大学にて 「就職担当」 であったとき

 
Back to Homepage

 卒業予定者への就職斡旋に 「大学推薦」 という制度があり,機械工学関連では依然としてこの制度で就職する人の割合が高かった.就職活動がすべて 「自由応募」 になってしまえばこのページも過去の遺物となる.* この稿の内容は大学にいた 2006 年までのことであり,現在の状況がどうであるかについては知らない.最後に就職担当になった年度は平成 15 年度 (2003) であったから,多くはこの年度における状況である.現在の状況と比較することができるという意味もあろう.



その一.手が後ろへ廻るかも知れぬ恐ろしい業務

 大学の教員にはときたま就職担当という役割が廻ってくる.機械工学関連の大学学部生と大学院修士課程生あわせて百人ばかりに卒業/修了後の職業を斡旋する業務である.

 大阪で育った幼少時,口入れ屋* という怪しげな人が徘徊していて,硝子吹職人や硝子生地釜焚人足を連れて来たが,それは必要悪とはいえ違法であることは子供にも知れた.公共職業安定所以外には職業を斡旋してはいけないと労働基準法で定められていると聞いていた.その業務をやれとのお達しである.下手なことをすると手が後ろへ廻るのではないかと恐れて,大学の事務局に問い合わせたが,埒が明かない.さらにしつこく押してようやく,学校等では厚生労働大臣への届出によって無料の職業紹介事業を行うことができると職業安定法 第 33 条の 2 で規定されていることが判った.つまり,公共職業安定所の出先機関をやりなさいということだったのである.しかし,そこで併せて判ったことは,ここ何年も大学の事務局はその届けを怠っていたということだった.罰則には実刑もありますよ.就職担当は毎年学内で十数人に上るのに,皆さん平気でなさっていたとは.

 * 口入れ屋は雇人紹介業のことで,桂庵 (けいあん),慶安,慶庵とも.寛永時代,京橋木挽町に住む医師大和慶庵らが媒酌,訴訟,出入などに口入れをしたことから.人買いなどと呼ばれることもあり,当時でも世間に大手を振って歩ける仕事ではなかったらしい.侠客 "幡随院長兵衛" は浅草花川戸に住む口入れ屋.なお,労働基準法,職業安定法共にその制定は昭和 22 年 11 月.



その二.推薦書をどう書くのか

 学部卒業生や修士課程修了生を採用しようと企業の人事関連部署の方々が求人活動をなさる.求人票*1 を送りつけてくだされば済むことなのだが,就職担当教員に会ってその企業の特徴を説明したいと仰る.無下にも断れないのでお目にかかる.三月,四月には一社あたり三十分を充てて,一日十六社と面談する日がある.学生側からは 「求職票」 に相当する 「進路希望調査票」*2 といったものを出してもらい,企業側からは 「求人票」 を貰う.雇用者と求職者の合意で就職が決まるというのが基本である.職業斡旋は上述のように極めて怖い業務であるゆえ,間に入る行為は最小限であるべきで,零で済むならその方が良い.就職担当教員といえども学生にこの企業が良いなどと勧めたりはしないことにした.単に学生の希望と求人数との員数合わせを取り持つだけである.

 大学が企業に推薦するという形式を採っているので,就職担当教員名で推薦書を発行するが,この学生なら学力臂力非の打ち所無しとは書けない.たまたま求人数と応募者数が合致したか,求人数より応募者数が多いときには乱数表を使って抽選したに過ぎないし,それも学科内のネットワークに Web site を立てて*2,そこで顔も見ずに手続きをしているのだから,まず本人をよくは知らないし,普段の経験からもそんな学生はまずいない.推薦の本来の意味は推薦人が被推薦者の人物を保証するというものであるのは承知するが,求人がある限り,大学推薦を希望する学生には推薦書を発行しなければならないから,学生個々本人に会ってその人物を見たなら,とても本来の意味での推薦書など出せるものではない.多くは廊下ですれ違っても会釈さえしない.「お眼がねに適うかどうか心許無く存じますが,よろしくご銓衡を」 という文面にした.

 *1 中学生や高校生の新卒求人については,法律に基づき全て公共職業安定所を通すことが義務付けられている.そのため求人票に公共職業安定所の承認印が要る.大学への求人票にはそうした制約は無いし,定められた書式もない.
 *2 学科内からのみアクセスすることのできる就職斡旋専用の Web site を立てて,そこから入力できるようにしたので,書面が実体としてあったわけではない.電子的に処理することのした理由は次項 その三 に記した.担当していた年度の前には 「進路希望調査票」 は紙の媒体であったが,その次の年度にはまた紙に戻って,現在でも紙でおやりになっていると聞いた.とても信じられない.



その三.成績は推薦のための評価基準たり得るか

 該当する学生にまずは 基本方針ルール を説明し,学科内からだけ閲覧できる 就職斡旋専用の Web site を立てた*1.Web site でこうした処理を行うのは,「進路希望調査票」 といったものは一回限りの提出ではなく,時々刻々志望先を変えて差し支えなく,何度でも更新して行って,そのうちの最新のものだけがその時刻に意味を持つというものなので,紙で出すより電子的に処理するのが便利だからである.また別の利点は,当事者が顔を合わさず,誰が札を入れているのか,どれだけの人数が溢れているのか,学生間では互いに分からないことである*2.就職担当教員だけが知っている.

 公開は,企業名,求人数,その時刻に入っている希望人数,ならびに調整日程だけである.調整日時に求人数と応募者数が同じか,もしくは後者が少なければ,その瞬間,その企業が入社試験を受けたいと応札した人の応募先と定まる.求人数よりも希望者数が多いときには,他の企業へ志望を変更する人の出現を次回調整日まで待つ.早く決めたい人は空いたところへと順次志望を移すから,求人数は固定ながら,希望人数は増えたり減ったりしている.時々刻々志望先を変えるというのはこういう状況のことである.

 ある程度の調整日回数を経てもなお希望者数が過剰のままなら,強権をもって数合わせをする.強権といっても,乱数表を使った抽選で被推薦者を決めたということなのだが,これを怪しからぬという学生がいた.成績で決めよという.大学の成績というのは,習ったことについて,一義的に必ず答えが出る問への対処能力以上のものではありえないのに,企業への就職をそういう評価基準で裁量して良いか.入学試験と入社試験とは同じではないし,まして成績が権利になり得るなんてことはなかろう.この趣旨から学部と大学院にも差をつけなかった.その企業と相性が良いかどうかということの方が成績よりまだしも重要であろうし,将来を決する事項でもあろう.これなら間違いないという唯一の尺度など無いのではないか.棺を蓋うて事定まるという内容なのだから,神の思し召しに委ねるのがよいと考えたのである.

 *1 学外に公開する内容ではない.また,自宅で親と一緒に眺めるという状況を想定したくなかった.求人している企業名一覧については,学科内なら閲覧することはできるが,見ているページをプリントアウトしようとしても白紙にしかならないように細工した.
 *2 いまの時代のことだから,溢れている人数が一人分だけであって,応募者が誰々と判ってしまうと,応募者の誰か一人に激しい "いじめ" が加えられないとも限らない.



その四.求人票は生鮮食料品

 応募先企業が決まれば直ちに推薦書を発行する.応募者本人が自分で用意すべき必要書類を揃えて事務室へ持って行けば,大学がそれらを発送する.大学へ来た推薦依頼なので,本人からではなく大学から発送する.あとは採用試験日時場所通知が来るのを待てば良い.順調に進めば一ヶ月もあれば採用内々定となる.

 ところが,推薦書を発行しているのに,残りの必要書類を本人がなかなか揃えないという事例が必ず何件か出てくる.これまで大抵のことは周りの他人と同一のことだったのに,初めて隣の学生とは違った,自分が選んだところと個別に対応しなければならないということに恐怖感を抱くらしい.あるいは,自分はこういうところへ札を入れてしまったけれども,もうひとつ上のあそこにしておけばよかったと後悔するのだろうか.

 求人票群は対象者全員の共通財産であり,なおかつ生鮮食料品のようなものである.各人はその内のひとつを食べてもよいのだけれども,不採用通知が来るまでは別のひとつを食べることはできない.齧りかけておいて別のを食べたいというのは越権,僭越である.時期というものがあるのだから,延ばし延ばしにしていると腐ってしまう.企業の採用活動が進行して採用枠が満ちればその求人票は単なる紙切れとなり,共通財産から脱落する.

 * 求人の書類はその企業の人事部長,たいていは役員のひとり,あたりから出され,職印が押されている.正式な依頼状である.推薦書を付けて応募書類を送るのはそれに対する回答である.そちらの方は問題ない.幸いにも求人数は求職数よりはるかに多いから,求人の書類に全うな返事を出せるのはごく僅かである.応募希望者が現れなかった残り多数の求人書類に対しては,「折角のご意向にお応えできず申しわけない」 との返事を個々に出すのが社会の礼儀であると思うが,いまだ叶わない.身も心もすっかり疲れ果ててしまうのがその理由であるが,本来それは言訳にならない.該当の方々には深くお詫び申しあげる.



その五.会話が成立するか

 たいていの連絡は学科内就職斡旋専用 Web の入力フォームと電子メールで済ませるが,応募書類を出した後,採用試験の日時場所などの通知が企業からファクシミリで本人へではなく就職担当教員のもとへ届くということがしばしばある.テキストだけでなく地図などが付属しているからファクシミリにしたのであったろう.当該学生には 「A 社から採用試験通知が来ているので,X 号館 YZ 号室まで来室されたし」 と電子メールで伝える.部屋に来て 「メールが入っていたので取りに来た」 と言う学生がいる.「入っていたので」 はないんじゃないか,私が出しているのに.当方としては就職担当の役割を振られているとはいえ,それは本職ではなくてヴォランティアでやっていることだと思っている.そのために大学にいるのではないという意識でいる.険悪な雰囲気にならざるをえない.「連絡いただきましたので,参りました」 という程度に言う者は稀である.学生と顔を合わすと不愉快な事態に陥る可能性があるのでそれを避け,会わずに済むようネットワーク上で業務を遂行したのであるがこれは思わぬ落とし穴であった.ただ,その後を見ると,当方と険悪な雰囲気になった学生の採用内定率は決して高くなく,普通に大人の対応ができる学生で不採用になった者は皆無であった.何のことはない,採用基準はそのあたりにあったのである.あるいは,最終面接者が当方と同年代であるということが理由かもしれない.

 * 「話がある」 と言って部屋を訪れる学生がいる.何か相談事があるのかも知れぬが,「話がある」 というのは "喧嘩を売るときの台詞" であるから,「含むところがあるのか」,「顔を貸せというならいつでも受けて立つが」 と応えると,キョトンとした顔がそこにある.話が通じないこと夥しい.「聞いてもらいたい話がある」くらいが許容できるギリギリの線ではないか.



その六.自由応募なのに推薦書

 ここまでに書いたのはいわゆる 「学校推薦による採用」 のことである.これに対して,本人が企業に最初から直接接触して話を進める 「自由応募」 というやり方がある.これについては就職担当は関与しない.「大学推薦」 を希望する学生の自由応募をどこまで許すかということについては種々考えがあろうが, 大学推薦での内定を最優先するという確約付きで推薦を希望した時点以降の新たな自由応募先追加を認めないこととした.

 自由応募での銓衡過程で,大学から推薦状が出れば採用すると宣う企業があるらしく,何人かの学生が就職担当に推薦書を発行してと頼みに来る.相手はチョロい企業ばかりというわけではない.何を考えているのか,人事担当者や経営者の見識を疑う.始めに出してこその推薦書,後出しの推薦書などあるものか.こちらは公共職業安定所の出先ですよ.



その七."Local" な学生

 決して非難する訳ではないが "Local" としか言いようのない驚くべき学生もいる.小学校,中学校,高等学校,大学とこれまで通って来た学校すべてが名古屋市昭和区の中で完結するという.もちろん親元から通学している.これでは価値観の多様性を理解するのは困難ではないか.新幹線にもまだ乗ったことがないらしい.それが刈谷に本社がある企業に応募し,そこなら県内だし近いからと言う.中年になってから欧州事務所などに単身で遣られたものなら直ちに鬱病で廃人になるぞ.疲れる.



その八.母親の知っている企業

 かなり以前からのことのようであるが,母親に名を知られていない企業は求人や採用に苦労するものらしい.この地方では母親は 「このたびうちの息子は挙母の〜株式会社に早々と就職が決まりましてね」 と隣人に垣根越しに告げるのを一生一度の楽しみとしているとのことである.

 息子の方は,親の敷地に二世帯住宅を建て/建ててもらい,日曜日には妻子をミニヴァンか何かに乗せて,近くのス−パーマーケットへ買物に行くということができればそれ以上のことは頭に浮かばないという.デートのときに名鉄 (名古屋鉄道) の悪口を言い合ってすっかり盛り上がり,それで結婚に至った夫婦が多いともいう.

 就職担当としては,夕刻,ある企業へと希望札が入っていて,その日が期限だからルール上そこに応募することになるのに,夜が明け,朝,大学に行ったとたんに,昨日のことは無かったことにと言われるのが一番困る.



その九.機械技術者レヴェルの需要連続性

 就職担当との面談に来られた企業人事関係者の求人における要求は,人物の中味について,話し始めた段階では往々かなり高度なものである.いまの卒業生の多くは,とてもその要求すべてを満たす人物ではありえず,どの程度の理解力と思考力を持つかを例をあげて説明して行くと,なるほど入社してくる人達とほぼ同じであると納得なさる.それで求人が取り下げられるかというとそれはない.とにかく人は欲しいと仰る.理由を少しずつ訊いていくと,どうやら, 機械技術者の需要にはその高低レヴェルに断絶がなくて連続している,ということが知れた.つまり,出来が悪くても悪いなりの使い場所があるということらしい.
 機械技術者とは違って,例えばソフトウェアのプログラマなどでは,出来る人と出来ない人とのあいだには画然とした差があって,新たなものの開発は前者でなければできず,そうでない人の使い道は装置や周辺事情の僅かな顧客間差対応だけという.そういう職種への人選に較べ,人事関係者にとって機械技術者を採用する活動は数の充足はともかくも,あんなのを採用してと後ほど社内で苦情が出ることの少ない気楽な仕事であるということであった.



その十.機械技術者が必須な訳は

 プリンタやディジタルカメラなどのメーカ数社からほぼ同じように,電子回路設計技術者や高分子材料設計技術者以上に機械技術者が要るということで何人分もの求人を受けた.いまや機械技術者が必須ですという.この意味を理解できないのでいろいろと訊ねた.まず,製造図面の描ける人という要求である.機械工学科では製図は複数単位で必修になっているから,卒業生で図面の読み描きができない人はいない.これには問題がない.それにしても製品開発には電子回路設計技術者や高分子材料設計技術者が先でしょうと言うと,いや実はそうではなく,本当に製品が進化したり新たな考えが入っているのは,製品の企画製造販売サイクル四つに一回なのですと白状した.つまり,ある商品あるモデルを発売してもその発売の段階から販売終了時期を予め決めておき,その少し前に次のモデルを発売する,それらモデルのあいだに本質的な差があるのはせいぜい四つ目か五つ目であり,それ以外は,いかにも新しく見えるように縦横厚みの比を変えたり,スイッチの場所形を変えたりして演出する,それを商品化して行くには図面の描ける機械技術者が必須なのですというわけ.「Dummy を三つ打つ」 との表現であった.機械技術者の需要があるのは結構なことではあるが,経済システムが高度化するというのはそういうことなのか.プリンタやディジタルカメラだけでなく,自動車なども実はこのパターンなのかも知れぬ.



その十一.やりたいことなど訊ねるな

 君がこの会社に入ってやりたいことは何かと採用試験の面接で問うて,それの答えが明確でなかったので不採用にしたと返事をしてくる企業がある.意欲が低いと言いたげである.納得できない.しかし,せいぜいその程度の企業であるから,採用されなかったのは本人の後々のために悪いことではない.雇おうというのなら,その人にまずはこの仕事をやってもらおうという意向が採用する側に無くてどうする.「専門領域がどういうところかは承知なさっている筈だから,その方面のことなら仰るとおり何でも,そこが得意分野なら有り難き幸せ,たとえそこが不得意なところでも八十五点にはこなしてみせます」 と言えと研究室の学生には教えた.従業員が勝手にやりたいことだけをやっていて済むような企業があるわけもないし,会社の中にどういう仕事があるのか,入社以前に分かるほどにその会社は無防備なのか.仕事の種類は業態の変化に応じて年々変わって行く.ひとつ指定されているというなら状況が変われば解雇とならざるを得ない.意に染まぬ仕事を充てがわれることがあっても節目まで仕上げてこそ一人前,何をやりたいかを表明するのはそのあとのこと.



その十二.求人票の賞味期限

 求人票は生鮮食料品であると先に言ったが,その意味は七月に入る頃にはっきりする. この頃になってもまだ就職内定先がない学生もいないわけではないのだが,予定採用数を満たした企業が増えて来て,大学から応募書類を送っても無駄ということになってくるからである.飽和したかどうかの情報が先方から就職担当教員に届くというわけではないから,求人企業として学科内 Web site のリストに掲げてあっても,それは有効実時間データではなく,学生から応募希望が出る都度,まだ募集中かどうかをその企業に確認しなければならない.

 もともと電話をかけるのもかけられるのも好きではないのに,この内容ではさらに億劫になる.意を決して電話をかけると,至極丁寧な断りがあるかと思えば,けんもほろろの応対というところがある.この前面談に来たときの卑屈ともみえる諂い (へつらい) からの落差はどうか.売手市場買手市場需給関係そのものが言葉に出るのは致し方なかろうが,次年度の就職担当へ申し送りたいほどの酷さである*

 そういう時期まで就職内定先が決まらない学生でも,素直な性格で,人間として信用できるという人なら,どこにも就職先がないということはまずない.遅かれは早かれ必ずどこかの企業が拾う.

 * その四で,希望者の出なかった求人に対し何の連絡もしないのは申しわけないと悔いたが,電話をかけたらこういう状況であるというのも,言訳がましいが,連絡をするまでもないと思わせる一要因となっていないわけではない.



Back to Homepage