ディーゼル機関混合気形成のいま
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Recent Mixture Formation in Diesel Engines


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 現今では,ディーゼル機関の燃料噴射系はほぼ Common-Rail 方式に移行した.燃料噴射圧が 2000 bar くらいまで上がっているので,従来の Jerk Pump でせいぜい 200 bar くらいで燃料を噴射していたときとは状況が変わってしまっている.このページでは,ディーゼル機関の混合気形成 Mixture Formation が従来の "チャージの流動を使う" という概念から,"燃料噴霧の運動量による混合気形成" へと変化していることを述べる.つまり,チャージの流動は二次的なものになった.

 そうした変化の結果,右の図にあるような,これまで主流であった,ピストンにキャヴィティを持つ トロイダル型 Totoidal type,なかでもキャヴィティ開口を絞り,キャヴィティ中央に突起を起てた リエントラント型 Re-entrant type 燃焼室が減ってきている.新規設計エンジンを見ると,ピストンに設けられたキャヴィティはどんどん浅く,スキッシュリップも明確でなくなって,旧い 浅皿型 Sallow-Dish type に近いものになっている.

 教科書に載っているディーゼル機関に関する記述のかなりが現在そのままでは通用しない.その多くは燃料噴霧 Fuel Spray が従来と大きく変わったことに由来する.噴射圧が 2000 bar を超えるほどに,従来より一桁以上あがり,噴孔が著しく小さくなって,燃料噴霧への空気導入 Air Entrainment の経緯もそれに応じて変化した.もうひとつ変わったことは,燃料/空気の混合 Fuel/Air Mixing 操作において,従来なら嫌っていた,既燃ガスの介在をいまは必ずしも避けるばかりではなく,ディーゼルにも EGR を積極的に使うようになったということである.

 予燃焼室式や渦流室式などの副室式ディーゼルは燃料/空気混合操作そのもののために副室が設置されている.これらはいまや過去のものになっているので,ここでは直接噴射式ディーゼルの混合気生成操作の変化とそこでの燃焼の考え方を述べる.

 直接噴射式で従来採られていた混合気形成手法は右の図にあるような スワール扇面理論 が基本である.噴霧の本数分に分割された扇面形空気塊が スワール によりそれぞれの噴霧へと横から順次押し込まれることで燃料/空気の邂逅がなされる.#1 の噴霧にはその背後にある #1 の空気扇面部分の空気がスワールによって順次導入される.主体のスワールによる混合に加えて,正/逆 スキッシュ Squish で混合の仕上げがなされるというものであった.

 燃料が噴かれ,チャージである空気とで混合気を形成するのに,空気塊がどのように燃料噴霧に当たって混ざるかということに主眼が置かれていたのである.



 成層 EGR などが施されるとき,燃焼室内の酸素濃度分布・温度分布は不均一である.小酒らは,近年の高圧 Common-Rail 方式燃料噴射で,その不均一性がディーゼル機関燃焼に与える影響を考察し,着火までに噴霧内に導入される酸素量とエンタルピ量により,窒素酸化物 NOx とすす Soot, Particulate Matters の生成量が支配されることを見い出した*1-4

 噴孔から着火領域までに噴霧が移動する期間について,準定常一次元プラグ流噴霧モデルが適用される.準定常として定式化されていることに留意.燃料噴射開始から着火までの積分値という取り扱いではない.


ここに,導入される酸素の質量流量 , 導入される周囲空気からのエンタルピ流量 ,着火位置における噴霧内混合気直径 ,着火位置における噴霧内混合気速度 ,着火位置における噴霧内混合気の酸素濃度 である.

 導入される燃料のエンタルピ流量 ,燃料の蒸発によって奪われるエンタルピ ,着火位置における噴霧内混合気の密度 ,着火位置における噴霧内混合気の比熱 ,として,着火位置における噴霧内混合気の温度 Tig は,


で表される.燃料は着火位置までにすべて蒸発しているとして扱われている.着火位置における噴霧内混合気の着火前酸素濃度 と同位置における混合気の着火前温度 Tig が実験で計測される.それらから,導入される酸素の質量流量 ,導入されるエンタルピ流量 などが知られ,次式により着火領域における混合気の当量比 φig が求められる.


 実験に供された場の温度・酸素濃度空間分布の一例が下図に示される.



 着火位置における混合気の着火前温度 Tig とそこでの混合気の当量比 φig で燃焼後のガスから採取される "一酸化窒素 NO" および "すす Soot" の濃度を整理すると下図のようになるという.これら 2 つのパラメータだけで,その後の燃焼経緯を経た最終結果が一義的に決まってしまう.噴霧で噴かれる燃料すべての燃焼が着火準備期間の混合気形成によりほぼ支配される.急速圧縮機での燃焼実験なので,排気管や Tail Pipe はないが,実機でならこの濃度の NO, Soot が排気孔に出てくる.ただし,下の図で見ると,NO と Soot との Trade-off の関係はかなりの程度に維持されていると知られる.一方,Tig =935 K,φig =1.85 あたりなら NO も Soot も少ない.Hot EGR がそこに該当しようか.


 噴霧周囲空気に酸素濃度分布や温度分布があっても,着火までに噴霧内に導入された酸素量とエンタルピ量が,窒素酸化物 NOx とすす Soot, Particulate Matters の生成量を決めるという結論がここで得られており,右の図にその概念が表現されている.

 ここには載せないが,熱発生速度履歴を見ると,着火を伴う予混合的燃焼 が主で,そのあと,拡散的燃焼はほとんどなく,後燃えだけが弱く続くという燃焼形態であることが分かる.

 しかしながら,着火を伴う予混合的燃焼にも 1 ms くらいの時間はかかっており,二つ上の図にある写真のように,着火以降でも燃焼領域 (右図の Flame Zone) 全体が撹拌されながら燃えている.


 ここでは,こうした着火以降の操作についての運動量ないしは運動エネルギーに言及されていないが,燃焼領域を撹拌する操作が必ず伴い,着火まえ Entrainment と着火以降の燃焼とが連動して,燃焼ガスに不均一性を残さないように見える.着火を伴う予混合的 Rich 燃焼に Lean な後燃えが続くということかもしれない.

 論文の表題からは,近年の高圧 Common-Rail 方式燃料噴射の下でなされるディーゼル燃焼の特徴を抽出するという意図はないけれども,その内容には,これまでとは別の形態へと遷移しつつあるディーゼル燃焼に関する新しい概念の一端が含まれている.噴射圧をパラメータにした実験ではないので,もちろんこれ以上のことは言えない.低速ないし中速舶用ディーゼルの浅皿型燃焼室で,噴霧が持つ運動量によって噴霧への周囲空気導入がなされ,着火後は燃焼室空間への燃焼中油滴の "貫徹 Penetration" で燃焼が進み,その際,スワールなどのチャージの流動は大きく関与しない,という燃焼方式が存在した.それと同一ではないものの,噴霧が持つ運動量 に再び脚光があたり,空気塊が噴霧に当たって燃えるという操作が二次的な効用に過ぎなくなっている,それがいま進んでいる遷移である.かつての一次的な効用,二次的な効用の序列が入れ替わっている.


 *1 小酒英範・西田健太郎・相澤哲哉:“雰囲気酸素濃度・温度分布の不均一性がディーゼル燃焼に及ぼす影響 (第 1 報, 酸素濃度の不均一性の影響), 日本機械学会論文集 73-736B (2007), 2593-2599 
 *2 小酒英範・津田里志・山口紘:“雰囲気酸素濃度・温度分布の不均一性がディーゼル燃焼に及ぼす影響 (第 2 報, 温度の不均一性の影響), 日本機械学会論文集. 75-752B (2009), 855-863
 *3 小酒英範・山口紘:“雰囲気酸素濃度・温度分布の不均一性がディーゼル燃焼に及ぼす影響 (第 3 報, 酸素濃度の不 均一性の影響), 日本機械学会論文集 76-761B (2010), 155-160
 *4 小酒英範: 雰囲気の空間的不均一性がディーゼル燃焼に与える影響, 日本機械学会論文集 78-785B (2012), 150-161


  Still not fixed.