低温度自着火への EGR 希釈の効果
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EGR Dilution Effects on Low-Temperature Ignition
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混合気に既燃ガスや不活性ガスを加えると着火遅れが長くなる

 ピストン機関で下死点 BDC から圧縮が開始されるときのシリンダチャージは,上死点 TDC まで排気し終わって,隙間容積に残った残留ガス Residual Gases (燃焼ガス) とそれに続く吸入行程で入ってきた新気 (燃料+空気) との混合ガスである.圧縮比を上げると,この圧縮始めのシリンダチャージにおける残留ガス割合が下がり,新気の成分に近づき,あわせて圧縮始め温度も下がる.燃料・空気サイクル実例 ページを参照されたい.一方,排気ガス再循環 EGR: Exhaust Gas Recirculation では,圧縮始めシリンダチャージ中の残留ガス割合が増える.EGR ガスの組成は残留ガスのそれと同一であるが,温度はたいてい残留ガスのそれよりは低い.EGR による 火炎伝播への効果 については火炎伝播のページに述べてある.

 こうした,新気 (燃料+空気) に燃焼ガス (CO2, H2O, N2, たまには O2) が火炎伝播で燃え,はたまた,低温度自着火まえ反応を起こしてノッキングを導く.燃焼ガスの主成分は既燃ガス CO2, H2O と不活性ガス N2 である.前者の火炎伝播に対するこうした既燃ないし残留成分の効果はまずは 層流燃焼速度 SL に対する効果 Mass Fraction of Diluent, Ydil として纏められている.燃焼ガス成分 CO2, H2O と不活性ガス N2 の効果が同じかどうかは不確かであるが,そこではそういう一括での取り扱いになっている.詳しくは Chemkin などの詳細化学反応スキームを使って計算で評価するよりなかろう.それに加えて,シリンダ内火炎伝播については,混合気流動とそれに含まれる速度乱れ変動成分 u' が現象を大きく支配するので,残留ガス割合や EGR 量によってチャージの組成と温度が変わるそのときのチャージの粘性に大差がないかどうかを確認しておかなかければならない.

 火花ノックが起るかどうかはシリンダ内火炎伝播とエンドガス内の自着火前炎反応との 競合 で決まる.火炎伝播の側だけでなく,自着火前炎反応に対する燃焼ガスの主成分,既燃ガス CO2, H2O と不活性ガス N2 添加の効果についても知見を得ておく必要がある.こちらについても,現今では Chemkin などの詳細化学反応スキームである程度まで評価することが可能であるが,ここでは実験結果*1 で説明する.

急速圧縮機による着火遅れ計測

 表題の "混合気に既燃ガスや不活性ガスを加えると着火遅れが長くなる" というのは,"温度・圧力場は変わらないという条件下で比較すれば" という前提をおいてのこと*2 なので,以下,そこに留意して読み進められたい.

 自着火前炎反応の速さを表現する尺度が "着火遅れ τ" であり,急速圧縮機 を用いて計測される.右図がその指圧図の一例であり,圧縮終りから冷炎発生までの誘導期間が "冷炎着火遅れ τ1",それに続く青炎発生までの誘導期間が "青炎着火遅れ τ2" である.熱炎までの着火遅れ τ3 は短いので勘定に入れないで τ1 + τ2 を全着火遅れ τ とする.右図の条件では τ1<<τ2 となっていて,典型的な "青炎支配温度域" での着火である.


 n-ブタンを燃料とし,O2/Ar 混合ガスで疑似空気を作る.混合比を量論 Stoichiometric として,n-C4H10 / O2 / Ar の割合が2.67 : 17.33 : 80 である混合気を比較の基準になる混合気とする.n-C4H10 / O2 の比を量論のままとして,容 80 の Ar にそれぞれ -2.5 Ar, +2.5 Ar, +2.5 N2, +2.5 CO2, +2.5 H2O ひとつづつ加え,基準と合わせ 6 種類の試験混合気を用意して,それの着火遅れを調べる.圧縮終り圧力を 0.7 MPa などに揃え,圧縮終り温度を 600 - 850 K に振る.

 右図は実験で得られた着火遅れを τ を Arrhenius Plot で表現したものである.温度が直感的に分かるように,横軸:温度の逆数は左から右へ,大きい値から小さい値に向けて目盛ってある.圧縮終り圧力 0.7 MPa の場合だけを示した.一般的な 低温度自着火の三領域 を示す S 字型のカーヴのうち,負の温度係数域と青炎支配域のデータが得られている.740 K 付近のデータは,この温度域での着火遅れの再現性が低いため,載せてない.上に全着火遅れ τ=τ1+τ2 を,下に冷炎着火遅れ τ1 のみを示す.

 まず重要なことは,下図から分かるように,冷炎着火遅れ τ1 に既燃ガス・不活性ガス希釈の影響はないということである.もともと,温度が高い青炎支配域では冷炎の発生はほとんど見られない.ただし,670 - 710 K の負の温度係数域の高温端でだけ影響が出ている.

 最もはっきりと既燃ガス・不活性ガス希釈の影響があるのは負の温度係数域着火における "青炎着火遅れ τ2" である. 上の図には全着火遅れ τ=τ1+τ2 しか示されていないが,その下の図で冷炎着火遅れ τ1 に差が出ないことと τ1<<τ2 とからそう言える.比較の基準から含有 Ar 量を減らしたものが薄青線 -2.5 Ar, Ar 量を増やしたものがピンク線 +2.5 Ar の場合である.差は大きくないとお思いかもしれないが,縦軸は対数目盛なので,差はそれなりに大きい.


 相対的に温度の高い青炎支配域では既燃ガス・不活性ガス希釈の影響は負の温度係数域へのそれに較べて大きいとはいえない."青炎着火遅れ τ2" で見る限り,比較の基準から含有 Ar 量を減らしたものについて影響はほとんどない.それに対して量を増やしたものには影響があるように見える.

 混合気の比熱を燃料単位量あたりで,基準とする混合気と比較したものが右の図である.単位燃料あたりの混合気比熱が,この実験の既燃ガス・不活性ガス希釈で一割前後変化したことが知られる.

 単位燃料あたりの混合気比熱を示す右の図は,上の図にある "青炎着火遅れ τ2" が,負の温度係数域での着火において,伸びたり縮んだりする理由がその 単位燃料あたりの混合気熱容量の大小にある ことをおおまかに語っている.

 混合気が自分の中に生じる前炎反応によって自分自身の温度を持ち上げないと着火に至らない.それが低温度自着火の特徴であり,Thermo-Chemical とか Chemico-Thermal Reaction と呼ばれる所以である.


 しかし,詳細に見るなら,既燃ガス中の CO2, H2O, N2 といった成分箇々の前炎反応に対する添加は効果は単にその成分のもつ熱容量だけに依存しているわけではない.右図にある混合気それぞれの比熱大小と "青炎着火遅れ τ2" の長短の順序が一致してはいない.CO2, H2O, N2 などは.熱容量差が "青炎着火遅れ τ2" に作用しているだけでなく,それぞれが化学種として,あるいは第三体として反応に関与している,そういう効果もないではないとここに示唆されている.

 新気への既燃ガス・不活性ガス希釈の影響はほぼ "負の温度係数域の着火" に対してだけ明確に現れるだけであり,その効果の主要因は単位燃料あたりの混合気熱容量であるが,火花点火機関のノックやディーゼル機関の着火が多く "負の温度係数域の着火" であることで,その影響は現象を左右するほどに大きい.


実機ではどう考えればよいか

 上で "混合気に既燃ガスや不活性ガスを加えると着火遅れが長くなる" というのは,"温度・圧力場は変わらないという条件下で比較すれば" という前提をおいてのことであると予め断った.実機で EGR をかけるということは,通常,EGR ガスの温度は外気のそれより高いし,本来の新気に EGR ガスを足すことであるから,EGR によってチャージの温度と圧力は共に上がる.それらの効果は別途考慮しなければならない.そのうち,温度変化の効果については,このページの着火遅れ τ の S 字型カーヴに表れている.混合気が "負の温度係数域" にあるなら,多少温度が上がっても着火遅れは短くならない."青炎支配域" に入るなら一挙に短くなる.圧力変化の効果はこのページにはなくて,"低温度自着火の圧力依存性" のところを参照願いたい.簡略に言ってしまえば,圧力が上がると着火遅れは短くなる.

 圧縮比を上げ,さらに掃気の程度を上げれば,シリンダ内チャージの残留ガス割合が減り,新気割合が増す.同時に圧縮始め,圧縮終り温度が低下する.シリンダ内火炎伝播にとって,新気割合増は層流燃焼速度 SL の上昇,温度低下は SL の下降として効く.他方,エンドガスの自着火にとって,新気割合増は着火遅れ τ の短縮,温度低下は "負の温度係数域の着火" であればほぼ変化なしということである.ノックの発生が抑えられる方向かそれとも促進方向かは一義的に定まらず,他の諸条件如何に拠るであろう.

 机上であれこれとやっていても埒が明かない.実機に EGR をかけたときの例 を見るのが手っ取り早い.


  *1 Ohta, Y., Furutani, M., Kadowaki, S., Terada, K. and Takahashi, H.: Effect of Mixture Dilution or EGR on Low-Temperature Autoignition under Piston Compression, COMODIA90, 111-115, (1990).
  *2 実機で "EGR の効果" を実験的に調べても,温度,圧力,ガス組成のどれが効いているのか明確にならない.それに点火時期などが加わっているともっとややこしくなる.影響因子を一つだけに絞る というのが Science の基本であるから,こういう取り扱いになっている.


Still not fixed.


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