偉大なる試行,Great Trials of VW/Audi
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 縦置き短小エンジンを ADR/AEB から始めて,W8 を経て W12 まで,十年の単位で開発しておきながら,縦置きは僅かに Audi のみに残しているものの,短小エンジンはあっさりと引っ込めていることなどから見て,FSI, TFSI, TSI, DSG をもあえて "試行" と呼ぶ."偉大なる" というのは,常に可能性を追求していることへの半ば褒め言葉である.これらのうち真に普遍性のあるものが残る.

"TDI, DSG", "FSI", "短小エンジン", "5-Valve エンジン", "TFSI, TSI, DSG"

 以下,ここに掲載するエンジンの全開性能については,すべてスウェーデンの RRI, Rototest Research Institute というところからデータをダウンロードしたものである.駆動輪のホイールを外して そこに動力計を つないで計測されている.図表示で,回転速度,トルク,出力の目盛りが 0, 零 からになっているのも好ましい.エンジニアリングが解っている組織なのだろう.* 2017 年 2 月現在で見て,記事の更新はなされておらず,最も新しいものでも 2010 年モデルでしかない.最近の技術的進歩を読み取る助けにはならない.

 残念なことには燃料消費率の実測値が掲載されていない.それがあると,単に経済性の評価だけでなく,エンジン燃焼を推測する大いなる手段になる筈なのに.例えば,右図は二つ下の図に示す 2.0-liter TDI エンジンの燃料消費率等高線である.図の縦軸は正味平均有効圧 BMEP になっているが,トルクと同形である.部分負荷の燃料消費率もこれで分かる.こういう線図がそれぞれのエンジンについて用意されていると,変速機とのマッチングを含めた経済性も評価し易くなる.

 * 下に記載の RRI のトルクカーヴは駆動輪軸で測って換算されたものであるが,右図はおそらくエンジン単体での計測値であろう.それゆえトルクカーヴの形状そのものが両者で僅かに異なる.その差がまた RRI のデータを見る意味でもある.

 それにしても,この図から分かるように,現今,乗用車用ディーゼル機関の正味平均有効圧は 21 bar にも達していて,それは 大型舶用低速 2-ストローク機関 の正味平均有効圧: 19 bar を越えるに至っている.

 このページでは軸トルク Te と正味平均有効圧 pme とが混在している.RRI のトルクカーヴは [Nm] 目盛りになっている.必要な場合には,4-ストローク機関については,


で換算されたい.欧州では平均有効圧 pme を [bar] の単位で言うことが多い, [MPa] で出した値を 10 倍すれば [bar] で言う値になる.トルク 240 Nm は排気量 Vh が 1.4 liter なら平均有効圧 21.5 bar,1.6 liter なら平均有効圧 18.8 bar にあたる.[kgf/cm2] の単位で言うときには, [bar] でいうときの 2 % 増しになる.

・TDI,あわせて DSG についても

 Turbo Direct Injection の略称.主に乗用車に搭載されるディーゼルについて,副室を持つディーゼル機関を脱し,ピストンにキャヴィティを設けてシリンダに燃料を直接噴射する,いわゆる "直噴" 方式にするとともに,ターボチャージャ過給で給気し,自然吸気の倍近い空気を与えることで,トルク増加を図るものである.ターボ過給直噴ディーゼル機関は大型・重負荷用ではかなり以前から成立していたが,乗用車用の比較的軽負荷を担うエンジンに適用されたのは 1989 年,Audi 100 の 2.5-liter Five-Cylinder エンジンが最初である.その後発展を続け,ヴァリエーションも増えた.最小は 1.2-liter TDI で,それは 100 km を 3 リットルの燃料で走るという "三リッター カー" の企画に合わせて製作された.大きい方では 6.0-liter V12 TDI が発表されている.

 ディーゼル機関は,同一排気量でなら,火花点火機関に較べ非力なエンジンである.火花点火機関では量論で運転するのが基本であるが,ディーゼル機関では吸入した空気に対して量論まで燃料を投入することができない.そこまで燃料を入れると "すす" が発生するからである.空気過剰率 λ で 1.15 -1.2 くらいが限界で,総括混合比は必ず稀薄である.燃料と空気の混合が未逹であるがためであり,それは技術的未熟ゆえであるにせよ,それを越えるのは容易でない.さらに,火花点火機関では,回転速度に応じて速く燃えるという天の恵み があるが,ディーゼル機関にはそれがないから,ディーゼル機関の作動回転速度域は火花点火機関ほどには高速側へ延びない.このふたつが,同一排気量では,ディーゼル機関の最大出力が火花点火機関の七割程度でしかない理由である.TDI の燃焼など についてはディーゼル機関の混合気形成と燃焼のページで.

 火花点火機関に過給すると ノッキング が生じる恐れがあるけれどもディーゼル機関に過給してもそれはない.自然吸気火花点火機関と同等の出力が得られるように過給したディーゼル機関,それが TDI という考え方である.もちろん,予燃焼室式や渦流室式のディーゼル機関 に過給してもよいが,こうした副室式機関では喉部での流動損失と熱損失が大きく,それが嫌われ,時代はすでに 直接噴射式 を目指していた.

 右上の図は自然吸気火花点火機関とそれと同等出力の過給ディーゼル機関の例である.自然吸気火花点火機関は B5 Passat に搭載の 5-valve ADR, 公称最大出力 92 kW で,吸気ポートにガソリンを噴射する MPI, Multi-port Injection タイプである.一方の過給ディーゼル機関は 1997 年 Passat に搭載の 1.9 TDI,公称 81 kW* である.火花点火機関の特性図に 1.9 TDI の特性を描き入れた.* 公称 81 kW の 1.9 TDI は 1995 年版であり,2000 年にはこれは公称 110 kW の 1.9 TDI へと発展した.初版は 1993 年の公称 66 kW の 1.9 TDI である.

 運転速度範囲の違いに注目されたい.トルク特性も大きく異なり,1900 rpm で最大トルクが出ている.火花点火機関では六千数百 rpm まで廻るのに,ディーゼルでは四千 rpm 程度である.出力はトルクと回転速度の積であるから,回転で稼げないならトルクで稼ぐよりなく,トルクが 1.6 - 1.7 倍くらいになっている.それでもまだ同等の出力に達していない.これがどのような燃焼方式になっているのかについては,別途,"ディーゼル機関の混合気形成と燃焼" のページを用意する.当然,この運転速度範囲の違いは変速機で対応することになり,それについては下に述べる.かつて乗用車用ディーゼル機関の大半は渦室式であり,それが 5,500 - 6,000 rpm を目指していたことから見ると,TDI は最初から高回転は考えていないと知れる.

 火花点火機関に過給するにしても低速ではターボチャージが効かない.ディーゼル機関に過給するとき,火花点火機関のようなノッキング問題がないだけでなく,運転条件設定のために吸気を絞ることを基本的にしないから,低負荷時であっても,温度はともかくも,ターボチャージャを通過する燃焼ガス量は火花点火機関のように小さくはなく,ターボチャージャはそれなりの速さで回転している.ディーゼル機関で,低速からターボチャージが効き始める理由としてこのことが大きく寄与している.

 近年の火花点火機関と TDI を比較したのが二番目の図である.2.0 FSI は我が国でも流通していた VW/Audi 諸車に搭載されている直噴火花点火,公称 110 kW である.2.0 TDI には 103 kW のものもあるが,ここでは 125 kW のものと比較した.特性そのものは先の図に示したものと大差ないものの,先のでは 1.8 と 1.9 と差があってもなお出力は低かったが,こちらでは同一排気量にした TDI のトルク向上を受け,最大出力は直噴火花点火機関 FSI のそれを凌駕している.同一排気量とはいえ,Bore, Stroke は異なり,FSI: φ82.5×92.8, TDI: φ81.0×95.5 となっていて,ディーゼルの方がややロングストロークである.

 この分野はすでに "偉大なる試行" の段階を越え,欧州他社にも拡がって,定常的な工業製品となった.Mercedes-Benz: CDI, Opel: CDTI, PSA Peugeot Citroën: HDi, Renault: dCi など,呼び方が違えども同じコンセプトである.我国では現在のところ,この種のエンジンに関して,市場は成立していないし,研究,開発の面でも大きく遅れをとってしまっている.すでに "偉大なる試行" 段階を脱した TDI をこのページの最初に挙げてあるのは,話の順序として必要であるからである.さらに詳しくは,専門家向けの ATZ/MTZ 誌別册特集号 Sonderheft "10 Jahre TDI Motor von Audi" (Sep., 1999) などを.

 火花点火機関とディーゼル機関のこの運転速度範囲の違いに対応するのは変速機である.右の表にその差を示す.同じ DSG とはいえ,火花点火機関用とディーゼル機関用とでギア比が大きく異なる.

 TDI ではエンジンの回転速度範囲が狭いので,車輛を高速で走らせるには,エンジンの低回転をホイールの高回転へと変速機で増速しなければならない.また,エンジンの回転速度範囲が狭いから,ギアを多段とせざるを得ない.すなわち,DSG は TDI エンジンの狭い回転速度範囲を補償し,煩雑なシフト操作を避ける手段なのである.

 DSG は "Direct Shift Gearbox", "Direktschaltgetriebe" の略,"Doppelkupplungsgetriebe DSG" という表現もしばしば見られる.トルクコンヴァータのようなトルク増加機能は無く,複数クラッチを持つ,Robotized MT とも表現される半自動変速機である.Audi では "S-tronic" と呼んでいる.本来変速機は,往復ピストン式エンジンの低速トルク不足を補うためのものであろうが,TDI 用の変速機では,マニュアル操作のものを含め,低速側ではなく,エンジンを車輛の高速走行に対応させるものにその機能を変えた.減速機であったものが増速機になっている.

 上の表では,火花点火機関用 6-段 Tiptronic の方が V, VI の増速が大きいように見えるがそれは違う.DSG では最終ギア比が I - IV と V, VI で異なり,そこだけの比が 3.136/4.059 = 0.773 なので,例えば TDI 用 DSG の VI (6) 速ギア比は 0.756×0.773 = 0.584 に相当していて,Tiptronic の 0.685 より小さい.0.584 という数値は,TFSI 用 DSG の IV (4) 速ギア比 1.078 から見れば,二倍近くにも増速している のである.なぜ二倍近くなのかは上の性能曲線を見較べればお解りになるであろう.そういう意味では,火花点火機関で走行するのに 6-段変速機が要るわけではないのであって,多段化はあくまでも燃費削減を図るためのものにすぎない.TFSI 用 DSG の IV (4) 速ギア比 1.078 というのは,Overdirive の無い旧来変速機の Top Gear そのものなのである.昔ならこの値は正しく "1.000" であった.0.584 という "1.000" 以下の数値が "増速" である.


・短小エンジン,あわせて 5-valve

 Audi 80 の後継として 1994 年末に 出た Audi A4 は,その前輪サスペンション,縦置き 5-valve ADR/AEB エンジン,5-段 Tiptronic 変速機などで,著しい進化を見せ,そのしなやかさで大きな成功を納めた.特に短小縦置きエンジン 5-valve ADR と 5-速マニュアル変速機の組み合わせは前輪サスペンションの優秀さと相まって,その回頭性の良さで高い評価を得た.併せて,マイルド過給 AEB エンジンと 5-段 Tiptronic 変速機の組み合わせも,回頭性ではやや劣るものの,運転の快適性で評価は高かった.これが短小縦置きエンジンの始まりである.ATZ/MTZ Sonderheft "Der neue Audi A4" (Nov., 2000) に詳しい.この段階では吸気ポート噴射,MPI Multi-port Injection エンジンである.

 しかしながら,5-valve エンジンに置かれた 3 本の吸入弁は一本のカムシャフトで駆動され,弁軸中心線傾斜はその構造上任意に選び得ず,右上の図のように,中央の吸入弁座面が半球燃焼室を形成するまでには至らなかった.

 吸入流は互いに干渉し,4-valve エンジンの吸入量を大きく凌ぐというわけではなかった.つまり "偉大なる試行" の段階を越えなかった.けれども,その問題は下に述べるマイルド過給でかなり改善されたし,短小縦置きエンジンはこれを端緒に前に進んだ.

 短小縦置きエンジンというコンセプトはその後機種の拡大が図られ,15o 狭角 V 型 5-cylinder 2.8, 狭角 V6 R32, 狭角 V 型 4-cylinder を V バンク角 72o で左右配置に組まれた 4-liter W8, BDN,狭角 V 型 6-cylinder を V 型とした 6-liter W12, BHT へと発展した.

 W8 エンジンの全長は 420 mm,高さ,幅はおよそ 700 mm である.ここで短小縦置きエンジンと呼ぶのはこういう意味である.その狙いの第一は操縦性と挙動の左右対称性であろう.

 Passat の R36 では 15o よりさらに狭角で,バンク角 10.6o であった.狭角 V 型では,左右バンクをひとつのシリンダヘッドで覆う構成であるため,燃焼室形状の最適化に限界があるうえ,ピストンリングトップランドが均一高さにならないことによる 消炎 ヴォリューム過大など,未解決の問題を残している.バンク角狭角化で改善があったであろうか.

 狭角 V 型,W8 などが今後どのように採用されていくのであろうか.Passat-R36 のエンジンが次の Touareg に載るとも聞く.短小縦置きエンジンが "偉大なる試行" の段階を越えるかどうかを見守ろうではないか.  * 自動車用ではないが,我が国で作られた W24 ディーゼル の例はなんとも興味深い.


・マイルド過給,Mild Turbo-Charge for SI Engine

 吸気ポート噴射,無過給 ADR エンジンにターボチャージャをつけて過給したものが AEB もしくは ATW である.φ81.0×86.4 というロングストロークエンジンに低・中速域のトルクアップを目的に,比較的マイルドな過給が施されている.両者の特性を右図で比較する.車輛のサイズに比し低排気量,小型のエンジンを搭載し,摩擦損失を低く抑えながら必要なトルク,出力を得るために別の施策をという考え方である.圧縮比は無過給の 10.3 に対して 9.5 とやや低く設定.燃料のオクタン価として 95 RON が想定されている.

 1,500 から 1,800 rpm にかけての低速で過給がうまく効いているところが,この過給エンジンの意義を広く認識せしめた功績であろう.この過給技術がこのあとの FSI に過給した TFSI へと繋がっている.


・FSI

 FSI は Fuel Stratified Injection を縮めた呼称で, ドイツ語では geschichtete Benzindirekteinspritzung,直接噴射成層給気の意である.しかし,近年,成層給気を止めて均一量論給気となってきたことに伴い,FSI を Fuel Straight Injection と読む動きがある.

 火花点火機関でガソリンをシリンダ内に直接噴射するというのは,第二次大戦中の戦闘機のエンジンや,1960 年代半ば,Mercedes Benz のレーシィングカーなどにその例があるが,一般市販車に広く適用され,先鞭をつけたのは 1996 年,三菱自動車の GDI, Gasoline Direct Injection である.シリンダ内チャージの総括空燃比を量論より稀薄にして,作動流体の比熱比 κ=cp/cv を大きくすることで,サイクルの熱効率を上げようとする試みである.点火プラグの周辺だけに量論空燃比近くの混合気を形成し,まわりは空気と残留ガスだけというように配置する,いわゆる成層給気 Stratified Charge とする工夫がなされた.安東・桑原両人の構想と知力がそれをもたらした.けれども三菱自動車はいまや GDI を停止したかのようである.

 "Die Benzin Directeinspritzung" という Web site を見ると,GDI が一行目に出ているのは,スタートであるがゆえである.これに対して欧州勢は総括稀薄空燃比化を横目で見ながら,シリンダ内直接噴射とするものの,逆の視点で,従来の火花点火機関と同じように量論の混合気を供給することからこのシステムを運用し始めた."λ = 1" とあるのがそれである.特許の制約があったのかもしれない.

他に:
 Die Benzin Directeinspritzung - FSI
  http://www.kfztech.de/kfztechnik/motor/otto/fsi.htm
 Direkteinspritzung
  http://de.wikipedia.org/wiki/Direkteinspritzung


 いまこの燃料シリンダ内直接噴射を広く採用しているのは VW/Audi Group である.上図にそれを示す.燃料をシリンダ内に直接噴射することで,蒸発潜熱分だけ圧縮終り温度が下がって得られたノッキング限界拡大しろ Knock Margin を圧縮比の増加に充て,ノッキング抑制効果とノッキング誘起効果とを帳消しにできて,圧縮比向上を可能にした.BVY では圧縮比は 11.5,燃料のオクタン価として 95 RON が指定されている.FSI は先には 98 RON 以上の "Super Plus" を要求していた.Audi A3, A4, A6, TT Coupé なども,このエンジン系列を採用し,Škoda や Seat を含め,VW/Audi Group 全体で,かなりの期間これを搭載していた.さらに大排気量のエンジンも発表された.BVY のトルク・出力特性は RRI のデータ STR-04081701にある.

 直接噴射成層給気という命名であるけれども,2000 年に始まったときと違い,現在の VW/Audi FSI では成層給気ではなく,2005 年に BLR から変わった BVY で 均一量論給気 になっていて,名称と実態とが離れている.これに伴ってであろうか,FSI を Fuel Straight Injection と読む動きが見られることは上述した.いずれにせよ驚くべきはその圧縮比向上である.Audi A6 に載る 2.8-liter V6 FSI は 3.2-liter V6 FSI の Short-Stroke 版であるが,その圧縮比は 12.0 になっており,指定オクタン価は 95 RON (91 AKI) である.圧縮比 12.0 というのは火花点火機関に関係する技術者にとって積年の望みであった.この圧縮比向上でかなりの燃費改善が現実のゲインとして得られている

 この "蒸発潜熱利用高圧縮比" 手法は,今後予想される アルコール/ETBE 混合燃料 に対しても有利であることは論を俟たない.しっかりと論理連鎖が構築されている.燃料補給時の大気への燃料蒸気放出量削減を目的にした 脱ブタン など,ガソリンから軽質留分を除く処置が進んだ場合にも MPI より燃料シリンダ内直接噴射が有利である.

 直接噴射成層給気は部分負荷域に適用する技術であり,高負荷域では従来の均質量論予混合とされる.均質量論予混合でなら排気浄化に三元触媒が使えるが,成層給気では総括混合比は稀薄であるから,別途対応しなければならない.触媒なしの成層給気で NOx, HC が同時に下がるのは,特に低負荷域,総括混合比は特に稀薄というところだけになる.そうすると運転作動領域が直線的に繋がらず,On か Off かというようになって,滑らかさを欠く.直接噴射成層給気のうち,前半の直接噴射だけを採用し,後半の成層給気を放棄するのは,この作動領域制御の連続性維持と排気浄化の困難ゆえのことであろう.現在,日本のエンジンメーカは,トヨタに一部残り,マツダなどに新たな動きがないわけではないが,直接噴射成層給気のかなりをあたかも保留しているようである.我国で先鞭をつけた技術が,他へ持って行かれてしまっているのは残念なことである.コンセプトがあれば,それを作り込むのは我が国技術者の最も得意とするところの筈なのに,それが活かされていない.飛躍への雌伏であることを望む.


・FSI, TFSI, TSI, Tiptronic AT, DSG

 この Web の別ページ VW Jetta Related で,Passat や Jetta を含め,他のモデルにおいても TFSI + DSG については "偉大なる試行" のひとつであることに変わりなく,TSI + DSG に至って,"偉大なる試行" であるものの,ようやく工学としてバランスのとれたものになる.バランスという点から言えば,FSI + DSG, TFSI + 6-速 Tiptronic の方がまだしも整合している,と書いた.その理由を説明する.もっとも,エンジンの TSI と変速機の DSG はそれぞれ独立で成立する技術であって,両者を組み合わせなければならないものではない.しかし,組み合わせればプラスの相乗効果が出る.

 1) 往復ピストン式エンジンのトルク特性は,蒸気機関や直流モータのそれと違い,低速域でのトルクは中速域に較べて低い.特に極低速域はそもそもトルクはなく,自力回転すらしない.往復ピストン式エンジンでは,無負荷でも回転させておかなければならないのとともに,変速機が必須である.蒸気機関車や電車に変速機が無いのと大きく異なる.

 2) トルクコンヴァータは回転数比に応じてトルクを倍加させる装置であり,これを組み付ければ,エンジンの低速トルクが小さくとも相応の発進加速を得ることができるので,じつに好適である.鉄道の気動車が発進するときの様子を思い浮かべれば諒解されよう.問題はトルクコンヴァータでは仕事の変換効率が最大でも 85 % 程度であり,回転数比が大きいほどその効率が低下することである.エネルギーのロスさえ気にしなければ,低速トルクの小さい原動機に組み合わせる装置として本来悪いものではない.

 3) トルクコンヴァータ式オートマティックにギアを多く入れて六速などに多段化することは,トルクコンヴァータのトルク倍加機能の多くをギアに受け持たせることであり,トルクコンヴァータのフルードカップリング (流体継手) 化を招来する.燃費低減という視点からの対応でしかない.なお,Tiptronic AT は Porsche の持ち物である.

 4) DSG, Direct-Shift Gearbox にはトルク倍加機能はない.DSG は低速トルクが充分にあるエンジンと組み合わせて使われるべきである.そうでないと,低負荷域での Shift-Up/Shift-Down が繰り返えされる上に,半クラッチが多用されることになる.なお,この DSG, Audi がいう S-tronic AT のうち,湿式クラッチは BorgWarner の持ち物である.この最初に出た 6-段 DSG の型番は DQ250 (質量:93 kg) である.

 5) TFSI に機械式過給機 Supercharger を加えて低速トルクを稼いだものが TSI である (最近 Supercharger を省略したものも TSI と呼ぶようになっているのはいただけない).ターボチャージャの欠点は低速での効きが苦手なことで,一般には発進加速に役立たない,そこが機械式過給機で補なわれた.往復ピストン式エンジンの内部摩擦損失は,おおまかには,行程容積に比例する.摩擦損失の点からは,小さいエンジン,小排気量が有利である.アイドリング燃費では特に秀でる.自然吸気小排気量ではトルクが足りないので過給する.過給するとノックが生じるので圧縮比を落とさざるを得ない.それは熱効率を下げ,燃料経済性を阻害する.FSI を使えば,燃料をシリンダ内に直接噴射するから,ポート噴射に較べ,蒸発潜熱寄与分だけ圧縮終わり温度が下がり,ノッキング限界が拡がるから,その拡大しろを圧縮比の増加に充て,ノッキング抑制効果とノッキング誘起効果とを帳消しにすることで,過給エンジンにおいて 10 から大きく遠ざかることのない圧縮比を維持した.燃料直接噴射と低速からの過給との組み合わせ が効く.

 採用されている機械式過給機は特別なものではなく,普通の Roots Blower* であり,米国 Eaton 製,ターボチャージャも特別なものではなく単段,米国 BorgWarner 製である.システムの構築で Eaton の功績が大きかったらしく,"SuperTurbo Compounding" と呼ばせているとのこと.それぞれが特別のものでないとはいえ,低速で大きく過給されている,そこでの ノッキング抑制技術 は尋常のものではなく,前炎反応の圧力依存性 を知るなら,直近二十年における科学・技術の進捗投入を見てとるに違いない.どこにでもこれができるというわけではない.また,アイドリング燃料消費低減,低負荷時ポンプ損失の相対的低下などは我国の道路交通事情にも合致する燃費低減効果を生むであろう.* Roots Blower そのものは圧縮機ではなく,幾何学的に押し出すだけである.しかし,押し込まれる側の容積が制限されていて幾何学的容積が小さくなればその分だけ押し込まれる側の圧力が上がる.

 TSI は電機ではなく機械で低燃費を狙った作品であり,その労を多とすべきである.圧力を上げる装置がふたつあって,それだけ制御パラメータが増えている.可変圧縮比機構の代替とも成り得よう.すでにシリンダ内直接噴射であるから,将来的にせよ,低負荷域でのガソリン圧縮自着火 HCCI としての運用がターゲットになっているように読める.アルコール混合燃料に対しても有利であることは上述のとおりである.

 1.4 TSI, BLG の特性曲線は RRI の Golf GT-06 (125 kW), STR-06041202 にある.125 kW/170 PS @6,000 rpm, 240 Nm @1,750- 4,500 rpm.トルク・出力増大の様子を同じ排気量の 2000 年 Polo の 55 kW* MPI, BKY エンジンと比較して右図に示した.* 1.4 MPI には 66 kW, 74 kW のものも存在した.2009 年秋に我国に入った Polo のエンジン CGG は 63 kW.低回転域では 2.5 倍くらいに過給されていることがわかる.Max. Boost Pressure: 2.5 bar @1,500 rpm と言っているのとこの図とが対応している.ターボチャージャは TDI と違い,高回転域での過給を目指している.そこにφ76.5×76.5 スクエアになっているのはミスプリントで,同排気量の MPI エンジンの φ76.5×75.6*1 と同じ.圧縮比はこれだけ過給してなお 10.1*2 である.トルク曲線が 1,000 rpm から表示されており,1,500 rpm で最大トルクに近いところまで上がっている.TDI でもトルク曲線が 1,250 rpm くらいからしか表示されていないことに注目すべきである.MPI エンジンの圧縮比は 10.5.*1 排気量は 1389 cm3 なので,トルク 240 Nm は平均有効圧 BMEP で 21.7 bar である.*2 日本で出た BLG エンジンの圧縮比は 9.7 と表示されている.

 しかしながら,第一弾 TSI: BLG + 6-段 DSG: DQ250 の質量は 2.0-FSI + Tiptronic AT の質量とほぼ同じである.この質量が 15% 程度削減されたときにこそ優位性を謳うことができる.小さくかつ軽くなければ採用への動機付けにならない.燃費 5 % 削減だけでは技術者はまだ満足していないであろう.ここに,第二弾 TSI: CAX + 7-段 DSG: DQ200 の意義がある.

 1.4 TSI, BLG エンジンは従来の "EA111" エンジンシリーズのままであるが,シリンダブロックはアルミ合金ではなく鋳鉄製である.熱負荷の増大からのやむを得ない選択であると思われる.

 エンジンコードを知るには ドイツ NGK のページ が便利であり,1.4 TSI の第一世代は "BLG" と "BMY" である.1.4 TSI に組み合わされている DSG のギア比については,上の表の 2.0 TFSI, 147-kW 用と I to VI 段で同じ,Final だけが 4.117/3.043 に変更されている.

 2012 年後半から 1.4 TSI は第二世代 "EA211" エンジンシリーズへと徐々に移行,ボア・ストロークも変わった.それらについては,Audi A3 8V のページで.

 DSG にはトルク倍加機能がないから,低回転のクラッチミート段階でトルクのないエンジンには適さない.TSI/TFSI でなんとか,TDI でまあまあというところであろう.1,200 rpm の値がトルクカーヴに表示されていないエンジンとは組み合わされていない.

 DSG については,上の TDI のところに述べたディーゼルの回転範囲が狭いことへの対策であるほか,スポーティ走行への補助という意味では,加速のための技術であると言っておく.加速時にはギアチェンジ過程でも,もともとのトルクが半クラッチ下で伝達されるようである.一方,減速時に VI, V, IV-速から途中段を飛ばして II-速へ直接落とそうとするとき,どういう経路でどのエンジン回転とするのかというようなところが不確定である.運転者がただ単に車を止めたいのか,それともこれから坂を駆け上がろうとしているのかを機械が見抜くことはできまい.

 DSG に関して下記の Web sites が面白い.特に前者については,そこまでやるなら自分で設計したらどうかと思わせるほどである.
 http://www.selmec.org.uk/article_0004_computer_controlled_dsg_transmission.aspx
 http://cars.about.com/od/thingsyouneedtoknow/ig/VW-Audi-DSG-S-tronic-transmiss/VW-Audi-DSG-theoretical-model.htm

 W8 や W12 エンジン,それに Roots Blower/Turbocharger 併用 TSI などが新しい形式かというと決してそうではない.乗用車用エンジンに限らなければ,いくつかの例を思い起こすことができる.その中のひとつが我国で作られた W24 ディーゼル である.1980 年頃のもので,24 シリンダ W 型,2-ストローク,ユニフロー掃気,舶用ディーゼル機関であり,TSI と同じようにルーツブロア機械式過給機とターボ過給機とが併せて使われている.

 スウェーデンの RRI は Implicit とはいえ,公称値と実測値の差などを含め,測ったそのままを掲示している.それでも,1,500 rpm あたりの低回転性能が表示されていないというエンジンも数多くある.無表示領域が飛び切り優れているというようなことはこの高度資本主義社会ではあり得ないと読めばよかろうか.


・機械式過給機 Supercharger は残るのか

 2007 年 4 月の Car Scoop の記事 に,125-kW/170-PS 1.4 TSI は止めるという Ulrich Hackenberg の談話が載っている (記事には Hackenburg とあるが,Hackenberg が正しい).それと時を同じくして,1.4 TSI から機械式過給機 Supercharger を省いた,1.4 TFSI ともいうべき CAX, CAXA, CAXC などの型番を持つエンジンが出て,VW Golf や Seat León などに搭載されるようになった.圧縮比 10.0:1,90 kW/122 PS @5,000 rpm, 200 Nm/20.4 kgm @1,500-4,000 rpm であり,エンジン質量は 125-kW/170-PS 1.4 TSI の 175 kg に対して 131 kg と報じられている.エンジンシリーズとしては "EA111" のままである.要求燃料オクタン価は 95 RON である.軽量化には特に注力され,機械式過給機 Supercharger を取り払っただけでも 14 kg の削減になったらしい.Turbocharger はかなりの低速重視であり,これは三菱重工製らしい.口径 φ37 という.変速機についても,年末に新たに,LuK の乾式クラッチ採用で,6-段 DSG の質量 93 kg から 70 kg へと軽くした 7-段 DSG, DQ200 が加わって,このエンジンと組み合わされている.我国にも 2008 年 6 月に導入された.DQ200 のギア比は終段減速比との積ながら,ここ にある.終段減速比と分けたギア比は ここ に.

 さらに,Audi の以前からの AGU, AUM, ARX, ARY, AUQ, AMK, AUL, BAM など,"EA113/827" シリーズ 1.8 TFSI, φ81.0×86.4, 圧縮比 9.5, 110 kW/150 PS とは別に,"EA888" シリーズという 1.8 TFSI, φ82.5×84.1, 圧縮比 9.8, 118 kW/160 PS,BZB エンジンが開発され,Passat に搭載された.これは 2008 年 2 月に我国にも導入されている.前者なら RRI にデータ STR-01033001 があるが,後者のはまだない.

 これら一連の動きは機械式過給機 Supercharger を必須ではないとする考えであり,TSI をいまだ "偉大なる試行" と呼ぶ所以のひとつである.Roots Blower の省略はコストダウンのためだけではなく,エンジンならびに変速機の軽量化を課題として来た過程での一里塚であると知られる.

 その後,Peugeot-Citroën, Peugeot Société Anonyme: PSA と Bayerische Motoren Werke AG: BMW との共同開発で 1.6 liter を直噴化し,Twin-Sequential Turbocharger で過給した EP6DT なるエンジンが出て,Mini-Cooper と Peugeot 308 に搭載されている.この開発には前者 PSA より後者 BMW の寄与が大きいと想像される.Peugeot のφ78.5×82, 1.587 をもとにしたものではなく,Mini で使われて来た φ77.0×85.8, 1.598, EP6 に過給したものであり,最大過給圧は 1.8 bar とされている.指定燃料は 98 RON,圧縮比は 10.5 である.形式は N13B16.過給前の 85 kW/149 Nm に対して,直噴化・過給後は 128 kW/240 Nm になっている.出力で 1.5 倍,トルクで 1.6 倍である.同形式で,103 kW, 110 kW に出力を下げたものも出ている.

 上述の RRI のページに両者のデータ STR-01090501, STR-06112401 があるので,VW TDI について描いたのと同じように比較したのが右の図である.

 Twin-Sequential Turbocharger の割には 4,600 rpm 以降の高速でのトルク低下が激しい.出力上昇も留まっている.無過給 EP6 では高速側でトルクが上がっているそれが BMW 流ではないのか.高速直噴での混合気形成と燃焼に問題を残していると読める.あわせて,過給を Turbo-High-Pressure, THP と称しているほどには高くない.後発かつ 2 グループが取り付いた上での過給圧 1.8 bar に較べ,VW は先発でも過給圧を 2.5 bar としていることは,双方のノッキング抑制技術レヴェルを明示していよう.要求オクタン価が RON 95 ではなく,RON 98 であることも大きい.こちらの方が二番手なのに "試行" という意味が濃い."単純は複雑を制する" という道理からは,簡単な Turbocharger しか浮かばない.今後の進展に期待する.

 けれども,低速重視の過給方式にこのような後追いが出てきたことは,このコンセプトが単なる試行に留まっていないで,普遍化に向かっていることを意味する.EP6DT を 1.4 TFSI: CAX, 1.8 TFSI: BZB と合わせ見ると,エンジンの熱負荷と耐久性から,過給圧 1.8 bar あたりでまずは収束することを思わせる.CAX と BLG エンジンの出力比に過給圧 2.5 bar に乗じると過給圧が 1.8 bar となるのも興味深い.

 一機種づつでトルクカーヴを見ていると分かりにくいことも,重ねて描いたり,縦横に並べて比較すると浮き上がってくることも多い.直近,上の二図では 1.4 TFSI: CAX と 1.6 TFSI 相当: EP6DT とでは,共に 1,500 rpm で最大トルクまで立ち上がる.同趣旨の低速重視過給がなされていると思ってしまう.しかし,1,000 rpm での無過給機からのトルク増加があるかどうかも見るべきである.EP6DT では 1,000 rpm におけるトルクは無過給の EP6 のそれと同じであるのに較べ,CAX では無過給 MPI: BKY の二倍のトルクを出す.ここが Supercharger の効き目である.

 一方,DSG について BMW は,系列の BMW M 社からではあるが,レーシング用に持っていた Single Clutch の "Sequentilles M Getriebe": SMG-I をもとに 7-段 M-DCT (M Dual Clutch Transmission) Drivelogic なるものを出し,マニアックな車 M3 に搭載するようになった."Getrag PowerShift 7DCI600 DCT-wet Inline" (容量 600 Nm) がそれであると思われる.同容量の 6-段 MT より 20 kg 以上重いらしい.Getrag は "6DCT250, 6DCT450" を発表しているが,"7DCL750" なる容量 750 Nm のものも開発しているとのこと.VW が小容量タイプから 7-段化して,廉価版ともいえる車種から搭載しているのとは正反対の姿勢である.(* Getrag は ゲトゥラーク であって ゲトラグ ではない)

 低速からターボ過給が効くという点からみて究極に近いのは BMW の "N55 B30" エンジンである.大きなエンジンなので過給ダウンサイジングと言うにふさわしくないけれども,400 Nm @1,200-5,000 rpm という数字だけでも驚異的である.ただし,指定燃料は RON 98.


・追随続々

 さて,2009 年 4 月に Mercedes-Benz, "E250 CGI", BlueEfficiency というエンジンがこの "過給・直噴火花点火機関" というコンセプトに沿って出て来た第三社目のものである.DE18LA: 1.8 liter (1,796 cm3), Bore×Stroke: φ82×85 mm, 圧縮比 9.3:1, 150 kW/203.8 PS @5,500 rpm, 310 Nm @2,000-4,300 rpm,燃料の指定は 95 RON である.最大トルクは 2,000 rpm からとなっており,1,700 rpm から実用上十分なトルクが出ているようである.このシリーズには "E200 CGI", 圧縮比 9.8:1, 135 kW/183.5 PS @5,250 rpm, 270 Nm @1,800-4,600 rpm という Derating 版もあって,こちらならほぼ 1,500 rpm からフラットトルクに近づいていて,"過給・直噴・低速重視火花点火機関" というコンセプトに合致する.圧縮比も高い.

 これは M271 なるシリーズのエンジンであって,先に Mercedes-Benz, C180 Kompressor という車輌に搭載されていたものを,ターボ過給,直噴に改良したものであると考えられる.もとの諸元・性能は,圧縮比 10.2:1, 105 kW/143 PS @5,200 rpm, 220 Nm @2,500-4,200 rpm であった.新エンジンの圧縮比はやや低いものの,Supercharger 付きの先のエンジンの 1.4 倍強を実現し,トルク発生域を低速側に延ばしている.同サイズ,無過給のエンジンが見当たらないので,比較の対象が無いし,RRI にも計測データが掲っていないので,まだ詳細はわからない.これらの性能曲線の概略なら ここ にある.驚かされることは,実用最高回転速度が 4,600 rpm あたりと極めて低いことである.火花点火機関でありながら,高速でも廻るという本来の特徴を放棄し,回転速度域がディーゼル機関となんら変わらなくなっていることが,このページ先頭に挙げた 2.0-liter TDI ディーゼル を併せ見れば分かる.

 四番手はおそらく 2009 年末,Ford Europe からの "2.0-liter EcoBoost SCTi, 204PT" であろう.SCTi: Sequential Charge Turbo Injection, Ti-VCT: Twin-Independent Variable Cam Timing. Bore×Stroke: φ87.5×83.1 mm, 圧縮比 10.0:1, 149 kW/203 PS @5,500 rpm, 300 Nm @1,750-4,500 rpm. "Co-produced with Volvo" と発表されている.右の図がそれ.燃料噴射圧は 200 bar と他を圧して高い.燃料噴射系は Bosch, Turbocharger は BorgWarner である.Sheet-Steel Turbine Housing が世界初とのこと.もっとも,この 4-cylinder, 2.0-liter EcoBoost の少し前に,米国向け V6, 3.5-liter EcoBoost が出ているから,それを四番手と呼ぶべきなのかもしれない.

 変速機は Ford PowerShift, Wet DCT: Double Wet-Clutch Transmission.もちろん Getrag であるが,トルクが 300 Nm なので,2009 年初めに発表された乾式 6DCT250 ではなく,2008 年,Focus に採用されたもの のようである.変速機 Ford PowerShift は 2010 年初めに Volvo S40 などに載って我国にも入った.そのエンジンは 2.0-liter 過給なし,200 Nm 以下のトルクであるから,乾式 6DCT250 が載っているのではなかろうか.なお,Volvo は "2.0-liter EcoBoost SCTi" を 2011 年モデルから我国にも導入した.

 別途 "1.6-liter EcoBoost" も発表されている.Bore×Stroke: φ79.0×81.4 mm, 圧縮比 10.0:1, 110 kW/150 PS @5,700 rpm, 240 Nm @1,600-4,000 rpm. 132 kW/180 PS のものもあるという.

 2011 年 9 月,究極ともいうべき 3-cylinder, 1.0-liter EcoBoost が発表された.Bore×Stroke: φ71.9×82.0 mm, 圧縮比 10.0:1, 73.5 kW/100 PS @6,000 rpm, 170 Nm @1,400-4,000 rpm.平均有効圧 21.4 bar である.諸元詳細 を別ページに挙げる.92 kW/200 Nm の強化版もある.エンジンブロックの断面は僅かに A4 のコピー用紙と変わらないという.上の図にあるような,燃料を横からではなく上方から噴いているのも好ましい.2016 年には VW/Audi もこれに追随 した.

 General Motors もこれに伍して同等のものを出して来た."A20NHT, 2.0-liter Family II Turbo Ecotec", Bore×Stroke: φ86×86 mm, 圧縮比 9.3:1, Twin-Scroll Turbocharger with Intercooler, Twin Variable Timing Camshafts, Two Balance Shafts. 162 kW/220 PS @5,300 rpm, 350 Nm @2,000-4,000 rpm. 最大過給圧は 2.3 bar, abs.Opel Insignia にすでに搭載されており,これの強化版が Buick Regal GS に積まれるらしい.先に Opel Signum に載った 2.2 Direct Ecotec があったが,短期間でこちらへ移行した模様.DCT 変速機は導入されていない."Ecotec" は Emissions Consumption Optimization Technology であって,Economy の意味は Consumption として含めている.

 さらに,1.4-liter Ecotec I4 T, 排気量: 1.364 liter, Bore×Stroke: φ72.5×82.6 mm, 圧縮比 9.50:1, 103 kW @4,900 rpm, 200 Nm @1,850-4,900 rpm が Chevy Cruze 2011 年モデルとして,2010 年秋から販売されている.エンジン形式は LUJ.もともと欧州 Opel/Vauxhall Astra の A14NET である.上に述べた VW の,機械式過給機 Supercharger の省かれた CAX とほぼ同じことになっているが,やや高速側に振った特性に見える.Turbocharger は Honeywell のものという.GM では "rightsizing" と呼ぶそうである.95 RON が指定燃料.

 Nissan : MR16DDT, 1.618-liter, 4-cylinder, Bore×Stroke: φ79.7×81.1 mm, 圧縮比 9.50:1, 140 kW @5,600 rpm / 240 Nm @2,000-5,200 rpm.Juke という SUV 風 Five-door Hatchback に 2010 年 10 月,英国で搭載されるという.PSA/BMW の 1.6 liter と最大トルクが同じなので,最大過給圧は 1.8 bar くらいであろう.別途 Micra 用に 3-cylinder, 1.198-liter, Supercharged Miller HR12DDR も予定されている.Bore×Stroke: φ78.0×83.6 mm, 膨張比 13:1.

 Hyundai : Theta/Theta-II, 2.0-liter, 4-cylinder, Bore×Stroke: φ86×86 mm, GDI Turbo.Sonata, Genesis Coupe に載せ,204 kW @6,000 rpm, 365 Nm @1,800-4,500 rpm とのこと,これなら最大過給圧は 2.2 bar くらい必要である.数値はかなり大きいので正しいかどうかは分からない.156 kW @6,000 rpm, 302 Nm @2,000 rpm とも言われる.また,米国 Sonata 向け Theta-II, 2.4-liter, 4-cylinder, φ88×97 mm, 圧縮比 11.3:1, 147 kW @ 6,300 rpm, 250 Nm @4,250 rpm,燃料噴射圧 150 bar があり,こちらが主力になるという.他に,Gamma, 1.6-liter, 104 kW が計画されている.Chrysler, Mitsubishi and Hyundai の三社連合で Global Engine Manufacturing Alliance LLC, or GEMA を組織しており,Chrysler もこれを使うであろうから,米国の三社がこれで揃う.

 Fiat/Alfa Romeo: Alfa Romeo MiTo, Type 955 に 1.4 TB, MultiAir TCT というのが追加された.これのエンジンは 1.368-liter, 4-cylinder, Bore×Stroke: φ72×84 mm, 圧縮比 9.80:1, 99 kW/135 PS @6,750 rpm, 206 Nm/ 21 kgm @1,750 rpm in Dynamic. DCT/DSG は TCT, Twin Clutch Transmission という名称で 6-段.VW の CAX と同等であるが,こちらは MultiAir, Electro-Hydraulic Valve-Lift System による Throttle-Valve-less により先進性と効率化を図っている.これと同一エンジン形式で,Fiat 500 Abarth, 128 kW/170 PS @5,250 rpm, 231 Nm/ 23.5 kgm @3,000 rpm というのも出ている.RRI にはまだデータがないので,実際にどうかという詳細は分からない.

 Renault: 競技車へのターボ過給で大いなる実績を持つ Renault が満を持して 2012 年春に出してきたのが Energy TCe 115, 1.2 TCe 115, H5Ft である.1.198-liter, 4-cylinder, Bore×Stroke: φ72.2×73.2 mm, 圧縮比 10:1, 85 kW/115 PS @4,500 rpm, 190 Nm/ 19.3 kgm @2,000-4,000 rpm,最大トルクの 90% を 1,500 rpm で出すという.後発ながら VW 1.2 TSI 105 を凌駕した.VW 1.2-liter CBZ の最大トルクは 174 Nm @1,550-4,100 rpm である.引き続き,2012 年秋に 3-cylinder, Energy TCe 90, 0.9 TCe 90, H4Bt も出たが,こちらは直噴ではなくポート噴射.

 "過給・直噴火花点火機関" について,我国の現状 がどういうところにあるかは別ページで説明する.


・低負荷対応技術 から 高負荷対応技術 へ

 リーンバーン Lean-Burn, 直噴 Direct Injection など,火花点火機関の高効率/低燃費化はこれまですべて,部分負荷のための技術であった.それがここに来て,直噴 Direct Injection が 低負荷対応技術 から 高負荷対応技術 へと変身した.平均有効圧は現在ディーゼルも含め 21 bar であり,25 bar を目指している勢い.ノッキング抑制技術は高負荷対応技術である.燃料の蒸発潜熱をうまく効かせる手法はこれらしいと分かってきたからであろう.低負荷への対応は,エンジンのサイズを小さくすることで,図らずとも実現されるというわけである.最終的な着地点は火花点火機関の高効率/低燃費化であっても,低負荷対応技術と高負荷対応技術とでは視点が正反対であり,ここにひとつ旧弊からの脱却がある.Spray-Guided Direct Injection や "Valvetronic" を代表とする可変バルブタイミング/リフト機構などは,低負荷時のポンプ損失を低減しようとするものであって,それらは依然として部分負荷対応技術である.それらの将来や如何に.

 上で "エンジンの TSI と変速機の DSG はそれぞれ独立で成立する技術であって,両者を組み合わせなければならないものではない." と書いた.互いに独立であるとは言うものの,全く関係がないというわけではない.変速機が 6 段ないしそれ以上に多段化したことによって 低速重視エンジン が可能になっていることを忘れてはならない.ディーゼルはもちろんのこと,直噴・過給火花点火機関でも 1,500 rpm で機関最大に近いトルクを出す設定が今の流儀であり,そのことはこのページに示したトルクカーヴから知りえよう.エンジンの低速重視は変速機の多段化と共存せずしてシステムとして成り立たない.低速重視は摩擦損失 Friction Loss 割合の低減を目指すものである.火花点火機関のポンプ損失を脇に避けておいても,摩擦平均有効圧 FMEP回転速度に依存,負荷には比較的鈍感なので,エンジンを低速高負荷で使う方が高速低負荷で使うより時間積算摩擦損失が小さく,これで燃費低減・熱効率向上を図れる.ダウンサイジングからだけでなく,低速重視という点からも高負荷への対応となる.


Wikipedia 日本版 "ガソリン直噴エンジン" ページの内容について

 なお,このページの読者が引き込まれることはないと思うが,Wikipedia 日本版 "ガソリン直噴エンジン" のページ (最終更新 2012年11月12日 (月) 16:05) に,「ポート噴射エンジンではノッキングの問題からやたら圧縮比を上げられないが、直噴は燃料噴射を行うまではディーゼル機関と同様に空気のみを圧縮するため、ノッキングをそれ程気にせず圧縮比を上げることが可能」とあるのは,間違った認識であって,現象や理由を正しくとらえた言辞ではないので,ここで注意を喚起しておく.未燃混合気はピストン圧縮だけでなく,伝播火炎の発熱によってさらに強く圧縮される.火花点火後の指圧線図経過を思い起こせばよい.Livengood-Wu 積分 のページ でも説明してあるように,未燃混合気が圧縮を受けてその温度・圧力が上がり,ノッキングに至るのは火炎伝播過程の後半ないし最終段階であって,燃焼室内直接燃料噴射であるからといって,ノッキングに関連して未燃混合気が受ける圧縮の寄与がポート噴射より小さいというわけではない.もちろん,圧縮比を思いどおりに上げられるわけではない.このこと以外にも,かつての GDI に偏しており,現在達しているレヴェルと乖離した説明や誤りが多々あるので,鵜呑みにしてはいけない.「ガソリンの燃えカス」というような語彙が出てくるところを見て,この Wikipedia "ガソリン直噴エンジン" のページについてその当否を判断されたい.

 

このページにある図,二枚が断りなく転載されていることについて

Motor Fan illustrated, Volume 161 "独 ドイツ エンジン 現在と,2030 年",2020 年 3 月 30 日発行,三栄,ISBN978-4-7796-4108-4
Chapter 2 "ダウンサイジングターボはいかにして生まれたのか? その成立要件と時代背景",pp. 48-51
TEXT: 三浦祥児,FIGURE: VOLKSWAGEN/MMC/ZF/NISSAN/DAIMLER/TOYOTA/牧野茂雄

 Page 49 の中ほどにこのページにある図が二枚,引用したとの記述もなく,そのまま掲載されている.


Still not Fixed!


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引用する場合にはこのページもしくはこの Web site の所在を明記されたい
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