超ロングストローク,2 サイクル ユニフロー掃気 ディーゼル機関
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 人類が所持する,唯一の,正味熱効率が 0.5 を越え,0.55 に迫る原動機がこれである.石油からガソリン,灯油,軽油,A 重油,B 重油と順に取ってきて,それより下はもうほとんどアスファルトという,C 重油もしくはそれ以下の低質油を使って実現しているのは立派なものである.他原動機との熱効率比較を右に示す.

 1973 年と 1979 年の二度にわたるオイルクライシスで燃料代高騰に苦しんだ船舶輸送業界の要請から始まった大型舶用機関の熱効率向上努力は,大型低回転プロペラの採用に対応するロングストローク機関を生んだ.エンジンの世界では Stroke/Bore 比のオーダは基本的に "1" であり,Stroke = Bore を "Square", Stroke > Bore をロングストローク,Stroke < Bore をショートストロークと呼びならわしていて,Stroke/Bore 比は "1" 近辺にあって 2 を越えることなど常識外であった.しかし,2 ストローク大型舶用機関の世界ではこれを機に Stroke/Bore 比が "3 - 4" というとてつもないものとなった.


 超ロングストロークと "超" を付けるのはどの程度かを詮索する以前にすでにエンジンの基本から遥かに離れた Stroke/Bore 比なのである.これだけ Stroke/Bore 比が大きくなると,それまで主流であった掃気方式:ループ Loop 掃気のエンジンでは対応しきれず,自ずとユニフロー Uni-Flow 掃気が採用されることとなった.それまでユニフロー掃気を採用していたのはデンマークの B & W という弱小メーカだけであったのに,いまや大型舶用機関はすべてがこの形式に収斂した.もうひとつの熱効率向上努力は静圧過給,さらには De-rating である.

 この件は "風が吹けば桶屋が儲かる" というのと同じような 因果関係の連鎖 で成り立っており,"風" は "オイルクライシス","桶屋" は "超ロングストローク,静圧過給,De-rating" である.この連鎖については下方で説明する."風" と "桶屋" のあいだに上の図のような,大口径低速推進プロペラが挟まる.

 * B & W: ここでは英国のスピ−カ "Bowers & Wilkins" のことを言っているのではない.Burmeister & Wain,1843 年 設立,デンマークのエンジンメーカ.MAN の傘下となったが,MAN B&W Diesel AG という名称も 2006 年 9 月に MAN Diesel A/S と改称され,B&W の名前が消えた.M.A.N.: Maschinenfabrik Augsburg-Nürnberg AG

 2-ストローク,ユニフロー掃気,舶用ディーゼル機関の例を右に示す.Stroke/Bore: 3.24 の超ロングストローク,静圧過給機関であり,MAN B&W Diesel A/S, Copenhagen SV, Denmark で製作されたもの.

Type: L80 MC/MCE, MAN-B&W, Two-Stroke,
 Uni-Flow Scavenging, Low-Speed Diesel Engine
 φ800×2592, 4 to 12 Cylinders, 93 rpm,
 3430 kW/cylinder
 Stroke/Bore: 3.24,
 Mean piston speed: 8.04 m/s.
 Mean effective pressure: 17 bar,
 Mean indicated pressure: 18 bar,
 Max. firing pressure: 140 bar

 これは Bore: 800 mm であるが,下に記すものはさらに大きく,Bore: 900 mm である.ただし,ロングストロークながら,Stroke/Bore: 2.56 である.

Type: K90MC - C, 6 to 12 cylinders
 
Bore: 900 mm, Stroke: 2300 mm,
 Maximum continuous output/cyl.: 4310 kW,
 Maximum continuous rev.: 104 rpm,
 Brake mean effective pressure: 17 bar,
 Indicated mean eff. pressure: 18 bar,
 Maximum firing pressure: 140 bar
 Stroke/Bore: 2.56,
 Mean piston speed: 7.97 m/s

 シリンダー径の最大は確か 980 mm で,MAN でなら Type: K98MC であると思う.


 Stroke/Bore: 4 というものもある.

Type: S50 MC-C, 4, 5, 6, 7 & 8 cylinders
 Bore: 500 mm, Stroke: 2000 mm, Rated power 1580 kW/cyl.,
 Rated engine speed: 127 rpm, Mean effective pressure: 19 bar,
 
Stroke/Bore: 4, Mean piston speed: 8.47 m/s

 大型低速舶用ディーゼル機関の写真や図面に付いては Wãltsilã の Web site を見るのが簡便かつ分かりやすい.ただし,Sulzer との提携エンジンが多い.大型低速舶用ディーゼル機関ではないが,中型中速舶用ユニフローディーゼル機関 W24 ディーゼル も興味深いので参照されたい.静圧過給などをまず知るには 川崎重工業の pdf ファイル が良いかもしれない.* Sulzer: 1834 年,スイス Winterthur に設立された大型舶用ディーゼル製造の名門.特に Loop 掃気 2-ストロークエンジンでかつて勇名を馳せた.

 比喩を出すなら,昔の農家の裏庭にあったような井戸と大きさで同等である.そうした井戸では滑車付き釣瓶で水を汲み上げるのが普通で,800 mm くらいの開口があったから,人間が井戸にはまって危うく溺れかけるというようなことは,かつては日常茶飯事であったけれども,そういう大きさである.

 こういう大型の機関では連接棒はピストンに直接付かず,クロスヘッドというものを別途持ち,サイドスラストはすべてそこで受ける.右にその一例を示す.


 タンカーやコンテナ船の推進主機には,現在そのほぼすべてがクロスヘッドを有する大型低速 2-ストローク機関が使われており,プロペラはエンジン出力軸に直結される.この機関については,1978 年から僅か 10 年足らずの僅かの期間で大きな変革があった.超ロングストローク・ユニフロー掃気機関という一形式に統一され,燃料消費率 120 g/PS⋅h, 160 g/kW⋅h,すなわち,正味で 0.5 を越える熱効率という最高の経済性を示す熱機関となって,その地位は現在も揺るがない.それまでは,燃料消費率では中速 4-ストローク機関に遅れをとっていたのである.工学として見れば,1978 年 に B&W, L-GFC 機関が静圧過給と排気弁開時期遅延で 10 % の燃費低減を果たしたことがその端緒である.大型低速 2-ストローク舶用機関の主機としてはそれまで,Sulzer, MAN などの名門がループ掃気式で権勢を誇っていたのであるが,この短い期間でそうした従来優勢であった機関から弱小であった B&W ユニフロー掃気機関へとすっかり移り変わってしまった.右下の写真はコンテナ船の一例である.

 こうした変化の下地にあるのは,1973 年の第一次石油危機,1979 年の第二次石油危機である.大型機関で出力を比較する指標として,機関のサイズの大小を見なくて済むように正味平均有効圧 pe [bar] と出力率 "Power Rate" peCm [bar⋅m/s] が使われる.Cm は平均ピストン速度であり,これはあまり大きくは変わらず,通常 7 - 8.5 m/s くらいである.排気ターボ過給が始まったのは 1950 年代初めで,そのときの出力率はおよそ 40, 燃費 160 g/PS⋅h, 217 g/kW⋅h であったが, 1970 年代中頃には出力率はおよそ 80 と倍増ながら, 燃費は 150 g/PS⋅h 程度から抜けていなかった.

エンジンの低回転化

 船舶推進プロペラの回転数を下げ,口径を大きくすると,同一出力,同一船速でもプロペラの効率が上がる.この様子を右図に示す.図では 175 rpm を 130 rpm にし,それに応じた口径にしたとき,一割近くの効率向上が得られている.このことはエンジンから見れば低回転化・高トルク化であり,この要求から必然的にストロークを伸ばすことになった.低回転化には付随したメリットもあった.燃焼にかかる時間が同じなら相対的に燃焼期間クランク角度幅が減って,サイクルの等容度が上がるとともに,燃焼室壁各部の温度が下がるので,壁からの熱損失も減り,あわせてエンジンの燃費低減に貢献した.

 2-ストローク機関ではピストンが下死点近傍にある短いあいだに 既燃ガスの排出,排気と新気の充填,掃気 とを済ませなければならない.ループ式掃気では排気孔も掃気孔も共に下死点近くにあり,上方へ吹き上げられた掃気流新気が反転して下降しながら既燃ガスを排気孔へ押し出す.


 シリンダ径に対してストロークが何倍にもなると,既燃ガスと新気とが混じることなく流路が反転するということはあり得なくなる.ユニフロー掃気では,掃気孔は同様に下死点近くに,排気弁が反対側,上方にあるから,名称のとおり,流れは一方向であって,それなら流路が長くなっても掃気機構として成立する.ループ式掃気が Stroke/Bore: 2.1 以上にはならずにそこで廃れ,ユニフロー掃気だけが残って,超ロングストロークへ進んだのはこういう必然であった.

動圧過給から静圧過給へ

 動圧過給では排気管を直ちに排気タービンへつなぐが,静圧過給 Constant-Pressure Charge では一旦排気レシーヴァに貯えられる.上の MAN B&W Diesel, Type: L80 MC/MCE の図で,排気管の先に太い円管があるのがその排気レシーヴァである.過給率 70 % くらいまでなら動圧過給が有利であるが,さらに過給率を上げると,排気の平均的な圧力も上がって静圧成分が増加するので,静圧過給の方が排気のエネルギー利用という点で有利になる.静圧過給では大きな排気レシーヴァを持つため,排気背圧が動圧過給の場合より低く,かつ排気干渉がないから,排気弁が開いて Blow-down するとき,シリンダ圧力が速やかに降下するので,排気弁開弁時期を後へずらすことができる.これで膨張行程のピストン有効ストロークが伸び,そこでまた熱効率を稼げる.熱効率向上はおよそ 7 %, 燃費率では 10 g/PS⋅h 分くらいの改善になる.

 右図はこういう大型低速 2-ストローク機関の指圧線図の一例である.回転速度: 92 rpm, 平均有効圧: 15.9 bar, 燃焼最高圧: 130.1 bar, 掃気圧: 2 bar abs., 過給率: 100 %, Power: 3954 kW/cyl.緑線は圧力経過,青線は圧力経過の微分である.


 上に挙げた例で分かるように,いまや Stroke/Bore: 4, 正味平均有効圧: 19 bar, 出力率: 160 という時代に入っている.高圧ボンベで窒素,ヘリウムなどを買ったときに充填されている圧力が 130 bar くらいであるから,エンジンで Maximum firing pressure: 140 bar というのはそれと同等かそれ以上の高圧ガス製造であって,これはまさに機械工学の精粋というべきものである.ループ掃気が廃れて,ユニフロー掃気になったもうひとつの理由がこうした高過給化の動きである.ループ掃気では排気孔開閉,掃気孔開閉が下死点に対して対称であり,掃気孔が閉じた後でしか排気孔が閉まらないから,排気管制弁なしでは過給がままならない.ユニフロー掃気では掃気孔開閉と排気弁開閉とは独立なので,排気弁を閉めて掃気孔から押し込むということができる.

 このあたりのことについては,舶用ディーゼル機関の Web site を見ればたいていのことが分かる.動画もなかなかよい.掃気については,シミュレーション計算の結果 を見るのが解りやすい.併せて,超ロングストロークというのがどの程度に長いかを直観的に把握できるであろう.


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