低温度自着火の温度依存性 Temperature Dependence
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着火誘導期における反応の逐次温度依存性

 温度依存性と言っているのは見掛けの活性化エネルギー E のことである.例えば,ノッキングが起こるかどうかの判定条件で最初に出てくるのは Livengood-Wu 積分 である.そこで使う着火誘導期の前炎反応進行速度を表現するアレニウス式:


における温度項 (1/T) の係数 E は活性化エネルギーであるが,その意味は温度依存性である.

 低温度自着火の 圧力依存性 のページでも述べたように,上の Livengood-Wu 積分で使われている着火誘導期前炎反応のアレニウス式表示では,混合気の温度・圧力が持ち上げられたのち着火に至るまでのあいだ,つまり着火遅れ期間全体がひとつの事象として扱われている.Rögener の式 とて,τ1 期間,τ2 期間に分割されているものの,それぞれの着火遅れ期間全体をひとつのものとしていることには変わりがない.熱炎着火への過程は,冷炎前,冷炎,青炎前,青炎,熱炎前,の反応を経てくるわけであり,それぞれの事象の性質は他と異なるはずである.

 低温度炎発達の温度依存性を知るには,まずは温度が精度よく把握されていることが望ましい.そのために ポーリングバーナ が用いられる.燃料には,圧力依存性を調べるのにも用いられたジエチルエーテルが充てらている.そこで定常的に保持されている低温度炎は右図のようである.冷炎・青炎合わせて十数 mm の幅を持つ.ピストン圧縮自着火低温度炎とポーリングバーナ低温度炎との相似性 については別途ページを改めて述べる.

・当量比 3.0 ではバーナ出口から上方に向かって順に冷炎 Cool Flame,青炎 Blue Flame が確認でき,冷炎の縮退 が顕著に見られる.冷炎の形状はほぼ平坦,青炎は若干弓状である.当量比 2.0 に比べて青炎は暗く,冷炎は明るい.

・当量比 2.0 では青炎の後流に輝度の高い黄色領域 Yellow Column が,また,青炎と Yellow Column の間に暗い層 Dark Zone が見られる.当量比 3.0 に比べて青炎は明るい.冷炎は暗くて,この写真ではほとんど見えない.


 低温度パーリングバーナ炎にも,火炎帯厚さ のページに示した,層流一次元定常火炎理論を適用すると,微小幅 dx の入口・出口間について,バーナの単位断面積あたり,

である.ここに,w : 速度,ρw : 質量流量,λ: 熱伝導度 [J/(m⋅K⋅s)] である.第一項は,それぞれ流出・流入ガスが有するエンタルピの差分であり,第二項は,温度勾配 (dT/dx) があるがゆえに熱伝導で出入りする熱量の差分である.微小幅 dx においてもその両端で温度勾配 (dT/dx) は異なるとする.これら対流と伝導との引算結果は化学反応による熱発生速度 [J/(m³⋅s), W/m²] であるとして右辺に置かれる.

 バーナ出口からの距離 x の関数として,ガスの温度 T ,熱伝導度 λ,比熱 cp,密度 ρ,速度 w が知られるなら,熱発生速度 が得られる.

 ガスの温度 T を細線熱電対,例えば素線径 25 µm の R (PR) 熱電対を (SiO2)n コーティングしたもので計測する.そうした温度経緯は右の図に示される.


 熱伝導度 λ,比熱 cp,密度 ρ については,まず,ガスをプローヴで吸引サンプリングし,組成をガスクロマトグラフィで知る.その結果の一例が右にある.不安定化学種の存在は否定できないが,必要な物性値はこれら安定化学種濃度から,先に得られている温度情報を併用して算出する.流速 w に関しては,木炭微粒子を一時的に入れてその粒子軌跡をシャッタ開口時間既知で写真にとって得た.もちろん,既知量であるバーナ出口流量から推算しても大きな誤差は生じない.

 このガス組成履歴からは,青炎終了後,Yellow Column 入口の段階で燃料は分解し終わって消滅しており,CO, H2 の蓄積が顕著である.有機であったものがほぼ無機になっている.また,低温度自着火前反応の特徴である,[CO] >> [CO2] という熱炎着火前の状況が現れている.加えて,Yellow Column で留まり,熱炎に至らないのは酸素 O2 が消費されてしまうからであることも知られる.

 こうして得られた熱発生速度 について,アレニウスプロットとして描いたものが右下の図である.当量比 φ が 2 および 3 だけでなく,6.5 と特に濃い場合も併せて示してある.この Web site の着火遅れプロットでは,温度の低い方から高い方に,左から右へ向かって横軸が採られているが,ここでは縦軸は反応速度に相当するので,温度の逆数 1000/T が左から右に向かって大きくなるように配置されている.


 図中に冷炎,青炎の位置を示してあるが,本来,当量比で幅を含めて変わっているので,そのあたりという意味でしかない.

 この曲線の傾きが見掛けの活性化エネルギーもしくは温度係数 E である.温度で 500 K に向かう冷炎前,τ1 相当域では温度係数 E は正で,当量比にかかわらずおよそ 20 kJ/mol である.冷炎の発光が認められる領域では温度係数 E が零になる.その後,冷炎は 縮退 して,負の温度係数を示し,当量比 3.0 以上では熱発生速度 が 1/10 くらいまで低下する.青炎前,τ2 相当域後端で温度係数 E は再び正となり,100 kJ/mol 前後であって,青炎に至ってもその値はほとんど変わらない.当量比 2.0 では冷炎の縮退が必ずしも明確にならずに青炎へ移行するが,青炎中での温度係数はもっと濃い場合と同じになる.

 青炎以降,再び温度係数が負となるのは,供給混合気が過濃なため,そこで酸素が使い尽くされたがためであり,低温度炎そのものの特質ではない.この装置の限界から,熱炎前,熱炎についての情報は得られない.

 ここで出てくる負の温度係数は,低温度自着火の三温度領域 の二つ目,負の温度係数域,NTC 域 とは,水面下で深く繋がっているものの,全く同じ事柄であるわけではない.ここではあくまでも冷炎の縮退だけを意味していると考えるのが妥当である.

 これらは我々が 1981 年に示したデータ (1) であるけれども,熱発生速度を重視して温度依存性を呈示したものはこれまで他に見かけなかった.

 最近,桑原・安東が新しい視点で素反応計算により,熱発生速度への寄与を各素反応ごとに評価している (2).初期状態を設定してそれ以降の着火誘導経緯を計算で出し,時間を露にせず,そこでの熱発生への各素反応の寄与をアレニウス形で表示する.結果のひとつを下に示す.これはその素反応の反応速度式を個々単独に表示したものではなく,互いに干渉し合ったときの全体に対するそれぞれの寄与が呈示されている.どの素反応の寄与についてもその大半が,上図と同様の熱発生速度傾向へと収斂していることに驚かされる.

 先に,低温度炎反応による熱発生速度で前炎反応が進む速さを代表させたのは,低温度炎反応は温度一定で進行する連鎖反応ではなく,熱発生を伴った Thermo-chemical, Chemico-thermal 反応なのでそういう取り扱いが許されると考えてきたからであるが,それで大枠が把握できていたことが知られる.

 こうした素反応計算を熱発生速度の視点で見て特に興味深いのは,素反応のうち,吸熱反応である,

だけが冷炎の縮退あるいは負の温度係数を示さず,青炎前域での活性化エネルギーのままで低温へと延びているのと共に,高温側の青炎裾野ではその絶対値は大きく,

なる主反応の熱発生と釣り合っていることである.ここのところの熱授受が,低温度自着火での着火の成否に大きく関わることになる.

 例えば, Livengood-Wu 積分で,蓄積物質 X として 見掛け上 CO が該当し,その背後に酸化剤が潜んでいるというのもそれらのうちのひとつである.


・ これが温度依存性か

 

 


文献の所在

 1. Ohta, Y. and Takahashi, H., Temperature and Pressure Effects in Cool and Blue Flames, Progress in Astronautics and Aeronautics, Vol. 88, (1983), 38-56, AIAA.
 2. 桑原・安東,コントリビューション・マトリックスによる炭化水素の低温酸化反応の解析,第 19 回 内燃機関シンポジウム (2007), 405-410.


Still not fixed.


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