで 15 年の刑に服する.

 終わりがけ 2000 年の春 に Jochen Epstein と Hannah Liebermann とが話しながら渡る橋が Friedrichisbrücke,後方に Nikolaikirche の二本の尖塔が見える.Berlin の Mitte,Spree 川に架かる橋で車の通れない Fußgängerbrücke は多くないのですぐに分かる.2000 年当時より 2016 年現在では拡幅されている.Jochen が Adam との子供の頃の関係を Hannah に歩きながら語るところは涙なしには聴けない.

 この映画をまずは Berlin を背景としているという意味で観た.2000 年春の場面は緑が美しく,Friedrichisbrücke だけでなく, Gendarmenmarkt, James-Simon Park, Monbijoupark など,Berlin Mitte の Museumsinsel 周辺も.この映画は充分佳作であると思われるのに,IMDb でも Wikipedia にも英語版はなく,ドイツ語でしか出ていない.Bruno Ganz は Adam Rose を好演,Nina Hoss は端役.




"Bridge of Spies" 2015,ブリッジ・オブ・スパイ

 2016 年 3 月に取り敢えず字幕なしで観た.これはドイツ映画ではなくアメリカ映画.題目からして東西間の捕虜交換らしいと推測できたし,ポスターには Potsdam 近郊の Glienicker Brücke も写っていたから,てっきり 007 "Die Another Day", 2002 の Remake かと思いきや,こちらはもう少し史実に基づき,Fiction をかなり減らした内容である.1957 年秋に米国でソヴィエトのスパイが捕まった中空硬貨事件 "Hollow Nickel Case" の張本人:ルドルフ・アベル "Rudolf Abel" と米国偵察機がソヴィエトの領空を侵犯した Lockheed U-2 Surveillance jet 撃墜事件 "1960 U-2 Incident" (1960 年 5 月 1 日) のパイロット:フランシス・ゲーリー・パワーズ Francis Gary Powers とが 1962 年 2 月 10 日に Glienicker Brücke にて交換された経緯その一部始終が語られる.これらについては Chicago Tribune, January 10, 1966 の記事 を見るのも悪くない.映画の監督は Steven Spielberg.あまりにも真正面から史実を取り上げた映画なので,これが面白いかどうかは人によりけりかと愚考する.映画の筋運びと史実との違い をまとめた Site もある.

 損害保険業務をこなしていた見かけは地味な Irishman 弁護士 James B. Donovan が New York で逮捕されたソヴィエトスパイ Rudolf Ivanovich Abel の弁護を担当するよう請われ,それを引き受けたことから話が進む.Rudolf Abel はソヴィエト軍の大佐であったが,自称画家として Brooklyn に住まいし,諜報活動を行っていた.最初の齣:廂先に "Fulton Fresh Fish", "Olympic Grocery" の文字が見え,"135" と番号が振られた建物から Rudolf Abel が出て,Manhattan Bridge 下まで行き,写生しながらベンチ裏に隠されていたコインを取って, 一段目右の齣で "Hotel Lasham" に向かう.

 ホテルの部屋に入り,安全剃刀の刃で偽コインを開け,折り畳んで入っていた薄紙に記された文字を大型のルーペで読む.拠点を二箇所もっていたと知られる.後者に捜査員が踏み込む.二段目左の齣:東側の人が持つ沈んだ雰囲気が色濃く,本人自身と鏡に映った自分ならびに自画像という三形で,画家に身を窶してヤツシテ 隠密裏に行動するスパイが表現されている.これは前者の拠点から出かける直前の映像.

 James Donovan が弁護しようにも,Brooklyn Court の判事 Byers は端ハナ からスパイは死刑以外にはありえないと取り合わない.二段目右の齣では,なんとか Supreme Court に持ち込み,30 年の禁固刑にまで減刑させる.James Donovan がそこで着ているのは Morning Coat,1970 年代までそれが 規則であった とのこと.Silver-Gray の襟付き Lapel Waistcoat/Vest,Wing-collar Shirt.Striped Tie は左下がりのアメリカ式.ただし,手袋 は持っていない.

 ソヴィエト領空で偵察中にЗРК С-75 地対空ミサイルで撃ち落とされた U-2 Surveillance Aircraft のパイロット Francis Gary Powers は Yekaterinburg (当時は Sverdlovsk) 近くで拘束された.

 合衆国国務省 US Department of State は自らの直接関与を避け,両国人の交換を James Donovan に委ねた.彼は東ベルリンのソヴィエト大使館で次席書記官 Ivan Alexandrovich Schischkin に会い,Glienicker Brücke 上で両国人を交換するという手筈を纏める.右一段目のふたつの齣がこの交換の様子を示す.

 そこでの二人の会話 [Abel]: Let's see how they greet me. [Donovan]: What can I look for? [Abel]: If I'm embraced or just shown the back seat. 

 そのあと Abel は "This is your gift." と繰り返し Donovan に述べ,向こう側へ渡って行く.Ivan Schischkin は Rudolf Abel に車の後席へ座るよう促した.実際のその後の境遇については,彼の図柄の切手が発行されているというようなところから推測すべし.

 唯一見知りの Sebastian Koch が扮する東ベルリンの弁護士 Wolfgang Vogel,彼が James Donovan に出した手紙がこの両国人交換の起点である.また,ベルリンの壁構築で出られなくなった米国人大学院生 PhD Candidate: Frederic Pryor の Checkpont Charlie での同時釈放に力を貸す.彼が乗っている車は 1960 年に出た Volvo P1800,ボディは英国製.

 James Donovan は妻の Mary には英国へ Salmon Fishing に行くと偽ってベルリンに来ていたので,仕事を終えたとき,いかにもロンドンに居るかのように装ってベルリンから妻に電話して,"Yeah, yeah, I remember that marmalade, It's that shop right by Regent's Park." と答える.あそこの店で買ってきてと頼まれていた,けれどもそれは実現しえないので結局 Hamilton's JS Marmalade を自宅に戻る途中で買ったが,蓋に Arno's 32¢ と貼られたまま.Corner by Regent's Park の店がどこで,どの銘柄のマーマレードなのかは分からないが,自分も欧州からの復路ではしばしば Frank Cooper, James Keiller, Harrods とかの,特に Coarse Cut/Thick Cut の壜を抱えている身なので,この気持ちはよく分かる.

 Donovan の自宅は郊外にあるようで,普段は電車で通勤している.乗客の顔ぶれはたいして変わらない.上二段目のふたつの齣はその通勤電車内,左側が敵国スパイを弁護しているあいだ,右は交換が終わって,James Donovan の功績が明らかになったとき.間隔は四年半.映画では 100 分.




"Im Labyrinth des Schweigens" 2014,顔のないヒトラーたち
"Der Staat gegen Fritz Bauer" 2015,アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男

 共に 1950 - 1968 年のあいだに,ヘッセン州の検事長 Generalstaatsanwalt in Hessen フリッツ・バウアー Fritz Bauer が関わったナチスの戦争犯罪を糾弾した過程が扱われる.

 前者のテーマは "アウシュビッツ裁判の実現",監督は Giulio Ricciarelli,Fritz Bauer 役は Gert Voss.Johann Radmann という若手が実働を担う.秘書は Erika Schmitt という人らしく,"Schmittchen" と呼ばれている.後者のテーマは "アドルフ・アイヒマン Adolf Eichmann の身柄拘束",監督は Lars Kraume,Fritz Bauer 役は Burghart Klaussner である.組んでいる若手検事は Karl Angermann,秘書は Fräulein Schütt となっている.

 Bernhard Schlink の小説 "Der Vorleser, 1995" を原作として,米独合作映画 "The Reader"(邦題:愛を読む人)監督:Stephen Daldry が 2008 年に公開されている.上述後者に検事役で出ている Burghart Klaussner がこちらでは 1966 年の裁判シーンにおいて糾弾し判決を言い渡す裁判長に扮している.検事の Fritz Bauer もそこに出廷していたであろうが明示されていない.


 関わりは上述前者のテーマ "アウシュビッツ裁判 KZ-Prozess".この映画では法曹関係者を,軽い罪で済ますべき者にも重罪を科そうとする人物群として,批判的に観ているとも受け取れる.主人公の Hanna Schmitz は 1922 年,Hermannstadt 生まれと設定されており,そこはルーマニアの Sibiu のことである.彼女が文盲 analphabetisch / illiterate であったこととこの出生地とで出自・人種 Zigeunerin / Rom がかなり直裁的に示唆される.第二次大戦終結までは Porrajmos の対象でもありえて,彼女が隠し通さなければならなかった外的一側面である.識字障碍.難読症 Legasthenie / Dyslexia とは違う.なお,原著 "Der Vorleser, 1995" は ここ で読める.Hanna は Michael を名前ではなく,常に "Jungchen" と呼んでいる.映画では英語なのでそこは "Kid" となっていて,原著のイメージと異なる.

 "Alone in Berlin, 2016"(邦題:ヒトラーへの 285 枚の葉書,独題:Jeder stirbt für sich allein)監督:Vincent Perez
 "Remember, 2015"(邦題:手紙は憶えている)監督:Atom Egoyan
 "Das schreckliche Mädchen" 1990"(邦題: おっかない娘,英題:Nasty Girl)監督:Michael Verhoeven

などに,市井の個人がナチスを糾弾した経緯が描かれている.

 あわせて観るべきものとして,英国での裁判劇 "Denial, 2016"(邦題:否定と肯定,独題:Verleugnung)監督 Mick Jackson.ホロコースト否定学者 David Irving と争った歴史学者 Deborah E. Lipstadt.2017 年 12 月の本邦公開が予定されているとのこと.




"Nebel im August" 2016,Fog in August

 Nazis が政権を掌握していた時代にあった ”Kinderfachabteilung“ という語彙に当てはまる適切な日本語は見当たらない.字面をそのまま読むと "子供に特化した病棟,小児科病院" というところだろうが,ドイツ語のこれには特別な意味があり,実態は "身体障害のある子供を病院で抹殺すること Mutmaßlich psychisch kranken Mörder" である.それには身体障害だけでなく,精神障害も含まれる.また,収容されたのは子供だけとは限らない.

 1944 年 5 月,イェニシェ Jenische の少年 Ernst Lossa が 13 歳で,若年者教育施設 Jugenderziehungshaus Heiligenbrück から治療看護施設 Heil- und Pflegeanstalt Sargau (現実には Kaufbeuren-Irsee) に移され,そこの所長 Dr. Werner Veithausen (現実には Valentin Faltlhauser) の判断で,わずか三ヶ月あまりで,抹殺されるという "病院殺人 Krankenmorde" を主題とした作品.この映画が我国で公開されたかどうか定かでない.Kai Wessel 監督,Dr. Werner Veithausen 役に Sebastian Koch,Ernst Lossa 役に "Jack, 2014" に出ていた Ivo Pietzcker.

 もともと Ernst Rossa は移ってきた施設に長くいるつもりはなかった.しばらくして父親 Christian Lossa が連れ戻しに来る.けれども,確固とした住所地がないことを理由に連れ帰るのを拒否される.Jenische は非定住なのである.Dr. Werner Veithausen は Christian Lossa に,なぜ教育施設にいるときに連れ戻さなかったのかと尋ね,この施設からは簡単ではないと言う.Christian Lossa の返答に,そのときには収容所に入れられていた,と.

 "Aktion T4" は "人種差別 Rassismus" と "反ユダヤ主義 Antisemitismus" とが相まって "生きるに値しない命 Lebensunwertes Leben, Life-unworthy of Life" と判定された人々は "恩寵死 Gnadentod, Mercy Death" を賜るべきとする "優生学思想 Eugenische Ideologie" で凝り固まったものであった.

 この施設にも "灰色のバス Graue Busse" はやって来る.Dr. Veithausen は栄養の全くない野菜スープ "E-Kost" を開発して Berlin の当局から賞賛されている.アーリア系自国民に対しても適用したその評判がすこぶる悪く,"Aktion T4" はこの期に中止となるが,その後はそれぞれの施設で自主的に実施するよう促された.新しく看護婦 Edith Kiefer が Hadamar から派遣されてくる.そこから処置が以前とはかけ離れて強引になり.バルビタール Barbiturat をクランベリージュースと偽って収容されている子供達に飲ませて順番に殺害する.Dr. Veithausen は死亡診断書の原因欄に "気管支肺炎 Bronchopneumonie" と書く.


 仲良くなった女の子 Nandl と一緒に逃亡しようとの計画を実行に移すその瞬間に空襲があり,Nandl は負傷し,職員ではただ一人,殺人に関わらずにきたカトリック修道女 Oberschwester Sophia が死んでしまう.その葬儀の帰り道で,Ernst Rossa は Dr. Werner Veithausen に向かって「あんたはどうなんだ.殺すことしかできないじゃないか.あんたは嘘つきだ.犯罪者だ.殺人者だ.„Und Sie? Du kannst sie nur töten! Du bist ein Lügner! Ein Krimineller! Ein Mörder! Mörder!“ 」と叫ぶ.その日の夜,Dr. Werner Veithausen の指示を受けて Edith Kiefer により毒物を注射されて死に到る.八月のことであった.




"Werk ohne Autor, Sieh Niemals Weg" 2018,Never Look Away

 2019 年 8 月上旬,何をする気もおこらない酷暑ゆえ,この映画を観ることにした.秀作なのかどうか,なんとも判断しがたい映画なのであるが,無視することはできない.Florian Henckel von Donnersmarck 監督,189 分という長大作.画家の半生が描かれ,そこにナチスの " 優生学 Eugenik, Eugenics" 政策の影響が深く関わっている. 我国ではまだ公開されたことがないようである.

 1937 年,5 歳の主人公 Kurt Barnert は母方の叔母 Elisabeth May (当時 19 歳) に連れられ Dresden での退廃芸術巡回展を訪れる.躁鬱病の気があったものの,叔母は芸術的感性に秀で,鋭く人を見抜く高い能力があって,このときすでに Kurt の才能を認識していた.家庭医 Dr. Michaelis の診察を受けたとき,そこにあった医師一家の写真を見て「奥様とは折り合いがつきませぬか Ist das Ihre Frau? Sie können sie nicht leiden, oder? Das sehe ich daran, wie Sie da stehen.」と指摘したがために,精神的不安定性を地域の健康局 Gesundheitsamt に告発され,婦人科病院に拘束されてしまった.

 そこの院長が "産婦人科医 Gynäkologe, Gynecologist" Professor Carl Seeband.診断は "統合失調症 Schizophrenie, Schizophrenia",Elisabeth は "不妊手術 Sterilisation, Sterilization" の対象とのカルテを盗み見て半狂乱となり.結局,次の段階へ移送される.

 優生学思想と人種政策により,"生きるに値しない命 Lebensunwertes Leben, Life-unworthy of Life" と看做された人々に "恩寵死 Gnadentod, Mercy Death" を与えるという操作は "劣等人種 Untermensch, Sub-human" だけでなく,アーリア系の自国民についても適用された."Aktion T4" である.当時はそのひとつ前の "遺伝性疾患子孫防止法" があった.

 Dr. Michaelis も「我々医者は遺伝の流れを河岸で監視するんです Wir Ärzte sind die Wächter am Ufer des Erbstroms.」と言っていて,遺伝的な疾病に敏感であり,それらの撲滅が図られた.不具だけでなく,精神病について特に厳しかったと知られる.

 終戦後,Kurt は芸術大学在学中に同じ大学の女学生と恋におちる.それがまた Professor Carl Seeband の娘であった.Kurt は Carl が Elisabeth May の仇であることには気付いておらず,Carl は Elisabeth と Kurt が係累関係にあることを知らなかった.

 Carl は Kurt を "無力症かつ躁鬱病である Leptosome, melancholiker" と見立て,「自分の父親なら '厄病神' と呼んだだろう Mein Vater hätte so etwas “Hegeabschuss” genannt.」と言う.二代続けての徹底した優生学信者であり,戦後にもそこから抜けない.自分の孫がその血筋を受け継ぐことは許しがたいとして,妊娠していた娘に自ら堕胎手術を施す.

 映画のタイトルは上映される国によって,"作者なき作品 Werk ohne Autor, Work Without Author" というものと "目をそらすな Sieh niemals weg. Never Look Away." というものとの二種類に別れる.もっとも,ドイツ語の原題だけは両者並列.

 後者の題は Elisabeth が Zittau の赤十字 DRK に連行されて行くとき Kurt に投げた言葉.前者の題は Kurt が到達した絵画表現のひとつの境地である.

 この映画では全編この叔母 Elisabeth May への Kurt の思慕で貫かれている.二人は互いに同じ範疇に属する人間であるとを無意識下にしろ感じていた.Kurt にとっては Elisabeth は彼女唯一人であった.それゆえ,Ellie Seeband が Elisabeth と名乗ったときに,他の呼び名はないか Kann ich dich irgendwie anders nennen? Hast du einen Spitznamen? と尋ねている.

 初段 1937 年,Großschönau のバス置場で,運転手数人が呼吸をあわせて一斉にホーンを鳴らす情景は 1966 年の Wuppertal におけるそれを対として締めくくられる.現実か架空かはわからないが,前者は Elisabeth による Kurt の才能の発見,後者はその開花への祝福と読みとれよう.

 同じ範疇に属する二人の人間双方を Carl Seeband は "生きるに値しない命" と評価し,一方を抹殺した.他方はドイツが世界に誇り得る画家に成長した.前者を抹殺する必要はなかったし,そうしていなければ世にどれだけの貢献があったであろうかとこの映画は問うている.

 Kurt は紆余曲折ののちに,自分の絵よりもちょっとした写真の中の方によりしっかりと真実が 現れて/表れていることに気付く.これは Elisabeth May が 写真から Dr. Michaelis 夫妻の不仲を見破ったことに対応付けられている.それだけでは画作にとってはなんのこともなく,むしろ逆向である.映画のタイトル "作者なき作品 Werk ohne Autor, Work Without Author" とはそういう意味である.それに自分自身の真実を塗り込め,昇華させて芸術にまで高めたのが彼の才能,感性,力量.そこまで成長した画家の半生を描いてこの映画は終わる.写真の中に真実を見たことは前者には負の方向に働いていた.

 映画の最終段,Kunsthalle Wuppertal での記者会見で Kurt が述べた言葉:二つ目の言葉は冒頭近くで叔母 Elisabeth May が発した表現そのまま.
 "実現されているものには矛盾がない.Nur die Wirklichkeit ist stimmig. Jede Wirklichkeit ist stimmig. Only reality is consistent.".
 "真実であるものはすべて美しい.Alles was wahre ist, ist schön. Everything that’s true is beautiful."

 記者会見のあと,Hermann Schreiber, Süddeutscher Rundfunk (SDR) が自社のテレビ放送のために,絵画を背景にして述べた言葉:
Zufällig ausgewählte Illustrierten-Bilder, Passfotos vom Automaten, alle Schnappschüsse aus Familien-Alben. Alles war unscharf. Mit solchen Bildern, die aus unerklärlichen Gründen eine echte Kraft besitzen, scheint sich Kurt Barnert zum führenden Künstler seiner Generation zu entwickeln. Und das mit der tot gewähnten Malerei. Aber... wie viele in seiner Generation hat er, nichts zu sagen. Er löst sich von jeder Tradition, verabschiedet sich vom biografischen Ansatz in der Kunst und schafft so zum ersten Mal in der Kunstgeschichte, ein Werk ohne Autor.

 この映画の内容は Loosely based on Gerhard Richter となっている.本人からは:
Gerhard Richter findet Donnersmarck-Film ”zu reißerisch”. Spiegel Online, Donnerstag, 04.10.2018.「どぎつすぎる」との講評.

 上に述べたように,この映画は多数の "対" と "枠" とで構成されている.時間間隔の広い "対" が "外枠" になり,順次大小の "枠" が,その中に,あるいは重なり合いながら,奥行きも違えて組まれている. "枠" を構成する "対"も,同種かつ順方向の対や,同種かつ逆方向の対,異種かつ逆方向の対,異種かつ順方向の対,というようにいろいろであるが,それぞれに明確に一対であり,それがゆえ構成上の "枠" になっている.この映画での最外枠は,最初の齣:Kurt と Elisabeth が Drresden でバス乗場に向かっている情景 (さらに厳密にはバスの中で抱かれているところ) と,七番目の齣:SDR の記者がテレビ放送録画のために話しているその背景となっている絵画とからなる対である.Goethe の "Faust" はほぼ全て韻をふんで書かれているという,物事を対にして捉えるというのが知識人の見識であり,その言語が醸す表現法の基礎ではないだろうか.

 "産婦人科医 Gynäkologe, Gynecologist" Professor Carl Seeband 役に Sebastian Koch,Kurt Barnert 役に上掲の映画 "Oh Boy, 2012" の Tom Schilling.Ellie Seeband 役に上掲の映画 "Poll, 2010" の Paula Beer.

 Kurt と Elisabeth が Dresden から Großschönau まで乗ったバスは,上掲の映画 "Der Verdingbub, 2011" にも出てきた Adolph Saurer AG 製であり,Saurer 5 GF, 37er.今でも Dresden で借り出せる.


 

 


 Über ein kurzes !




ドイツ・ニューシネマを読む」 瀬川裕司,松山文子,奥村賢,奈良義巳 ほか
フィルムアート社,1992 年 1 月,ISBN4-8459-9296-5, ¥2000E
"Neuer Deutscher Film 1965->91",絶版

 「深々とした時代の森に迷いこんだ 39 人の映画作家」 との副題が付いている.わずか 30 年足らずのあいだに出たドイツ映画だけが扱われているのであるが,中味は侮れない立派なものである.「深々とした」という言葉に込められた著者の意向を受け取らなければならない.巻頭の 瀬川裕司: 「『ニュー・ジャーマン・シネマ』の奇跡」 でその気概が知られる.後半におかれた,松山文子:「オーバーハウゼン宣言以後のドイツ映画史」 と,それに続く 「ドイツ・ニューシネマ監督事典」 が力作である.ここを読めば経緯の大筋や監督・作品のほぼ全容を把握できる.巻末の "索引" も充実している.いまではとてもこれだけのものは出せないであろう.瀬川裕司:ドイツ文学・映画研究者,明治大学国際日本学部教授,松山文子:ドイツ在住 映画批評家/実験映画作家.2014 年に亡くなった.女がつくる映画誌 シネマジャーナル No. 93,2015 春号 に追悼文が出ている.


Sabine Hake 「ドイツ映画」 (ザビーネ・ハーケ) 山本佳樹:訳
鳥影社,2010 年 3 月,ISBN 978-4-86265-236-2, ¥3900E
"German National Cinema"

 ドイツ映画の概要を知ろうとする人にはまずこの本.巻末に "映画題目索引" があって,上に挙げてある題目のうち,2007 年までのものならほぼそこに出ている.大部の書籍であるが,それぞれの映画についてのコメントは一行以内か多くても数行.しかし,通して読む価値はある.原文は英語である.

 訳者あとがきに「高尚文化と低俗文化という区別が根強いドイツでは,文化としての映画の地位が低く見られがちであったうえに,フランクフルト学派による文化産業批判の影響などもあって,ほかの欧米諸国に比べてアカデミックな場での映画研究が立ち後れてきたのである」とあって,一読納得した.ドイツで大学の人とドイツ映画を話題にすることは少ないし,そういう話しをするのは俗人だけという雰囲気を感じてきた.Hochkulturen, Nachfolgende Kulturen についてはまた別途考えてみなければなるまい.


川本三郎 「サスペンス映画ここにあり」 "My Favorite Suspense & Mystery Films in 40-60s"
平凡社,2015 年 6 月,ISBN 978-4-582-28259-7, ¥2800E

に,
 Night Train to Munich, 1940
 Berlin Express, 1948
 5 Fingers, 1952
 The Man Between, 1953
が挙がっている.

 他に,

渋谷哲也 「ドイツ映画零年 散文の時間
共和国,2015 年 8 月,ISBN 978-4-907986110, ¥2700E

福井次郎 「戦争映画が教えてくれる現代史の読み方 キーワードはユダヤ人問題
彩流社,2007 年 2 月,ISBN 978-4-7791-1008-5, ¥1800E





 今後,コメントするかもしれない予備軍は以下のようなものである.もちろん,ドイツ映画ばかりというわけではない.しかしながら,どこかで繋がりがある.そうしたことを追々書いて行く.

Nosferatu, 1922
Metropolis, 1927
Berlin. Die Symfonie der Großstadt, 1927
Die Weiße Hölle vom Piz Palü, 1929
Der Blaue Engel, 1930
M, 1931
Die Dreigroschenoper, 1931
Vampyr, 1932
Liebelei, 1933
Burgtheater, 1936
Zu Neuen Ufern, 1937
The Lady Vanishes, 1938
Night Train to Munich, 1940
The Shop around the Corner, 1940
Romanze in Moll, 1943
Hangmen Also Die, 1943
Große Freiheit Nr. 7, 1944
Die Mörder sind unter uns, 1946
Berlin Express, 1948
Deutschland im Jahre Null, 1948
The Desert Fox - The Story of Rommel, 1951
5 Fingers, 1952
The Man Between, 1953
Stalag 17, 1953
Das fliegende Klassenzimmer, 1954
Die letzte Brücke, 1954
Die Brücke, 1955
Des Teufels General, 1955
Himmel ohne Sterne, 1955
Sissi I - Mädchenjahre einer Kaiserin, 1955
Sissi II - Die junge Kaiserin, 1956
Sissi III - Schicksalsjahre einer Kaiserin, 1957
Der Schönste Tag meines Lebens, 1957
Der Stern von Afrika, 1957
The Key, 1958
A Time to Love and a Time to Die, 1958
Es geschah am hellichten Tag, 1958
Nacht fiel über Gotenhafen, 1959
Sink the Bismarck!, 1960
Judgment at Nuremberg, 1961
Nackt unter Wölfen, 1963
Pasazerka, 1963
The Train, 1964
The Spy who Came In from the Cold, 1965
Operation Crossbow, 1965
Der junge Törless, 1966
Spur der Steine, 1966
Where Eagles Dare, 1968
Chronik der Anna Magdalena Bach, 1968
La Caduta degli dei / Damned, 1969
The Sorrow and the Pity, 1969
Der Scharlachrote Buchstabe,1971
Aguirre, der Zorn Gottes, 1972
Cabaret, 1972
Die bitteren Tränen der Petra von Kant, 1972
Rappresagliaq/Massacre in Rome, 1973
Die Legende von Paul und Paula, 1973
Hitler, The Last Ten Days, 1973
Le Train, 1973
Jeder für sich und Gott gegen alle, 1974
Karl May, 1974
Faustrecht der Freiheit, 1975
Operation: Daybreak, 1975
Die verlorene Ehre der Katharina Blum, 1975
Le vieux Fusil, 1975
Woyzeck, 1976
Voyage of the Damned, 1976
The Eagle has Landed, 1976
Die Marquise von O..., 1976
Im Lauf der Zeit, 1976
Der Fangschuß, 1976
Der Amerikanische Freund / The American Friend, 1977
A Bridge Too Far, 1977
Julia, 1977
Hitler, A Career, 1977
Deutschland im Herbst, 1978
The Boys from Brazil, 1978
Die Ehe der Maria Braun, 1979
Die Blechtrommel, 1979
Solo Sunny, 1980
Deutschland bleiche Mutter, 1980
Palermo oder Wolfsburg, 1980
Lili Marleen, 1981
Das Boot, 1981
Mephisto, 1981
Fitzcarraldo, 1981
Die bleierne Zeit, 1981
Sophie's Choice, 1982
Der Stand der Dinge, 1982
Die Sehnsucht der Veronika Voss, 1982
Die Wannseekonferenz, 1984
Die Frau und der Fremde, 1985
Der Name der Rose, 1986
Die Geduld der Rosa Luxemburg, 1986
Der Rosenkönig, 1986
Der Himmel über Berlin / Wings of Desire, 1987
Hanussen, 1988
Ödipussi, 1988
Der Siebente Kontinent, 1989
Hitlerjunge Salomon / Europa Europa, 1990
The Hunt for Red October, 1990
Die schreckliche Mädchen / The Nasty Girl, 1990
Pappa Ante Portas, 1991
Schtonk!, 1992
Die Macht der Bilder: Leni Riefenstahl, 1993
In weiter Ferne, so nah!, 1993
71 Fragmente einer Chronologie des Zufalls, 1994
Charlie & Louise, Das Doppelte Lottchen, 1994
Keiner liebt mich, 1994
Underground, 1995
Jenseits der Stille, 1996
Der Unhold, 1996
Rossini, oder die mörderische Frage, wer mit wem schlief, 1997
Das Schloß, 1997
Comedian Harmonists, 1997
Winterschläfer, 1997
2 Männer, 2 Frauen - 4 Probleme!?, 1998
Kurz und schmerzlos, 1998
Bin ich schön?, 1998
Ein Lied von Liebe und Tod / Gloomy Sunday, 1999
Aimée & Jaguar, 1999
Mein liebster Feind, 1999
Pünktchen und Anton, 1999
Sonnenallee, 1999
Un Specialiste, 1999
U-571, 2000
Anatomie, 2000
Im Juli, 2000
Code: unbekannt, 2000
Die innere Sicherheit, 2000
Werckmeister harmσniαk, 2000
Uprising, 2001
Der Tunnel, 2001
Nirgendwo in Afrika, 2001
Enemy at the Gates, 2001
Bella Martha, 2001
Charlotte Gray, 2001
Das Experiment, 2001
So weit die Füße tragen, 2001
The Grey Zone, 2001
Edges of the Load / Verlorene Kinder des Kreieges, 2001
Conspiracy, 2001
Sass: Die Meisterdiebe, 2001
Invincible, 2001
Der schöne Tag, 2001
Mein langsames Leben, 2001
Shanghai Ghetto, 2002
Fickende Fishe, 2002
Amen., Der Stellvertreter, 2002
Halbe Treppe, 2002
Heaven, 2002
Max, 2002
Good bye Lenin, 2003
Luther, 2003
Die Geschichite der Hitlerjugend, 2003
Anatomie 2, 2003
Gegen die Wand, 2003
Wolfzeit, 2003
Hitler: The Rise of Evil, 2003
Wolfsburg, 2003
Der Wald vor lauter Bäumen, 2003
Hotte im Paradies, 2003
Der Untergang, 2004
Napola, 2004
Lautlos, 2004
Der neunte Tag, 2004
Sommer vorm Balkon, 2005
Gespenster, 2005
Sophie Scholl - Die letzten Tage, 2005
Die große Stille, 2005
Die Herbstzeitlosen, 2006
Perfume - The Story of a Murderer, 2006
Vier Minuten, 2006
Das Leben der Anderen, 2006
Dresden, 2006
Zwartboek / Black Book, 2006
The Good German, 2006
Ghetto, 2006
12.08 East of Bucharest, 2006
Auftauchen, 2006
Sommer '04 an der Schlei, 2006
Emmas Glück, 2006
Elementarteilchen, 2006
Der freie Wille, 2006
Eden, 2006
Wo ist Fred, 2006
Prinzessinnenbad, 2007
Die Drei Räuber, 2007
Katyn, 2007
Keinohrhasen, 2007
Mein Führer, 2007
Auf der anderen Seite / The Edge of Heaven, 2007
Die Flucht, 2007
Nachmittag, 2007
Max Manus Man of War, 2008
The Reader, 2008
Valkyrie, 2008
The Boy in the Striped Pyjamas, 2008
Eine Frau in Berlin, 2008
Die Welle, 2008
Buddenbrooks, 2008
Jerichow, 2008
Der Rote Baron, 2008
Il y a longtemps que je t'aime, So viele Jahre liebe ich dich, 2008
Geliebte Clara, 2008
Palermo Shooting, 2008
Revanche, 2008
Nordwand, 2008
Die Gustloff, 2008
Adam Resurrected, 2008
Max Manus Man of War, 2008
Die Tür, 2009
The Hessen Affair, 2009
Das weisse Band - Eine deutsche Kindergeschichte, 2009
Soul Kitchen, 2009
Die Päpstin, 2009
John Rabe, 2009
Crash Point, 2009
Inglourious Basterds, 2009
Hilde, 2009
Vision - Aus dem Leben der Hildegard von Bingen, 2009
Glorious 39, 2009
Unter Bauern, Retter in der Nacht, 2009
Alle Anderen, 2009
Vincent will Meer, 2010
Charlie St. Cloud, 2010
Die Fremde, 2010
Rammbock, 2010
Im Schatten, 2010
Mahler auf der Couch, 2010
Die Herrschaft der Schatten, 2010
Die kommenden Tage, 2010
Tanzträume - Jugendliche tanzen Kontakthof von Pina Bausch, 2010
The Whistleblower, 2010
Nydenion, 2010
Nannerl, La Soeur de Mozart, 2010
Goethe!, 2010
Habermann, 2010
Elle s'appelait Sarah, 2010
A Dangerous Method, 2011
Die Vaterlosen, 2011
Mein bester Feind, 2011
Der ganz große Traum, 2011
Die verlorene Zeit, Remembrance, 2011
Hotel Lux, 2011
Melancholia, 2011
Fenster zum Sommer, 2011
In Darkness, 2011
La Terre outragée, 2011
Halt auf Freier Strecke, 2011
Unter Nachbarn, 2011
Die Unsichtbare, 2011
Die vierte Macht, 2012
Hannah Arendt, 2012
Nachtzug nach Lissabon, 2012
Lore, 2012
Was bleibt, 2012
Ludwig II., 2012
La Mer à l'aube, 2012
Rommel, 2012
Winterdieb, 2012
Frau Ella, 2013
Die Frau des Polizisten, 2013
Der Geschmack von Apfelkernen, 2013
Oktober November, 2013
Colette, 2013
Schlussmacher, 2013
Ida, 2013
Die andere Heimat - Chronik einer Sehnsucht, 2013
The Book Thief / Die Bücherdiebin, 2013
A nagy füzet, 2013
The Monuments Men, 2014
Nicht mein Tag, 2014
Stromberg - Der Film, 2014
Kein System ist sicher, 2014
Kreuzweg, 2014
Die geliebten Schwestern, 2014
Jack, 2014
Wir sind jung. Wir sind stark, 2014
The Grand Budapest Hotel, 2014
Zwischen Welten, 2014
Elser, 2015
Woman in Gold, 2015
Er ist Wieder Da, 2015
Victoria, 2015
Saul fia / Son of Saul, 2015
Every Thing will be Fine, 2015
Land of Mine, 2015
Herbert, 2015
Die abhandene Welt, 2015
Frantz, 2016
Grüße aus Fukushima, 2016
Nebel im August, 2016
Willkommen bei den Hartmanns, 2016
Vor der Morgenröte, 2016
Tschick, 2016
Die Mitte der Welt, 2016
Stille Reserven, 2016
Der junge Karl Marx, 2017
Es war einmal in Deutschland, 2017
Rückkehr nach Montauk, 2017
Aus dem Nichts, 2017
Die Unsichtbaren, 2017
Transit, 2018




iTunes 関連

 ドイツの放送局による Podcast が充実している.国際ニューズも良いが音楽もなかなか.例えば,2010 年ころの放送であるが,SWR2 の Wiegenlieder などが興味深い.iTunes に入って iTunesStore へ行き,iTunesStore の国籍を日本からドイツに変える.メニューに Podcasts があるのでそこを Click すると,右手下へ手繰って SWR を見つけ,そこの Musik から SWR2 Wiegenlieder や Musikstück der Woche などを購読する.無料であるし,とりあえずは ドイツ iTunesStore 用の Apple ID は必要ない.曲は mp3 形式で録音される.

ドイツ iTunesStore 用 Apple ID 取得法

 iTunesStore は Globalization とはかけ離れた設定になっていて,日本で取得した Apple ID でドイツの iTunesStore に入っても,楽曲を買ったり,電子ブックを購入したりすることはできない.ドイツの iTunesStore 用に専用の Apple ID を設定するよりない.Apple ID 取得には E-mail Address が必要で,それは日本で登録した Apple ID の E-mail Address とは別のものでなければならない.Password/Kennwort は同じもので差し支えない.ここでは,支払いのための Credit Card 情報を申告しないで,また Apple Karte を予め購入しないで,ドイツの Apple ID を取得する方法を記す.まずは,そのための E-mail Address を用意する.Gmail.com で取得するのもよい.もう一つ用意すべきものは,ドイツ国内の所番地と電話番号である.よく泊まる定宿のようなところのものでよいであろう.特に指定したときでなければ,現実にそこへ送られてくることはない.

 iTunes を起動したら,表示メニューで "サイドバーを表示" にして我国 iTunesStore へ行く.その最右下端にある国指定ボタンからドイツを選んで,ドイツ iTunesStore に移動する.メニューに Bücher があり,そこから Kostenlos となっている無料の電子書籍など無料の素材を選ぶ.Apple ID を入力する画面になったら新規登録へ進む.約款などを承認して,E-mail, Kennwort を入力,Sicherheitsinfo 三種に答え,それらをどこかに控えておく.下の生年月日を入れ終え,Weiter ボタンを押すと支払い Credit Card の入力となるが,ここに "Keine" と出てくるはずである.それを選んで,残るドイツ国内の所番地と電話番号入力となる.指定した E-mail Address に確認のための E-mail が送られてくるから,それに答えれば完了.これでしばらく無料のものを購読し,必要が生じたときに支払い用 Credit Card 情報を入力すればよい.


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